「ウードさん、娘さんを養成学校に入れませんか?」

 ギルド職員はいきなりそう切り出してきた。

 なんでも、ギルドは死亡率が一番高い未成年の時に有望な冒険者志望を育てることで人材不足を解消しようとしているらしい。

 もちろん有料なので才能がありそうでも入学金が払えないと入れないらしいが、幸いうちなら払えるでしょうとのこと。

 馬を卸しているのは町の人には知られているので経済力的にも可能な俺に声を掛けたみたいだ。

 しかも、クレスはここ最近冒険者登録した中でもダントツでセンスがいいみたいだ。
 今日もドリスに褒められたし、お世辞というわけでは無さそうだ。

 なんなら、纏まったお金が無いならギルドが立替えてもいいと言う。

 えええっ!そんなに期待されているの!?

「ちなみに、いつまで通う事になるんですか?」

「成人の儀を受けるまでですので、3年ですね。ちなみに、村からは通えないと思うので寮生活になりますけど」

「俺も一緒に入ることは!?」

「それは無理です。未成人のみ対象ですので」

 うーん、どうしたもんだろうか。
 授業は週に5日で、残り2日は休講らしいので外出したり実家に帰ることは出来ますよと言う事だった。

「クレスはどうしたい?」

「お父さんと離れるのは嫌だけど…ちゃんとした技術身につけておけば、成人後にお父さんと旅に出る時に役に立てると思うの!」

 この顔は…滅多にない俺にどうしてものお願いする時の顔だ。
 両手にグーをつくり、真剣な顔でお願いする様は可愛いのだが、内容が内容だけに素直に喜べない。

 だが、俺の為でもあると言っているクレスの意見を無下には出来ないな。

「分かった、通わせよう」

「いいの!?お父さん有難う!」

「ちなみに入学金と授業料はいくらだ?」

「そう言ってくれると信じていました。入学金が小金貨4枚、授業料が寮費と合わせて年小金貨6枚です」

「随分高いんだな。…分かった、支払いは何処だ?」

「では、養成学校を案内します。支払いもそこで払ってください」

 今回の依頼でかなりのお金が入った。
 それに馬の売ったお金もあるので、今ならそれなりに余裕がある。

 ちなみにだが、この国の通貨は4種類。
 銅貨、銀貨、小金貨、金貨となっている。

 銅貨100枚で銀貨1枚。
 銀貨100枚で小金貨1枚。
 小金貨10枚で金貨1枚となっている。

 まぁ、金一粒で銀貨1枚の価値があるらしいので、こういう比率なんだろうな。

 うちの村だと銅貨と銀貨くらいしか使わない。
 カンドの町でも、小金貨を買い物に使う者は少ない。
 大型の家具とか、よほどの高級品を買う時くらいだ。
 あとは馬と馬車くらいか。
 町人の家は殆どが借家なので、その支払いも銀貨が殆どらしいし。
 
 そこに金貨ともなれば、商人同士の取引か冒険者の報酬くらいなものだ。

 うちの村人なんかは、金貨を1枚も手にすることなく人生を終える者が殆どなくらいだ。

 そして俺はと言うと、商人や貴族用の馬を卸す仕事をしているおかげで村でも1、2を争う貯蓄をもっている。
 もちろん、1位は村長だけど。

 もちろん、金貨を沢山持ってても宝の持ち腐れなので適度に崩して保有している人が殆どだ。
 いざ使おうと思っても、相手がお釣りを持っていないと両替をしに行く羽目になるので良く使う銀貨でお金をためている人が殆どであるのが実情だ。

