コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

「まぁほら、まだそんな出動経験もないわけだし?」

「そうやっていつまでもかばってたら、何にも出来ないじゃない!」

「飯塚さんが甘すぎるんっすよ。連れ回してるだけで、何もやらせようとしないし」

飯塚さんは鮭と昆布にから揚げ、そこに大概ポテトサラダがつく。

この組み合わせは絶対に変わらない。

鮭がツナに、ポテトサラダが大根サラダになることはあっても、それはいつも崩れない不文律を形成している。

「どっから始めます? 突っ込みどころが多すぎて、どうすればいいのか分かんねーし」

竹内は雑食なので、賞味期限切れを片っ端から片付けていくタイプだ。

「あんたの指導の仕方が悪いんじゃないの?」

「新人クラッシャーの異名を持つような人には言われたくないね」

俺の前にはなぜかいつも、同じ幕の内弁当が置かれていた。

「まぁまぁ」

にらみ合う二人の間に、飯塚さんが割って入る。

こちらを振り返った。

「いつも何となくそれを持ってきてるけど、その弁当でよかった? 好きなのを上から取ってきていいんだよ」

「えぇ、大丈夫ですよ」

箸をとる。

弁当の蓋をあけると、それはまだほんのりと温かかった。

「こないだは、ナポリタン食べてたわよ。大盛りの」

「その前は中華丼」

「そっか」

飯塚さんは微笑む。

「じゃあ、俺だけか。いつも同じ幕の内弁当置いてたのは」

その弁当の暖かさが、いまは腹にしみる。

「飯塚さんのお茶は、いつもその銘柄ですよね」

そう言ったら、ちょっとうれしそうな顔をしてから、また笑顔になった。

「お。そういう所はよく観察しているね」

「だから、そこが違うって言ってんでしょ!」

いづみはドンとテーブルを叩く。

「ちゃんとリーダーやって」

竹内の首も、激しく上下にシェイクしている。

その剣幕におされ、飯塚さんは渋々司令台巨大ディスプレイに、マップを映し出した。

「どうやっておさらいをしようか」

「最初っからよ」
「まぁ、それが妥当だと思います」

画面に山間部の最初の駅がクローズアップされる。

「重人の撮った写真はコレだったな」

線路脇にあったプレハブ小屋の内部が映し出された。

入り口から撮影した画像には、びっしりと積み上げられた薄っぺらいトロッコと、PC画像が撮影されている。

「で、これが同じ時に竹内くんの撮った写真」

いつの間に撮影していたのか、竹内は単に端末を掲げているだけではなかったんだ。

トロッコの詳細な細部から小屋の天井と床、四方の壁はもちろん、PC画面とそのメーカーまで、くっきりと映し出されている。

「で、電車に乗ったあと、君は何をしていた?」

俺はゴクリと唾を飲み込む。

「IC乗車券の管理サーバーに潜入しました。俺が乗り込んだのは10両列車の6両目。そこから2両目まで移動しましたが、乗客全員の把握は不可能でした。そこで、IC乗車券の記録を確認して、現在乗車中の人物を特定しました」

「うん、そうだね」

画面には、その時に乗っていた乗客17人のIDが表示される。

「この中に、犯人がいるのではないかと思いました」

「どうして?」

言葉に詰まる。

「だ、大事な何かを輸送するのであれば、俺たちがそうしたように、その荷物について動くと思ったからです」

「で、結局君は、今日その犯人を見たかい?」

「いいえ」

俺は首を横に振る。

「俺たちは見えない敵と戦っている。今日の最後に回収物を本部の支援部隊に渡したのは、そこからは彼らの受け持ちだからだ。事件のきっかけに関わるのが俺たちの仕事で、後の処理はそのプロフェッショナルに任せる。具体的に継続して関わる部署ではないということを、まずは頭に入れておいてほしい」

飯塚さんは、穏やかな表情をこちらに向けた。

「だから俺たちが失敗すると、何にもならないんだ。本部は証拠も材料も手に入れられないわけだからね。指示された任務だけをこなす。警察というより、軍隊に感覚は近いのかもしれない。余計なことは聞かない、知らない。それが全体を守る安全対策にもなってる」

