才能なしと言われたおっさんテイマーは、愛娘と共に無双する!

『そうか…、ならばもう問うまい。では、お主には我の新しく解放されたスキルについて教えてやろう』

 ヘルメスはそういうと、ちょこんとウードの頭に乗り両の翼を広げると。

『神の贄はその身を捧げ、我はその魂を貸し与える。『神降し』!』

 ヘルメスがそう唱えると、ヘルメスが光の粒となって消え、その光がウードに吸い込まれていった。
 そして、ウードの意識が()()()()()()()

 ウードは不思議な体験をする。
 自分が空に浮かび、自分の頭を上から見下ろしている。

 そして、ウードの意思とは関係なくウードの体が動き出した。

(これは一体??)

「ふむ、成功したようだな。ウードよ、聞こえているか?これが、我が新たに使えるようになった『神降し』の効果だ」

(まさか、俺の体を動かしているのはヘルメスなのか?)

「そうだ。お主の代わりに、お主の体と魔力を使い神獣である我らのチカラを使う能力なのだよ」

(という事は、俺の体なのに魔法とかスキルが使えるって事か?でも、それだと今まで通りでは?)

「いいや、まったく違うぞウードよ。お主の体を借りる事でお主の魔力を直接使う事が可能だ。我なら、その治癒の力や探知能力、そして魔力を吸収する能力が普段よりも強化されるのだよ」

(それは凄いな。じゃあ、戦闘中は常にそうしていればいいんじゃないか?)

「お主は、自分以外に自分の体を使われて何も思わないのだな。普通は、『お、俺の体が!?』とか言って焦るところなのだが…。まあ、良い。『神降し』を解除すればその理由が分かるだろう…。『解除』」

 すると、ぎゅぎゅぎゅっと自分の体に吸い込まれていく感覚に襲われる。
 気が付くと、元に戻っていた。

「お、戻ってこれたな…。うおおっ!?」

『ほう、この短時間でも影響があるか』

 俺は急激な疲労感に襲われて、その場に倒れかかった。
 立っていることが辛いほど、急に体に力が入らなくなった。
 その場にしゃがみ込み、額から嫌な汗が流れる。

「これは、一体・・・?」

『これが『神降し』の副作用。魔力の急激な消費だ。言っただろう、代償が必要になると』

 ここで俺は、ヘルメスから『神降し』について教わる。
 その効果は、神獣など契約を結んだ高位の魔獣の魂を体に憑依させて、一時的に魔獣と同等以上のチカラを得る能力だという。

 但し、行動の主導権は魔獣になる。
 なので、正式に契約した信頼できる魔獣以外には使わない方がいいという事だった。
 また、憑依の際に体に大きく負担を掛ける為、暫くまともに動けなくなるらしい。

「それなら、魔獣が戦った方が強いんじゃないのか?」

『お主、自分の特性を忘れておらんのか?神の贄《サクリフィス》たるお主の魔力を直接使えるのだ。どの魔獣でも、通常の何倍も強化される状態になるのだぞ。まぁ、お主の魔力が無くなるまでの間ではあるがな』

「魔力を使い果たされたら、体はボロボロで魔力切れで昏睡って、ほぼ瀕死になるんじゃないか!?」

『そうだ。だから、これは奥の手なのだ。凡人たるお主が、本当のピンチになった時だけ使う。今のところは我しかおらんが、そのうち()()()()()出会う事になるであろうよ。クレスと一緒に旅をするのであればな…』

 最後に意味深な事を告げるヘルメス。
 しかしこれで、いざという時に奥の手を手に入れたんだ。

「しかし、神獣のチカラを得る代わりに、俺の魔力がごっそり使われるのか…」

 元々、魔法を使う才能どころか魔力が殆ど無いと言われていた俺だ。
 そもそもの魔力量が無いはずだ。
 それを証明するかのように、今も魔力切れ状態だ。

『その通りだよ。だから、いざという時しか使う事が出来ないだろう。だが…』

「だが…?」

『我らのチカラを使えば、お主の器としての能力がわずかだが上がるようだぞ。だから、1日一回は『神降し』を使って精進せよ』

「ええっ!?」

 あの脱力感を、毎日味わらないといけないのかっ?!
 しかし、ヘルメスにはやると言ってしまったからな。
 それにいざという時に、クレス達を助ける前に倒れるとかじゃ全く意味がないのだから。

 万が一に備えるには、今から自分を鍛えるしかないだろうな。
 
「よし、分かった。これから訓練も宜しくなヘルメス!」

『うむ、これからビシバシやっていくぞ。覚悟せい』

 器用に、両側についている翼で腕を組むような仕草をするヘルメスだった。

 ───

 目を覚ますと、すっかり朝でした。

 魔力を使い果たし、お父さんに担がれたところまでは覚えていたけど、その後の記憶がない。
 きっと、そのままこのベッドに運んでくれたんだろう。

 ふと自分の服装が寝間着に変わっている事に驚きつつ、お父さんが着替えさせてくれたのかなと考えながらベットから降りた。

 見渡すと、ここは見慣れないけど自分の家。
 マチスさんが提供してくれた、町での住まいです。

 長年勤めていたマチス商会の従業員の方が使っていた家らしく、年老いて故郷に帰ってしまったので丁度空いていたのだという。
 とても綺麗な家で、漆喰の壁で出来た家に住むのは初めてです。

 サイハテの家が嫌なわけじゃないけど、やっぱり綺麗な家と言うのは悪くないよね。

 台所に足を向けると、いい匂いがしてくる。
 お父さん、相変わらず起きるのが早いんだなぁ。

 私も癖がついたので、早起きには自信があるんだけど、魔力切れした後はどうにもならないみたい。

「おお、起きたか。おはよう、クレス」

「うん、おはようお父さん」

 なんか、こういう会話は久々に感じてしまう。
 ついこの間まで、寮生活をしていたし、卒業してからもすぐに冒険者として活動を始めたので、宿屋に泊まる事も多く、家で過ごす時間がほとんど無かった。

 その間、キールに家の事を任せっきりになっていて、少し申し訳ない気分になる。
 元気にしているかな、キール。
 まだ、最後に会ってから数日しか経ってないけど、ちょっと寂しく感じる。

「マリアとレイラは本邸で朝ご飯を戴いてくるみたいだから、二人で食べようか」

「うん、お父さんの作った朝食食べるの久々だね」

「ああ、そうだったか?まぁ、相変わらず大したものは作れないけどな」

 そう言いながら、焼いたパンをバスケットに入れてテーブルに置き、皿の上には焼いたベーコンと目玉焼きがジュージューいっている。

 味付けはシンプルに塩とコショウの様だ。
 でも、朝はそれが一番美味しい。
 
「いただきまーす!」

「ああ、召し上がれ」

「でも、卵なんてどうしたの?安くないでしょう」

「ああ、さっき朝市に行ってきたんだ。採れたての卵だったし、栄養満点だからな。クレスも疲れているだろうと思って買ってきたんだ」

 サイハテにいるときは、ニワトリを飼っていたんで1~2日に1回くらいは卵を食べれたけど、町では買うしかない。
 最初、その値段を聞いてビックリしたのを覚えている。

 でも、折角買ってきてくれたものだし、温かいうちに食べちゃおう。

 う~ん、美味しい!
 うちのニワトリより、少し味が濃い気がする。
 きっと、美味しい餌を食べさせているんだろうなぁ。

 半熟の黄身がとろーりと口に広がって、幸せが広がる。
 さらに、そこに塩味の聞いたベーコンを放り込む。
 そこで焼き立てのパンを頬張ったら…。
 美味しい~~!

「はは、相変わらず美味しそうに食べるな。見てるこっちが幸せになるよ。さて俺も食べてしまおう」

「あはは、だって美味しいんだもん」

 二人笑顔のまま、もきゅもきゅ朝ご飯を食べてから、マチスさんの邸宅に向かった。
 そこでマリアとレイラと合流する。

 昨日貰えなかったというギルドからの褒賞金とランクアップ承認を受ける為に、最低限の装備をつけて全員で冒険者ギルドへ向かうのでした。
 
 ギルドに到着すると、奥からギルドマスターが出て来た。

 昨日、クレスは気を失っていたため会っていないから卒業式以来初めて会うみたいだ。

「クレス、良くやったな。昨日、君のお父さんから話は聞いたよ。君がオーガロードを倒したのだと」

「お久しぶりです、ギルドマスター!…ええと、実は無我夢中だったので、殆ど覚えていないんです。でも、なんとか倒せたみたいで本当に良かったです」

 ギルドマスターからの称賛に、苦笑いしてそう答えるクレス。
 謙遜してるというより、本当に朧げにしか覚えていないみたいだ。

「そうか。その華奢な体でどうやって倒したのか興味があったのだが…。いや、その話は今度ゆっくり訊こう。まずは、全員奥の部屋に来てくれ」

 ギルドマスターは、そう言うと俺ら全員を奥にある応接室へ呼び寄せた。
 ここに入るのは、初めてだ。

「ここはな、ギルド職員以外は大きな功績を達成したものや、特別な依頼を受ける高ランク冒険者しか入れない。今回のお前たちは前者だな。それで…」

 俺達は、ふかふかのソファーに座りつつギルドマスターの話を待った。
 ギルドマスターの隣には、秘書官だという美人の女性が座っていた。
 色んな書類をギルドマスターに見せつつ、説明をしている。

