コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

きっちり15分26秒後、車は小さな無人駅の前に止まった。

竹内は端末を見ながら無言で歩き出し、いづみはグイと顎で指す。

線路脇の、古びたトタン小屋に踏み込んだ。

ここにも同じノートPCとサーバーが一つ、1067mm狭軌の幅に合わせて作られた、高さ15㎝、在来線走行可能な薄っぺらいトロッコが山と積まれている。

「どういうこと?」

「重人、初期チェックしてないぞ。基本を早速忘れんな」

そういう竹内は、常に自分の端末をいじり続けていて、回りも何も見ちゃいない。

「わんこ置いて来たし!」

「なくても出来る方法あんだろ」

いづみはパソコンをのぞき込む。

俺は仕方なく自分の端末に検索をかける。

「大規模な輸送システムを共同運営している組織があるってこと?」

「在来線にただ乗りだ」

竹内は俺を振り返った。

「有毒ガスと生体反応チェック、出来た?」

「この時点でそんなもんないって分かってんだろ!」

「口答えはアウトよ」

そう言ったいづみの指先は、パソコンのキーボードを叩いている。

「次の輸送が設定されているわ」

「ついて行く?」

「無理よ。電車の下に張り付いて動くようになっているもの」

カタリとトロッコが動き出す。

それはレールを伝い床下に消えた。

「じゃ、普通にその電車に乗るか」

「磯部くん、中を撮影しといて」

カメラを起動している間に、二人は小屋を出て行く。

「ちょ、待てって!」

俺は置いて行かれそうになるのを、そこから出る直前に一枚、中を撮影した。

二人は線路脇のフェンスを軽々と跳び越え、ホームの端に立つ。

「そ、そんなジャンプ力、どこにあんの?」

竹内はどうやって、端末画面だけを見ながら外を歩いているんだろう。

「駅のホームには監視カメラがついてるからね。まぁ後で侵入して消してもいいんだけど。人目がないなら面倒な手間かけるより、飛びこえた方が早いってゆーか……」

「出来ないならさっさと改札から回ってきなさい。電車来るわよ」

改札口は目の前だ。

駅に向かって走る。

すぐ近くまでやって来た電車走行音が聞こえてきた。

どんな田舎でも、IC乗車券が使えるのはありがたい。

何とか飛び乗った10両編成の車内は、ガラガラだった。

二人の姿を求めて歩き出す。

確か先頭車両の方にいたはずだ。

端末にメッセージが届く。
『走行音の異常から、荷台が張り付いているのは2両目の前方付近と推測。19は1両目後方、05は3両目で前方、08は2両目後方で待機』

19とはいづみの番号で、05は竹内、08は俺のことだ。

飛び乗った6両目からゆっくりと歩く。

No.05竹内から連絡が入った。

『移動中は常に周囲を確認。乗客の特徴はもちろんのこと、網棚の荷物、車両の違和感、全てに気を配れ』

山奥の郊外から都心方面に向かう遅い午後の電車だ。

乗客は1両に2、3人くらいしか乗っていない。

若い女性が一人と、70代くらいのお婆ちゃんが一人。

60過ぎたような太ったおっさんと、妊婦、子連れの母子、アジア系外国人の女の子2人と高校生男子……。

出来るだけ顔と服装の特徴を頭にたたき込む。

網棚に置かれた荷物はない。

不審に思うほど大きな荷物を抱えたような人物もない。

ひたすら端末をいじり倒している竹内の前を素通りする。

俺は指定された場所に腰を下ろした。

スーツを着たサラリーマン風40代後半男性が一人。

同じく40代と思われる女性と、50代男性、俺。

網棚は何もないし、車内の様子も別段おかしなところはない。

振動に合わせてつり革は揺れる。

俺はほっと息を吐き出し、目を閉じた。

いつもならここで寝てしまうところだが、今は仕事中と思い直し端末を起動させる。

どこまで行くのだろう。初めて乗る電車だ。

連結部の窓越しに竹内の横顔が見える。

彼はずっと画面をにらみつけ、操作に余念がない。

午後の緩やかな西日が差し込んでいる。

まぶしさにブラインドを下ろそうとして、ふと手を止めた。

そういえば、どの車両もブラインドは下がってなかったな。

当たり前といえば当たり前なのかもしれない。

