コンビニバイト店員ですが、実は特殊公安警察やってます(『僕らの目に見えている世界のこと』より改題)

「あぁ、ここか」

「前から少しずつ移動してましたからね、やっぱりなって感じですよ」

竹内の言葉に、飯塚さんはうなずく。

山と田んぼに囲まれたのどかな田舎町だ。

そのバス停の隣に、古ぼけて機能しているのかも怪しげな汚れた自動販売機が置かれている。

売られている商品が透けて見えるはずのプラスチック板は、泥と傷で何の商品が入っているのかもよく分からない。

移動していたというのは、どういうことなんだろう。竹内は画面を指さした。

「これは一見自販機のように見えるが、ただの自販機じゃない。もちろん多くの自販機はただの自販機だが、全ての自販機がただの自販機ではないんだ」

「ただの自販機とは?」

「なるほど。それはまた別の話だったな」

竹内はニヤリと笑った。

人をバカにしたようなその態度に少々ムッとする。

飯塚さんが口を開いた。

「常識を疑え。あらゆる可能性を想定しろ。世界は想像を以上に不思議なことであふれている」

「どういう意味ですか?」

「自分の目で見たものだけを信じるんだ」

「自力で動く自販機を信じろと?」

自動販売機は自動で商品を販売するから自販機と言うのかもしれないが、自力で移動可能とは聞いてない。

というか、そんな常識ありえない。

「これは我が隊に伝わる、新人に送られる伝統の言葉だ。君の見るこれからの世界が、幸福であることを祈る」

そう言うと、何かを取り出した。

「これが正式な隊員章だ。いつも必ず、どこかに身につけているように」

飯塚さんの手が、俺の襟の裏にバッジをつけた。

「さぁ、行こう」

新たな警報が鳴り響く。

『この圏内で、電圧が異常に高まっています』
「うん? これはただ事ではすまなさそうだな。広域防衛態勢を整えろ」

飯塚さんの一言で、地下に緊張が走った。

「人手不足なんだ。さっそく実戦ってことでよろしく」

竹内の隣に座らされた俺は、見慣れた日本語106キーボードを見下ろす。

この106のキーで、この世界の全てをコントロールするんだ。

「基地局のハックは?」

「OKです」

竹内は電力会社の制御システムに、いつの間にか侵入していた。

「停電しそうだ」

送電線の一部が、オーバーロード寸前に追い込まれている。

「目的は何かしら」

いづみの言葉に、俺は首をかしげた。

「目的? こんな田舎を停電させる目的ですか?」

彼女は俺を見上げ、クスリと微笑んだ。

「遮断システムは?」

「問題なし」

「重人、送電システムの抵抗を最大限にまで引き上げろ」

はい、と返事はしたものの、初めて見る画面に初めての操作で、どこをどう触っていいのかも分からない。

「来るぞ!」

竹内の声が響く。

「ちょ、待ってくださ……」

何の説明もされていないうちから操作を任されたって、分かるワケないだろ!

「重人、ここだ」

飯塚さんの手が、俺の背後から伸びた。

タッチパネルのレバー表示に指を押し当て、それを引き上げる。

その指の動きが止まった瞬間、大型ディスプレイに複雑なプログラムの実行状態が映し出された。

それは一瞬の出来事だった。

自販機のエリアで、電力の供給がストップする。

その0.0018秒後には、都内への電力供給システムが遮断された。

そのわずかな瞬間の隙をついた高圧電流は、一気に120kmを駆け抜ける。

駆け抜けた電流の痕跡を示すように、停電地域を示すラインが黒く帯状に伸びていた。

「復旧補助システム作動」

飯塚さんの指示に、竹内の指はキーボードの上を芸術的なまでに細かく飛び跳ねる。

焼け焦げた電線の一本を残して、瞬く間に電力が復旧していく。

華麗なる高速ステップに合わせ停電発生から5秒が経過した時には、電力供給は山奥の発生エリアを除き、全てが日常に戻っていた。

「R38を飛ばせ」

「了解」

カラスは素直に、ぴょんといづみの肩から飛び降りた。

排気ダクトのようなところから外へ飛び出す。

部隊占有の偵察衛星を操作して、件の自販機が映し出された。

「回収に行きますか?」

竹内の言葉に飯塚さんはうなずく。

「そうだな、俺が行こう。君は重人と一緒に、システムチェックと復旧の確認を頼む」

「了解」

俺が振り返った時には、飯塚さんは電力会社のロゴマークが入った作業着姿に変わっていた。

「行ってくる」

メインディスプレイに、翻訳機を背負ったR38の姿が映し出された。

自販機から伸びた電線をついばんでほどいている。

その傷跡が、まさに鳥害の痕跡となった。

焼けた電線の交換を別の部署に依頼し終えた竹内は、俺を振り返る。

「さて、今回動かしたシステムの説明から始めようか」

発生現場からまっすぐに伸びる焼けた電線は、とある場所へと一直線に向かっていた。

「ここに何があるんですかね?」

こんな事件をわざわざ起こす、犯人の目的が分からない。

「この先のエリアに、何があるのかって?」

竹内はフンと鼻で笑った。

「そんなことも気づかないのか。東証のメインサーバーだよ。そこに停電を起こして、システムダウンを狙ったんだろ。よくあることだ。じゃ、まずは各公共施設へのアクセス方法を説明するぞ。真相は自販機を回収して、中の動作解析が終わってからだ」

「そんなことが出来るんですか?」

流す電流に、指向性を持たせることが可能なのか? 

