眼前には鉈を研いで作られたような片刃の剣を右手に持ち、こちらに向けている男がいる。

 その目がぎらつき、今にも襲い掛かろうとしている獣の目だ。

「さあ、命が惜しかったらお前がもっている金目の物全て俺に寄こしな!」


 ───
 それは昼下がりの事だった。
 いつものように、訓練も兼ねて森に狩りに出掛けた。

 相棒のエースと一緒に森に入り、数羽の鳥と若い猪を仕留める事が出来たので今日の収穫としてはかなりいいだろう。

 相棒たちの肉も確保したし、今日は猪鍋かなと考えながら帰ろうとすると、茂みから数人の男が現れた。

 獣の毛皮を上着にし、薄汚れた姿で現れたその男達を最初は同業者だと思った。

 なんだ、ハンターか?
 見ない顔だなぁ…、若くも無いし町から流れてきたのか?

 カンドの町はそれなりに広いので、知らない顔の一つや二つあっても変じゃない。
 
 ただ、こう見えても物を覚えるのは得意な方なので、会ったことが無いという事はないだろうな。
 しかも、こんな野性味あふれる顔は忘れるわけが無い。

「よお、こんな所で会うとは運が無い奴め」

「俺らにとっちゃあぁ幸運だがな!」

 全員が武器をすちゃっと構えている。
 いや、このご時世に野盗とか、本当にいるんだなぁ。

 しかし、リーダー格の男以外は大したことが無さそうだ。
 しかも、一人子供がいる。

 あんな小さな子供を連れて、一体何を考えているんだか…。

「ん~、止めといた方がいいぞ?今時、野盗なんか儲からないだろう。真面目に働いたらどうだ」

「うるせーぞ、おっさん!俺が何をしようと俺の勝手だろう」

 隣にいる腰巾着達も『そうだそうだ!』とか言って騒いでいる。
 うわ~、明らかに頭の悪そうな連中だな。

 しかも俺の隣にいるエースを全く警戒していない。

 ハンターが連れているなら間違いなく訓練している狩猟犬か、狼なのだ。
 それくらい常識なのに、まったく気にしていないのは自分がそれくらい強いと思っているか、単なる馬鹿なのかどちらかだ。

 だがしかし、行動だけは早いようだ。
 一気に俺を取り囲んで逃げれないようにする。

 別に身動き出来ない訳じゃないから、突破するのは簡単だけど、もう少しこいつらから話を聞いておこう。
 クレスに害を成す存在であれば、こちらも手を出す事に躊躇は無いがな。

「それで、念のために聞くけど何のようだ?」

 それを聞いてガハハハッと大笑いする男達。
 いちいちイライラするやつらだ。

 折角それなに収穫があって気分が良かったのに台無しだよ、どうしてくれようか…。

「そんな質問するまでもねーだよぉ!」

 下っ端らしい男が喚いている。
 そして、リーダー格の男がこう言ったのだ。

「さあ、命が惜しかったらお前がもっている金目の物全て俺に寄こしな!」

 それを聞いた俺は、あからさまに分かる様にため息をつく。
 
 いや、確かに冒険者は諦めろと若い時に言われたよ。
 才能がないとか、合ってないとか色々とさ。

 でもそれから20年ほぼ毎日この森でハンターやってるんだぞ?
 薪割り、畑仕事、芝刈りに、足場の悪い森でウサギを追い掛けたりして足腰はかなり鍛えられている。
 それでそこらのヒヨッコに負けるようなら、とっくに大型獣にやられて喰われてると思うぞ?

「まだ、見逃してやる。帰れ」

「は?…俺がいった言葉が聞こえなかったのか?金を寄こせっていってるんだよっ、おっさん!!」

 言うが早いか、鉈のような剣をブウゥンっと音を立てながら俺を斬り付けてきた。

 もちろん難なく回避したが、その場に立ったままなら大ケガをしていただろう。
 という事は命を狙ったと判断していいな。

 この場で殺したら俺の家が分からなくなるだろうに、なんとも頭の悪い奴ら。
 しかも、俺を殺したら何処に逃げるんだろうか?
 
 この村はサイハテ村という。
 その名前の由来は、この世の最果てだかららしい。

 つまり、この村より先に人が住む場所は無い。

 なのでこの村で犯罪を犯すと逃げ場が無くなるのだ。

 昔は誤って罪を犯した者が流れ着く事もあったらしいが、そういう人は逆に真面目に問題を起こさないで生活していたらしい。
 なぜなら、ここが最後の村だからだ。
 追い出されたら、もう人が居る場所に住むことは出来ない。

 まして、近くの町には警備兵もいるのですぐに捕まえに来るのだ。

「俺を殺したら、おまえは何処に逃げるんだ?」

「なんで逃げるんだよ。あそこの村は俺らが占拠するに決まっているだろう!好き放題やってやるぜ」

「そうか…、じゃあダメだな。エース、やれっ!」

 ヤツは言ったのだ、俺の育った村に、クレスを優しく迎えて育んでくれた村に、危害を加えると。

 俺は素早く弓に矢を番えた。
 すーっと、自然に目一杯に引く。

 以前、クレスが教えてくれた事がある。
 俺よりも弓の経験が浅いはずなのに、なぜそんなに命中率がいいのかと。

 そうしたら、最初に帰って来た答えは『俺を見ていたから』だった。

 いやいや、見てただけでうまくなるなら誰も苦労しないぞ!?と思ったが、話には続きがあった。

『お父さんが、弓を射るときの弓と矢の角度、引いている弦がどこまで伸びているか、それによって、何処を通って何処に当たるのかを何回も何回も見てたから、それを真似してるんだよ?風吹いた時も、お父さんは角度とか調整しているでしょう?だから、そういうのも含めて、()()()()()の!』