「はい」

「誰が犯人だとか、黒幕がどうだとか、そういうことではないんだよ、重人。有象無象の、それぞれの目には見えない人間の悪意と、俺たちは戦っている」

その柔らかな横顔は、深く沈み込んだ。

「それを間違えるな」

静かに笑みを浮かべる飯塚さんに、俺は「はい」と、力強く返事を返した。
「常識を疑え。あらゆる可能性を想定しろ。世界は想像を以上に不思議なことであふれている」

 飯塚さんは言った。

「自分の目で見たものだけを信じるんだ」

ドンッと再びテーブルが鳴る。

「だからいっつも隊長に甘いだとか言って、怒られるのよ!」

「それで配属新人がなかなか仕事覚えられなくて、ミスをする。ここ最近、その繰り返しじゃないですか」

いづみと竹内は珍しく同調し、まくし立てる。

竹内は手元のノートPCで何かを操作した。

ディスプレイが切り替わる。

「この後だ。俺はぼんやり座っているお前の代わりに、その乗客全員の行動記録を洗い出した。怪しい履歴はゼロだ。そもそも、今回のオートメーション化された輸送システムを、最初の小屋で確認していたはずだ。お前もいづみの報告を聞いただろ」

「鉄道輸送なんて楽勝じゃない。だって進むべき道は決まってるんですもの。本部に連絡を入れて、マーキングの申請したわ。路線切り替えのある駅舎には、部隊の装備があるって、もちろん知ってるんでしょうね」

いづみのその報告は、支援要請と行動報告も兼ねていた。

「マーキングが成功したら、列車に乗っているのは不都合でしかないわ。路線が変わったらお終いだもの。そのための単独行動じゃないってことくらいは、頭回ってるわよね」

だから電車を降りたのか。

「車で地下鉄の車両を追いかけるのはもちろん無理だ。マーキングしたことで、支援部隊との情報共有が可能になる。後は回収まで任せるのもいいんだけど、あんまり仕事を回しすぎると、後々やりにくくなるのはお仕事あるある」

「お仕事あるある」
 竹内の後を、いづみが続ける。

「鉄道関係は楽勝だって言ったでしょ。そういうのまで次に回すなってことよ。路線図から列車の移動先は限られる。鉄道会社の管理システムに侵入すれば、監視カメラでホームの様子は簡単に確認できるわ」

「で、異常のある駅を見つけ出せる」

竹内の指がキーボードを叩く。

該当車両の進入予定駅と、そのホーム画面がマルチスクリーンに映し出された。

「うちの監視カメラは優秀だからな。そこで各駅舎に設置された装備でわんこチェック。基本のき!」

「で、異常ガスを事前に探知。現場に急行ってワケよ」

車で列車に追いついたのは、駅で停止した電車の、扉の開閉速度を調整したせい。

「あとは説明しなくても分かるわね」

いづみは一息ついた。

「バイオコントロールシステムが、あれほど進んでいるとはね」

「所詮時間の問題だったろ。技術は常に更新している。俺たちが持っているということは、相手も同等のレベルにあると思って間違いはない」

竹内はずっと構内を撮影していた。

その動画をディスプレイにあげる。

ドロリとした液体生物の姿が、大きく映し出された。

「どこかに、チップがあったのかもな」

「液体成分の回収は?」

「本部がやってるだろ」

飯塚さんは指を組む。

「強アルカリ性質だった。チップはどうせ失敗と同時に融解されているだろう」

生物兵器の話は、よく分からない。
「ここから先の捜査は、本部の管轄だ。結果なんて、俺たちには求められてもしなければ、そうすることも許されない」

竹内といづみは静かに聞いていた。

「俺たちに与えられた指示は、今回は『輸送物の回収』それだけだ。その結果がどうなったのか、なんの意味があるのか、分かることもあるがそのままのことも珍しくはない」

沈黙が流れる。

次に口を開いたのは俺だった。

「あの、思ったんですけど、だったら最初っから、毎日駅舎の空気環境チェックしたらいいんじゃないですか?」

「おい。いくら金がかかると思ってるんだ」

竹内の体が怒りに震えている。

「言っとくけどな、この支部の活動資金にだって、本部全体の活動資金だって限界はあるんだ。今回の作戦だけでいくら経費かかってると思うんだよ。それをいちいち後から申請して許可もらって、予算残高とにらめっこしてる俺の気持ちもちょっとは考えろ! 公務員ナメんなよ! 大体お前はもう少し新入隊員としての自覚と心構えをだな……」

