「私、結婚できるのかなあ……」

踏んだり蹴ったりの毎日で、未来には不安しかない。神様に祈ったら、少しは私も幸せを掴(つか)めるだろうか。その一心で最後の段差を上がりきると──。

月明かりを浴びて、ひっそりと輝き佇(たたず)む白木造(しらきづく)りの神社が私を出迎えてくれた。

青白い月光が照らす広い境内や舞殿、そのどれもが美しかった。この光景を目にした瞬間から、疲れきった心が癒えていくのを感じる。

吸い寄せられるように、朱色(しゅいろ)の大鳥居を潜ったときだった。どこからか、ジャン、ジャン、ジャラランと雅な琴の音が聞こえてくる。顔を上げれば、境内の一角にある舞殿にひとりの女の人がいた。三十代くらいだろうか。金の扇を手に、右へ左へと回り、ストレートの髪を羽衣のごとくなびかせている。

苧環色の髪……。彼女の髪色を自然とそう表現していた。苧環なんて耳慣れない言葉を使った自分に驚き、思わず唇を指先で押さえる。

なに、今の? その舞を見ていると、どこからか込み上げてくる寂しさと愛しさに胸が詰まりそうになった。

『──しづやしづ~、しづのをだまき~、くりかへし~』

頭の中に桜吹雪がちらつき、あの夢で聞いた歌が響いている。

そうだ、〝私は〟『静よ』『静よ』と繰り返し名前を呼んでくれたあの方と、共に過ごした輝かしい日々にもう一度戻りたいという想いを込めて歌い、舞を踊った……。

「私、は……?」

なんで、自分のことだと思ったんだろう、この感情は誰のもの? 自分の中に溢れてくる、私じゃない私の想いと記憶に心臓が早鐘を打っている。

なんでか、女の人の舞から目を離せない。あれって巫女舞かな?

私は食い入るように女の人を見る。あの人が動くたび、空気が澄んでいくみたい。

神秘的で、時間も忘れて心を奪われていると、やがてなにかをその身に降ろすかのように両手を天へ上げた。真ん中で分けられた前髪、その下から覗(のぞ)く金色の瞳が流れるようにゆっくりと、私に向く。視線が交われば、女の人はふっと笑みをこぼした。