「別に減るもんじゃねえだろ、とっととやれ」

有無を言わさない視線が、私を射抜いた。

これ、本当に巫女の儀式なんだよね? でも、ここでやっぱり辞退しますとか、言える雰囲気じゃない。というか、目の前の龍神様がそれを許すとは思えない。

えいっ、もうどうにでもなれ……!

腹をくくって背伸びをすると、龍神様の肩に手を載せて軽くその頭を引き寄せる。そして私は、「んっ」とその角に口づけた。その瞬間、ドクンッと心臓が鳴り、ふらりとよろめく。

「もう後戻りできねえぞ、てめえも俺も」

龍神様は私を抱き留め、忌々しそうにそう言い放った。

「なに、これ……」

発熱してるみたいに身体が熱い、血液がものすごい速さで全身を駆け巡ってる。自分の足で立てないでいると、吉綱さんが拍手をし始めた。

「めでたいのう、めでたいのう! かれこれ数百年も奉り神が不在だったこの神社に、ついに龍神様が……っ。それも、先代から伝え聞いていた龍神婚姻の儀を任されることになるとはっ、なんたる幸せ!」

「……は、婚姻の儀……?」

力の入らない身体に鞭(むち)を打ち、顔を上げると、頭上からため息が降ってきた。

「龍神の角に口づける行為は、龍神の世界では婚姻と同義(どうぎ)。たった今、俺とてめえは夫婦になったってわけだ」

「ふ、夫婦!? で、でも、龍神の世界ではってだけで、ここは人間の世界なわけですし、無効だと思います!」

「屁理屈言ってんなよ。この夫婦の契(ちぎ)りは龍神の長にしか解けねえ。もしくは俺たちのどっちかが死んだときだ」

「誰か、夢だと言って……」

頭痛がして、私は両手で頭を抱える。

「騙(だま)すような形になって、申し訳ないのう。実は……」

そう言って吉綱さんが話し出したのは、私の知らないところで仕組まれていた婚姻の裏事情。なんでも遥か昔、龍神の先祖が巫女と恋仲になって夫婦の契りを交わしたことから、代々龍宮神社の奉り神になる龍神は、そこの巫女と婚姻する習わしになっているのだとか。でも、龍宮神社には力のある巫女がなかなか現れなくて、長らく奉り神が不在。この神社の辺りでは、神様の恩恵が行き渡らないばっかりに、あやかし絡みの揉め事が起こり始めていた。