「ね、猫耳……少年?」

「……重い」

抑揚のない声で、少年はじとりと見上げてくる。猫っ毛なのか、柔らかそうなその黒髪はあちこち跳ねていた。

「……退いてって、言ってる」

「す、すみません」

慌てて退こうとしたのだけれど、どうも視界を掠(かす)める猫耳が気になる。ゆらゆら揺れている尻尾も気になる。

不愉快そうに睨(にら)んでくるこの少年は、目の色からするにあの化け猫で間違いなさそう。怖かったはずなのに、こう人間っぽい姿になると、むしろ……可愛い。

「ほんと、すみません」

たまらず、その猫耳を両手でふにふにした。

「……な、なにするんだっ」

「ほんとすみませんっ、どうしてもさわらずにはいられなくて。あ、これあげるので、許してください!」

いたいけな少年を撫で繰り回した私は、癒やしてもらった報酬ににぼしチップスが入った袋を献上した。彼はそれをぶん取り、大きく後ろに飛び退くと、ピンッと尻尾を立てながら体勢を低くする。

──警戒されてる……ものすごく。にぼしチップスでは埋められない壁を感じる。

先日は神様、今日は猫耳少年に変身する化け猫。驚きも通り越して、今ならどんなことにでも順応できそうだ。

猫耳少年を前に、さてどうするかとため息をつきそうになったとき、背後から足音が近づいてくる。

「静紀さん、引っ越しで疲れたじゃろう。昼食を作ったんじゃが……ん?」

吉綱さんの視線が猫耳少年に注がれる。

「よ、吉綱さんにも見えてます? さっき廊下で会って……というか彼は人間? 化け猫? 一体なんなんでしょうか!」

「落ち着くんじゃ、この子はミャオじゃよ。静紀さんはあやかしを見るのは初めてかのう?」

「あ、あやかし?」

そういえば前にも、そのワードを聞いたような……。

「そうか、そうか。突然〝見る力〟が覚醒したんじゃな? だとしたら静御前様と静紀さん、分かれていたふたつの魂がまた出会ったのが原因じゃろう。それで、もともとあった力を取り戻せたのやも。ミャオが見えるのが、その証じゃ」

「えっと……私、霊感を手に入れちゃったってことですか? というか、あやかしって霊とは違うんですか? もう、なにがなんだか……」

私の反応でいろいろ悟ったのか、吉綱さんは「わかったわかった」と二度頷(うなず)いた。