「ありがとうございました~」

私は引っ越しトラックを見送る。

婚姻の儀をした次の日、私は体調不良を理由に仕事を辞めた。周りからは白い目で見られたけれど、巫女にならなかったら、あの横暴神様に刀でさばかれていただろう。社会人としてどうかと思うが、命がかかっていたのだから仕方ない。それに、私と敦の関係が佐川さんや他の社員に知られたら、お互いに立つ瀬がない。だから敦も、私とのことなんて初めからなかったみたいに、一切の連絡を絶ったわけだし。

でもまさか、失恋してすぐ自分が結婚することになるなんて……。しかも、仕組まれて神様と。

喜んでいいものかと母屋に戻ると、玄関には台所に運ぶダンボールがひとつ。一応これからお世話になるわけなので、お惣菜(そうざい)パックやらお醬油(しょうゆ)やら、お饅頭(まんじゅう)やらを買ってきたんだけど、喜んでもらえるかな……って、私なんでこの状況をちゃっかり受け入れてるんだろう。

「よいしょっ」

私はダンボールを抱えて、台所に向かう。

しいていうなら、恋人に捨てられてすぐにひとりにならずに済んだからかも。

今日から始まる居候生活にわくわくしている理由を探していると、廊下の途中にある縁側で龍神様が寝そべっていた。しかも、昼間っからお酒を食らっている。

「あのう、龍神様? 私、今日からここに住むことになりました。どうぞ、よろしくお願いします」

ダンボールを持ったまま、私は縁側にいる龍神様の隣に立つ。龍神様は私には目もくれず、庭をハラハラと舞う紅葉を眺めていた。

「その、お饅頭買ってきたので、あとで一緒に食べませんか?」

期間限定のかりそめ夫婦とはいえ、龍神様が天界に帰るまでは協力して神社を再建しなきゃいけない。なら、できるだけ仲良くしておいたほうがいいと思って歩み寄ったつもりだった。だが、先ほどから返答がない。ピヨピヨと鳥の鳴き声だけが私たちの間を通り過ぎていく。

「龍神様、聞こえてますよね? 無視なんてひどいじゃないですか! お引っ越し同期みたいなものなのに……」

根気強く話しかけるけれど、会話のキャッチボールが成り立たない。

どうしたものかと縁側に腰かければ、龍神様はちらりと私に視線を向けた。そう、まるで汚物を見るような目で。

「騒がしい、黙れ。てめえは喋(しゃべ)ってねえと死ぬ病気なのか?」

出会ったときから、龍神様は辛辣(しんらつ)だ。彼のセリフを借りるとすれば、『龍神様は人を罵(ののし)ってないと死ぬ病気なんですか?』と尋ね返したい。

「どうしてそんなに邪険にするんですか?」

なにもしてないのに、むしろ勝手に嫁にされて怒りたいのはこっちだ。冷たくされるのは納得がいかない。というか、そこまで拒絶されるとさすがにへこむ。