「ヴィリー叔父さん、ここは、ダンジョンですよね?」
「うん、そうだね。おそらくコアンの下級ダンジョンじゃないかな? 私が王都付近で、入ったことがないダンジョンは、それぐらいしかないからね」
「ぼくは、なぜここにいるのでしょうか? フラウから魔法砂をもらうために、魔術団を訪れたはずなのですが……」
「いい質問だね。今、移動魔法の研究をしていて、『移動石』内にある移動魔法を取り出すところで、失敗したようなんだよ。ちょうどそのタミングで、ジークが訪問して、巻き込まれたと。んーー、新人に任せるには、早すぎたかな」

 叔父は腕を組み、首を傾ける。その様子を横目に、俺は小さく溜め息を吐いた。
 嫌な予感がしたんだよね……。


 ――三日前、俺は『ガラス石』の作成に、またしても失敗した。
 フラウが、俺たちの前に現れて四ヶ月、その間、一度もガラス石を作成できないでいた。
 魔力制御は、Lv5となり、魔力砂へ均等に魔力は、注げているはずだ。その証拠に濁った玉ではなく、透明な玉を形成できるようになっていた。
 手にした瞬間、粉々に割れるという致命的な状況ではある……そもそも才能がないとか、そのような落ちではないと、そう思いたい。

 粉々に割れた残骸を目にして「またダメだった」と、落胆する俺に、魔道具作りを興味深く見ていたフラウが「ジークベルトは、魔力が高すぎるから、魔法砂が、耐えられないのね。うふふ」と、さらっと有力情報を漏らした。

「いま俺の魔力が高すぎて、魔力砂が耐えられないと、そう聞こえたんだけど、聞き間違いだよね」
「あら、ほんとうのことよ!」
「聞き間違いではない?」

 フラウ曰く、魔力は均等に混ざっているが、材料の魔力砂A-では、俺の魔力に耐えられず、形成した瞬間に割れるそうだ。
 注ぐ魔力を抑えるか、魔力砂のランクを上げるしか、方法がないとのことだった。
 しかも俺は、魔道具作成スキルを取得していないので、注ぐ魔力を極端に抑えたところで『ガラス石』の作成に成功する確率は、ほぼないに等しいらしい。

 俺の数ヶ月間の努力……。泣いていいですか。
 俺のひどい落ち込み様に「魔力が高いことは、とてもいいことよ!」と、慌ててフラウが、フォローする。

「わかっている。恵まれているのは、わかっているんだよ。だけど、俺の数ヶ月間は、返ってこないんだよーー。うぅ、うわぁーん」

 俺を心配して、寄り添ってくれるハクのふわふわの毛に顔をうめ、泣く。現実逃避すること数十分。ハクの毛から顔を上げると、なぜか、フラウもハクの毛に顔をうめ、その柔らかさを堪能していた。
 俺の憩いの場所が! ライバルの登場に少しあせるが、ハクの飼い主は、俺だから大丈夫、俺は寛大なんだと、自分に言い聞かせる。

「…………。フラウ、そろそろハクの毛から離れて?」
「気持ちいいから、いやっ!」
「ガルッ!(俺は、大丈夫だぞ!)」

 我慢できず、フラウに離れるよう言うが、ハク本人が、了承してしまった。
 そこは俺の場所なのにぃー。

 はぁ……。ジタバタしても、状況は変わらないので、ガラス石作成の手段に思考を巡らせる。
 魔力砂A+以上となれば、そう簡単に市場に出回ってはいない。
 父上にお願いすれば、容易に手に入るが、それはしたくない。となれば、自力で確保だけど、入手場所が厄介だ。
 俺の移動魔法で行けて、魔力砂A+以上が確保できる場所はあそこしかない。だけど、あの場所には、まだ近づいてはいけないと、俺の直感が言っている。
 んーー。俺の情報網では、あと一つ確保できる場所を知っているけれど、嫌な予感しかないんだよなぁ。
 その場所に行けば、ヘルプ機能が泣いて喜んでくれるはずだが、でもなぁ…………。
 悩んでいると、ハクの毛から顔を上げたフラウが「精霊の森の魔法砂は、あるわよ! ジークベルトは、いつもおいしいものをくれるからあげるわ!」と、有難い申出をしてくれた。


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 せっかくのチャンスを!
 クソ精霊、余計なことを!

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 いま、ヘルプ機能の罵倒が聞こえた気がした。
 空耳だよね。
 ヘルプ機能が罵倒……。ないないない。
 ハハハハッ……。

 幻聴は聞こえたが、三日後に魔術団へ行くことを約束した。残念ながら、ハクはお留守番だ。
 魔術団は、主に魔術研究をしているが、魔物や魔獣の研究もしているので、研究対象として目をつけられると厄介だと判断した。
 ハクは、白虎を『隠蔽』して、変異種のブラックキャットとしているが、実はブラックキャットも、王都付近では滅多にお目にかかれない貴重な魔獣なのだ。研究者からしたら、生唾ものだ。
 アーベル家の後ろ盾があっても用心にこしたことはない。ハクに説明すると、渋々ながらも承知してくれた。
 とはいえ俺自身も、研究対象として目をつけられる可能性が高いのだが、危険を冒しても行くしかないのだ。フラウに、魔力砂を持ってこさせることが、できないからだ。
 以前フラウに、顕現について質問した時、顕現していない時は、人の目には見えないが、フラウが手にしたものは、消えることなく、その状態で見えるらしい。例えば、フラウが、ティーカップで紅茶を飲むと、他の人からは、ティーカップが、宙に浮いて、紅茶が消えていくように見えるそうだ。
 想像してほしい。魔力砂が入ったビンが、宙に浮いて移動しているのだ。それを目撃した人は、どう思うだろう。
 変な噂がたち、もし精霊がいると勘づかれたら、大変な騒ぎになる。それだけは、避けたいのだ。
 叔父にお願いすることも考えたが、借りを作って、後々からまれると、面倒なので、リスクが一番低い俺が、魔術団に行くことにした。