新品の校舎で近代的な建築物であるこの学校はエクレストン魔法高校である。そして今日俺はこの高校に入学する。

「見て……あれが消滅の森から生還した魔法才能元Fランクのルイ・アドミス様よ」

「ちょっと、貴女サイン貰ってきなさいよ」

「ムリムリ相手にしてもらえないってば」

 俺の背後の方で新入生の女子生徒が俺の話をしている。気が付かないふりをして校門を潜ろうとすると背後の方から俺に近づく足音がした。

「ルイ! 入学初日からまた暗い顔してさ。堂々としなさいよ。貴方昔とは違って今はSランクでしょ?」

 今俺に話しかけてきた新品の白い制服を見事に着こなす彼女はクレアという。なんだかんだでそこそこ長い付き合いだ。

「俺の力は先輩の力だ。しかもそんな力があっても……」

「はぁ、またそれ。もう3年よ? じゃあなんで魔法高校なんて来たの? ちゃんと目的があるんでしょ。心が折れそうなら一回当時のことを思い出してみなさいよ」

「そうだな、その通りだ」

 俺はクレアの言う通り目を瞑り当時のことを振り返る事にした。

 この世界には魔法があり、魔法使いの魔法の才能はSからFのランクで示される。そして僕、ルイ・アドミスはなんと驚きのFランクだ。これは絶望的な魔法の才能の無さを示しており正直別のことで頑張ってと言われるようなレベルである。

「おい、Fのルイ。お前ろくな魔法使えないんだからパンくらい買ってこいよ。それくらいの役には立つよな?」

 唐突で申し訳ないが、僕は今メナレール魔術学校の学校裏でクラスのいじめっ子達にパシリをさせられていた。

 今僕にパンを買ってこいと言ってきたのはレクト・クロミス。魔術才能Bランクで彼の魔術特性は空間魔法だ。これは千人に一人の逸材と言ったところでなかなか見られるものではない。

「そうだ! 才能のない雑魚は学校をやめるかレクト君の言うことを聞くかどっちかしておけばいいんだよ!」

 レクトのお付き痩せ型のヴァリエ・ノーマンと太ったお付きのジニー・ガリオスがレクトの言葉に乗り僕を蹴っ飛ばして来た。

「ぐはっ……いったぁ」

 僕は地面を何回か転がり木に激突しようやく止まった。痛みで地面にうずくまる僕のもとに歩いてきたレクトはグリグリと僕の頭を踏んで楽しそうに笑い声を上げている。

「早く行ってこい!」

 思いっきりレクトが足を振り僕のお腹を蹴り飛ばした。そのまま僕は校舎裏から歩道に吹き飛んだ。地面を何度も転がり誰かの足にぶつかって勢いが止まった。

「何あんた? キモいんだけど……いきなり人の足にぶつかってこないでくれる? 庶民が伝染るんだけど」

 僕の頭上の方で少し怒った声がしたので痛みを堪え上を見た。真っ赤な何かかが見えた瞬間、ボールのように蹴っ飛ばされた。

「ぐあっ……」

 ボロボロな体を必死に起こすと怒り心頭と言った感じでピンク髪の女の子がこちらに詰め寄ってきた。

「あんた……Fのルイじゃない。雑魚が私のスカートの中を覗くとはいい度胸ね。死ぬ準備はできているのかしら?」

「ちょ、ちょっと待って! わざとじゃないんだ。本当に偶然だったんだよ!」

「そんなことは知ってるわ……あなたの様子を見るにいじめられて魔法で吹き飛ばされたとかそんな感じでしょ?」

「そ、そうだよ……だから許して欲しいんだ」

「ふん……駄目ね。いや……まぁいいわ。あなたどうせあと三日間の間に契約の儀式をしてくれる相手を見つけないと学校から消えるでしょうし」

 そうだ……この学校にはリンク制度というものがありDランク以下の魔術師はこの儀式でパートナーを見つけ契約しないと強制退学になる。しかもこの契約の儀式は人生で一度だけのものでありそう簡単に決められるものではない。

「そ、それは……見つけるさ」

「はっ。どうやって? 貴方契約の儀式がどういうものか分かっているの? 契約の儀式は契約の主人側の魔力総量を基準に配下側の魔力総量を永続的に同量にして更にお互いの特性魔法を与え合うと言ったものよ? 貴方の魔力総量は控えめに言ってゴミだし貴方の特性魔法、強化魔法はしょうもない効果しかない。誰も貴方と契約しないわ」

 その通りで何も言えない……こんな厳しい事をガンガン言ってくる彼女はクレア=シーラ・フォン・マクシウェル。貴族で魔術才能が、Aランク特性魔法は火炎魔法のはっきり言って天井の人だ。

「それでも……僕は魔法を学ばなくちゃいけないんだ!」

 そう言って僕はクレアさんから走って離れた。行き先はもちろん購買部だ。レクト達に変に絡まれない秘訣はおとなしく従うことだ。購買に向かうと既に十人近く並んでいた。僕はその最後尾に並んだ。

