フォンには薄々、彼らの未来が読めていた。ハンゾーほどの残虐な人格者が、道具として回収し、忍者の秘密を知った者を長生きさせるはずがなかった。

「お主を連れてくる為に利用してやるつもりじゃったが、あそこまで使えんとはのう。特にあの魔法使いは、擦り寄りと命乞い以外は蛆虫程度の価値もない。薬で強化してやってもあれだとは……やはり、儂の目的に見合うのはお主しかおらんな、フォン」

 クラークやサラ、ジャスミンはもとより、自分に擦り寄ってきたマリィに関しては猶更価値を見出せないだろう。忍者の薬の力を借りておきながら敗走した時点で、仮にハンゾーが目的を達成しても、彼らが生かされる理由はない。
 それどころか、ハンゾーの関心は手駒よりも、フォンに向いているようだった。

「僕を、どうするつもりだと?」
「決まっておる。儂の右腕とし、新たな『忍者兵団』の頭領とするのよ」

 ハンゾーの目当てが変わっていないのに、フォンは内心驚いていた。死の間際に放った忍者の軍団の頭領に、彼を据えるつもりでいるのだ。
 無論、フォンは喜びなどしない。忍者の最上位に立ったところで、後ろには常にハンゾーがいる。兵団のトップに立つことは、つまり蛇の傀儡になるのと同じである。

「僕を頭領に? ネリオスに潜入させた忍者を任せて、お前はどこへ行くつもりだ?」
「そこまで見抜いておるとはな。そして儂がどこへ行くかとは、さっきも言ったぞ――儂が目指すは忍者の国にして、その王よ」

 同時に、蛇は最早、地を這うことだけを理想とはしていなかった。

「今こそ、忍者が太陽となるのだ。人を、亜人を従える、『忍者帝国』としてな」

 ハンゾーの腹に潜むのは、王としての立場だった。
 しかも、この王国よりも長大な野望だった。少なくとも、王都に閉じこもるような国王はハンゾーの野望の範疇ではない。ともすれば他国を侵略し、平地を、森を、山を、谷を支配する完全にして暴虐の王を、彼は望んでいるのだ。
 忍者とはそんなものか。人を恐怖で統治し、強さを知らしめるものか。

「忍者は――師匠が望んだのは、そんな未来じゃない!」

 いや、決してそうではない。
 フォンが――フォンの中に流れる先代の遺志が、彼を反射的に叫ばせた。

「忍者が最も輝くのは、人の影の中だけだ! 忍術はだれかを支配する為の力でもないし、人の血を無為に流させる力でもない! お前の息子の言葉を、お前は……!」

 だとしても、ハンゾーの決意と憎悪は微塵も揺るがなかった。

「ああ、聞いておったとも。愚息の戯言をな」
「……!」

 それどころか、ハンゾーは自身の息子である先代フォンの在り方を一蹴した。出来の悪い息子を語るような口調を前にして、フォンの目が怒りで見開いた。

「あやつは愚かにも忍者を捨ておった。儂らの悲願を捨て、保身に走った。まこと、まこと愚かな男よ……大人しく儂らに使われておれば、死ぬことも無かったろうに」

 ここまで言われても、フォンは怒りのままに動かなかった。
 代わりに、目の奥に殺意を秘め、ハンゾーを睨みつけた。ある理由から視線を合わせようとはしなかったが、それでも瞳の中に渦巻く憤怒の覇気は凄まじく、相手が忍者でなければ気迫だけで死に至るほどだ。

「僕の、俺の前で師匠を侮辱するな。死期を早めることになるぞ、老人」
「お主こそ、死にたくなければ言葉を選べ」

 しかし、ハンゾーは忍者だ。これしきの殺意では、微塵も動じない。

「残された道は二つぞ、フォン。『忍者帝国』の礎となるか、仲間とやらと共に朽ちて死ぬか。儂もお主の聡さは知っておる。ならば、選ぶべき道は一つであろう?」

 老人が頬をつり上げて嗤った理由は、フォンの未来が見えているからだ。自分達に従って、忍者兵団の新たな面子として加わるか、愚かにも抵抗して死を選ぶか。フォンは愚直ではあるが賢明でもあると、ハンゾーは知っていた。
 とはいえ、彼はフォンのことを知らなさ過ぎてもいた。