「…そうか、なるほどな。わかった、ありがとう。じゃあ、話を続けるぞ」

 そう言うと、俺らの方に向き直して話を再開する。

「まずは、今回のクエストの報酬だ。『ラ・ステラ』として受けているから、これはパーティーへの報酬だ。まずは『ゴブリンの集落の偵察任務』、次に『オーガの群れの討伐』、最後に『オーガロード討伐』となる。これに更に提出した素材の買取金額を合わせると…」

「合わせると?」

 俺はギルドマスターの勿体ぶった言い方に反応して、思わず聞き返してしまう。
 その答えを、クレスもマリアもレイラも固唾を飲んで待つ。

「これが報酬金だ。ざっと金貨50枚ってところだな」

「き、金貨が50枚!?」

「えっ、本当ですか!?」

「わぁ、凄い金額ですね」

「え、ほんとギルマス!?」

 俺が、クレスが、マリアが、レイラが目が飛び出そうなほど驚いてギルドマスターに聞き返してしまう。
 金貨50枚というと、馬を売って生活をしている俺の年収の10倍以上だ。

 渡された袋の中身を早速確認する事にする。
 こういうのは、その場で確認するのが商人の原則だ。
 …今は冒険者だけど。

 さっそく商家の娘でもあるレイラに金貨を数えてもらった。

「…うん、間違いなくあるわ。久々にこんな数の金貨を見たかも」

「しかし、いくらオーガロードとはいえ、凄い金額だな」

 俺らからすれば、凄い金額だ。
 こんな金額を一回の報酬で貰えるなら、冒険者になりたいと言う人が増えていくのも分かる気がする。
 ただ、常に命を賭ける仕事でもあるので、ある程度高くないと割に合わないというのもあるのだが。
 
「脅威度Bランクの討伐依頼の達成なら、そのくらいが当たり前になる。普通はかなりの準備が必要だし、その分費用がかさむ。しかも、下手をすれば一ヶ月くらいかかる場合もザラにあるんだからな」

「それでも、ここまで貰えるとは思って無かったですよ」

「今回のは、特に討伐した事が大きい。お前たちが討伐して無かった場合、近隣の村や町への被害はそんな金額じゃ収まらないだろう。それに人的被害も想像したくない程出ていた可能性が有る。寧ろ、安いくらいだろうな」

 なるほどな。
 あのオーガロードが外に出て、近隣の村や町を壊滅させた場合の被害総額は計り知れないものになるだろう。
 しかし、そのには街道もあって、商人たちが通る道にもなっている。
 そこが封鎖されてしまった場合、物の行き来が途絶えてしまうだろう。

 それを考えたら金貨50枚なんて、大したお金じゃないという事なんだな。
 いや、俺らからしたらすごい大金には変わりないけどね。

「そういう事なら、有難く受け取らせてもらいますよ」

「ああ、そうしてくれ。さて、本題はコッチだな」

 ギルドマスターはそう言うと、4つのギルドタグをテーブルに並べた。
 銀色に光るそれらは、パーティー用のギルドタグと個人用のギルドタグが一緒になっている。
 そして、ひとつだけ色が違うものが付いているタグが置かれていた。

 それを手に取り、クレスの方に差し出した。

「まずはクレス。これまでの功績と今回のオーガロードの撃破を評して、正式に『Cランク冒険者』として、認定する!」

「ええっ!?」
「「「おおーーー!」」」

 クレスが突然のランクアップに驚き戸惑う声を上げると同時に、俺らは驚嘆する声を上げた。

「流石、俺の娘だ!クレス、やったな!」

「すごーい、クレスやるじゃない!」

「クレスはいつも先に行ってしまうんですね。でも、私も本当に嬉しいわ」

 3人が三様の称賛を送る。
 クレスもそれに照れながらも、『うん、みんなありがとう』と言葉を返すのだった。

 そして、ギルドマスターからギルドタグを受け取る。

「3人もランクアップが承認されて、Dランク冒険者になった。つまりウードさん、あんたも今日からDランク冒険者に認定されたんだ。これは困難な状況で、3人を無事に連れ帰ってきた事を評価してのランクアップだ。これからも上を目指して頑張れ…、なんて言わないからな?どんな時も無事に全員を連れて帰って来てくれ。頼んだぞ?」

「本当ですか!?ありがとうございます!言われなくても、絶対に生きて帰ってくるよ。もちろん、全員一緒にね」

「ああ、期待しているぜ、『遅咲きのルーキー』さんよ」

 どうやら巷では、俺に変な仇名がついたらしい。
 その名も、『遅咲きのルーキー』。
 意味はそのまんま、おっさんが新人の冒険者になったという事だ。
 また変に有名になってしまったようだ。

 新しいギルドタグを受け取り、冒険者ギルドを後にした。
 出てくる前になぜかランクアップを知った他の冒険者達にかなり手荒い祝福を受けたが(後で聞いたら、やっぱり受付嬢が口を滑らせたらしい)、とても明るい気持ちになったのだった。

 ──

「ウードさん、聞きましたよ!全員のランクアップ、そしてパーティーのランクアップおめでとうございます!!」

 早速、マチスさんにランクアップの報告をしにきたのだけど、相変わらず耳が早い。
 報告する前に既に知っていて、先に祝福の言葉を戴いた。

「ありがとうございます。これもマチスさんの支援のお陰ですよ」

「何を謙遜しているんですか!うちのマリアが優秀なのは当然ですが、皆さんの頑張りがあってこそですよ。これからも、是非支援させていただきますからね?」

 マリアが正式にパーティーに加わった事もあり、マチスさんは『ラ・ステラ』の資金や装備についてバックアップしてくれると冒険者ギルドに宣言したようだ。

 これは、他のパーティーに勧誘させるのを防ぐ意味と、裏に自分がいるので余計なちょっかいを出すなよという牽制の意味があると説明してくれた。

「これからも装備等の用意は、こちらに任せていただきますからね?今は、腕のいい職人を見付けて更に良い装備を用意出来るように準備しています。その代わり、良い素材などが手に入ったらある程度は我が商会にも卸してくださいね?」

 マチスが是非にと言うので、頷くしか無かった。

 のちに、ウード達を商会の商品の宣伝のために使ったりする狙いもあった。
 さらに、例のお見合い相手の商会よりも立場が上になり、縁談は破談にしたと聞かされるのだが、今の俺は知る由もなかった。
 俺達『ラ・ステラ』は遂に、最初の目標だったDランクパーティーとなったんだ。
 銀色に光るタグを見つめながら、一人思い耽る。

 クレスという可愛い娘を天から授からなかったら、ここまでこれなかっただろうなぁ。
 それどころか、冒険者にすらなれていなかっただろう。

 昔は憧れだけで冒険者になりたいと思っていたが、今は違う。
 クレスに色んなものを見て欲しい。
 そして、いつか故郷と思わしき『フォーレン』という国に連れて行ってあげたい。
 そんな思いの方が強かった。

 ひょんな事からヘルメスに出会い、自分には無いチカラを扱えるようになった。
 キールという、出来のいい息子も出来た。
 そして、昔の夢であった冒険者にもなれた。
 しかも自分もDランクに昇格出来るとか、話が上手くいきすぎていて怖いくらいだ。

 正直、自分のランク上げはある程度諦めていたんだよ。
 なぜなら俺には剣の才能も、魔法の才能もない。
 努力で身に付けた弓矢を扱う能力と、動物や魔獣と仲良くなりやすい能力くらいしかない。
 
 肉体労働もしているので、一般人としては鍛えられている方だと思っているが、それも力が強いというだけでしかないんだ。
 いざ魔物との戦闘になれば、一番弱いのは確実に俺なのだった。

 しかし結果的に、『ラ・ステラ』のリーダーとしてパーティーメンバーを生還させた事で、それが評価されてランクアップ出来たのは嬉しい誤算だった。

 もしかしたら一人で生きていた俺に、亡き妻がプレゼントしてくれたのかもしれないな。
 村に帰ったら、綺麗な花を持って墓に報告しにいこうか。

 なんにせよ、予想の何倍も早く目標を達成したので自然と笑みが零れる。
 資金も思ったよりも調達できたし、マチスさんからの支援も貰える事になった。
 商人が後ろ盾になっている冒険者パーティーは、周りからも期待されている証となるらしい。

 マチスさん曰く、『これから貴方達は一流冒険者となっていくでしょう。今からそういう冒険者に投資を出来るかどうかも、商人の腕の見せ所なんですよ』とだけ教えてくれた。
 なんでも、将来的に商会にとって大きな得になるんだとか。

 最初は二人だけの旅の予定だったが、こうやって『ラ・ステラ』というパーティーを結成出来たおかげでマリアとレイラも旅について来てくれる。
 きっと、俺と二人だけでも文句はなかっただろうが、年頃の娘なわけで仲の良い仲間と一緒の方がより楽しいに決まっている。
 二人がクレスのパーティーに入ってくれて、俺も嬉しいよ。
 それに、パーティーは大体4~6人で組むのが普通なので、余計な奴(主に男)が入り込んで来る口実が無くなったのも嬉しい限りだ。