 僕の目の前には……この学園最高いや……魔法分野に関係する人ならみんな知っている有名人サラサ・フォン・ダリアス先輩がいた。彼女は魔法才能がSでなんと特性魔法が時間魔法だ。噂によると彼女にかかればどんな事象もなかったことになるらしい。

「……ルイ、本当にルイか?」

 サラサ先輩が俺を見た瞬間に涙を流し俺の頬に手を伸ばしてきた。

「な、なんですか! 先輩誰かと間違えていませんか?」

 僕が焦って後ろに下がるとサラサ先輩が驚いたように手を引っ込めた。

「あ、あぁそうだな……すまない。知り合いと間違えてしまった。ふむ、そうだ。驚かせてしまったお詫びに今日放課後少しいいかな?」

「い、いえ。サラサ先輩にお詫びされるなんて恐れ多くて……」

「いや、これは私のポリシーだ。是非お詫びさせてくれ」

 サラサ先輩がグイグイ僕に詰め寄ってきてとても断れる雰囲気ではなくなってしまった。

「わかりました。じゃあ少しだけ」

「そうか! 良かった。じゃあ今日放課後校門前で待っいてくれると嬉しい」

「はい……わかりました。よろしくおねがいします」

 何かよくわからない内に意味のわからない話の流れになっていまった。取り敢えずパンを買って帰ろう。パンを持って帰ると頭に血を上らせたレクトが待っていた。

「遅い! Fランクのクズはパンを買ってくることもできないのか? おらぁ!」

 レクトの激しい回し蹴りが僕の後頭部に直撃して、僕は吹き飛んだ。学校の壁に思いっきりぶつかり一瞬息が止まった。その瞬間昼の終わりを知らせる鐘がなる……

「けっ。幸運だったな。残りは放課後だ。覚悟してろ」

 そう吐き捨ててレクトは立ち去った。助かった。痛みに体が動かずしばらく休憩することにする。十分ほどして痛みが引いたので教室に向かうことにした。

「すみません遅れました」

「何している。お前はただでさえ使い物にならないFランクだろ? 授業くらいしっかり出ろ」

 僕の服は明らかにボロボロで何かあったのは見て分かるのだが先生はそれをスルーした。まぁいつものことだ。

「すみません」

 僕はそのまま席に座ろうとした。

「何している?」

「え? 授業を受けるために席に座ろうとしただけですが」

 そう言うと先生がイライラした様子で地面を鳴らしながら僕を睨んできた。

「お前は廊下に立つんだよ! 遅刻したんだから当たり前だろ?」

 嘘だろ……いくらなんでもそれはないだろ……こっちはいじめを受けていたんだぞ? 見ればそんなのは分かるのに……

「早く行け鬱陶しい」

 そう言って先生に教室を追い出された。腸が煮えくり返るような思いをしながら僕は廊下に立った。二十分ほど廊下に突っ立っていると廊下の奥から足音がしたので振り向いた。廊下の奥からサラサ先輩がこちらに歩いてきていた。

「おや? ルイ……君じゃないかどうしたんだ? まだ授業中だぞ?」

「僕は遅刻したので追い出されました。それよりサラサ先輩はどうしたんですか?」

「ふふっ私か? 私はSランクだからな。授業をしてくれる先生なんていないさ。故に暇な時はいろんなクラスを見て回っているのさ」

 サラサ先輩はこんな僕と本当に楽しそうに話してくれる。軽蔑とか見下したりそういうのが一切ない。本当に何を考えているのだろう?

「ふむ、それにしても遅刻したくらいで授業を受けさせないのは私としてもなかなか感心できないな。どれ、私が一つ言って聞かせてやろう」

「ちょ! やめてください。ただでさえ扱いが酷いんです。そんな事されたら殺されますよ」

「そうか……分かった。じゃあ放課後また会うとしよう。辛かったら私に言うんだぞ?」

 そう言ってサラサ先輩はもと来た道を戻って行った。その瞬間教室のドアが開いた。

「おい、ルイ・アドミス。お前何独り言話しているんだ? 授業中は静かにしろ! ゴミクズが!」

 担任教師であるレイフォード・スランダークが激怒して僕に詰め寄ってきた。

「すみません」

「うるさい! 次の時間もそこにいろ!」

 このまま2時間ほど立たされようやく授業終了の鐘がなった。放課後だ。サラサ先輩のもとに向かおう。学校を出ようとした僕の方を誰かが掴んだ。

「おい、何逃げようとしてるんだよ? 放課後続きをやるって言ったよな?」

 僕はレクト達に再び校舎裏に連れられ殴られ始めた。地獄のような時間を過ごしていると歩道の方から冷たく凍るような怒りの声が聞こえてきた。

「何をしている君たち!」

 声の主はサラサ先輩だった。だが何か様子がおかしい。僕が知っているのは優しくふんわりとしたサラサ先輩でありあんな鬼神が宿っていそうなサラサ先輩ではない。

「私は彼と放課後約束をしていたんだ。全然こないから心配して探してみれば……なんだ? この学園にはクズしかいないのか。自分より下の人間を見下す人間しかいないのか? どうなんだ!?」

