コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

「なるほどお前のパソコンが感染を免れた理由はそれか。他にもいくつかそんな端末が報告されているみたいだぞ。お前のも報告しておくか?」

そう聞かれて、首を横に振った。

竹内は自分のPCがダウンしたのに、俺のが生き延びていたことにムカついている。

技術オタクの竹内と上手く付き合う唯一のポイントは、彼の能力を上回らないこと。

「ま、そんなことだろうと思ったよ。単なるラッキーだったんだよな」

ただし今回のは、不可抗力だったので仕方がない。

竹内の私情はともかく、俺の端末を使って支部のシステムを更新する。

本部のメインサーバーはまだ復旧していないので、一部機能に制限はあるものの、何もないよりはましだ。

俺はマップの記録を竹内に見せた。

R38に渡したストラップには追跡機能がついている。

それを咥えて移動した経路と、現在の居場所が判明した。

「繁華街のど真ん中じゃねぇか」

「潜伏先としては最適だ」

「行くのか?」

「どうせ天命はろくに使えない。それは飯塚さんも同じだ。行くなら今しかない」

不機嫌な竹内もついにコンビニを閉める決意をし、俺たちはR38のマークした場所へと向かった。
天命が不安定な運営を続けている以上、アンドロイドの影武者を使うことは危険すぎた。