 町人でも、同じようで。
 支度金や財産としてある程度を持っておくが、普段使う通貨はやはり銀貨が殆どのようだ。

 そんな中、小金貨とはいえそれを要求してくる時点で貧乏人お断りになっているこの冒険者養成学校は人を選んでいることになる。

「しっかし、立派な建物だなぁ」

「本当だね、お父さん。こんなところに私住むの?…お金大丈夫?」

「大丈夫さ。マチスさんからたんまり報酬貰ったからまだ余裕はあるよ」

 先の貴族様の馬2頭と今回の護衛報酬、そして討伐分の報酬。
 これだけでクレスの3年分の授業料を払ってもお釣りがくる計算だ。

 それに俺もまだまだ働けるから、今まで通り馬を育てれば生活には困らないからな。
 流石に馬1頭で金貨1枚は中々ないけども。

 クレスと雑談をしながら歩いていると、事務室に案内された。
 ギルド職員と一緒に中に入り、ギルド職員が中にいた事務所内のお偉いさんに話をしていた。

「ほう、この子が噂の少女とその父親ですか。分かりました、あとはこちらで手続きをしますので、貴方は仕事に戻ってください」

 そう言われるとギルド職員は会釈をして去っていった。

「さて、初めましてウードさん。そしてクレスさん。私はこの学校の事務局長をしているマスカーと言うものだ。覚えておいてくれたまえ」

 マスカーに合わせて俺らも自己紹介をしながらお辞儀する。

 彼の説明によると、彼はこの学校の事務手続きを統括する責任者で、入学させるさせないの判断も彼に一任されているらしい。
 なので、お金さえ払えば入れるというわけでもないという事だった。

「まぁ、ウードさんはその道では有名ですから身元は問題ないとして、入学するクレスさんですが…。ギルドから報告を受けています。指導の時も優秀だったそうですし、今回あのマチスさんの依頼で冒険者登録したとか」

「はい、そうです。受けたのは護衛ですが、殆ど一緒についていったくらいですけど」

「それだけではないですよね?往路でゴブリンを数匹、復路でオーク1匹を討伐していると報告があがっている。その歳でこれだけ臆せずに倒せるのは中々いないですよ?」

「ドリスさんの指導があっての事です。それにお父さんもいましたし」

「ウードさんは、才能に恵まれなかった人というのは周知の事実なのです。馬の卸売りで有名な分、そういう情報もみんな知っているのですよ。なので無理にあなたの実力を隠さないで大丈夫なんですよ?」

 かなり失礼な言われ方をしているけど、反論出来ないのが悲しいところだ。 
 実際、ゴブリンに殺されかけているからな…。

「それに…。私は魔法も使えるんで分かるんですけど、貴女は魔法を使えますよね?」

 へ?
 いやいや、クレスが魔法を使っている所なんて見たことないぞ?
 しかも、うちには魔法を覚える道具とか無いし…。

 まさか、アレか?アレを見たのか?

「…。はい、一つだけですが使える魔法があります」

「やはりそうでしたか。貴女から魔法使い特有の波長を感じるのです。この感覚は、魔法使い同士にしかわかりませんが、貴女も覚えていくといいでしょう」

「分かりました、マスカーさん」

「ちなみに何の魔法を?」

「家にあった古書のいくつかが魔法書だったらしく…。そこに記載されていたのは、風魔法の『加速』『飛翔』『電撃』で、そのうち『加速』だけは習得出来たんですが全然熟練度上がらなくて…」
 
 魔法は覚えるだけでは使い物にならないらしく、熟練度が上がる事により効果と効率があがるのだそうだ。
 俺は覚える機会が無かったのと魔力が少ないと言われたので魔法なんて使えないが、使える者も修練してその実力を上げていくのだと言う。

 覚えてからどこまでのレベルに達するかは、これまたその人物の才能次第というシビアなものだ。
 なので魔法使いというのは、かなり貴重な存在となっている。

「ウードさん、この子を特待生として迎いれます。私どもが責任をもって育てますので、いいですよね?」

 マスカーさんに文官系とは思えない凄みを利かせた目線を送られて、断れない状況の俺は頷く事しか出来なかった。
 元々入学させるつもりで来たんだ。
 優遇してくれるというのなら、願ったり叶ったりだ。

「ちなみに入学金は国の規定で免除だ。授業料は年額小金貨6枚だが、今払っていくかね?」

「もちろん、用意はしているよ。娘をよろしく頼みます」


 こうして、クレスの養成学校への入学が決まった。
 入寮は次の一の日(週の1日目)に決まった。
 それまでに支度をして、必要なものは持ってくるようにと言われて準備をした。


「お父さん、ありがとうね。これから頑張ってくるね!」

 次の一の日に荷物を馬車に積んで寮までクレスを送った。
 ここからクレスの新しい日々が始まる───

 筈だったのだが…。

「次の五の日に迎えに来るからな!」

「もう、お父さんは過保護なんだから…。でも、ありがとうお父さん。午前中には終わるから、お昼くらいによろしくね!」

 講義が無い週末は実家で過ごす約束をしたので、離れて生活すると言う程でもなかったのだった…。