「ヴィリバルト、大丈夫?」

 フラウが心配気にソファに座るヴィリバルトの周囲を回る。

「感情がとても揺らいでいるわ」
「少し動揺してしまってね」

 瞑想していたヴィリバルトが、静かにそうつぶやく。

 ジークベルトをエスタニア王国のバルシュミーデ伯爵家へ送り帰し、発狂したハクとスラの対処に追われた。
 ヴィリバルトは全てが解決した後、アーベル家の自室に戻っていた。
 今夜は、ジークベルトのそばにいることができないと、判断したからだ。
 大きく息を吐き、乱れる心を落ち着かせ、ジークベルトを想う。

 ジークベルトは、後悔していた。
 義姉さんの死に、深く傷ついていた。
 優しい義姉さん、仮主となるのは私だった。
 私が拒否したため、いらぬ神の呪い(・・・・)を受けた。

「責められるのは、私だ」

 ヴィリバルトはぐっと拳を握り、顔を歪める。

「リアは後悔していないわ!」

 即座にフラウが否定する。
 フラウは、ヴィリバルトが悔やむ原因を知っている。
 その度に、己の未熟さを恨む。

「ヴィリバルトの代わりに至宝となったことを、リアは、ヴィリバルトの心を守れたと誇りに思っているのよ! それをヴィリバルトが否定したらだめよっ」

 フラウは涙を浮かべ、ヴィリバルトに訴える。
 ヴィリバルトの澄んだ心を曇らせたあいつ(・・・)がそもそもの原因なのだ。

「元はと言えば、あいつ(・・・)が悪いのよ! ヴィリバルトの()に気づいて目を覚ましたと思ったら、ふらふらと出てきて、無防備にヴィリバルトに接触したからっ!」

 フラウの体から魔力が漏れていく。
 その魔力が部屋全体に渦巻きはじめ、緑の瞳が徐々に光を失っていく。

あいつ(・・・)許せないわ! なにがちがうよ! ヴィリバルトは、ヴィリバルトなのにっ!」
「フラウ」

 ヴィリバルトが、フラウの頬を優しくなでる。
 自我を忘れ、暴走しそうになったフラウは、恥ずかしそうにうつむく。

「ちょっとヴィリバルトが嫌がったからって、拗ねちゃって、あいつ(・・・)が油断したのが悪いのよ! 本当に嫌になっちゃう! 神の呪い(・・・・)で、私がリアに近寄れなくなったのも、あいつの心が弱い(・・・・・・・・)からよ!」

 プクーと、頬を膨らませ、フラウはヴィリバルトの肩に乗る。

 神の呪い(・・・・)
 帝国がアーベル家の至宝を狙い義姉さんを呪ったことまでは、わかっている。
 人が神の呪いを操ることは不可能に近い。
 しかし、それができたこと。
 私とあいつ(・・・)の接触で起きた弊害。

「大丈夫よ! 私が守ってあげる!」
「それは心強いね」

 無邪気に宣言する友人にヴィリバルトは微笑む。

 仮主を拒否した瞬間、神界の影響を受けない体となった。
 血の滲む努力と研究で、種族の壁を越えた。
 その瞬間、覚えのない知識と経験が、ヴィリバルトを襲った。
 人知を超える力を持ったとしても、全てを見通すことはできない。

「私は今世(・・)でも君を友とは呼ばないよ」

 古い薄れた記憶が、ヴィリバルトの脳裏によぎった。

 ヴィリバルトは、運命を外れた者。
 ジークベルトは、運命を導く者。