「……僕の選ぶ道は、もう決まっている」

 フォンは、ハンゾーの見出した二つの選択肢を、いずれも無視する気でいた。

「僕は僕の繋がりを守る。忍者であるより、強い者であるよりも大事なことがある……それを教えてくれた仲間を、自分の在り方を教えてくれた師匠の意志を、僕は守る」
「つまり?」
「お前の指示した道を、僕は選ばない。忍び忍ばず、フォンはフォンの道を往く」

 フォンの忍者としての道は、もうハンゾーの範疇には収まらなかった。
 これまでどの忍者も進まなかった道。新たなる忍者としての希望を前にして、ハンゾーのレジェンダリーとしての立場と提言が、どれほどの意味を持つだろうか。
 そんな勇気と信念の言葉を、やはり彼は嘲笑した。

「ほう、儂らと戦うと? 勝ち目はないぞ」
「お前こそ、僕達を見くびるな。僕の仲間は、お前が率いる忍者よりもずっと強い。お前が僕を利用する為に与えた力が自分に降りかかるのを、後悔するんだな」
「それにも、やはり気づいておったか。リヴォルはやめるよう提言してきおったが、儂はまだお主が抜け殻だと信じたくてのう……まあ、あれも戯れのようなものよ」

 苦無に手をかけようとしたフォンの前で、ハンゾーは肩を鳴らしながら言った。

「で、だ。儂らがあの無能な勇者どもとリヴォルだけで来たと、そう思っておるのか?」

 時計回りに、ハンゾーはフォンの前を歩く。フォンもまた、彼と真逆の動きを見せる。

「時間を費やし、陰に隠れていた間、儂が何もしていなかったと思うか? 儂の禁術、『蛇眼支配(じゃがんしはい)の術』を封印して、使っていなかったとでも?」

 『蛇眼支配の術』。
 これこそが、フォンがハンゾーと目を合わせない理由だ。彼の持つ恐るべき術を今は紹介できないが、少なくともフォンですら抵抗できないのは、まぎれもない事実だ。

「……どれほどの数の人を、支配したんだ」

 邪悪な禁術の濫用をフォンは言及したが、ハンゾーは首を横に振った。

「人? くはは、忍者を生み出したところまで考えが既に至っておったところは褒めてやろう。じゃが、誰も人とは言っておらんぞ?」
「なんだと?」
「まだ分からぬか? この国にはおるじゃろう。人より強く、憎しみ深い生き物が」

 そこまで言って、ようやくフォンも悟った。

「人より憎しみ深い……まさか、ハンゾー!」

 彼がどれほど危険な相手を洗脳し、味方に引き入れたのか。
 クラークなどは序の口に過ぎない。フォンの予想が正しければ、彼は血に流れるほどの憎悪と憤怒を携えた面々を、しかも兵団と呼べるほどの数で従えたのだ。
 とんでもない敵の姿を想起したフォンは、微かにホルスターの苦無から手を離した。

「そうよ、その通りよ。お主の浅はかな考えと、くだらぬ絆とやらで破れるほど、今度の『忍者兵団』は甘くないぞ。数を揃えた精鋭がどれほど恐ろしいか――」

 それがまずかった。
 僅かな動揺も、不安も、醜悪な蛇は見逃さないと、フォンは思い知ることとなる。

「――思い知るがいい、小僧ッ!」

 猿の叫びにも似た声と共に、ハンゾーの放った回し蹴りが、忍者の腰に突き刺さった。
 目にも留まらぬ速さの一撃が、的確にフォンに命中したのだ。