◇
「ねえ青葉、このあと遊びに行くんだけど青葉も来ない?」
帰り支度をしていると、クラスメイトに声をかけられた。
わたしはペンケースとノートを適当に放り込んだ鞄を肩にかけ、片手で『ごめん』のジェスチャーをする。
「これからバイトなんだよね」
「今日も? 今週ずっとじゃない?」
「大学生の人が、レポートの提出期限が近いみたいで休んでてさ。代わりにわたしが入れるところは全部出ますって言っちゃったんだ」
「マジ? 大変だねえ。無理しないようにね」
「ありがと。また誘って」
手を振って、まだ人の多く残っている教室を出る。
授業が終わった直後の学校はどこもかしこも賑やかだ。部活へ向かう人。帰る準備をする人。補習を受ける人。まだしばらく居残って友達とお喋りをする人。
生徒と先生が行き交う廊下は、そこら中から笑い声と足音が聞こえてくる。
毎日同じ日を繰り返しているみたいな変わらない日常。
いつもどおりの放課後の始まる校舎を、昇降口まで向かっていく。
すると、渡り廊下の真ん中で、
「青葉」
と呼ぶ声が聞こえ、足を止めた。
「恭弥」
振り返ると、見慣れた顔が立っていた。わたしを捜して追いかけてきたのだろうか、少し暑そうに、伸びた前髪を掻いている。
鞄を持っていないからまだ下校するつもりではないみたいだ。一緒に帰ろうと誘いに来たわけではないらしい。
どうしたの、と言おうとしたら、恭弥が先に口を開いた。
「おまえ、今日もバイト?」
その口調と表情で、恭弥の言いたいことをなんとなく察した。
面倒くさいことになりそうだと何も言わずに歩き出す。恭弥は懲りずにあとを追ってくる。
「夜までなんだろ? ここんとこ毎日じゃねえか」
「そうだけど、だから何?」
「無理してんじゃねえのかって言ってんだよ。いくらおまえでもそのうち体壊すぞ」
「平気だって。ごはんは食べてるし、それなりに寝てるし」
「そうやって自分は大丈夫だって思ってるから余計に心配なんだよ。現におまえ、今日ちょっと顔色悪いぞ」
わたしは隠すことなく大きなため息を吐いた。思ったとおり、恭弥はお節介モードに入っているみたいだ。
この幼馴染みは昔から度々余計なお世話を焼いてくる。やれ給食を残すなだの、やれあの子と仲直りしろだの、やれ体調が悪いなら無理せず休めだの。
他の友達からは『恭弥くんはクールで大人びている』と言われているらしいが、わたしは全然そう思わない。むしろしつこい小姑みたいだ。
「ねえ恭弥、話ってそれだけ? わたしバイトに遅れちゃうから、もう行くよ」
一度立ち止まり振り返る。
いつの間にか頭ひとつ分身長差のついた幼馴染みは、小さい頃から変わらない視線でわたしを見下ろしていた。
「あのな、おまえのこと、おばさんも心配してんぞ」
恭弥が言う。
「家のことなんて気にせずにおまえの好きなように時間を使えばいいって言ってた。なあ青葉、あんま意地張るのもいい加減にしとけよ。家のためにって頑張るのもいいけど、おまえ自身の負担になることをおばさんは望んでねえよ」
「……言われなくても、わたしは自分の時間を好きに使ってバイトしてる」
「するなとは言わねえよ。ただ不必要な無理はするなっつってんだ」
「あのね恭弥」
思わず口調が強くなる。
反して、視線は逃げるように恭弥の目からずらしていた。
「あんたにどうこう言われるまでもなく、自分のことくらい自分で管理できるから」
「青葉」
「わたしがどうしようと恭弥には関係ないでしょ」
「関係ねえとか、そんなの……」
恭弥は濁すようにして口を噤んだ。
その隙にわたしは踵を返し、ふたたび昇降口に向かって歩き出す。
「わたしのことはほっといて。じゃあね」
「おい青葉!」
背中越しに恭弥の声が聞こえていた。
もう足は止めることなく、幼馴染みを振り返ることもなかった。