 クレスは優秀だとは思ってたよ、良く出来た子だと。
 でも、この時分かったんだ。
 この子は本当の天才なんだと。

 見ただけで覚えれる。
 それしてそれを再現出来る。

 これがどれだけ凄いことなのか!
 本人は分かっていなかったみたいだけど、間違いなく誰もが認める天才となる。
 そう確信したよ、俺は。

 で、それが今の俺の状況に関係あるのかというと、関係ある。

 そう言われて、今まで経験だけで無意識で調整していた事を意識して出来るように訓練しているのだ。

 クレスは学校で今様々な事を吸収しているだろうからな。
 俺も、一つでも、少しでも成長しないと本当に俺を置いて旅に出てしまうかもしれない。

 そうならないように、おっさんなりに頑張っているわけで。

 だから、今の俺なら…。

 狙う場所は剣を持つ手の甲のど真ん中。
 幸い、風はそよ風。

 左手で持つ弓と、右手で引いている弦と矢の角度を合わせる。
 集中が高まると、まるで空に線が引かれているかのようなものを幻視する。

 それに合わせて、両手で調整しなぞる様に矢を放った。

 シューッと風を切る音を放ちつつ、矢は男の手のひらの真ん中に突き刺さり、そして勢いを止めずに貫いた。
 男が剣を落とし、それをエースが拾う。
 更に続けて両足の腿に矢を放った。
 両足に羽を植え付けられたような状態になり、激痛のあまり男は白目をむきならがそのまま後ろにバタんと倒れた。

 弓を構えてから、男が倒れるまでたったの数舜。
 周りの仲間たちは、何が起こったかも理解出来ていないようだ。

 だが、混乱している今がチャンスである。

 既に飛び出していたエースが仲間の男たちの足元に潜り込み、そこから咥えた剣で足の腱を切り裂いた。
 悲鳴をあげて、血を流しつつ悶ながら一人、また一人と倒れていく。

 俺もじっとしているわけじゃない。
 逃げようとした男を後ろから、持っていた手斧の刃がない方を振り下ろす。
 

 見事に後頭部から打ち付けられて前のめりに倒れて、白目を剥いて倒れた。
 どうやら一発で失神したようだ。
 こいつら、言う割に弱いな…。

 残りの奴らものたうち回っている間に手斧で頭を叩き、失神させておいた。

 さて、残るは…

「く、来るな!」

 一人残された少年が震えながらナイフを構えてこちらに向けている。

 エースは距離を取ってウ~ッと威嚇していた。

「もうお前だけだぞ?大人しく投降した方がいい」

「オヤジの仇は俺が取るんだ!」

 リーダー格の男を見てそう叫ぶ少年。
 いや、まだ死んでないぞ?お前の親父は。

 目の端に涙を浮かべているのは、恐怖か?

「そいつは、お前の親だったのか?」

「俺はオヤジに拾われて、育てられてきたんだ。もう他に行くとこなんかない、俺が、俺が…うわああああっ!!」

 ヤケクソ気味にナイフをハチャメチャに振り回した。

 が、それをエースが襲い掛かり地面に組み伏した。
 少年の持っていたナイフは宙を舞い遠くに転がり落ちた。

「うあああっ、やめろっやべろっ、いたいっ、うが、うべっ」

 そして…エースは前足で少年の顔を何度も()()()した。
 ポコンポコンと小気味良い音を立てて殴られる少年。

 爪が当たらないように殴っているようだけど、結構痛そうだ。
 鼻血を出しつつ少年も藻掻くが、エースを振り払う事が出来ないようだ。

「ううっ、痛い、ごめんなさい。うべっ、ごべんなざい・・」

 流石に可哀そうになって来たな。
 しかし、エースも少年に牙もつめも立てないのは、仕留めなる気が無いからだ。

 親に似てとても賢い子だ、ちゃんと手加減を分かっているようだ。

 もう抵抗する力を失ったのか、既にぐったりしている少年。

 エースはくるりと俺の方を向いて『どうする?』とでも言うかのように首をかしげている。

「うう・・・、うぶっ、うふぁっ」

 少年の上に座って、動けないようにしているが、エースの尻尾が少年の顔をぺしぺししていた。
 その度に苦しそうにしていた。
 うん、ちょっとおもしろいねそれ。

「さて…、どうしよかなぁ。お前、俺の所に来る気ないか?」

「うう…、え、それってどういう意味?」

「そのままの意味さ。そこにいるのは、本当の親じゃないんだろう?見たところ大して食わして貰ってないようだし、雑用係くらいの認識だったんだろうな…。悪いことをしないで、ちゃんと言う事を聞くって約束するなら、お前を村につれていってやる」

 少年は真剣な顔で俺を見つめる。
 どこまで本心なのか伺っているかのような視線だ。

 やがて、少年は俺の目を見ながらコクと頷くのだった。