「次、クレス組。出発しなさい」

「「「はい!」」」

 教官に言われて、私達は出発をしました。
 レイラが先頭で、私は真ん中。
 その後ろにマリア、という陣形を取り、いつ魔物が出ても大丈夫なようにする。

 ここの森には普通の野生動物も出てくる。
 その中でも。クマやイノシシと言った襲われると結構危ない種類もいるので、野生動物だからと言って油断すると思わぬケガする。

 そのため、そういうのも狩りして良いことになっている。
 もちろん討伐したらしっかりギルドが買い取ってくれるのだ。

 なので基本は出てきた動物をすべて狩りすれば、この訓練の評価にはつながると思っていいでしょう。

 レイラとマリアもその話には同意見だった。
 ただ、レイラの場合は、持ち運ぶのが大変だろうけど0よりはマシだろうというくらいだったけど。

 制限時間はおよそ4時間。
 リーダーにだけ、カウント式の時計を渡されている。

 この時計が0になる前には帰ってこないといけない。
 それを過ぎても減点対象になるのだから。

 なので、今回のリーダーである私がその時計を持っている。
 時間配分や、狩りするかしないか、どちら側に捜索しに行くかなどは、基本私が指示することになっていた。

「ここはもう人が入った痕跡があるね。しかも、まだ新しいみたい。次はあっち側に進んでみましょう」

「クレスは良くそんな事が分かるね。私には分からないよ」

 剣が得意なレイアでも、経験が皆無なこういう森の捜索や探索は苦手みたい。
 対魔物との一対一に重きを置いているという話だった。

「私はお父さんと一緒に狩りに行くからね。森はすぐに見た目が変わるから、違う風に見えても同じ場所に入ってしまう事があるの。そういう場合は、こうやって痕跡があるかないか、古いか新しいかで判断して獲物が近くいそうかを判断するのよ。もちろん、これはお父さんの受け売りだけどね」

「ウードさんって、本当に見た目と違ってしっかりした人なんですねぇ」

「マリア、それはもう言ってやるなよ」

 マリアがまた失礼な事を言っているけど、フォローしているようで同意してるレイラも大概にひどい。
 お父さんは、どうしても人前だと威厳を出せない人なのでしょうがないんだけど。

 そんな事を考えながらも、暫くすると動物がいた痕跡が見つかった。
 見たところ、大型動物のフンのようだ。

 まだ固まってない所を見ると、近くにいる可能性が高い。

「レイア、マリア。近くにいると思う。油断しないでね」

「「わかった」」

 二人はすぐに戦闘出来るように構えながら、ゆっくりを進む。

 クレスは辺りの気配に気を配らせる。
 するとすぐに魔力を感知する。

「この感覚は…、そこにいるの?」

「どうしたのクレス。見つかった?」

「うん、マリア、レイラあたりだよ。あっちに居るはず。戦闘準備!いくよ!」

 クレスの号令に従って、3人とも藪の向こうにいるであろう魔物に近づいていく。
 さすがに相手の姿を見ないで飛び掛かる真似はしない。

 先制を取るために、なるべく気取られないように近づくことにした。

 そこにいたのは、大きな牡鹿だった。
 しかも、通常の倍の大きさである。

 草食の筈のその鹿の口には凶悪な牙が生えていて、目が真っ赤になってギラギラしている。

「グレーターハートだわ。魔物の中では最下層だけど、それでも魔物よ。二人とも油断せずにいくよ!」

「分かった!わたしから突っ込むからクレス、援護してくれ!」

「うん、分かった。マリアはそのまま待機していて」

「わかりましたわ」

 私とレイラは左右に分かれて攻撃を仕掛けた。
 遭遇戦ではなく、先制を取れるのであればこうやって一気に押し込むのが一番いい。

 グレーターハートも、いきなり襲って来た私達に対応できず、逃げるも反撃するも出来ない。
 私の細剣とレイラの剣が煌めき、一瞬でその首を落とす事に成功した。

 バターンと倒れた鹿の魔物が間違いなく絶命したことを確認し、最初の討伐を問題なく終えた。

「わぁ。すごいわね二人とも。一瞬で倒すだなんて!」

「浮かれるのにはまだ早いぞマリア。今回は狩猟でもあるんだ。という事は・・・」

「これを持っていかないといけないのよね」

「そっ。これをちゃんと教官の所に持って行って完了ってところだ」

「じゃあ、血抜きしちゃうね?」

「「えっ?」」

 二人が驚いている間に、鮮度を保つために血抜きをしておく。
 躊躇なく魔物の死体に解体用のナイフでブスブス刺しているのを見て、若干二人が引いていた。

「クレスは、そんな事も出来るの?」

「え?だって、お父さんと一緒にやっていたし。最近は私も一人で出来るようになったの」

 鮮度のいい肉を確保するには、いかに早く血抜きをするかに掛かっている。
 それに、一応全部をギルドに売らないといけないとは言われていないので、少しは自分達様に肉を採っておきたかったのもある。