西日が当たり始めるのは今からの話で、乗客が乗り込んでくれば、自然と順番に下がっていくだろう。

そこになにかの疑いを持つほうが、難しいかもしれない。

自分の座っていた背中側のそれを下げた。

隣のも下げる。

そのまた隣を下げようとしたとき、40代風サラリーマンはビクリともしなかった。

次のブラインドに手をかける。

そのまた次の次は、異音がするという箇所だ。

下げようとしたブラインドが、カツンと止まった。

下ろそうとしても下りない。

あきらめて隣のに手をかけると、それは素直に俺の手に従った。

そのまた次も素直に下りる。

俺は指定された位置に戻って、そこに陣取った。

なるほどこういうことかと、初めて理解した。
もう一時間以上は電車に揺られている。

乗客の数は駅に停まるごとに増えていく。

もういづみの姿はもちろん、竹内の姿も目視では確認出来ない。

『どこの駅で降りるの?』

と連絡を打ったのに、返事はない。

異音を聞き分けるというアプリを端末内で探したけれども、調査結果はやはり『2両目下付近』としか出てこない。

まぁ、異音を探知するってことは、まだ下にあるってことか。

乗客に動きがあった。

俺たちが乗った駅より前に乗車していた一人が下車した。

最初の下車客だ。

鉄道会社の管理システムに侵入すれば、ICカードの記録からいつ誰がどこで乗って降りたかなんて、すぐに分かる。

同じ駅で乗り込んだのは俺たち3人しかいない。

一つ前の駅から乗っていたのは17人。

この中に関係者がいるとは限らないが、可能性は高い。

端末が震えた。通知が届く。

『マーキング成功』

俺は竹内を探した。

だけどやっぱり見えるのは服の端だけで、表情は確認出来ない。

『どういうこと?』

『次の駅で乗り換える』

電車はホームに滑り込む。

ここで降りるということか? 

慌てて立ち上がったら、ドアの向こうに竹内の姿が見えた。

車両から飛び降りる。

彼に近寄ろうかとも思ったけど、人の多さと流れに逆らうのも不自然な気がして、少し離れた位置から後を追いかける。

竹内は改札を出ると、駅前のパチンコ店に入った。

そのまま何の迷いもなく、植え込みの向こうに消えてゆくのを追いかける。

「staff only」と書かれたドアをくぐると、ロッカーの扉を開いた。

「すぐに出るぞ」

「ここは?」

「部隊の支部の一つ」

ペンのようなものを取り出すと、それを俺の胸に挿した。
「忘れ物だ。それでちゃんと、わんこの変わりが出来るから」

「これを取りに来ただけ?」

「もちろんそうじゃない」

バタンと扉を閉める。

自動でロックのかかる音が聞こえる。

竹内はまっすぐに歩き出した。

「部隊関連施設は、もちろん頭に入ってるんだろうな?」

答えられない質問に関しては、黙っておくに限る。

竹内は鼻でため息をついた。

「ま、いいけどね。お前もそんなに、長くはもたないかもな」

裏口から外に出る。

軽自動車の横にいづみが立っていた。

「分岐点で別れたわ。追いつける?」

「えぇ、もちろん。そうさせていただきますよ」

竹内は運転席に座ると、エンジンをかけた。

慌てて助手席に乗り込む。

「そのうち、この運転も代わってもらうからな」

サイドブレーキを下ろした瞬間、急発進する。

こんな所を通る車がいたのか? っていうような細い路地を猛スピードで走り抜け、少し大きな通りに出た思ったら、すぐまた裏路地に入り込む。

と、車を止めた。

「間に合ったわね」

「ま、こんなもんですよ」

映画のような乱暴すぎる運転に、俺の心臓はキャパオーバーで止まりそうだ。

「よく事故とか起きないよね!」

「……。車が勝手によけるよう、この俺が設定したんだ」

地下鉄のホームへ降りる階段が見えた。

辺りはもうすっかり暗くなっている。

車を近くの私営駐車場に停めると、灯りの灯り始めた街から地下へと潜り込んだ。

「ここで回収するわよ」

カビ臭い生暖かい空気が鼻をつく。

人手は多くはないが、少ないというわけでもない。

列車到着予定時刻まで2分あった。

一般の乗客だって普通にいる。

ただの当たり前の電車ホームだ。

回収って、どうするんだ? 