 何はともあれ、これからクレスと新しい冒険に出る事が出来ると思うと、年甲斐もなく興奮するなぁ。
 きっと何処に行っても、クレス達は目立つだろうから注目されるのは避けれないだろうけど、なるべくトラブルに巻き込まれないように注意を払わないと。

『ニヤニヤしたり、しかめっ面したり忙しい奴だな。さっきから何をしているのだ?』

「ん?ああ、すまない。これからクレス達と旅に出れると思うと嬉しくてね。色々考えていた」

『…なるほど。だが、旅は楽しいだけでは無いぞ?そんな緩んだ気持ちで行くと碌な目に遭わんぞ?』

「はっはっは。大丈夫大丈夫」

 ヘルメスの諫言は軽く流して、これからの事に思いを馳せる。
 
 これで個人でもより難易度が高くて報酬が良いクエストも受けれるようになる。
 そうすれば、より収入も安定するし少しは贅沢出来るようになるだろう。
 クレスにはもう少し美味しいものを食べたり、綺麗な服を着たりして欲しいんだ。

 それはさておいて、Dランクに昇格したおかげで自由に他の町に入る事が出来るようになった。
 これで町の門番の審査で、何日も待たされるとかも無くなったんだ。
 よし、色んな町を目指して出発しようっ!

 ───

 最初に訪れたのは、港町サーランだ。

 馬車を購入し、自分で捕まえた馬を2頭付けて走らせた。
 商売をする訳じゃないから荷台に幌が付いたものでなく、四方がきちんとと囲まれた駅馬車タイプにした。

 ある程度路銀は必要になるが、行く先々でクエストを受けてお金を稼ぐつもりであったのでお金を惜しまず馬車に注ぎ込んだが、結果とても快適になったので良かったと思う。

 御者は主に俺がやっていたけど、たまにクレスとレイラが練習の為に交代してやってもらった。
 この先誰が倒れても問題なく戻って来れるようにと、レイラから提案を受けての話だった。

 因みにマリアも試しにやってみたが、全く馬を制御出来なかったので諦めてもらった。
 誰でも得手不得手はあるものだ。

 サーランには以前マチスさんの依頼で訪れて以来なので、来たのは二度目という事になる。
 久々に来たけど、相変わらず活気にあふれた町だな。
 町の門番をギルドタグを見せてスルーし、入ってすぐ様々な露天が並ぶのが見える。

 丁度小腹も空いたし、宿をとったら露天で買い物でもと思っていた時だった。

「ねぇ、ウードさんちょっと話があるんだけど。みんなもいいかな?」

「なんだいレイラ、そんな改まって。いいよ、宿に馬車を停めたら近くでご飯でも食べながら話をしようか」

「そうだね、お父さん!私も丁度お腹すいたからそうしようよ」

「私も問題ありませんわ」

 すぐにマチスさんに紹介を受けた宿屋に向かい、受付を済ませる。
 馬車と馬達を専門の従業員に預けたあと、近くのレストランに向かった。

 丁度お昼時というのもあり、座って話せる店に入る。
 人気があるのか店は混んでいるように見えたが、丁度4人席が空いたらしくすぐに入ることが出来た。

 魚介類の食べ物が多く、どれも食べた事が無いものばかりだ。
 皆もメニューでどんな料理かを想像し、目を輝かせている。
 お嬢様育ちのマリアですらそうなのだから、レイラが目的を忘れかけても咎めるものはいないだろう。

「それで話ってなんだい?」

 食べ物が来るまでの時間で、先程のはなしを聞くために切り出した。

「あっ、そうだった!」

 エヘッと、軽く舌を出しておどけてみせるレイラ。
 しかし、すぐに真顔に戻って話を始めた。

「えっとね…。この間のオーガ戦のときさ…、わたしあまり役に立たなかったじゃない?」

 皆、心の中でそんな事を無いと思うも、ぐっと堪えて話を聞く。

「だからさ、私はもっと強くなるために魔法を鍛えたいんだ」

「えっ?!レイラが魔法を?」

「うん、マリアみたいにさ上手に扱えないだりうけど、でもね私にも出来そうな魔法があるって教えて貰ったんだ」

 そこでレイラは、旅に出る前に強くなるために色々と調べていた事を明かすのだった。



 私は、レイラ。
 カンドにある商家の娘。

 上に兄が二人いて、下には妹がいる。
 父から兄妹全員が商家の者として読み書きや計算、礼儀作法など厳しく教育を受けさせられていた。
 おかげで普通の人よりはそう言う事が出来ていたけど、ただそれだけだった。

 通常、商家の家の娘は同じ商人ギルドの家に嫁がされる。
 うちの家は商人ギルドの中ではそれほど力が無いため、嫁ぐ先も良くて少しランクの上である商家の次男坊の嫁というのがいいところだという。

 別にそれ自体に不満は無いのだけど、ただどれだけ努力しても意味が無いと言われているようで小さい時からとても嫌だったのを覚えている。

 転機は急に来た。

 10歳の頃、父が知り合いの高ランク冒険者と知り合いらしくたまたま家に来た事があったわ。
 その時に、兄が剣の稽古を無理やりお願いして、苦笑いしながらもその冒険者が指導を兼ねて模擬戦をしたの。

 結果は散々足るもので、その指導をしてくれた冒険者には才能がないとハッキリ言われていた。
 あの時のしょげた兄の顔は今でも覚えているわ。

 その時にわたしは何を思ったのか、落ちていた木の棒を掴み自分もやりたいといきなり飛び掛かったのよ。
 小さい時からお転婆と言われたわたしだったけど、あの時のお父様の顔ったら可笑しいったらなかったわ。

 しかし、その時わたしの行動に一番驚いていたのは、その冒険者だった。
 一瞬わたしの太刀筋がみえなかったらしく、結果的にはあっさり弾かれたのだけど、それでも本気で払われたのを覚えている。

 当然、わたしは吹き飛ばされて宙を舞ったあとに盛大に尻もちをついて大泣きしたのだけど、次の一言でぴたりと泣き止んだ。

「大丈夫か?すまん、びっくりして一瞬本気を出してしまったよ。しかし…お嬢さんは単なるお転婆じゃないな。その小さな体では想像が出来ない程に剣の振りが早い。もしかしたら、君は剣の才能があるかもしれないなぁ」

 それは単なるお世辞だったのかもしれない。
 咄嗟に弾き飛ばした言い訳だったのかもしれない。
 でも、わたしはそれを真に受けてしまったのだ。

 お尻の痛みが消えた頃、もうその冒険者は町にはいなかったけど、わたしはひとりで剣の練習を始めた。
 もちろん最初は真似事にしかなってなかったけど、段々と様になっていくのを両親が見て何かを感じたらしい。
 ある時から、週に1回くらい剣の指南する先生を呼んでくれるようになった。

 そのおかげで12歳になった頃には、冒険者養成学校に入学を認めて貰うまでになったのだった。

 入学してみたら自分より凄い人が殆どだったので自分の才能の低さに挫けそうになったけど、クレスやマリアと出会い一緒に行動しているうちに、二人に負けたくない一心で死ぬほど訓練をしたわ。

 そのおかげで『高速剣』なんていう、実家にいるときは知らなかったスキルを習得してしまったのだけど、そういう良い刺激を貰える友人に出会えて本当に幸運だったと思う。

 きっと、ひとりではあんなスキルを習得する前に挫折していたに違いない。

 でもそんなスキルを手に入れて、どこか自分を過信していたのね。
 大切な友人を守るためにとはいえ、そのあと動けない程の重傷を負ってしまった。
 あの時クレスがいなかったら、守った筈のマリアもその後で命を落としていたかもしれないのに。

 戦場では最後まで立っていられないと生き延びれない。
 それをあの時に痛感した。
 だからこれからは、もっと強くならないと…!
 自分の為じゃない、みんなの為に。

 サーランに出発する前、ギルドに通って他の冒険者やギルド職員に色々聞いて調べたわ。
 自分に今足りないのは、さらなる攻撃手段。
 一手だけでは決定打に欠けると考えた。
 そうなると、今は使っていない攻撃手段がいい。
 そう、つまり魔法だ。

 魔法の適性は『炎』だと分かっている。
 クレスは『風』。
 マリアは『水』。
 ウードさんは適正無ということだ。

 ウードさんと違い、適性があるのに魔法が使えない。
 オーガと戦うまでは、剣があるのだからいいと慢心していた。

 でも、実際に戦って分かってしまった。
 それだけでは足りないのだと。
 でもこれから新しいスキルを習得するのは、とても難しいと思う。

 なんせ今使えるスキルが剣技の中でも上位に分類されるものだから。
 これ以上の剣技となると、自力でなんとか出来るものじゃないのはわたしでも分かっている。
 だからこそ、今まで疎かにしていた魔法を習得しないといけないと思ったの。

 冒険者ギルドで熟練の炎の魔法使いについて聞いて回った。
 中でも指導をしてくれるような上級者がいないかをだ。
 何人にも聞いて、今そんな人はいないだろうと言われ続けた。

