「なにあれ……」

これは夢……? わ、私、失恋のショックで頭がおかしくなってるんだ。だっておかしい。聞き間違いじゃなければ、あの龍、私に向かって俺の嫁か?って……。

「来たか……。お待ちしておりました、龍神様」

こうなることを知っていたのか、静御前は少しも驚いていない。私の隣に立つと、淡い光を放ってみるみる縮んでいく。そして信じられないことに、二歳児くらいの幼女に変貌(へんぼう)した。

「静御前!? その身体はどうしたんですかっ」

「霊体(れいたい)で元の姿を維持するのは、体力を使うのだ。だから普段はこうして童(わらべ)の姿をしている。そのほうが、力の消耗を抑えられるからな」

霊体って、文字通り肉体のない生き物って解釈であっているのだろうか。ダメだ、ついていけなさすぎて、こめかみのあたりが痛くなってきた。

「これしきのことで、いちいち動揺していたら立派な白拍子になれぬぞ」

幼女版の静御前は声が高く、話し方まで舌っ足らず。可愛いけど、口調が偉そうだからかな、なぜかマセガキっぽい。

「私、白拍子になる気ないですからね?」

「てめえら、俺を無視するたあ、いい度胸じゃねえか」

静御前に念を押していると、龍神様が話に割り込んでくる。

「決して無視していたわけでは!」

──ミニチュア静御前に気を取られて、存在を忘れてはいたけれど。

「この俺を雑に扱うとはな。人間は随分と偉くなりやがったみてえだ」

天に浮く龍神様の身体がぶくぶくと水泡に包まれていき、やがて小さくなっていく。水泡の集まりは滝のごとくザバーンッと地面に降り立つや否や、パチンッと弾けた。そこから燃えるような赤髪と頭に二本の角を持つ男が現れる。

う、わ……。一瞬にして、視線を奪われた。目も覚めるような美しい男だった。

歳は二十代後半くらいで、私とそう変わらなそうだ。前髪は左右に分かれており、深紅の双眼は切れ長で鋭い。腰に携えている刀と相まって、威圧感が凄(すさ)まじかった。

はだけた黒い着物の胸元に腕を突っ込み、髪色と同じ羽織をはためかせながらこちらにやってきた龍神様。人の背よりも高い位置にある舞殿に、軽く地面を蹴っただけで飛び乗った彼は、私を高圧的に見下ろしてくる。