竹内がくるりと振り返った。

「重人、わんこチェック」

「は?」

「さっき渡しただろ」

舌打ちしてやりたいのをグッと我慢する。

代わりに盛大なため息をついた。

「だから、この状況でそれ必要?」

電車はホームに滑り込んだ。

乗車を待つ客は線路に近寄る。

俺はその乗客を避けて、ホーム壁際に寄った。

「重人、そこはやめた方がいい」

飯塚さんの横顔が、俺の袖を引いた。
 ドンッ! 

背後からの爆発音。

その爆風に押され、足元がふらつく。

飯塚さんが助けてくれなかったら、確実に転倒していた。

到着した電車と、驚く乗客たち。

降りてくる人の波は火災に気つき、パニックを起こしている。

いづみはその混乱の最中、ホームと列車の間に飛び込んだ。

「避難してください! こちらです」

飯塚さんは駅員の制服を着ていた。

乗客を地上に案内している。

竹内はそんな俺に向かって端末を向ける。

これではスマホで火災現場を撮影している野次馬と見分けがつかない。

「つーか、いづみがホームに落ちた!」

「わんこチェックの結果は?」

「助けに行かなくていいのかよ!」

竹内は明らかにムッとした表情のまま、カメラをこちらに向けている。

「基本の『き』だ。ちゃんとやり方は教えた」

あっという間にホームから人の気配がなくなる。

小さな駅だ。

2両目の車両が大きくガタリと揺れた。

と、1両目と2両目の連結が外れる。

今度は竹内の手が俺を引いた。

その瞬間さらなる爆発音がして、俺のいたすぐ頭上の壁が外れる。

そこからドロリと漏れ出した液体は、異臭を放ちながらもゆっくりと動き始めた。

「バイオコントロールシステムか。これは厄介な相手だな」

飯塚さんはポケットから小瓶を取り出した。

その液体を動き続けるアメーバに振りかける。

鼻をつく強烈な匂いが辺りに立ちこめた。

その液体に触れ、アメーバの体はぐんぐんと溶けていく。

「どうしてわんこチェックをしない」

飯塚さんの手に、空気圧縮発射装置が見えた。

クロスした腕からそれを振り上げる。

エアカッターで一度切断されたはずのそれは、再びドロリと一つになった。

「今それどころじゃないだろ!」

飯塚さんの振りかけた液体から、まだ臭気が上がっている。

少しずつ溶けて小さくはなっているようだ。

電車に近寄ろうとするそれを、空気の壁で押し戻すようにして進行を防いでいる。

「さっさとやれ。基本を大事にしない奴は、何をやらせてもダメだ」

何だ? この臭い。

アメーバからの臭いに、イヤな予感しかしない。

俺は竹内に渡されたペン型空気環境検査装置の捕集管を開いた。
「そこからかよ。遅すぎ」

竹内はムッとした表情を見せる。

「お前、人の話ちゃんと聞いてる?」

「聞いてるよ!」

「なんでここに到着した時から、それをやってない」

「だって!」

「『だって』じゃねー」

火災発生を知らせるサイレンが鳴り響く。

停止した電車のドアは開いたままだ。

ホームと車両の隙間から、いづみが顔を出す。

銀の薄っぺらいトロッコをホームに置いた。

「回収成功」

飯塚さんの横顔に笑みが宿る。

彼女にそっと手を差し伸ばし、助け起こした。

「さ、引き上げるぞ」

俺のポケットで端末が振動する。

異常を感知した時のアラームだ。

画面には『空気検査結果:可燃性ガス』の文字が浮かんでいる。

竹内は相変わらずスマホを掲げたままだ。

「え?」

気づいた時には遅かった。

視界は炎に包まれる。

「ちょ……」

炎が照りつける。

熱と混乱で呼吸もできない。

シューという異音がどこからか聞こえる。

白煙の立ち上るなか、一瞬の視界が開けた。

口元に固いマスクが当てられる。

それを押しつけた見知らぬ誰かの手は、再び白煙に消えた。

「何してる。行くぞ」

目の前に、竹内が立っている。