竹内の愚痴が始まると、とても長いんだということは、ここへ来て一番に知った。

竹内はこの支部の事務も担当している。

「まぁまぁ、もういいだろ。彼はよくやってるよ」

飯塚さんはにっこりと微笑んだ。

「それと、任務の時には自分の乗車IDを消しておくことも忘れずに」

全自動のサポートロボが、デザートとお茶を運んでくる。

表がコンビニな分、そういうところは優遇されていた。

伸縮する棚のような形状のロボット本体の扉が開くと、それぞれのカップにあらかじめセットされた飲み物がトレイに乗って差し出される。

それを受け取る俺の隣で、竹内は食べ終わった弁当のカラを付属したゴミ箱に放り込んだ。

台拭きが出てきて、そこを拭く。

「今日はもうこれでおしまいにしよう。明日はみんな、遅めの出勤でいいよ。飲み終わったら解散だ」

温かな湯気が、地下室に立ちこめる。

俺はミルク入りのホットコーヒーに息を吹きかけた。

竹内はため息をついて立ち上がる。

彼はここのコンビニ支部店舗の二階に、一人で住んでいた。

そこに引っ込んでしまったのだろう。

「私も先に帰るわね」

いづみも出て行く。

飯塚さんは自分のテーブルに移った。

「帰らないんですか?」

「まだ少し、やることが残っているんだ」

その画面には、複雑な何かの設計図が表示されていた。

俺は熱いコーヒーを一気に流し込む。

それを食洗機に放り込むと、帰宅の途についた。
玄関の門をくぐった時には、22時を過ぎていた。

真っ暗に静まりかえった階段を、そっと足を忍ばせて登る。

俺以外の3人は1階で寝ている。

2階の小さな3部屋は、俺がほぼ一人で独占していた。

築60年以上を超える木造住宅2階4畳半の一室、寝転がって見上げた天井にはシミが浮き出ている。

積み上げられた機器の間で、俺の居場所は51×55cmのこの座布団の上だけだ。

強度だけを求めて買ったスチールラックに、黒いレースを着た人形が置かれている。

その碧い目が、ギロリと動いた。

慌ててそれをつかみ取る。

1/3サイズドールMSD(女)という型だというところまでは調べていた。

40㎝前後の、比較的大きな人形だ。

小さな口がパクパクと動いている。

明らかにこれは何かの合図だ。

どうしていいか分からずに、俺はその頬をぎゅっとつまんでみる。

片方の目はキョロキョロと動いているが、もう一つの目は動かない。

それがUSBだったことを思い出した。

それをPCに差し込むと、あっという間に立ち上がる。

人形はしゃべり始めた。

「ようやく起動してくれたんだな」

「飯塚さん!」

正直、全く自分の好みでもなければ、ちょっと気味が悪いとすら思っている人形だ。

「これ、飯塚さんが送ってきたんですか?」

「うん、そう」

どこで会話しているんだろう。

部隊の端末を使って検索してみたけれども、どこにもヒットしなかった。
「もしかして、本当に僕本人からかって、疑ってる?」

「いえ、そんなことはないです」

「これは独立した通信手段でね、部隊のシステムからも、どこからも侵入できない。どこにも繋がっていないからね。その分、使い勝手が悪いのは許してくれ」

そう言って、真っ黒な人形は笑った。

「こうでもしないと、なかなか新人くんの話を聞く機会もないしね。部隊隊員の本音を直接聞きたいと思うと、こんなことぐらいしか思いつかないんだ。驚かせて悪かったね」

俺は人形を膝に抱いて向かい合い、首を横に振った。

薄気味悪い人形が、急に大切なもののように思えてくる。

「いえ、大丈夫です。うれしいです」

飯塚さんは、もう一度今日の反省すべきところを復唱し、竹内やいづみの態度について詫びた。

部隊のシステムを早く使いこなせるように、そうすれば仕事は楽になるというアドバイスもくれた。

「時間の許す限り僕も教えるから、何でも分からないことがあったら聞いてほしい。遠慮することはないんだよ。困ったことがあれば、すぐに相談してくれ」

感動で泣きそうだ。

「今日は、午前中はどこへ行かれてたんですか?」

「本部のね、極秘任務でそっちに行ってたんだ」

「極秘任務?」

「まぁ、公然の秘密ってやつだ。僕の口から直接は言えないけど、そのうち分かるよ。いづみや竹内くんも知ってる。言わないだけだ」

ゴスロリ人形は、ため息をついた。

「さぁ、すっかり遅くなってしまった。竹内くんはめちゃくちゃ気合いが入っていたよ。明日から君のための特別メニューを考えてくれているっぽい」

「え、何ですかそれ……」

飯塚さんは、楽しげに笑った。

「あ、あの、最後に一つ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「……。なんで、こんなでっかい人形にしたんですか? もっと小型で携帯しやすい機器でもよかったんじゃないかなって……」

