「結婚しても仕事はバリバリ続けていきますので、よろしくお願いします」

お辞儀をする佐川さんに、社員たちは「おめでとう、佐川さん!」「あ、もう田部さんって呼んだほうがいいかな?」と祝福ムードだ。

同僚の結婚相手が、まさかの自分の恋人とか、どんな仕打ち?

みんなの声が遠くなる。胸の奥が爪で引っかかれるみたいに痛む。

どうりで、連絡を待ってたって来ないわけだ。だって、結婚が決まってたんだから。

「バカみたい……」

口元に自嘲的な笑みが浮かぶ。

いつの間にか、彼にとって私は過去の女になっていたというわけだ。

私、敦とその婚約者がいるこの職場で、ずっと働き続けなきゃならないの?

表情では笑顔を作って、口では心にもない「おめでとう」を送る。

心は粉々に壊れそうだった。



「どうしよう、泣きそう」

帰路についた私は、我慢できずに弱音を吐く。幸いにも私が通勤に使っているこの道は大通りから外れているせいか、通行人はひとりもいないので、どれだけ独り言を呟(つぶや)いても怪しまれない。