いつの間にかキャップをかぶり、マスクをしていた。

「……。行くぞ」

炎はすぐに消え去った。

最初の爆発が起こった所だけが、黒く焼け焦げている。

俺はあてがわれた防護マスクをきちんと装着し直す。

本物(・・)の駅員たちが駆け降りてきた。

「急いで避難してください!」

駅員の制服を着た飯塚さんの手が、俺の肩に乗った。

「こちらです。案内します」

いづみと竹内もいる。

階段を上がり、改札を抜ける。

乗客たちは全て地上に追いやられていて、通路に人影はない。

飯塚さんは駅員の制服を脱ぐと、それを無人の駅舎に放り込んだ。

「出るぞ」

竹内といづみは無言でうなずく。

俺は一歩を踏み出した。

「重人、こっちだ」

「わんこチェック」

竹内からの指示に、イラッとはしたが素直に従った。

目の前の地上へ向かう階段下には、先ほどと同じ成分の可燃性ガスが溜まっている。

「こっちだ」

長い地下道を、別出口に向かって走る。

先頭を走る飯塚さんは、ふいに足を止めた。
「竹内、重人を頼めるか?」

「俺、あんま得意じゃないんっすよね。こういう役割」

上りの階段が見えている。

竹内の手に、エアカッター発生装置が握られる。

その両脇に張られたタイルが、ボロボロと崩れ、剥がれてゆく。

そのタイル一枚一枚が、手裏剣のような小型ドローンへと姿を変えた。

「私がやるわ。風圧で一気に押し流すから、その間に走りなさい」

地下通路の天井から、金属格子が落下した。

伸縮するいくつもの足の先にタイヤがついている。

小さなブロックをいくつも連結させてつなげることで、柔軟性を確保したムカデ型の強化プラスチックロボットは、長い体をくねらせ垂れ下がった。

飯塚さんの手が空を斬る。

ムカデの体はそれを避けようと、一瞬にしてパーツごとに分かれた。

破壊された2ブロックだけを残して、すぐに再結合する。

「狙いはいづみの持っているそれだ」

彼女は右腕を高く掲げる。

それを大きく横に振ると、空気の壁が動いた。

小さなドローンたちは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。

ムカデは地を這った。

飯塚さんの左手が真横に低く空を斬る。

30㎝四方程度のムカデは、水平に裂けた。

「走れ」

駅地下の駐輪場へ入る。

そこから地上へと向かうスロープを駆け上がった。

最後尾の飯塚さんは振り返る。

咥えたタバコに火をつけ、すぐに放り投げた。

タイミングよく爆発したそれは、厚い煙幕を張る。

通常の出入り口には規制線が張られていた。

入場制限されている群衆の背後を、早足で通り過ぎる。

その瞬間、地下で爆発音が響いた。

「撒けたかしら」

いづみはボソリとつぶやく。

「どうせ自動追尾システムか何かだ。今回はもう、後は任せよう」

ふっと微笑んだ飯塚さんに、いづみも笑みを浮かべる。

「そうね。新人くんもいるし、今日はそれで十分よ」

そう言うと、急に彼女は真顔になった。

「反省会しなくっちゃ」

乗り捨てた軽自動車には、見知らぬ人間が2人座っていた。

いづみは回収した銀のケースを彼らに手渡す。

「すみませんね。お世話になります」

「ご苦労さまでした」

車はゆっくりと走り出した。

いづみはそれに、ひらひらと手を振る。

が、振り返ってからが怖かった。

「じゃ、コンビニで」

ギロリとにらむその顔は、まさに氷の女王そのものだ。

彼女は飯塚さんの腕に自分の腕を絡めると、並んで立ち去った。

竹内はため息をつく。

「まさかお前、ここから一人では帰れないとか、そんなことは言わないよな」

今いる駅の名前は分かる。

「か、帰れるよ」

「どっちが先にたどり着くか、競争しようぜ」

「は?」

「これも訓練の一つだ」

竹内は端末を胸のポケットにしまった。