 アテが無くなり、途方に暮れそうになった時だった。
 ある人が教えてくれそうな人がいる所を教えてくれた。

 それはここサーランから船で河を渡り、渡った先のとある町だ。
 そこは魔導士が多く住む町らしく、現役を退いた魔導士もいるらしい。

 そこの町なら引退した炎の魔導士もいるだろうという事だった。

「だからウードさん、今後の為にその町に行って炎の魔導士を探したいの。わたしのせいで寄り道をさせてしまうかもしれないけど、これ以上みんなの足を引っ張りたくないの。それにこれからも皆と一緒にわたしも旅もしたいから!」

 自分でもわがままだって分かっている。
 他のパーティーなら、その時点で一旦別れると言われるだろうと。
 いやもしくは、そもそも反対されるかも知れない。

 剣の才能が多少あったとしても、本格的な訓練は家での2年も合わせても5年しかない。
 そんなわたしだけの為に、寄り道をするパーティーなど殆どいないだろう。
 だからウードさんも…。

「それって、ウインドの町の事か?確かに魔導士が多いらしいな。ああいいよ、次の目的地はそこにしようか。あそこは果樹園が沢山あるって話だし、美味しい果物が食べれるぞ」

『ほう、魔導士の町ウインドか。あそこには、丁度行きたいと思っていたのだ』

「ええっ!?いいの?私の意見で目的地変えちゃって」

 正直こんなすんなりいいと言われるとは思ってもいなかった。
 そのまま真っ直ぐ中央都市セントラルへ向かうとばかり思っていた。

 中央都市セントラルは、その名前の通りにこの大陸の中央にあり大陸を治める王家の王都と王城が隣接している都市だ。
 人口はおよそ30万人。
 この大陸で一番大きな都市だわ。

 王都へは通行証が無いと入る事は出来ないけど、この中央都市には比較的自由に入る事が出来る。
 もちろん、一般人は門番のところで一般的な審査を受ける必要があるけど、よほど怪しい奴じゃない限り通れるという話みたい。
 もちろん、今の私達ならギルドタグを見せるだけでパス出来るんだけどね。

 報酬がいいクエストも比較的このセントラルに集まる傾向にあるから、まずはそこへ行こうと話をしていたばかりだった。
 だから反対されると思っていたんだけど…。

「いいも何も、そこに行った方がレイラが強くなれる可能性があるなら是非も無いだろう?それに、急ぐ旅じゃないんだから」

「そっか…。うん、ありがとうウードさん!」

「レイラも、もっと早く言ってくれればいいですのに。意外とそういうの気にするのですから」

「ははっ、ごめんね。なんか我儘言うみたいで嫌でさ」

「レイラ、そんなのは我儘でも何でもないよ。みんな仲間なんだし、遠慮しないでよ」

「うん、みんなありがとうね!」

 みんなのお陰で、笑顔で出発する事が出来る事になった。
 やっぱり、このパーティーに入れて良かったと心から思うわたしだった。

 その後の食事が飛び切り美味しくて、目の端に涙が浮かんでいたのは仕方ないと思うわたしだった。
 レイラの提案もあり、私達は港町サーランから河川を船で渡り魔導士の町ウインドへ行く事になった。

 サーランでは乗船手続きや、買い物などをして2日くらい滞在となった。
 思えば、こんな遠くへ来れるのも実家で家の事を全てやってくれている弟のキールのお陰だね。

 カンドを出発する前に、家に寄ったのだけどいつの間にか彼女が出来ていた。
 なんと、村長の孫娘のユンナらしい。
 私とお父さんがいない間に仲良くなったらしく、今はうちの家畜や馬の世話も一緒にやってくれるいるらしいよ。

 私にはまだ恋人とか出来た事ないのに、ちょっとズルイ!とか思わなかったと言えばウソになるけど、それでも幸せそうな顔で『ユンナとここで待っているから、姉さん父さん気を付けて行ってきてね!』と言われれば、姉としても幸せを喜んであげる事しか出来ない。

 でも、おかげで安心して村を出て冒険者として旅に出れるのだから、ユンナには感謝しかないよ!
 ありがとう、ふやけきった顔している弟をよろしくね!

 最終目的地は、私の生まれ故郷だという『フォーレン』という国だ。
 ここサーランで出会った不思議な雰囲気の二人組に教えて貰った国だ。

「確か、名前をヴァレスさんと言ったっけ?」

「はい?呼びましたか?」

 船が来るまでの待合室で皆で寛いでいたところ、思わず呟いた一言に丁度入ってきた銀髪の美青年が反応した。


「ええええっ!?なんでいるんですか?」

「え?なんでって、船に乗るからなんですが…」

「いや、そうですよね…。っじゃなくて、なんでこの町に?もしかして、この町に住んでいるの?」

 そこに居たのは紛れもなくあの時の二人組、ヴァレスさんとマーレさんだった。
 まさかこんなタイミング良く現れるとは思っても居なかったので取り乱してしまい、少し恥ずかしい。
 でもなんでこんな所で会うんだろうか?

「いえいえ、私達は任務がありあちこちを飛び回っているのです。それにしてもお久しぶりですね。確かクレスさんと…ウードさん?そちらのお嬢様方にはお初にお目にかかりますね」

「ヴァレスさんにマーレさんか。3年ぶりくらいか?良く俺らの事を覚えていたなぁ」

「わたくしは、マリアと申しますわ。以後お見知りおきを」

「わたしはレイラだよ。宜しくね、クレスと同じ銀髪のお兄さんっ!」

 お父さんは相変わらず訝しげに二人を見ているが、嫌っているという感じでは無さそうだ。
 なんだろう、苦手意識でもあるのかな?
 マリアとレイラは笑顔で挨拶している。

 マリアは流石お嬢様に育てられているので、スカートの端をつまんで綺麗な挨拶をして見せた。
 対してレイラは、珍しく自分から寄り付いて顔を近づけて挨拶していた。
 今にも腕でも組みそうな勢いだ。
 マーレさんが後ろからコホンッと咳払いすると、ヒューっと離れたが。

 二人はやっぱり恋人なのかな?
 これだけお互い美男美女だから、そうなってても不思議じゃないよねぇ。
 うん、別に羨ましいとかじゃないんだからね?
 お似合いだと思うし!

「丁度、クレスさんとウードさんに伝えたい事があったので、探していたのですが、見つかって良かったです」

「ほう、うちの娘と俺にかい?」

「はい、我々の国の事と、クレスさんのその魔力についてです」

「!?」

 その言葉で私とお父さんの警戒が一気に高まった。
 あの事を知っているのはお父さんと私、それとヘルメスくらいだ。
 あれ以来あの力を発動する事は出来ていない。

 一体この人たちは、何者なんだろうか?

『ウード、気を付けよ。いくら同郷らしきものとは言え、あの場に居なかったものが知りうる筈が無い。不用意な事は言うなよ?』

(ああ、分かったよ。もし、万が一の時は頼んだよ)

『心得ている』

 そこで大きな鐘の音が鳴り響いた。
 どうやら船が到着したようだ。

「どうやら船が来てしまったようですね。私達も同じ船に乗りますので、船の中で話をしましょうか」


 そこでヴァレスさん達と別れて、私達も乗船することにした。
 お父さんは馬車を入れないといけないので、先に馬車や馬たちを乗船させる。
 もちろんエースも一緒だ。

 船での移動はおよび8時間程だ。
 小舟なら人力であるが、この大型の船の場合は人力で動かせる規模じゃないので魔道具が使われるらしい。
 魔道具は学校で習ったくらいの知識しかないけど、魔力を込める事で様々な働きをしてくれるらしい。

 その魔道具によっては、物を一時的に浮かせたりする物があるらしいのでとても便利だというのは間違いない。
 そういえば、ジャイアントウーズを討伐した時にも魔道具が落ちてたんだっけ?
 既に壊れてたから捨ててきちゃったみたいだけど、何の魔道具だったのかなぁ。

 船に乗ってしばらくすると、ヴァレスさんとマーレさんがやって来た。
 本当にこの船に乗る予定だったんだね。

「お待たせしました。今日は天気もいいし、波も少ないらしいので外で話をしましょうか」

 みんなで甲板に出てきた。
 水しぶきが舞い、心地よい風が吹く。

「それで話と言うのは?」

 お父さんが早速話を切り出した。
 その目線はいつもより厳しい気がするのはきっと気のせいじゃないよね。

「はい。まずは私達の事ですが…。この銀色の髪を持つ我ら一族は、邪悪なる者を祓う役目を担っています。その役目で我ら二人もこの国であちこちを回り、暗躍する者を祓ってきたのです」

「暗躍する者?」

「はい。邪悪なる神に仕え、この世に混乱を齎す存在。我々はソレを『魔人《マジン》』と呼んでいます」

「魔人…ですか」

「はい、そうです。皆さんは会ったことがある筈です。黒い靄を纏った人語を話す魔物を」

 人語を話す黒い靄を纏った魔物…。
 それって、もしや…。

「クレスさん、ウードさん。あなた方は人語を話すオーガに会いましたね?」

「なぜ、それを!?」

 あの場には自分達しかいなかった筈だ。
 それなのになぜヴァレスがその事を知っているのか。

「黒い靄の事は、誰にも伝えていないが、それをなぜあんたが知っている?」

「ウードさん。そう警戒しないでください。我々は、その魔人を探す能力を持っているんです。ですから、あなた方が偶然遭遇する前にあそこに潜んでいる事は知っていたのですよ。当然、ある程度の調査も済んでいました」