 サラサ先輩の迫力にレクト、ヴァリエ、ジニーの三人は後ずさりしていく。それはそうだ、僕を守ってくれているはずなのに僕が怖いんだから。

「い、嫌だなぁ。先輩僕がそんな事をすると思っているんですか? 少し遊んでただけです」

「ほう、蹴ったり殴ったりするのが遊びと言うなら私がお前たちと遊んでやろう」

「ぐっ」

 腹立たしげに顔を歪めるレクト……その瞬間レクトが消えサラサ先輩の背後にワープしてきた。

「遊ぶってなら遊んでやるよ! 性的な意味でな!」

 サラサ先輩に向けられた拳は途中で受け止められた。

「ふん。魔法発動時、魔素がにじみ出ていて発動タイミングが丸わかりだ。それと殴る時は声を出さない事をおすすめするよ」

 サラサ先輩の蹴りがレクトの股間に直撃した。ぐちゅりと何かが潰れた音がした。まぁ魔法で治るからいいか……ラクトを倒したサラサ先輩がこちらを向いて近づいてきた。

「大丈夫かい? ひどい怪我だ。少し待って今君の体の時間を少し巻き戻して怪我を消すから」

 サラサ先輩が触った部分の傷が巻き戻っていき完璧に元通りの状態になった。

「あ、ありがとうございます」

「さあ、じゃあそろそろ行こうか」

「え……今助けてくれたじゃないですか。それでお詫びは終わりでは?」

「君は何を言っているんだ? あんな状況を見たら助けるのが人として当たり前だ。私は人として当たり前のことをしただけでそれはお詫びとは関係はない。さ、行こう」

 サラサ先輩に連れられ開発エリアのカフェに僕は来た。開発エリアには中世的な建造物は一切なく近代的な建造物で溢れている。そしてそこそこ物価が高い……お金あるかな。

「今日は私のおごりだから好きなものを頼んでくれ」

「ありがとうございます。じゃあコーヒーで」

 暫く待つといい匂いのするコーヒーが届いた。余談ではあるが僕はコーヒーが飲めない。なぜこの場で頼んだかと言われれば見栄を張ったに過ぎない。

「君はコーヒー飲めるのかい?」

 サラサ先輩が不思議そうな顔で質問してきた。あれ……これバレてないか?

「だ、大丈夫ですよ。好きです!」

 そう言いながらひと口コーヒーを飲んだ。口に広がるほろ苦さと苦さと苦さが口いっぱいに広がった。うーーーーん苦い!

「クック、無理するからだよ。顔がコーヒーが苦手と言っているじゃないか。ほら砂糖だよ。あとミルクもね」

 楽しそうに僕のコーヒーに砂糖とミルクを入れてくれた。

「あ、ありがとうございます」

「いやいや。気にしないで」

 二人でコーヒーを飲んで落ち着いた。コーヒーは飲めないがこういう落ち着いた雰囲気は好きだ。

「先輩はどうしてそんなに良くしてしてくれるんですか?」

「ん? 可愛い後輩だからね……というのは置いといて君がひどく虐められているというのは聞いていたからなんとかしたいと思っていたのだけど……こんな事しか出来なくてごめんね」

「いえ、ありがたいです。そういえば先輩はやろうと思ったら時間を巻き戻せるって聞いたんですけど本当ですか?」

「ふっふっふ。私にかかればどんな出来事も思い通りさ……と言うのは嘘で時間を巻き戻すにはかなり魔力が居るから無理だね。私の総魔力をすべて使っても無理かな」

 聞いていた話と違う……やはり噂は噂でしかないのか……

「それはそうと君はあんな状況で何も思わないのかい? 復讐したいとか見返してやりたいとか」

「最初はそんなことも考えていたかもしれないですけど、今は一切考えてないですね。僕に関わりさえしなければそれだけでいいです」

「なるほど……そうかもし辛かったら私に言うんだぞ? これもなにかの縁だし、いじめている奴らを再起不能にするくらいはできるんだぞ?」

「いえ、大丈夫です。ああいうのは自分で何とかしなくちゃいけないと思うので」

 僕がそう言うと満足そうにサラサ先輩は何度かうなずいた。

「こういうのは意識の問題かもしれないね。一人称を変えてみたらどうだい? 今の一人称はなにか気弱な感じがするだろ? 俺様とか我とかそっち方面の強そうな一人称に一回変えてみよう!」

 あぁ、なにかすごい楽しそうだなぁサラサ先輩……人に遊ばれるのはいつものことだ。少しだけサラサ先輩に乗っておこう。

「じゃ、じゃあ俺とかでどうですかね」

「ふむ。そのまま話してみて」

「えっと、どうですか? 俺……一人称変えただけでそんなに変わりますかね」

「おぉ、なんというか。男らしさが溢れ出してるよ。そのまま3日過ごしてみよう」

「先輩面白がっていませんか?」

「あはは、バレちゃった? でもいいと思うよ。明日は一日それで過ごすこと。じゃあ今日はもう遅くなってきたから帰るとするか」

 話に夢中になっていて外を見ていなかったが真っ暗になっていた。