「じゃあな。もう勝手に始まってるっぽいし」

人混みの中に、背の高いほっそりとした黒髪が消える。

時計はちょうど20時を回ったところだ。

俺はため息をついてから、仕方なく次の駅に向かって歩き始めた。
乗り込んだ電車のつり革につかまり、俺はその振動に完全に身を任せていた。

端末にメッセージが入る。

母さんからだ。

『8時過ぎたわよ。まだ帰ってこないの?』

『急に夜バイトの子が来られなくなっちゃって、後の時間も入るようになった。もう先に寝てていいよ』

『晩ご飯はどうするのよ』

『帰ったら食べるから、置いといて』

そう返事をして、端末をしまう。

『明日の朝、帰ったら』と、打とうとしてやめたのは、ちょっとした予感のようなもの。

車窓に流れる夜景はいつも、俺とは無関係にキラキラと輝いている。

コンビニ支部にたどり着く。

20時34分。

悪くないタイムだ。

てゆーか、このルート以外で早く帰れるとしたら、車でぶっ飛ばすか空を飛ぶ以外にあり得ない。

店に入ると、働いている店員は全てアンドロイド店員だった。

相変わらず客はいない。

地下の秘密基地へと潜り込んだ。

「遅っそい!」

上部のコンビニ店舗より、信じられないくらいの空間がそこに広がっている。

あの上物はなんなんだろうと、こういう時には未だに慣れない。

司令台の前に設置されたテーブルで、先に戻っていた3人は食事を始めていた。

上から持ってきたのであろう弁当が一つ、手つかずのまま置かれてある。

俺はそこに腰を下ろした。

「まさか、普通に電車乗って帰って来たんじゃないでしょうね」

いづみは食事中でもいつも、甘い紅茶を飲む。

中華だろうと和食だろうとお構いなしだ。

「空でも飛んできたんですか?」

「は? 空を飛んだかですって?」

彼女の発する冷気で、間違いなくいつか絶対にきっとそのうち俺は風邪を引く。
「まぁほら、まだそんな出動経験もないわけだし?」

「そうやっていつまでもかばってたら、何にも出来ないじゃない!」

「飯塚さんが甘すぎるんっすよ。連れ回してるだけで、何もやらせようとしないし」

飯塚さんは鮭と昆布にから揚げ、そこに大概ポテトサラダがつく。

この組み合わせは絶対に変わらない。

鮭がツナに、ポテトサラダが大根サラダになることはあっても、それはいつも崩れない不文律を形成している。

「どっから始めます? 突っ込みどころが多すぎて、どうすればいいのか分かんねーし」

竹内は雑食なので、賞味期限切れを片っ端から片付けていくタイプだ。

「あんたの指導の仕方が悪いんじゃないの?」

「新人クラッシャーの異名を持つような人には言われたくないね」

俺の前にはなぜかいつも、同じ幕の内弁当が置かれていた。

「まぁまぁ」

にらみ合う二人の間に、飯塚さんが割って入る。

こちらを振り返った。

「いつも何となくそれを持ってきてるけど、その弁当でよかった? 好きなのを上から取ってきていいんだよ」

「えぇ、大丈夫ですよ」

箸をとる。

弁当の蓋をあけると、それはまだほんのりと温かかった。

「こないだは、ナポリタン食べてたわよ。大盛りの」

「その前は中華丼」

「そっか」

飯塚さんは微笑む。

「じゃあ、俺だけか。いつも同じ幕の内弁当置いてたのは」

その弁当の暖かさが、いまは腹にしみる。

「飯塚さんのお茶は、いつもその銘柄ですよね」

そう言ったら、ちょっとうれしそうな顔をしてから、また笑顔になった。

「お。そういう所はよく観察しているね」

「だから、そこが違うって言ってんでしょ!」

いづみはドンとテーブルを叩く。

「ちゃんとリーダーやって」

竹内の首も、激しく上下にシェイクしている。

その剣幕におされ、飯塚さんは渋々司令台巨大ディスプレイに、マップを映し出した。

「どうやっておさらいをしようか」

「最初っからよ」