逃げ出した彼を追うことは当然困難なことだった。足の長さも体力も格段に違う人との追いかけっこの勝負は早々に、開いた距離と私が転んだことで終わりを迎えて。
そこは駅の構内、山手線のホームで。私は人の往来の多い中好奇の目を向けられていた。恥ずかしさを堪え、努めて冷静に服の汚れを払っていると、怪我はないかと彼の声が頭上からする。
「うん。大丈夫」
「……ごめん」
「私、よく躓いたりするんだよね」
「それもだけど……」
言い淀む彼と、とぼけてみた私の間に続く言葉はなかなか生まれてこず、その間に電車は一本行ってしまっていた。
立ち上がり、私は次に来た電車に彼を誘う。
「……色々、話しても、いい?」
「うん。ききたい」
ちょうどふたりぶん空いていたスペースに並んで座ると、彼はいつもみたいに長い足を納め、けれど、その顔はいつもより俯いていた。
「……ずっと、気になってた女の子が、いて……」
「う、ん」
どうかお願いだと、まるで懺悔のごとく、それから彼の言葉は色々なことを紡いだ。