エルメスが自己が消滅するのを防ぐために、契約させられた結果になったウードであるが、そのおかげで自分の体質を知ることになる。

「お主は、魔力が無いのではなく魔力を使って具現化する力が無いのだ。そのせいで、折角魔力があっても魔法を使う事が出来ない。しかし、その代わりに魔力自体が特殊でな、お主の魔力を浴びると肉体が活性化し幸福感を得る事が出来るのだよ」

「そんな話、聞いたことないぞ?もし、そうなら誰かそういう事を知ってそうな人が教えてくれそうじゃないか?」

「特殊だと言っただろう?それは即ち、そんな魔力を持つ者は滅多にいないのだ。だから、その存在を知るのは数百年生きる種族や知恵のある魔獣…即ち我のような存在だけなのだよ。ましてや、そんな情報はこの辺境には伝わるわけも無いのだ」

「うーん、そう言われればそうなのかも知れないな」

「我ら神獣と言われる者達の間では、お前のような存在を"神の贄(サクリファス)"と呼んでいる」

「さ、サクリファス?大層な名称だな。それでそれって俺にとっては何かメリットあるのか?」

「メリットなら受けているだろう?この穴の上で待っている狼なぞは、そのおかげで懐いているのだぞ?」

 軽くない衝撃を受けた。
 そうか、その体質のせいで俺は狼にも懐かれていたのか。

 いや、それだけじゃないんだろうな。
 本来は気性の難しい馬や、その他の家畜達も苦労して捕まえた事はない。
 みな、大体ゆっくり近づくと警戒せずに捕縛用の縄を掛ける事が出来る。

 それもこれも、俺の特殊な魔力のお陰だという事なのか…。
 
「だが、逆に気を付けなければいけないぞ?知性が極端に低いものには、お前は単なる”ご馳走”にしか見えないからな?そう言うのも引き寄せるから、色んな意味で好かれるという事だ」


「それ、嬉しくないなぁ。下手したら、俺が魔物を引き付ける可能性があるのか?」

「それはあるだろうな。お主から放たれる魔力の残滓は、分かりやすく説明すると甘い香りがするのだ。それを辿ってくるものもおるだろうさ」

 こんなおっさんから甘い香りとか、何の冗談かと言いたいがエルメスが言うのだからそうなんだろうな。
 そうだ、この杖の事を聞かないとだな。
 一体なんなのだろう、凄い物だろうという事しか分からない。

「先ほど言った通り、お主は魔力を魔法に換える事が出来ない。だが、我が本体が封じてあるその智慧の杖があれば、それを通して効率良く魔力を我に供給できるというわけだ」

「じゃあ、この杖を捨てるとお前は死ぬのか?」

「恐ろしい事を考える奴だな。だが、それはムリだぞ?契約した本体はそっちだ。お主が死ぬか契約が破棄されない限りは、一生手放すことは出来ないと思え。お主は良き伴侶を得て良かったな」

 そう言うと、まるで意思を持っているかのように杖が浮遊し、俺の周りをクルクルと周り出す。
 手に持たなくても大丈夫というのはいいが、こんなものを町で見せたら色々と問題が起こりそうだ。

「誰が良き伴侶だよ!再婚相手は蛇神様なんだってクレスに言ったら卒倒するわっ!てか、もうキールは気を失ってるし!どうしてくれるんだ!」

「わぁーわぁー喚くな。人間の姿がいいのか?気が向けばなってやっても良いぞ?魔力を大きく消費するから今は出来んが、お主の気に入る姿に成ってやらんこともないぞ?さて、この少年…キールか?怪我をしているのだろう?我が杖を翳すと良い」

 何をするかは分からないが悪意は感じられない。
 言われた通りに智慧の杖を翳してみる。

「"治癒の光”」

 そうエルメス(の分身)が発すると、杖から光が発せられキールを包んでいく。
 しばらくすると、キールが目を覚ました。

「う…う、父さん?はっ、さっきの大蛇は!?」

「うん、もう大丈夫だ。あの大蛇は消えたよ。キール、体の調子はどうだ?」

「え?うん、何ともない…あれ、足も痛くないよ?!」

 おお、本当に治療出来たようだ。
 しかも、足の捻挫も直ったみたいだな。

「凄いもんだな」

「我はこう見えて医学の神の使いでもあるのだ。この程度なら、わけもないのだ」

「うわっ!…小さい蛇…の神様?」

 どうやらキールの中ではそういう結論になったようだ。

 そこでさっきの大蛇がこの蛇になったと説明をする。
 ついでに、もう食べられる心配も無くなったとも。

「そっか…、そうなんだね、よかったぁぁぁっ」

 と言って、涙をポロポロとこぼし始めた。
 どうやら、張り詰めていた緊張の糸が切れたようだ。

 まぁ、目の前に大きな蛇の顔があれば死しか想像出来ないよな。
 俺も諦めかけてたからしょうがない。

「とりあえず、帰ろう。今日はもう山菜どころじゃないわ」

「うん、そうだね。このヘルメス様はそのままついてくるの?」

「当たり前であろう?我はウードが死ぬまで一生ついて行くのだからな」

「そ、そうなんですね」

「ヘルメスはそのまま飛べば大丈夫だよな?キールしっかり捕まってろよ?」

「うん、父さん大丈夫だよ!」

「よし、エース!!引っ張れ~!!」

 ウォオン!!と大きく啼くと、グイっと一気に体がロープに引っ張られて浮かぶ。
 自分からもロープを引っ張り、どんどんと上に上がっていった。

 数分もしないで穴の外に出る事に成功する。
 しかし、外は既に日が落ちようとしている。

「エース、良くやったぞ。いい子だ!」

 頑張って俺らを引き上げてくれたエースを思いっきり撫でて労ってやる。
 しばらく嬉しそうにすると、ヘルメスを見つけてウヴーッ!と威嚇し始めた。

 見た目小さい翼がある蛇にしか見えないが、それでも只ならぬ力を感じたようだった。
 そんなエースに、大丈夫だ、新しい仲間だよ?と諭しつつ再度撫でてやる。

「ほう、勘の鋭い狼だな。エースというのか?我はヘルメスだ、宜しくな」

 エースもやっと警戒を解いてくれた。


 思わぬことで時間を喰ってしまったので、俺らは急いで家に帰る事にした。
 キールのケガは治ったが、歩くのがやっとだったのでエースの背中に乗せて運んで貰う事にした。

 俺は一人で荷物を何とかすべて背負い、足早に森に入った。
 俺の後をキールを背負ったエース、そして俺の横をふよふよ浮かぶヘルメスといった感じだ。

 何気にヘルメスが魔物を感知して知らせてくれるので、帰りは思ったよりもスムーズに戻る事が出来たのだった。


 これが俺の相棒の一匹、神獣ヘルメスとの出会いであった。
 そして、この出会いのお陰で俺はクレスについて行ける事が出来るのだが、その話はまた後の話だ。