防犯カメラへの侵入も、カード決済の記録を照合することも、民間のネットワークを利用して出来ないわけではないが、天命経由と違って足のつく可能性もある。

俺たちは話し合った結果、一旦ゲームセンターの中に潜り込んだ。

竹内がかつて、侵入したことのある建物だ。

端末に残されていた記録を頼りに進む。

「あったぞ」

竹内は鍵穴に細長い金属の棒を差し込んだ。

ハンガーやヘアピンだなんて、古典的で個人のテクニックを要するようなものではない。

親指の指紋認証で使用許可を与え、鍵穴の形状を認識して解錠する形状変異合金だ。

「こういうのも、システムが本当にぶっ壊れてしまったら、使えなくなるんだよな」

使用した場所や回数は記録されるし、許可を取り消すことも簡単だ。

天命が混乱し不安定ないま、俺たちには何がどうなっているのか、それすらも分からない。

自分たちの出来ることと出来ないこと、許されることと許されないこと。

何がよくて何がダメなのか、「天命に許されている」という倫理基準が揺らいでいる。

手探りの進行は続く。

扉が開いた。

ゲーセンのバックヤードに潜り込む。建物の構造は、以前に消防局からダウンロードしていたデータから確認済みだった。

迷うこともない。

「あった、あったぞ!」

「あるのは分かってるんだ。さっさとしろ」

あらかじめUSBに仕込んであった内容を、竹内は侵入と同時にクリック一つで書き換えた。

これで勤務時間の操作も完璧だ。

俺たちは実働部隊としていくつかの任務をペアでこなしてきた。

息はぴたりとあっている。

今はそこに、いるべき人たちがいないだけ。

「行くぞ」

店内の監視カメラは停止させておいた。

俺たちはぎこちない動きのまま外に出る。

薄汚れたリスは振り返った。
「体力が落ちてるな」

「最近走り込まされてないから」

用意しておいたビラを握りしめる。

ピンクの毛むくじゃらの手の中で、それはぐしゃりと音を立てた。

夜の繁華街は人であふれていた。

東京の街は着ぐるみ人形の徘徊を許している。

監視カメラの目も、着ぐるみの中の人物までは特定出来ない。

俺たちが選んだゲーセンは、R38の立ち寄った漫画喫茶の目の前だった。

ここでビラ配りのフリをしながら、一つしかない正面出入り口を見張る。

交代しながら数時間を費やしたが、なんの収穫も得られなかった。

俺たちは着ぐるみのまま路上に座り込む。

「夜でもあっちーな、やっぱ」

「竹内、脱ぐなよ」

「分かってるよ」

俺はピンクウサギの毛むくじゃらの足で、路上に捨てられたたばこの吸い殻を踏みつけた。

「あーぁ。どうせならもっと楽な仕事がよかったよなぁ~」

竹内がつぶやく。

「楽とは?」

「外に出なくてもいい内容」

「それ、いっつも言ってるよな」

汚いリスのくせに、俺を見て笑う。

なんとなくつられて、俺も笑った。

そういう俺も、薄汚いピンクのウサギだ。

飯塚さんは出てこない。

本当にここにいるのかどうかも分からない。

俺たちはかわいらしいウサギとリスで、誰にも見向きもされていない。

夜なのに明るい街で、忙しく座っている。

「ここで何をしている」

そんな永遠にも思えた時間は、一瞬にして過ぎ去った。

現れた隊長は人気有名ゲームキャラに扮している。

怒りに満ちあふれていた。
「どんなことでも報告は欠かすなと言ったはずだ」

「ハイ、すみません!」

竹内はその声に、脊髄反射的に起立する。

俺は仕方なくのろのろと立ち上がりながら答えた。

「マップ上に隊長の姿が確認できなかったので、これは緊急事態かとッ……」 

腹に強い衝撃が加わる。

隊長の固い拳が、腹腔にめりこんだ。

着ぐるみの上からでもこの威力だ。

俺はピンクウサギのまま路上に崩れ落ちる。

「お前らのうかつさには、心底うんざりさせられる」

緑の帽子をかぶり、ひげの配管工に扮した隊長は竹内をにらんだ。

リスは敬礼する。

「08隊員のもとにR38と思われる接触あり。現在調査、追跡中です」

「端末を出せ」

ようやく視力の戻った俺に向かって、隊長の手が伸びた。

俺は仕方なくそれを差し出す。

「今の制裁は、難を免れた機器の報告を怠った件」

隊長は自分の端末とそれをつないだ。

情報が転送されてゆく。

「これだけで済んだことを、ありがたく思え」

まだ息がうまく出来ない。

投げ返されたそれを、毛むくじゃらの手でかろうじて受けとめた。

「対象はここにない。もっと頭を使え」

隊長は背を向ける。

この部隊の全てを統括するような人に、所詮かなうわけがない。

俺だって、この部隊と天命の全てを操れたら……。

人混みに紛れ、風景に溶けて消える隊長を見送る。

こんな人がトップだなんて……。

「やっぱ想像以上に荒れてんな、隊長。飯塚さんがこんなことになってさ」

竹内はリスの頭を取った。

「もう行こうぜ。隊長がここにいないと言ったら、あの人はここにいない」

こみ上げる吐き気と痛みとを、もう一度飲み込む。

悪いが俺は、そんな単純に出来てはいない。
「お前の端末もいじられたのか」

「いや?」

「……そうか」

竹内のはそもそも、部隊のマシンと一心同体だ。

俺のはオリジナルの天命を守るため、わざわざ独立させておいたのに……。

「それ、お前にやる。使いたきゃ使え」

汚され、いじくられた端末なんて、もう俺のものではない。

リスに向かって投げつけた。

「なんで?」

「そんなのは、もういらない」

「お前な」

「違う。お前が使った方が、生かせるってこと」

「重人、あ……」

「話は聞かない」

技術力は竹内の方が上だ。

天命のシステムにも詳しい。

竹内はやや不服そうにしていたものの、俺の端末を立ち上げた。

「新しい情報が本部から入ってる」

「それで?」

「こっちだ」

目があう。

竹内の表情は、あくまで真剣だった。

「行くのか?」

「俺は行く」

ため息をつく。

俺たちはリスとウサギの皮を脱ぎ捨て、バスターミナルへと向かった。
明け方の始発を待って、バスに乗り込む。

それは郊外の、とある町へ向かっていた。

ひんやりとした朝の空気と冷たいシートに身を沈める。

駅へ向かうバスには人が押し込められているのに、駅から出るのには俺たち以外誰もいない。

停留所をいくつか通り過ぎて、ようやくバスを降りた。

俺たちは一言も口をきかなかった。

竹内はずっと隊長から渡された俺の端末をのぞいている。

そういえば彼が端末をみながら歩くのを見るのも、ひさしぶりだ。

竹内はうつむいたまま巧みに住宅街をすり抜け、迷うことなく歩き続ける。

俺は慎重に辺りを観察した。