「ねえ青葉、このあと遊びに行くんだけど青葉も来ない?」
帰り支度をしていると、クラスメイトに声をかけられた。
わたしはペンケースとノートを適当に放り込んだ鞄を肩にかけ、片手で『ごめん』のジェスチャーをする。
「これからバイトなんだよね」
「今日も? 今週ずっとじゃない?」
「大学生の人が、レポートの提出期限が近いみたいで休んでてさ。代わりにわたしが入れるところは全部出ますって言っちゃったんだ」
「マジ? 大変だねえ。無理しないようにね」
「ありがと。また誘って」
手を振って、まだ人の多く残っている教室を出る。
授業が終わった直後の学校はどこもかしこも賑やかだ。部活へ向かう人。帰る準備をする人。補習を受ける人。まだしばらく居残って友達とお喋りをする人。
生徒と先生が行き交う廊下は、そこら中から笑い声と足音が聞こえてくる。
毎日同じ日を繰り返しているみたいな変わらない日常。
いつもどおりの放課後の始まる校舎を、昇降口まで向かっていく。
すると、渡り廊下の真ん中で、
「青葉」
と呼ぶ声が聞こえ、足を止めた。
「恭弥」
振り返ると、見慣れた顔が立っていた。わたしを捜して追いかけてきたのだろうか、少し暑そうに、伸びた前髪を掻いている。
鞄を持っていないからまだ下校するつもりではないみたいだ。一緒に帰ろうと誘いに来たわけではないらしい。
どうしたの、と言おうとしたら、恭弥が先に口を開いた。
「おまえ、今日もバイト?」
その口調と表情で、恭弥の言いたいことをなんとなく察した。
面倒くさいことになりそうだと何も言わずに歩き出す。恭弥は懲りずにあとを追ってくる。
「夜までなんだろ? ここんとこ毎日じゃねえか」
「そうだけど、だから何?」
「無理してんじゃねえのかって言ってんだよ。いくらおまえでもそのうち体壊すぞ」
「平気だって。ごはんは食べてるし、それなりに寝てるし」
「そうやって自分は大丈夫だって思ってるから余計に心配なんだよ。現におまえ、今日ちょっと顔色悪いぞ」
わたしは隠すことなく大きなため息を吐いた。思ったとおり、恭弥はお節介モードに入っているみたいだ。
この幼馴染みは昔から度々余計なお世話を焼いてくる。やれ給食を残すなだの、やれあの子と仲直りしろだの、やれ体調が悪いなら無理せず休めだの。
他の友達からは『恭弥くんはクールで大人びている』と言われているらしいが、わたしは全然そう思わない。むしろしつこい小姑みたいだ。
「ねえ恭弥、話ってそれだけ? わたしバイトに遅れちゃうから、もう行くよ」
一度立ち止まり振り返る。
いつの間にか頭ひとつ分身長差のついた幼馴染みは、小さい頃から変わらない視線でわたしを見下ろしていた。
「あのな、おまえのこと、おばさんも心配してんぞ」
恭弥が言う。
「家のことなんて気にせずにおまえの好きなように時間を使えばいいって言ってた。なあ青葉、あんま意地張るのもいい加減にしとけよ。家のためにって頑張るのもいいけど、おまえ自身の負担になることをおばさんは望んでねえよ」
「……言われなくても、わたしは自分の時間を好きに使ってバイトしてる」
「するなとは言わねえよ。ただ不必要な無理はするなっつってんだ」
「あのね恭弥」
思わず口調が強くなる。
反して、視線は逃げるように恭弥の目からずらしていた。
「あんたにどうこう言われるまでもなく、自分のことくらい自分で管理できるから」
「青葉」
「わたしがどうしようと恭弥には関係ないでしょ」
「関係ねえとか、そんなの……」
恭弥は濁すようにして口を噤んだ。
その隙にわたしは踵を返し、ふたたび昇降口に向かって歩き出す。
「わたしのことはほっといて。じゃあね」
「おい青葉!」
背中越しに恭弥の声が聞こえていた。
もう足は止めることなく、幼馴染みを振り返ることもなかった。