「じゃあ、偶々俺らがあそこに来たと言うのか?お前が嵌めたんじゃないだろうな?」

「そんな事をするわけが無いでしょう?どちらかと言うと、貴方達が中に入ってしまって焦りましたよ。慌てて追いかけて中に入った時には通路が塞がってしまうし、無理に壁を壊せば崩落する恐れもありましたからね」

「あの時、()()()()()と私とで別のルートを探していたんですが、その前に皆さんが脱出したのを感じて戻ったのです。そうしたら、道が開けているのであのオーガ達の亡骸を調べたんです。まだ魔人の魂が残っていると思ったのですが…綺麗に消え去っていました」

「その時に確かに感じたのですよ、銀の魔力が使われた事をね」

「銀の魔力?」

 ヴァレスさんと、3年ぶりに会った私はあの時に覚醒したチカラについて、知る事になるのだった。 
「はい、我々は銀色に輝く魔力を銀の魔力と呼び、その魔力によってのみ使える魔法を銀のチカラと呼んでいます」

「銀のチカラ。お母さんがくれたチカラ…」

「お母さん?」

 あ、まずい。
 お父さんにも言ってなかったんだった。

 きっと、あの時にこのチカラをくれたのはお母さんだ。
 それまでとは違う魔力が湧いてきたのを覚えている。
 確かあの時は、これは一族の希望だと言っていた。

「なるほど…。お母様に会われたのですか?」

「えっと…、オーガ達に押されて死にそうになった時に優しい女性が私にチカラをくれたんです」

「なるほど。あの方は、最期まで慈悲深い人だったのですね…」

「知っているの?」

「はい、今はまだ教えるべきではありませんが、その方が貴女の母親であることは間違いありません。なぜならあなたが使った魔法は、親から引き継がれる魔法だからです。今は余計な混乱を招くだけですので詳しくは教えられないですが、貴女はさるお方の娘なのです」

「じゃあ、やっぱりあれが私のお母さん…」

「クレスは、お母さんを見たのか?」

「うん、実はね…」

 その後、私はあの時に見たものを説明した。
 私に似た女性がとても優しい顔で、自分を娘だと言い、チカラを授けてくれた事を。
 そのあと自然と魔法の名前が浮かび、使う事が出来た事でオーガロードを倒せた事を。

「そんな事が…。でも、良かった」

「え?」

「お前が一人で森を彷徨っていた時から考えていたんだ。なぜ、この子を捨てたんだろうと。でも、そうじゃなかったんだろうな。きっと何者かからお前を守るために、あの森に()()()()んだろう。そうなんだろう?ヴァレス」

「…仰る通りです。我々も必死で探しましたが、まったくと言い程足取りが掴めませんでした。お陰で、魔人の目からも逃れる事が出来たようです」

「なるほど。その魔人ってのが、クレスを独り寂しい思いをさせた元凶なんだな。いつか出来るならとっちめてやらんとな?」

『お前の実力では無理だぞ?返り討ちに遭うのが関の山だ』

「うっさい、今くらいもう少し恰好付けさせろよ!」

「お父さん…。ありがとうね!でもお父さん、私は独りじゃなかったよ。お父さんがずっと愛情をくれていたんだから。だから、全然寂しくなかった。ううん、それどこからずっと幸せだったよ」

 お父さんは、私が捨てられたと思っていたんだね。
 それをずっと怒っていたんだ。
 でも、そうじゃないと知ってホッとしたみたい。

 この人はどこまで心の広い人なんだろう。
 私の事を自分の事以上に考えていてくれる。
 やっぱり、この人の元で育てて貰えて良かったと改めて思ったよ。

「あの…。その蛇の魔物から不思議な魔力を感じるのですが…」

 ぎくっっとした顔をお父さんがしている。
 そういや、山の神様を連れ出しちゃったって周りの人には内緒にしているんだったよね。

「しかも、人語を話す魔物など聞いた事ありません。もしや、その魔物は…」

「いやその、コレデスネ…」

 なぜか片言になるお父さん。
 それだと余計に怪しまれるよ!

『ふむ、お主はマーレと言ったか?お主とそっちのヴァレスからは、クレスと同じ魔力を感じるな。ならば()()()()()()という事か…?まぁ、お互い今は知るべきではないだろうな。我は、智の神の眷属である神獣ヘルメスだ。お主達ならそれだけで分かるな?』

「なんという…。もしや、そちらのウードさんと契約を交わしたのですか?」

『その通りだ。我は正式な契約の元、今はこのウードを主としている。我がいる限り、簡単に感知されることはあるまい』

「なるほど。だからあの山の結界が無くなったんですね…。いえ、結界がなくなったからその場から離れた…?」

 あ、これってバレてるよね。
 最後の方は殆ど独り言のように呟いていたけど、この場にいる全員が分かってしまった。
 この二人にはヘルメスが山の神と言われていた神獣であるという事を。

「ああ、ご心配なさらずに。この事は誰にも言いませんから。まぁ、言っても神獣と契約しただなんて誰も信じないでしょうけど」

「え、そういうもんですか?」

「ええ。神獣と契約する事が出来るのは高位のテイマーか、神の使徒と言われる特殊な者だけです。そのどちらでもないウードさんが神獣と契約しただなんて、誰も信じないと思いますよ」

「はははっ、そりゃあそうか!」

 この歳でやっと冒険者になれたお父さんが、そんな才能があるだなんて誰も思っていない。
 魔獣を連れているというだけでも、周りがビックリしたくらいなんだから。
 それが神獣をテイムしただなんて言ったら、嘘を通り越して珍しく冗談を言ったんだろうくらに捉えられると思うよ。

 お父さんもそれは自覚しているようで、乾いた笑いしか出なかったようね。

「さて、話を戻しますがその銀のチカラですが、一族の者しか使えません。そして貴女のその銀色の髪ですが、そこまで綺麗な銀色の髪は血を濃く受け継ぐ者だけが持つ色なのです」

「それじゃ、初めて会った時から俺の子じゃないと確信していたのか?」

「はい、その通りです。なので失礼ながらしばらくはずっと監視しておりました。しかし、お二人は本当の家族のように仲睦まじい様子でした。だから、影ながら護衛するの留めていたのです」

「そこまでして、クレスを守るのは…」

「はい、魔人に襲われないようにする為です。銀のチカラを持つ者は魔人の天敵となります。まして、一族の血を濃く受け継いでいるクレスさんは、見つかれば間違いなく狙われる事でしょう」

「そうだったのか…」

「はい。不用意に接触してしまうと魔人に気が付かれる恐れもあったため、今までお伝え出来ず申し訳ございません」

「ううん、いいんです。私達の事を考えてくれていたんですよね。それに、こうやって教えてくれたんだし、感謝はしても文句なんてないですよ!」

「そう言って貰えると肩の荷が少し降ります。それならば、もう少し銀のチカラについて説明いたしましょう。マーレ」

「はい、ヴァレス様。では、私の手の平に貴女の手を乗せてください」

「こうですか?」

 私はマーレさんの言われた通りに、彼女の手の平に自分の手の平を重ねた。
 思ったよりも小さな可愛い手の平で、なんだかすこしドキドキした。

 しばらくすると、マーレさんの手の平が温かく感じる。
 これはマーレさんの魔力かな?

「これが通常の魔力を流した時の感じです。次は、銀の魔力を流しますね」

「あれ…、なんだか冷たい?」

「そうです、銀の魔力を感じれる者はこの魔力に触れると冷たいと感じるのです」

 さっきまでは温かく感じた魔力が、今度は冷たいと感じるようになった。
 でも嫌な冷たさではなく、ひんやりとした感じだ。

「そのまま意識を自分の中へ…。自分の中に、冷たい魔力を感じ取ってください…そう、そのまま集中して…」

 マーレさんに言われるままに、自分の中の魔力を感じるように意識をする。
 正直ここまで意識をして自分の魔力を感じるのは初めてかもしれないよ。

 でも、段々とコツを掴んできたかも…。
 自分の中に2つの魔力を感じる。

 熱く滾る血のように巡る魔力と、冷たく水の様に流れる清らかな魔力。
 きっとこれね。

「そうです、その調子です。流石ですねクレスさん。そのまま、手のひらから水が湧き出るイメージをして魔力を放出してください」

「こう、ですかっ!」

 すると、掌からキラキラと銀色に光るものが放出される。

「合格ですクレスさん。それが銀の魔力です。その魔力自体に魔を滅するチカラがあり、低級なアンデットならそれだけでも『浄化』させる事も可能なのですよ」

「ええっ!?それじゃ、クレスは神官並の『浄化』が出来るの?」

 そこで驚いたレイラが声をあげる。
 確かに、手をかざしただけで『浄化』出来るならそうかも知れない。

 ちなみにこの『浄化』というのは、アンデットを消滅させる事を指す。
 汚れを落とす『洗浄』とは別物なので、混同してはいけないのだ。

「借りる神のチカラは違いますが、結果そうなりますね。但し呪いを解いたり、毒を消したりは出来ません。あくまでも魔を滅するだけだと考えてくださいね」

「それだけでも凄いことだけどね。うーん、ますますクレスに置いていかれてる気がするな〜」

 レイラが思わずぼやく。
 折角自分の能力向上の為にウインドへ行くのに、更に差を付けられたと思っているみたいだね。
 レイラは、レイラ自身が思っているより強いんだけどなぁ。

