「──翠(すい)よ、このまま人間への憎しみを募らせればどうなるか、おぬしとてわかっていよう」

天に浮かぶ、龍神の住まいである龍宮(りゅうぐう)。その馬鹿でかい謁見の間で、俺は龍神の長に頭(こうべ)を垂れていた。

自分の身体のことだ、わかってないはずがないだろ。神の務めは地上とそこに生きる人間を見守ること。神で在りながら、庇護(ひご)すべき人間を憎み嫌うは……禁忌。

「俺はいずれ、神堕(お)ち……するだろうな」

心の汚れが俺の中の神力(しんりき)を弱めているのがわかる。

だが、それでも別に構わねえ。あいつを犠牲にしておいて、のうのうと生きてる人間のために力を貸さなきゃならねえんなら、あやかしになったほうがマシだ。

「そう、神堕ち。お前は遠くない未来、魂が穢(けが)れ、あやかしになった神となる。それを自覚しながら、なにもしないのは……あやかしに堕ちてもいいと思っているからか。そこまで楊泉(ようせん)のことを大事に思っていたのだな」

楊泉の名を聞いて、俺は奥歯をギリッと噛(か)みしめる。

「長、話があったから俺を呼び出したんだろ。要件はなんです?」

「お前は、その穢れさえなければ私の後を継ぎ、龍神の長ともなれる力を持った神。私は、お前の神堕ちをみすみす許し、あやかしにさせる気はない」

「まわりくどいな、なにが言いたいんです?」

「龍宮神社(りゅうぐうじんじゃ)の現状は、お前も知っているな」

知ってるもなにも、この龍宮と龍宮神社には切っても切れない繋(つな)がりがある。

遥か昔、龍神の先祖が人間の女──それも巫女(みこ)と恋仲になり、夫婦の契りを交わしたところから始まる。それから代々、龍宮神社の奉(まつ)り神になる龍神は、そこの巫女と婚姻する習わしになっているのだ。