さーて、娘にいい所を見せないとな!
 って思って一人で前に出たわけじゃ無い。

 自分の実力なんて分かり切っているし、恰好を付けて死ぬような真似をするほど馬鹿じゃないつもりだ。

 じゃあ、なぜ一人でやろうとしているかと言うと…。

『ウードよ、我に任せるのだ。我のチカラを使ってあの魔物を弱体化させてやろう』

 と手に持つ、ヘルメスの本体である智慧の杖から声が聞こえてきたからだ。

 あの日、このヘルメスと契約してから色んな魔物と戦ってきた。
 いや、正確にいうと戦わせられていた。

 なんでも、本来のチカラを取り戻すためには俺から供給される魔力では足りないらしく、魔物が持つ魔力を奪う必要があるのだとか。
 そのため、ヘルメスのチカラで魔物を探しては倒して魔力を吸収するというのを繰り返してきた。

 まぁ、おかげで冒険者ランクが最低のGからEまで上がったわけだから、今では感謝もしている。

 ヘルメスが今の状態で使えるチカラは主に3つだ。
 一つ目は治癒。
 キールのケガも一瞬で直したあのチカラは、魔力を多く使えば使う程治癒力が高まるらしい。
 流石に死者の蘇生は出来ないらしいが、瀕死の人をピンピンに復活させることくらいは可能らしい。

 もちろん、実際にそんな事をしたら俺が瀕死になるくらい魔力が奪われるわけだけど。

 2つ目は、神の眼と言われる能力。
 魔力を持っている者であれば、半径5kmくらいなら感知する事が出来るらしい。
 さらに近づけば、相手の魔力の量や生命力が分かるらしい。
 ちなみに、ある程度であれば辺りの地形も見渡せるらしくかなり便利だ。

 3つ目は、相手の魔力を奪う能力。
 これは杖で直接触れる事で、相手の魔力を強制的に奪う事が出来るらしい。

 人であれ、魔物であれ、魔力が無くなると気を失い、最悪死に至る事もあるのだとか。
 なので、ある程度弱らせてからヘルメスの智慧の杖で触れる事で、すべての魔力を吸い取って魔物を倒す事が可能らしい。

 今回は、既に身動きが出来ない相手なので、弱らせないでも魔力を奪う事が出来るだろうという事だ。

(あの体に突き刺していいのか?酸で溶けたりしないのか?)

『心配するでない。我の体があの程度の酸で溶けるはずがなかろう。いいから気にせずにやるのだ』

(はいはい、分かったよ。じゃあ、いくぞ~!)

 俺とヘルメスは、杖に直接触れている時だけ心で会話する事が出来る。
 なので、声に出さないでも意志の疎通が可能なのだった。

「今から、この杖をあのウーズに投げて突き刺す。そのあと、ウーズが弱くなる筈だからそうなったら皆で攻撃するんだ!」

「ええ!?その杖、そんな効果があるの?ウードさん、すごい物を拾ったんだね…」

「お父様に言ったら、金貨100枚くらいは積んで買取ろうとするかもしれないわ」

 金貨100枚!?
 いやいや、駄目だ。
 これは単なる杖じゃなく、ヘルメスの本体だ。
 売り払ったら、祟られるどころじゃ済まない。
 どのみち、俺から離れることは出来ないみたいだから、無理なんだろうけどな。

『何か良からぬ事を考えておらぬか、お主』

 いえいえ、滅相もございませんよ!?
 そんな、売ったらもう冒険者ではなくても、クレスとあちこち旅行に行けるよな~とか思ってませんよ?

『…』

 考えている事が筒抜けになるので、どうやら本気で呆れられたようだ。
 ええと、少し自重します。

 さて、戦闘中なのを忘れかけてたけど、このでっかいウーズを倒さないとだな。
 倒すのは俺ではないんだけど。

「じゃあ、いくぞ!1・2・3!」

 力一杯に智慧の杖をジャイアントウーズに投げつける。
 杖の尖った部分がズブッと突き刺さる。
 これは膜を突き破ったというより、そのまま中に飲み込まれていったというのが正しいな。

 しばらくすると、杖を飲み込んだジャイアントウーズに変化が訪れる。
 あちこちが波打ち、蠢きだした。
 声をあげているわけではないが、苦しんでいるのが分かる。

 しばらくすると、ジャイアントウーズがへたっとなり、徐々に萎むかのように小さくなっていく。
 それでも通常のウーズより遥かに大きいが、おおよそ半分くらいになった。

「本当に弱ってる!?すごいねウードさん!」

「すごいですわっ!これなら倒せるかも!?」

 見るからに弱ったジャイアントウーズを見て、歓喜の声を上げるレイラとマリア。

「今がチャンスだね!みんな畳みかけよう、お父さんは下がって!」

 クレスが皆に声を掛けて、攻撃体勢に入った。
 精神を集中し、魔法を繰り出す。

「はぁっ!『電撃』!」

 クレスの風魔法の『電撃』を受けてあちこちから焼かれたようにあちこそから煙があがる。
 試験の時に使えるようになったらしいけど、凄い威力だな。

 それに続いて、マリアが氷魔法で追撃した。

「凍てつく氷の飛礫、『氷の矢』!」

 蠢くジャイアントウーズに、マリアが放つ氷魔法が次々と突き刺さる。
 突き刺さった跡は、凍り付いているようだ。
 マリアは治癒魔法もかなりのものだけど、この氷魔法の威力も凄いな。