「ですが、このチカラを使えば魔人に勘付かれてしまいます。彼らはこのチカラを恐れている分敏感なのです。それに通常よりも魔力を消費しますので多用は厳禁ですよ?」

「は、はい。分かりました。確かに普通よりも疲れますね」

「使う魔力の根源は一緒ですから、そこは注意してください」

「分かりました、教えてくれて有難うございました!」

 図らずも、銀のチカラの基本的な使い方を教えてもらう事が出来た。
 練習すればもっと自在に使えるようになりそうだよ。
 だから、これから少しづつ練習をしていつでもこのチカラを使えるようにしようと思う私だった。



 船に乗り、俺達はウインドの町にやって来た。
 そこはとても長閑な町で、果樹園あちこちにある傍らに魔道士の家が建ち並ぶ。

 果樹園農家と魔道士の仲はとても良く、みな協力して生活している様だ。

 町に着くとヴァレス達は用事があるとかで一旦そこで別れた。
 クレスはヴァレスとマーレから生まれ故郷の国について色々と聞いていた。

 いつかはそこに行く事にはなるだろうが、そこに辿り着くには長い旅になる。
 急ぐ事では無いので、色んなものをクレスに見せてやりたいと思っている。

「うちの村とはまた違った長閑さだな」

「サイハテはここ迄豊かな土地じゃ無いからね。ここの人たちは、みんな裕福な感じだね」

 風景は長閑だが、殆どの人は生活に困っている様子はない。
 ここの特産品であるフルーツ類は高価な物ばかりらしく、農家の人々もかなり裕福なのだとか。

 また、農家に対して魔道具や魔術品を売って生活している魔道士が殆どでそのおかげで魔道士も生活に困らないらしい。

 何より…

「この町には守り神様がいらっしゃいますから、魔物におびえることもないんですよ。いざとなれば魔道士様方が助けてくれますから、安心して暮らせるんでさぁ」

 と、おしゃべりが好きな農民に教えてもらった。

 何にせよ、しばらくここに滞在する予定なので宿屋を探さねば。

「宿屋ですかい?それならこの先に大きな宿屋がありますぜ。そこなら馬車も馬も預けれますから、あんた方ならそこがいいでさぁ」

 と教えてもらった。

 港から馬車で目的の宿屋を目指して走らせる。
 それほど時間が掛からずに、言われた宿屋を見つけた。

【宿屋 フルーツ亭】

 うん、まんまな名前だな。
 だけど教えて貰った通り大きな宿屋で、部屋も綺麗になっていて申し分無かった。

 クレス、マリア、レイラの3人は大きめの部屋に3人で泊まり、俺は一人部屋にした。
 エースも俺と同じ部屋になら入って良いと言われたので、一緒に寝泊まりする。
 床に毛皮を敷いてあげたら、尻尾をブンブンさせてとても喜んでいた。

 泊まるところが決まったので、次に冒険者ギルドに立ち寄る。
 どこの町にも必ずあるので、冒険者になったら立ち寄れとカンドのギルドマスターに言われていたからだ。

 もちろん、ここでクエストを受けておけば稼ぐことも出来るので、言われなくても普通は立ち寄るのだけどね。
 ギルドカウンターに行き、今日ウインドに着いたことを伝えて、早速何か依頼が無いかを確認した。

「そうですねー、今は討伐の依頼はないですが収穫の手伝いならありますよ?」

「冒険者の仕事で収穫の手伝いですか?」

「はい。この町には守り神様がいますから、滅多な事では討伐依頼なんてこないんですよ。なので主に魔術師ギルドに納品する薬草採取か、魔術用の鉱石採取なんですよ。それよりも報酬が良いのがこの収穫のお手伝いになるんですよ。今の時期にしか無いので、オススメですよ〜!」
 
 受付嬢は慣れた様子で説明をすると、クエスト書を渡してきた。
 きっとこの時期になると恒例のやり取りなんだろう。

 しかし、言うだけあり報酬はかなり良い。
 討伐ほどじゃ無いが、危険がなくて肉体労働だけでこの値段は凄いね。

 それだけこの果樹園の果物が高級と言うことなんだろうな。
 しかも、手伝ったらこの果物をお裾分けしてもらえるらしい。

「お父さん、私これやってみたい!」

「肉体労働は得意では無いですが、高級な果物が食べれるのは良いですね…」

 クレスと、マリアはやる気だ。

「うん、いいんじゃない?でも、私は師事出来る人を探さないとだから…」

「ああ、レイラは魔法を教えてもらえる魔術師を探すといい。安心しろ、レイラの分も貰ってきてやるからな」

「本当っ!?やったー、ウードさんありがとう!じゃあ、わたしは先にいってくるね」

 レイラは満面の笑みを零すと、軽い足取りでギルドを後にした。
 どこの女の子も甘いものには目が無いようだ。

 
 この町で買えば都市で買うよりは安いのだけど、それでもタダで食べれるのは嬉しいみたいだ。
 しかも今回の収穫を手伝う果樹園だが、ここでしか採れない『ウインドスター』という果物を育てている所だ。
 この『ウインドスター』というのは、高級果物の中でもかなり高価なものらしく、一般では売られていない幻の果物と言われているのだとか。

 それだけ高級品なので、傷があるものや形の悪いものは出荷しないらしい。
 そういう粗悪品扱いされた果物は、この『ウインドスター』を含め自由に持ち帰って食べていい事になっている。
 勿論、それを食べずに転売でもしようものなら違約金が発生することまで細かく書いてあるので、かなり拘り持って作っている事が伺えた。

「それだけ美味しいんだろうね!さ、お父さん、マリア行こう!」

「うん、行きましょう!」

 二人の後について行く形で俺は果樹園に向かうのだった。
 一緒に付いてくるエースの尻尾が、なぜかご機嫌にブンブンと振られていたのは気のせいではないだろうな。

「しょうがない、お前にもちゃんと分けてやるからな?」

 ウォンッ!と元気よく返事をするエース。
 お前も甘いものが好きなのか、可愛い奴め。

 ──その頃

「さっきギルドの人から教えて貰ったのはここかな…」

 レイラは魔術師ギルドの前に来ていた。 
 冒険者ギルドの職員に聞いたところ、教えてくれるような人は冒険者ギルドには来ないから、魔術師ギルドで聞いた方が早いでしょうという事だった。

 入口に入ると、少し暗めの内装で作られたロビーになっている。
 受付する場所であろうカウンターには、初老と思える人が座っていた。
 こちらを見て、一瞬眉間にしわを寄せるもすぐに顔を元に戻し小さな声で「こちらに…」とレイラを呼ぶ。

「ご依頼ですか?」

 レイラの恰好から、魔術師ではないと判断したようだ。
 確かに腰に剣を指す魔術師は、そうはいない。

「ええと、はい。私に炎の魔法を教えてくれそうな人を探しているんですが…」

「魔法の師事ですか。…魔術師の中でも、人に魔法を教えれる者は殆どいません。なぜなら、皆まだ現役で自分の魔術の研究に没頭しているような者ばかりですから…」

「えぇっ!?そうなんです…ね。現役を引退しているような方はいないですか?」

「いない事はないですが…、そうなるとかなり高額になりますよ?失礼ですが、お金はありますか?」

 いくら冒険者風に見えるとはいえ、年の頃15歳の少女が高額な指導料を払えるとは思えないだろう。
 普通ならまだ駆け出しで、日々の生活に精一杯というのが殆どだ。

「金貨5枚くらいまでならなんとか…」

「き、金貨5枚!?えっと…、失礼しました。どこかの良家のお嬢様でしたか、それなら…」

「いえ、お嬢様というわけでは…。いえっ、なんでもないです。もしかして、紹介してもらえるんですか!?」

 すると受付の人はさささっと羊皮紙にペンで地図を描く。
 さすがこういう所にいる人は、ペンで書くことに慣れているようだ。

 レイラも文字を書くことは一通り出来るが、ここまで綺麗には書けないだろう。
 図も分かりやすく、この魔術師ギルドの教養の高さが伺える。

「ここに行くといいでしょう。この方は、とある王宮の魔術師をされていた方です。気難しい方であるが、技術は超一流です。きっと貴女のお力になってくださるはず」

「有難うございました!いってみます!」

 仲介料として、銀貨1枚渡して教えて貰った場所へ向うレイラ。
 そこは見晴らしの良い高台。
 そこから見えるのは『ウインドスター』の果樹園であった。

「あのー、魔術師ギルドからの紹介で来ましたレイラといいます~。ガルム老師はいらっしゃいますか~?」

 そこでギィーっと扉が開く。
 中からは、聞いてた素性とはかけ離れた質素な暮らしをしている老人であった。
「おや、可愛らしいお嬢さん。こんな隠居した爺様に何か用かな?」

