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……その日の夕方、私はまた沈んだ気持ちで山手線に揺られていた。

なんとなく帰る気持ちにもなれなくて。

どこにも居場所がないような気がして。

乗り込めば、私が動かずとも電車は勝手に進んでいってくれる。このままならずっと周遊してくれる山手線に、私は朝と同じように揺られていた。ちょうど空いていた座席の端っこに沈み込み、爪先に視線を落とす。少しでもアガればと思って履いてきたお気に入りのスニーカーの先が、いつの間にか汚れていた。

「隣、いい?」

「っ!?」

驚いて勢いよく声の主を見上げると、そこには、今日で三度目となる出会いの彼が、大きな手で吊り革につかまり背中を少し丸めながら、私に問いかけてきていた。

彼の背負っているリュックサックのチェーンが揺れる――朝、手すりに絡まりそうになっていた部分だ。

「さっきのこと、ちゃんと謝りたくて。迷惑だったら居なくなるから安心して」

私は……そんなに怯えたみたいに見えたのだろうか。

違う。ただ少し、落ち込んでいただけで。

「ううん。迷惑なんて」

彼と顔を合わせるのは、朝と昼に続いてこれで三度目のこと。昨日まで名前も知らなかった彼とこんなふうに話しているなんて不思議なかんじだ。

朝、名前も知らない者同士だったときに向けてくれたものと同じ笑みではにかむ彼に、なんだかとても安心する。その笑顔に信じられる優しさを感じてしまったからだ。きっと。