コンビニでのバイトは高校に上がった直後から始めた。
 もう一年半になる。顔触れの変わらないパートさんたちと違い学生バイトは出入りが激しく、わたしの年数でもすでにベテラン扱いされている。

 平日の勤務は大体十七時から二十二時まで。
 家に帰るのは面倒だから、学校から直接バイト先まで行き、裏で腹ごしらえをしてから勤務することにしている。

 いつものように二十分前に入店し、カウンターから繋がるバックヤードで夕飯代わりのチキンを食べていると、「ねえ」と呼ばれ顔を上げた。
 わたしと交代で退勤するパートのおばちゃんが、壁に貼られたシフト表を見ていた。

「青葉ちゃんって学費とか自分で払ってるんだっけ?」
「ううん。どうしてですか?」
「だって、今週ずっと休まず入ってるじゃない」
「ああ」と頷く。
「うち母子家庭じゃないですか。だから、なるべく親に負担かけないように自分でできることは自分でしようって思って」
「あら、偉いわねえ」
「偉い、のかなあ」

 チキンを半分だけ食べて、残りはゴミ箱に捨ててしまった。
 大好物なはずなのに、どうしてか胃が受け付けず食べる気にならなかった。

 ロッカーに入れていたTシャツとジーンズを引っ張り出し、学校の制服から着替え、ユニフォームを羽織る。
 髪は結ぶほどの長さがないから、邪魔にならないよう耳にだけ掛けておいた。

 時間は十七時の五分前になっていた。タイムカードを押し、一度ぐっと伸びをしてからカウンターに出る。
 ほんの少し立ちくらみがしたけれど、一瞬だけだったから気にしないことにした。

「うちの息子も青葉ちゃんを見習ってほしいわあ。もう大学生なのに親のすね齧ってばっかりなのよ」

 ふたりでレジの点検を行っている間、おばちゃんがしみじみと呟いた。
 さっきの会話の続きだろうか、おばちゃんは、わたしのことを自立したしっかり者だと思っているみたいだ。

「でも、わたしもバイトしてるのって、家のためじゃなく自分のためなんですよね」

 コインカウンターにレジの小銭を入れながら、なんとなくそう答えた。

「なんて言うのかな、罪悪感から逃れるための逃げ道を作ってるのかも」
「罪悪感?」
「そう。なんか時々、わたしがいなかったらお母さんはもっと自由に、幸せに生きられるのかなあとか考えちゃうんです」

 わたしが小学校に入ってすぐ、両親が離婚した。わたしはお母さんに引き取られ、以来、親子ふたりだけの家庭で育った。

 片親だったことで苦労した経験はあまりない。
 お母さんが安定した収入を得られる職に就いていたこともあって、経済的に困ったこともそれほどないし、嫌な思いをしたこともなかった。

 けれど、お母さんはそうではなかったはずだ。
 高学年になって、中学生になって、少しずつ身のまわりのことを理解するようになって、もしも、と考えるようになった。

 もしもわたしがいなければ、お母さんはもっと好きなように生きられたのかな、と。

「だから、自分はお母さんの負担になっていないって思いたいのかもしれないです」

 そこまで言って、はっとした。つい変な話をしてしまった。

「あ、でも別に、お母さんと仲が悪いわけじゃないんですけど」

 慌てて笑顔を浮かべたけれど、おばちゃんは眉を寄せて、苦いものでも食べたかのような顔をしていた。

「あのね青葉ちゃん」

 と、レジの付近にお客さんがいないのを確認してから、作業の手を止めわたしと向かい合う。

「あたしも人の親だからわかるけどね、親ってのは子どもが思っている以上に、子どもに力をもらっているものなの」
「……力?」
「そう。確かにひとりで子どもを育てるのはとっても大変よ。綺麗ごとばかりじゃない。でもね、お母さんは、あなたがいるから頑張れる。そういうこともあると思うよ」

 おばちゃんはわたしの肩を力強く叩き、にいっと笑った。
 わたしは、笑い返すことができなかった。