 中から出てきた老人は、聞いてたよりも優しげに尋ねてきた。
 ただ、目が笑っておらずその視線はレイラを見透かすようだ。

「えっと、炎の魔法の訓練をしたくて、魔術師ギルドに聞いたら貴方なら教えてもらえるかも知れないって聞いて来たんです」

「なるほどのう。それで、なぜ魔法を覚えたいのだ?」

「はい、わたし冒険者のパーティに入ったのだけど全然役に立てなくて、不得意な魔法をちゃんと使えるようになったらもっと役に立てると思ってるんです!だから…」

「ふーむ。レイラといったかな?見たところ、魔法の才能はあるようだが、うまく修得出来てないのかな?」

「はい…。自分なりには頑張ったつもりなんですが、うまくコントロール出来なくて」

「ほうほう。…なるほど、だからかの。ふむ、良いぞ。儂が見てやろう。そうだのう、ギルドにはいくらと言われた?」

 一瞬雰囲気が変わったかと思うと、レイラの中を覗くように見る老人。
 自分を見透かされているかのように感じる。
 何だろうと思った時には、元に戻っていた。

 レイラは意識を話に戻し、ギルドに提示した最大金額を素直に述べる事にした。

「具体的には言われてないですけど、金貨5枚までは出せると言ったらお爺さんを紹介してくれました」

「なんと金貨5枚?!お嬢さんが持つには随分と大きな金額だのう。あー、それと金はいらん…と言いたいのだが、ギルドの紹介だと奴らに手数料を払わねばいけないのでな、金貨1枚で手を打とう。それでどうかな?」

「え、いいんですか?!はい、有難うございます!!」

 老人が引き受けると答えてくれたので破顔して喜ぶレイラ。
 気が緩んだのか、ふと率直に思ったことを口にした。

「あ…、そのすみません。疑うわけじゃ無いんですが、お爺さんは本当に魔法を扱えるのですか?余りにも普通の人過ぎて…」

「はっはっは。歯に着せぬ物言いは嫌いではないぞ。どれ、ではせっかくなのだ、分かりやすいのをやって見せよう」

 老人はそう言うと、何やら呟いてから天に手を翳した。
 そして、より声を張り上げて叫ぶように詠唱する。

 赤い光が一点に集中して集まっていき、膨張を始める。
 
 「爆ぜよ!!────『エクスプロージョン』!!」

 老人が素早く唱えると、遥か上空で大爆発が起きた。
 爆発により起きた衝撃で、空を飛んでいた鳥達がバタバタと落ちてきた。

 すると、下からわぁーっと歓声が上がった。
 何事かと下を見ると、農園の人達が喜びながら今落ちた鳥をちゃっかり集めていた。

「おー!アーネスト様が派手にやっとるぞっ!!こりゃあ、ありがてぇ」

「いつ見ても流石だわぁっ!!」

 驚くどころか、まるで英雄かのように眼下の農園の人々が目の前の老人を讃えた。

 それにしても、老人が放った魔法は、紛れもなく一流だった。
 一瞬であの規模の魔法を使える魔法使いをレイラは見たことが無い。
 正直に凄いと思ったのだった。

 しかし、それ以上にここの農民達が物怖じしない性格な事に驚くレイラ。
 ここの人たちはこれくらいが日常茶飯事なのだろうか?

「ほっほっほ、少しは驚いたかね?儂はアーネストと言う。少し前まで王宮筆頭魔道士とか言われておったが、今じゃただの魔導士の爺さんじゃよ。さて、お主から見て、儂は合格かな?」

 呆気に取られてたレイラは、はっと我を取り戻しコクコクと頷いた。

「も、もちろんです!凄いねおじ・・・アーネスト様」

「様付けはいらんよ。では、さっそく始めようか。おっと、先に代金はいただいておくかのう。さっきも言った通りギルドに支払うお金がいるのでな」

「はい、それじゃこれをどうぞ」

 レイラは懐から1枚の金貨を取り出し、アーネストに差し出した。
 アーネストはそれを受け取ると、偽物じゃない事を確認してから自分の懐へしまった。

「さて、レイラと言ったかの。とりあえず中に入りなさい」

「はい、お邪魔しまーす」

 中に入ると、やはり質素な生活をしているのか物は少ない。
 しかしよく見ると、どれも派手では無いが高価な物ばかりが置いてあった。

 レイラもこう見えて商人の娘だけあり、物の価値は見ればわかる。
 小さな頃に両親に鍛えられ授かった賜物である。

「良い品をお持ちなんですね」

「ほう、これらの価値が分かるのか?見た目よりも教養があるようだの。ああ、あと無理して畏まった話方をしなくて良いぞ。堅苦しいのは好きじゃないのでな」

「本当?!良かった~、いつボロを出してしまうか心配だったわ」

 ほっと胸を撫でおろすレイラ。
 家業が商人なだけあり、そのくらいは出来るのであるが本人に苦手意識があるため、必要以上に丁寧に話すのが苦手であった。
 それをしなくてといいと言うので素直に普段に口調に戻すのであった。

「かっかっか、正直な子だな。だが、素直な事は悪い事ではないぞ。さて、まずは魔法の基礎についての講義をしようかの」

「えっと、講義…」

「露骨に嫌そうな顔をするでない。可愛い顔が台無しじゃぞ。魔法の仕組みをしっかり理解せねば、せっかく才能があっても上手く扱えんのだぞ?レイラ、今のお主のようにな」

「それは、わたしに知識が足りないという事?」

「どちらかと言うと、知識だけしかないと言うべきだの。理解するというのは、もっと深く識るという事じゃな」

 そういうと、絵が描かれた一冊の本を取り出すアーネスト。
 そこには可愛らしい妖精や精霊が描かれていた。

「自然にある魔法は大きく4つの魔法元素で構成されている。それは火・水・風・土だ」

「ええ、それは知ってるわ」

「うむ。これらが色んな働きをし、形を変える事で色々な事象を引き起こすことが出来る。それがこの世界の魔法なのだ」

「うん」

「例えば、火元素は大きく広がり勢い良く燃えれば炎となる。水は凝縮すれば、石にも穴を空ける威力を持ち、熱を無くせば氷となる。風は勢いを鋭くすれば刃となり、圧縮して擦り合わせて摩擦を起こせば雷を起こす。土は固めれば岩にもなり、小さな粒子にすれば砂となる。これらを具体的にイメージし、魔力によりて具現化したのが魔法なのだ。ここまでは良いかな?」

「ええーと、魔法はイメージ力と魔力の扱い方だと教わったわ」

「うむ宜しい。そして、そのイメージ力と魔力のコントロールがしっかり出来ていないせいで、殆どの人が上手く魔法を扱えんのだよ」

「じゃあ、わたしもその二つがちゃんと出来れば魔法が使えるようになるという事?」

「もちろんだ、レイラ。ちなみにこのイメージと魔力のコントロールのどちらが簡単だと思う?」

「えっと、イメージは頭に強く思い浮かべれば出来ると思うので、魔力のコントロールの方かな?」

「いいや逆だよ。案外イメージを固定化するというのは大変なのだよ。だから皆は、魔導書やら魔道具によってそれを補助しているのだ」

「あれって、魔法を覚える為の道具だと思ってた」

「ああやって、具体的にイメージを与える事により、より頭に思い浮かべる事を簡単にするものだよ」

「そうだったんだ。でも、それを使っても上手くいった試しが無いけど・・・?」

「それは、イメージの仕方を間違っているのだ。レイラは、魔法を凄いものだと思い込んでいないかね」

「凄いもの?だって、魔法は凄いでしょう?普通の人は苦労する事を簡単にしちゃうじゃない」

「そう、だから難しいものだとイメージ過ぎているのだ」

「うーん、良く分かんない」

「じゃあ、実際にやってみようかの。こっちにきなさい」

 そういうとアーネストは奥の部屋へ案内する。

 中に入ると、様々な魔法書や魔道具が綺麗に並べてあった。
 それだけでもアーネストの几帳面さが伺えた。

「あそこに的があるだろう。あれに向って好きな魔法で狙って見なさい」

「えっと、魔法で壊せばいいの?」

「いや、当てるだけで良い」

「当てる・・・。分かったわ、やってみる」

 レイラは自分に適性があると言われている、火の魔法を使う事にした。
 火が燃え上がり、的を燃やし尽くすイメージを強くする。

 そして、魔法を放った。

「ファイヤーボール!」

 すると燃え盛る火球が作り出されて、勢い良く的に向っていく。
 しかし、その的に当たるとレイラが放った火球は、表面だけ焦がすとふわっと霧散してしまった。

「えっ!?」

「ほっほっほ。そんな力任せの魔法では無駄に魔力を消費するだけで、一瞬でかき消されてしまうぞ。
こうやるのだよ」

 するとアーネストは手のひらを的に向けて、一瞬だけ集中すると魔法を放つ。

「ファイヤーボール!」

 同じ種類、おなじ魔法を唱えたアーネスト。
 しかし放った火球はとても小さく、紅い光が見える程度だった。
 しかし、的に中(あた)った瞬間。

 ボウッ!!
 と的が燃え上がり一瞬で灰となった。

「すごい!あんなに小さかったのに、なんで!?」

「これがイメージの仕方の違いなのだ。レイラは『火が燃え上がる事で的を燃やす』事をイメージしておっただろう?」

「うんうん、その通りよ」

「儂がイメージしたのは、火の元素を詰め込んだ球をイメージし、更にその球が当たった対象をその高温の炎で包み込み『一瞬』で焼失させる事をイメージしたのだ」

「最初から最後まで具体的にイメージしていたという事?」

「うむ、その通りじゃな。正しくは、発生させたときの形状、元素の密度、使う魔力の量、効果の内容、効果を発生させるタイミング、効果発生後の結果までを具体的にイメージしておったのだ」