「あぁ、それはいづみの趣味だ。これでも頑張って反対したんだよ。じゃなかったら、もっと酷いことになってた」

「分かりました。ありがとうございました」

お休みを言って、通信を切った。

久しぶりに隣の部屋へ移動する。

そこは天井までびっしりと積み上げられた本の隙間に、小さなベッドが置かれている。

もっと小型で持ち運びしやすいものだったら、いつでも連絡とれるのにな。

布団の上の本や電子機器部品を下ろして、その中で横になった。

目を閉じて、ゆっくり眠った。
出動の翌日でゆっくりでいいと言われても、そういうわけには行かない。

やる気を見せるとか建前とかじゃなくて、本当に自分が早く行って早く仕事を覚えたいと思うのだから仕方がない。

朝食もそこそこに家を飛び出す俺を、母の心配と姉の嫌味が送り出す。

「ちゃんとご飯はみんなで食べるって約束だったでしょー!」

「理系大学院卒のコンビニ店員が覚えなきゃいけない仕事って大変なんだねー!」

店に駆け込む。

竹内は2階に住んでいるから、一番乗りというわけにはいかない。

地下基地に潜ったら、さらにその下にある訓練施設に連れられた。

「船舶と小型飛行機の操縦は出来るんだろ?」

「まぁ……いちおう……。理屈だけは紙面で覚えました。免許は取ってませんけど……」

それもニート期間中の課題対象だった。

それはそうなんだけど、目の前にある訓練用デモ機の様子は明らかにおかしい。

「免許証取得の有無は問題ない。うちの隊員ならいくらでも発行してもらえるからな」

体一つ潜り込ますことにも苦労するようなコックピットだ。

乗り込むところから神経を使う。

「普通にセスナが乗れるなら、基本的な操作は……まぁ、似たようなもんだ」

「で、これは?」

俺は怪しげな操縦席を見下ろしながら指をさす。

「F-22Aの操縦席だ。F-35とかF-15、16C/Dでもよかったんだけど、まぁこんなもんでしょ。それともF-106Aデルタダートとか、U-2か何かの方がよかったか?」

戦闘機の操縦訓練。

「これに慣れれば、世の中の大概の飛行機は操縦できるようになる」

「だろうな!」

竹内は操縦席の隣に座った。

「これはあくまでデモ機だからね。隊長に頼んで、そのうち一回くらいは実際に乗せてもらえるようにしておく」

「本気で言ってんの?」

「当たり前だ」

彼は深いため息をついた。

「なんだかよく分からないけど、隊長はお前に興味関心があるみたいだな。まぁ少々成績がよかったみたいだから、単にはしゃいでるだけなのかもしれないけど。あの人のことだし」

隊長の記憶といえば、カーブミラーに映った上半身しか記憶にない。

俺をかわいがってる? とてもそんな風にはみえなかった。
「で、これが終わったら潜水艦と戦車の操縦だ。安心しろ。難しい順に並べてあるから、ここさえクリアできれば他はすぐに何とかなる」

彼は賞味期限切れのフルーツ・オレを、ストローからチュっと吸った。

「さっさと始めるぞ。出動命令は待ってはくれない」

午前中はみっちり戦闘機の操縦訓練を受け、昼休みをはさんでからは部隊のシステムについてのレクチャーがあった。

「愛称は『天命』。誰が名付けたか知らんが、すんげー名前だろ?」

竹内はそう言った。

「だけどまぁ、そう名付けたくなった気持ちも分からなくはないんだ」

今日も飯塚さんはいない。

午前中にちょっとだけ俺の訓練の様子をのぞいてから、すぐに出て行ってしまった。

いづみは一人で黙々と何かを板金溶接している。

この「天命」とは、部隊が使用しているネットワークシステムのことだ。

日本国内のあらゆる情報網に侵入し、干渉することができる。

この天命の運用にあたっては、本部のなかでもさらに優秀な人材を集めた特任チームが、専門的に管理運営していた。

「ここの専門チームは異常だ。はっきり言って頭がおかしい連中しか集まっていない」

竹内は言う。

「俺も隊員の端くれだからな、普通に使ってるしハッキングもするよね。だけど、乗っ取りは出来ないんだよ。どうしてるんだ? 常にデータの一部を書き換えて更新中みたいな状態で、一定していないんだ」

「なんでハッキングすんの?」

「使用許可は隊員ごとに与えられ、履歴も残る。許可さえ下りれば自由にあらゆるシステムに侵入して、操作することを許してる」

竹内は悔しそうに唇を噛んだ。

「だけど、コントロールはできない」

「だからさ、なんでわざわざハッキングする必要が?」

「不安定なのに安定した運用、まさに『天命』という名にふさわしい」

なんかもう、どうでもよくなってきた。