雀が鳴いている。

近くにカラスはいない。

電柱を見上げる。

この辺りはまだ、地中化工事が進んでいないのか。

部隊管理のボックスを確認。

これは天命で発射出来る電柱種だ。

竹内とは急襲に備えた安全距離をとって歩く。

道路に消火栓のマンホールを見つける。

またあった。またここにも。

この辺りの消火栓密度は明らかに不自然だ。

間違いない。

この先に何かがある。

急に背に鳥肌が立った。

「なぁ、竹内。この辺は……」

ふいに、竹内は立ち止まった。

顔をまっすぐに上げる。

そのまま無言で指さした方角に目を向けると、周囲を消火栓と電柱ミサイル、妨害電波発生ボックスで完全武装したペットショップがそこにあった。

「当たりだな」

「どうする?」

これほどまでに完璧な防衛力を有した対象は初めてだ。

最新鋭の電波妨害装置。

何でもない住宅街の一室で電波受信が悪いのは、部隊の設置するこいつのせいだ。

カーブミラーまで2本もある。
俺の本能は殺気立つ。

竹内もだ。

彼は端末をポケットに差し込むと、黒縁眼鏡型高性能センサーのブリッジを持ち上げる。

それは例外なくいつだって、戦闘開始の合図だった。

ペットショップの自動ドアが開く。

出てきたのはいづみだった。

手に箒を持っている。

彼女は静かに辺りを警戒していた。

俺たちはカーブミラーの死角に入っている。

手にしている竹箒。

一見そう見えるものは、操作スティックに間違いない。

高感度温度センサーを備え広範囲を瞬時に探知し、対象を発見すれば振動でそれを伝える。

彼女は店の前を掃除するフリをしながら、ここにある全ての機能を操作していた。

「……来たのね」

頭上カーブミラーの首が動く。

瞬時に飛び退いたその位置を、レーザー光線は貫いた。

彼女は竹箒をくるりと一回転させると、それをさっと大きく横に振る。

消火栓からの水が、間欠泉のように噴き出した。

「くそっ」

体が濡れるのはマズい。

箒の柄から何かが飛び出し、すかさず頭上の電線を切った。

切れた線の先は、蛇のように鎌首をもたげる。

それは竹箒の動きと連動していた。

「それ以上、近づかないで」

「話をしに来たんだ。飯塚さんはどこだ」

彼女の視線は、ゆっくりと静かに落ちてゆく。

元々表情の変化に乏しく、感情の読み取りにくい人だとは思っていたけど、それは更に強化されているような気がする。

「ちょうどよかったわね。直接話せば?」

カーブミラーの鏡面が切り替わった。

「どうした、いづみ!」

その丸い画像の中に、飯塚さんはいた。

「あなたを迎えに来たそうよ」

ミラーの首が動く。

飯塚さんはチッと舌をならした。
「俺はそこにいない。いづみには手を出すな」

「あなたがこんなことをしなければ、いつまでも一緒にいられたのに!」

フンという鼻息一つで、話し合いはもう終わってしまったらしい。

「戻ってきてください。今なら……まだ間に合います」

「何が? そう思っているのは重人、お前だけだ」

「すぐに隊長が来ます。逃げるなら逃げて!」

一瞬見せた飯塚さんの、その表情を俺は絶対に見逃さない。

「飯塚さん!」

通信が切れる。

濡れた足元で、電線からの火花が散った。

「どうして来たのよ」

そうつぶやいたいづみに、竹内は自らの警察手帳を掲げた。

「ナンバー19大沼いづみ。公務執行妨害で現行犯逮捕する」

瞬間、竹箒は動いた。

その場から跳び退く。

電柱に取り付けられたボックスから、無数の釘が飛び出した。

「この私に、あんたたちへの傷害罪まで付け加える気?」

彼女の足が一歩下がる。

箒を強く2回右に引いてから、ドンと下に押しつけた。

次の瞬間、彼女の姿は穴に消える。

「逃げたか?」

「当たり前だろ」

駆け寄ってはみたものの、すでにマンホールの蓋は固く閉ざされていた。

竹内は端末を取り出す。

「隊長からの指示だ。ミラーへの通信発信源を特定、そっちへ向かうらしい」

竹内は端末を見ながら歩き出す。

「なぁ、いづみはど……」

「隊長の指示だ」

俺はもう一度ペットショップを振り返った。

いづみはもしや、おとりにされた? 

だけど、飯塚さんにその気がないのなら……。

いや、違う。

首を横に振る。

憶測は単なる憶測でしかない。

俺は竹内の背中を追いかけた。

「飯塚さんはここから北西にある基地局から発信してるっぽい。その受信範囲から想定される地域に招集がかかってる」

「俺たちも今から向かうのか?」

「いや」

竹内は端末を見ながら言った。

「一旦コンビニに戻れだとよ」

「従うのか?」

「それしか方法が思いつかない」

俺には隊長が何を考えているのか、さっぱり分からない。

だけど隊長が未だかつて、指示を間違えたという記憶もない。
「俺たちじゃ役に立たないって?」

「さぁな。……俺にだって分かんねぇよ」

飯塚さんの暴走に気づかなかった。

ずっと一緒にいたのに、全くそんな素振りすら感じなかった。

いつもにこやかに穏やかな微笑みをたたえていたあの人は、今はもういない。

竹内の横顔も暗く沈んでいる。

俺たちは、#本当に__・__#知らされていなかったんだ。

隊長はそんな俺たちに、「帰れ」という。

バス停へ向かう俺たちの足取りは重くて、何の言葉も交わせなかった。

朝の空はどこまでも高くて、始まったばかりの一日を手放しで祝福している。

途中の自販機で、新商品のチョコラテを見かけた。

一度自販機を軽く蹴る。

その音の違いで、本物の自販機かどうかを見分けられるようになっていた。

二つ買ったその片方を、竹内に差し出す。

「嫌味か。コレ、前に俺が勝手に飲んだって、お前が怒ったやつだろ」

「一緒に飲みたかったんだよ」

天命の混乱は続いている。

次々と侵入と攻撃を繰り返すハッカー集団。

警察や消防、自衛隊管理システムや官庁へのハッキングと乗っ取り。

天気予報や時刻表を書き換えるいたずら。

それら全てを未然に防ぎ、また修復し元に戻す。

いつもの業務が3割増しで、CPUに余裕はあっても、メモリは80%にまで達していた。

これは天命の能力として、危機的な状況だ。

「いいよなぁ、空って。いっつも青くって……」

そんなどうでもいいことをつぶやいて、竹内に声をかけようとして、やめた。

端末の画面から一切目を離すことなく進むこの横顔に、何を言っても無意味なような気がする。

青と白だけの世界に、シミのような黒い点が舞っている。

俺たちを見下ろしてでもいるのだろうか。

そのシミは旋回しながら徐々に降下し、やがて一羽のカラスとなった。

緊張が走る。

竹内も気づいている。