 オーク肉は高級品だと聞いたし、この魔物鹿肉も美味しいのかも知れない。

「じゃ、下処理はしたから殆ど血は抜けたはず。抜いた血と内臓は地中に埋めたから、他の魔物も寄ってくる事は暫くないだろうし、今のうちに移動しよう?」

「ああ、そうだな。そうしようか」

 中から血が滴らないように、動物油を染み込ませた布が中側に張ってある麻袋に獲物をしまい込み二人で抱えながら移動する。

 マリアは非力なので、帰りは主に道案内だ。
 来た道を戻るだけなのだが、森は迷いやすい。

 方向感覚が優れているマリアに、最短でかつ安全であろうルートを指示してもらい教官の所に戻ったのだった。

「お、クレス達か。流石だな、もう討伐してきたか!」

 開始から1時間と少し。
 今回の訓練の中で最速らしい。

 獲物に当たるかどうかも運次第なのだが、この冒険者というのは運も実力の内というのが実際にあり、それを非難することは出来ない。

 そう、努力家が必ず成功する世界ではないのだ。

「よし、間違いなくグレーターハートだな。ちゃんと魔石もあるし…ん、血抜きしたのか?」

「はい、鮮度を落としたくなかったので」

「訓練だし、そこまでしなくても評価には響かなかったのだが、さすがウードさんの娘だな。手際がいいよ」

「お父さんを知っているんですか?」

「ああ、知っているさ。まぁ、君のお父さんを知らない人の方が少ないんだがね。あの人は、ハンターとしてなら一流なんだよ。でも、冒険者としての才能が無かった。それだけなんだけどね。その後、馬や家畜を捕獲したり、肉を持ってきたりして生計を立てて結構儲けているんだろう?だから、いい例として、冒険者や商売する奴らには知れ渡っているのさ」

 冒険者は成功すればかなりのお金を稼ぐことが出来る職業であるが、失敗すれば、それイコール死という職業だ。
 まして、成功者なんてほんの一部で、実際には食べるのがギリギリな者たちが多数いる。
 それなのに冒険者になれば、大金持ちになるという風潮が未だに払拭されないのだそうだ。

 そんな時に、ある冒険者志望の若者の話をするのだと言う。

『ある若者は冒険者を夢見て様々な努力をしました。しかし、冒険者に必要な武器を扱う技術が一向に上がらずに、ついに冒険者になる事が出来ませんでした。しかし彼はそれまでに努力して培ってきた技術を他の仕事に活かして、今では生活に困る事のない裕福な生活が出来るようになりました。』

 という話だ。

「そして、最後に必ず言うのさ。それがサイハテ村に住んでいるウードさんの事なんだよと。冒険者志望者で適正が無い者には、冒険者にならなくてもああやって努力して真面目に生きれば、特に不自由なく生活は出来るんだから、諦めて違う努力をしたほうがいい、とね」

「そうだったんですか…」

「まぁ、本人だけじゃないかな知らないの。最近だと、隣にクレスがいるから。より幸せそうに見えるウードさんの話は、皆の心に響くのでこちらとしてもありがたいんだ」

 『でも、これからウードさんが冒険者になっちまったら、ウードさんだという事伏せないとだなぁ…。』と教官が勝手にぼやいていたけど、娘の前で言うのは遠慮して欲しいなと思った。

 でも…、お父さんは有名なんだよって皆言ってたけど、理由が嫌な内容じゃなくて良かった。
 努力は無駄にはならないって、お父さんが皆の手本になっていたんだと知ると自然と笑みが零れるのだった。

「もう、本当にクレスはお父さん大好きなんだから…」

「まぁ、わたしの父から比べたらいい父親だもんなぁ。正直羨ましいよ」

 二人に苦笑いされながらも、私はその気持ちを隠す事はしなかった。

「うん!私のお父さんは、世界一のお父さんだからね!」


 その後、グレーターハートの肉を一部持ち帰り様に確保してもらい、もう一度討伐に出発した。
 そこでもう一匹討伐に成功した私達は、その日の討伐訓練の成績1位となるのだった。