「あんな短時間にそこまで考えてたの!?」

「まぁ、そこは慣れだの。重要なのは、いかに細かくイメージをするかだよ。それ次第では今よりも効果を高くすることが出来るはずだ。さあlもう一度やってごらん」

 レイラは、意識を集中し再びイメージする。
 さっきよりも、小さく凝縮された炎が的に向って飛んでいき、当たった瞬間に燃え盛った。

「ほっほっほ。随分と良くなった。うむうむ、それで良いぞ」

 こうして、レイラの魔法訓練が始まったのだった。

 クエストを受けて早速農園にやって来た。

「あんたらが、今日手伝ってくれる冒険者かい?じゃあ、早速手伝ってくれ。こっちだよ」

 農家の主人は、慣れているのかすぐに仕事の説明に入ってくれた。
 サイハテでも畑仕事はしていたが、果樹園の作業は初めてだ。

 大きな籠を渡されて、それにどんどん入れていってほしいと言われる。
 ウインドスターは特に高価な物だが、外皮が意外と硬いらしくそこまで慎重に扱わないでも大丈夫だという事だった。
 ただ、形が悪い物は値段がつきにくいため、それは別の箱に入れていくという事だった。

 2時間ほど時間が経った頃には、3回くらい籠が満杯になりお昼休憩になった。

「レイラはいい人見つかったかな?」

 一息ついて、朝に町に買っておいたパンを食べながら呟くように言うクレス。
 俺も気になっていたので、それに返すように会話を繋ぐ。

「ここには沢山の魔導士がいるらしいから、一人くらいは見つかるんじゃないか?」

「でもさっき農園の人に話を聞いたら、どの魔術師の方も研究だったり農家さんと専属契約して害虫駆除とかの薬品作ったりしているから忙しいみたいですよ」

 さすが商人の娘さんなだけあり、人と話す事が得意みたいだ。
 俺が知らない間に、色んなことを農家の人から聞いていた。

 この町の魔術師は、魔術師ギルドの本部があるほど魔術による研究が盛んなのだとか。
 俺にはどんな研究をしているか見当もつかないけど、ここの研究によって新しい魔術が発見される事もあるという。

 そして、研究から離れた魔術師も各農園の農家と契約をして、作物を育てるのに役に立つ薬品を作ったり、害獣や害虫から作物を守る薬品を作る事で生計を立てているので基本的に暇な魔術師はいないらしい。
 実力の足りない若い魔術師も、熟練の魔術師の下働きをしつつその腕を磨いている。

「そっかー、でも一人くらいはいるかもしないし、きっといい人が見つかるよきっと!」

 クレスはそんな情報を聞いても落胆せず、きっとレイラなら見つかると信じているようだ。
 常に前向きに考えるクレスらしい考えだと思い、一人微笑みを浮かべる俺だったが、そこで事件が起きた。

 ドゴーーーーン!!!!
 バサバサバサッ!!!

 突然、()()()()()()
 しかもその後、大量の鳥がバタバタと落ちてきたのだ。

「な、なんだ!?」

「わっ、凄い音した。ええっ!?お父さん、空から鳥が落ちてきたよ!!」

「きゃああっ!何、何!?」

 3人とも突然の出来事に混乱をしていると、今度は農家の人々から歓声が上がった!

「おー!アーネスト様が派手にやっとるぞっ!!こりゃあ、ありがてぇ」

「いつ見ても流石だわぁっ!!」

 喜びながら落ちてきた鳥をかき集める農家の人々。
 誰がやった事なのかを分かっているかのような口ぶりだ。

「あの~、一体何が起きたんですか?」

 とりあえず、近くにいる農家の人に聞いてみる事にした。

「ああ、あんたら今日は初めてだったな!今のはアーネスト様が俺らにお恵みをくださったんだ。この土地には()()()()()()()()()()()からな、魔獣はおろか普通の獣も滅多に近づいてこないんだ。だから、時々高ーい所を飛んでいる鳥をこうやって魔法で撃ち落としてくれるんでさあ」

「そうなんですね。しかし、なんでわざわざそんな事を?」

「前に聞いたら、腕が訛るから単なる肩慣らしだとか仰ってたけど、わざわざ鳥がいる所を狙って俺らの所に落としてくれるんだ。単なる照れ隠しだと皆言っているよ」

 なるほどなぁ。
 しかし、随分と変わった人もいるもんだ。
 本当の理由は知る由もないけど、それでもみんなが喜んでいるんだから水を差してはいけないよな。

 でも、俺にはそれよりも気になる事があった。
 みんなが、『アーネスト様、ありがとうございまーす!!』と手を振って丘の上にいる人物に感謝の言葉を送っていたその隣に、赤い鎧を着た女の子がいたからだ。

「なぁ、あのアーネストって人の隣にいるの・・・」

「やっぱりそう思った?!あれって、レイラかなぁ」

「私には良く見えませんでしたけど…。お二人とも、目がよろしいのですね。しかし、もしそうだとしたら、大変な人に教えを請う事になりそうですわ」

「でも、あんな凄い魔法を使えるなら、とっても凄い人に教えて貰えるのかもね!」

「おーい、ちょっとあんたらもこの鳥たちを捌くのを手伝ってくれ~。冒険者なら解体はお手ものだろう?」

 そう言われて、果物の収穫だけの筈が解体の手伝いまでする事になるのだった。
 呼ばれて、大量の鳥を運ぶ俺達。
 エースも口に数羽咥えて運び、しっかりと働いてくれている。
 うん、相変わらず良い子だな。
 よしよしと撫でてやると尻尾をブンブン、可愛い奴め。
 

 そんな中、ヘルメスはひとりでプカプカと浮きながらあらぬ方向を向いて何やら呟いている。
 まあ、元からこういう力作業は向いていないからいいんだけどね。

『そうか。お主はまだここの土地を守っておるのだな…。時が来たら会おうぞ、我が友よ』

 まるで懐かしいような雰囲気を出して、(蛇だから表情は良く分からないが)近くの山の方を見ているのだった。
 あの山に何か居るんだろうか?
 あとで訊くことにして、解体する場所へ向かった。


「しかし、あの高級フルーツを栽培して売っているんだから肉なんていくらでも買えるんでは?」

「おう、ウードさんって言ったかい?ここらじゃ、獣は捕れないと言っただろう?だからな、ここウインドに運ばれてくる肉はどれも加工品なんだよ。だからな、こんな新鮮な肉なんて滅多に食えねえんだよ」

「なるほど、そう言う事なんですね」

 そんな話をしながら血抜きのため首を落としてをしてから、鳥の羽根を毟り一匹づつ木と木の間に張ったロープに吊るしていく。
 俺とクレスは猟もしていたから手慣れたもので、『流石冒険者だなっ、俺らよりも手慣れているなぁっ!』と感心された。

 一方のマリアはこういう作業は相変わらず苦手で、血を見て顔を青くしている。

「こういうのは、学校でもしていましたが、やっぱり苦手ですわ…」

「はっはっは。こっちの嬢ちゃんはさっぱりだな~!しかし、人間得手不得手があるんだ、気にする事ねーよ!」

 依頼主に応援されて、『でも、これも仕事なんで頑張ります!』と慣れない手つきながらも頑張っていた。
 元々童顔な事もあり、その頑張る姿がグッと来るのかなぜかそのあとちやほやされていた。

 クレスの方は、『嬢ちゃん、可愛い顔して躊躇なく出来るんだなぁ。すげーや』と農家の人々に感心されつつ、逆にクレスからコツを教えている状態だ。
 元々クレスに教えたのは俺なのだが、なんでも天才的に上達するのが早いクレスだけに、今では俺よりも綺麗に解体出来ている。

 うーむ、我が娘ながら凄い成長ぶりである。
 え、全然、悔しくなんか、無いんだからな!
 これは、悔し涙なんかじゃないんだぜっ!

 と誰にでもなく強がっていると、いつの間にか近くに来ていたヘルメスに一言言われる。

『お主は、誰に強がっているのだ…。良い歳したおっさんが見苦しいぞ』

(いや、数千年生きているヘルメスに言われたくはないんだが…)

『今、何か失礼な事を考えなかったか?』

(いえっ、滅相もございません)

 こうして、ウインド初日の仕事を和気あいあいとした雰囲気でこなしていく俺達であった。