 そして、トドメとばかりに極限まで集中していたレイラが前に出る。

「くらえええええっ!『高速剣』!!」

 目にも止まらない速さで繰り出される無数の剣。
 レイラの『高速剣』が、弱ったジャイアントウーズの膜を何度も切り刻んでいく。
 俺の目には、何本もの剣が同時に突き出されているようにしか見えない。

 凄いな、あれが剣技の才能がある人物しか発現出来ないという『高速剣』か。
 クレスを天才だと思っていたが、この歳でこんな技を使えるだなんて、レイラも負けないくらいの天才だな。

 怒涛の攻撃により、反撃する力も残っていないジャイアントウーズ。
 最後まで油断は出来ないが、あと少しで倒せそうだ。

 クレスとレイラが一際強い烈気を放ち、渾身の力を込めて同時に剣を突き刺した。
 そしてついに、ジャイアントウーズを守る分厚い膜を、完全に突き破る事に成功する。

「はあああああっ!」

「やあああああああっ!!」

 そのまま二人とも剣を奥まで差し込み、中心に浮かんでいる核を狙った。

 ズブ…ズブズブっと鈍い音を立てつつ、体の中に埋まっていく二人の剣。
 そして、遂にその剣先が核を二人が同時に貫いた。

 そういや、ギルドの職員が言っていたな。
 ウーズ系の魔物を倒すときには、核を狙えと。
 でも、核を破壊すると破裂するので、酸を持っているウーズを倒すときには注意が必要だと。

 え、という事は…。
 あのデカいのから大量の酸が出てくる!?

「いけないっ!二人とも離れろっ!」

「え、お父さんっ!?」
「ちょっ、ウードさん!!」

 言うが早いか、自分の体が勝手に動いていた。
 既に剣を差し込んだ場所から、酸が飛び散っている。
 残された時間はほぼ無いに等しい。

 荷物袋から持ってきていた布を取り出し、二人を庇いつつ抱き寄せる。
 そしてマリアの方へ飛び込み、3人がすっぽりと収まる様に布を被せた。

 次の瞬間。

 ドバァアアアアアアアアンッ!!
 と、ジャイアントウーズの体が弾け飛んだ。
 中から酸の液がウード達目掛けて噴出し、頭上から降り注いでくる。

 布で庇い切れないかもしれないと咄嗟に思った俺は、自らは噴き出す酸を遮る壁になるように背を向けて3人を庇った。

 ジュウウウッっと嫌な音を立てて、焼けるウードの背中。

『馬鹿者!お主、何をしているんだ!』

 慌ててヘルメスが治癒を始めるも、酸で爛れ焼ける方が早いようだ。

「うぐうううっっ!!」

 が、我慢だ俺!

 数秒してすべての酸が流れ出た後に、カランと物が落ちた音がするのが聞こえた。
 どうやら、なんとか耐えきったようだ。

 うん、もう大丈夫だな…。
 
 俺はそこで力が抜けて、その場にずるりと倒れ落ちた。
 
 その音を合図に、自分達に被された布をはぎ取り中から3人が出てくる。

「お父さん、大丈夫!?って酷いことになってるじゃないっ!!」

「うわわっ、ウードさん?!私達を守るためとはいえ、なんて無茶しているんだよ!」

「きゃあ、酷い怪我になっているじゃないですか!いくらなんでも、あれを直接被るだなんて!」

 3人が3人とも、無茶をしたウードを叱りつける。
 その目には、ウードを心配する涙を浮かべているが、本人は痛みで意識を失って見えてはいない。

「マリア、お願い!」

「クレス、もうやっているわ!」

 慌ててマリアが治癒魔法を掛ける。
 既にヘルメスが治療を掛けているので、徐々に傷が塞がっているようだ。

 そこにマリアの治癒魔法がかかる事で、加速的に治っていった。

 ──

「いてててて、ははは。ごめんな、咄嗟に体が動いてしまったよ」

「もう、笑い事じゃないんだから!」

「本当ですよ、ウードさん?!」

「お人好しってレベルの話じゃないよ?」

 クレスに頬っぺたをぎゅーっとされて、叱られるウード。
 もはやどっちが子供か分からない。
 マリアもレイラも怒りつつも呆れ顔だ。

 ヘルメスとマリアのお陰で、酸で焼け爛れた背中には傷跡が殆どない。
 しかし、治療を施しているマリアは納得がいかない顔だ。

「すごい綺麗に治ってる…。私の魔法だけじゃ、ここまで綺麗に治療できないわ。このヘルメスって、本当に魔物なの?」

『ふむ、良い勘をしている娘だな。だが、その話はいずれな…』

 ヘルメスも、治療に集中するため話を後回しにした。
 そして、数分後にはウードのケガは完全に治るのだった。