焼け焦げた自販機から、まともにデータを得られるとは思えない。

「出来ないじゃなくて、やるんだよ」

竹内はにやりと笑う。

「俺たちにとって、これが日常だ」

ナンバー08磯部重人、つまり俺の新人教育が始まった。
コンビニ店員として、名目上フルタイムのアルバイト採用が決まってから、数日が経過していた。

「電柱の地中化の話は聞いているか?」

「えぇ、日本じゃなかなか進んでいないって」

「まぁな。日本の防衛システムの一環を担っていたんだ。仕方のない部分もある」

日本の電柱は、ミサイルとしての発射機能を備えている。

この地下支部にあるスイッチを押せば管轄内の電柱型ミサイルは全て、3秒以内に設定された目標に向かって発射することが可能だ。

「それを解除して回らないといけないんだ。そりゃ簡単に進むワケねぇよな」

竹内は笑う。

飯塚さんは続けた。

「今日はその作業に行こう。担当エリアの電柱解除が、まだ少し残っているんだ。もう廃止されるシステムだから知る必要はないかもしれないが、今後の地下活用計画の布石ともなる現場を見ておくことも悪くないだろう」

「地中化工事がですか?」

それ以上のことは詳しく話せないとでもいうように、飯塚さんは微笑んだ。

「しっかし、こんな地味な部署によく配属されたよな」

竹内は大きく息を吐き出す。

月の裏側にある宇宙基地やステルス軍事衛星の開発、波動を使った広域防衛システムなど、今では航空宇宙自衛隊が一番の花形だ。

「まずは自分たちの足下からだって、いつも隊長に言われているだろ。そもそも俺たちは警察官だ。自衛隊の奴らとは違う」

表のコンビニ業務は、バックヤードの業務支援型AIによりオートメーション化されていた。

トラックで運び込まれた資材はいったん倉庫に運び込まれ、そこで表のコンビニのものと裏の部隊用のものに仕分けされる。

地下に運ばれる資材はそれぞれ個別に保管されていたが、表のコンビニ業務に関しては商品の発注から陳列作業まで、全自動化されている。

少なくなったおにぎりの棚は客のいないタイミングを見計らって、それを設定通り満載した棚とガチャリと入れ替わった。

それでも俺や他の隊員がお菓子や雑誌を並べているのは、単なる息抜きのための作業にすぎない。

「重人、そろそろ着替えろ」

現れた飯塚さんは、どこをどう見ても完璧な電気工事工だった。

「第三種電気主任技術者の資格はとってあるよな」

「はい」

ただのニートをしていたんじゃない。

引きこもりの2年間は、入隊条件を満たす資格を得るための勉強に、とにかく忙しかった。

「行くぞ」

コンビニ裏に用意された、電力会社のダミー車両に乗り込む。

運転席には飯塚さんが座った。

完全に市中に溶け込んでいるそれは、ゆっくりと走り出す。
初めてオフィス街の公園で接触した時には、本当にくたびれたつまらないおっさんだというイメージしかなかった。

こうして作業着に着替えた飯塚さんは、精悍な顔つきにがっちりとした肉体が、頼れるベテラン作業員の風格を漂わせている。

一体どれが、本当の飯塚さんなんだろうかと思う。

新入隊員の俺に対して、とても丁寧かつ親切に接してくれるこの上司は、俺にとってすぐに理想と憧れになった。

あるときは新聞配達員、あるときは成り上がりデイトレーダー、ヨガ講師、コンビニ店長……。

肩書きが変わっても、飯塚さん自身は何も変わらない。

「家の方は大丈夫なのか」

のんびりとした住宅街を走りながら、憧れの上司はそう言った。

「えぇまぁ……、なんとか」

とは答えたものの、現実はそう甘くはない。

初めのうちは機嫌良く見送っていた母も、最近ではコンビニのパート勤務という状況に、不満を漏らすようになった。

「飯塚さんは? ご家族は?」

「俺は独身だから」

自分も独身ですと、言おうとしてやめた。

人には人の日常があって、それを外側の世界から推測することなんて、誰にも出来ないのだ。

平日日中の住宅街はとても静かで、人の気配もまばらだった。

俺は停まった車両の周囲に、『立ち入り禁止』の看板を立てる。

「君は下で、通行人の安全確保を頼む」

警棒を振って立つ俺の頭上で、飯塚さんの作業は続いている。

時折通りかかるものといえば、お年寄りと車と猫ぐらいしかいない。

「しっかりとした目的を持って、常にそれを意識するんだ。そうすれば周囲のことなど気にはならない。何事も結局は、自分との戦いにすぎないんだ」

運転席の飯塚さんは、そう言っていた。

「だからお前は、腐らず自らの道を進めばいい」

「俺がここへ来るその日のために、どれだけ努力してきたと思ってるんですか」

「はは。あぁ、そうだったな。悪かったよ」

そう言ってうれしそうに笑った横顔に、少しほっとする。

この部隊に入隊できて、本当によかった。

晩春とはいえ、今日は日差しがきつい。

照りつける太陽で、気温は25度を超えている。

俺は作業着の下でじっとりと汗をかいていた。

目の前の白い歩行者自転車用柵が、ぐにゃりとゆがんで見える。

あ、ヤバい。熱中症かな? 水分摂らないと。

車両の上に置かれた水に手を伸ばそうと、歪んだ柵に背を向ける。

太陽光に照らされた透明なボトルは、不自然にキラリと反射した。

なんだ? この光。

振り返ると、溶けた金属の柵がアスファルトに金属だまりを作っている。

一つにまとまっていくその銀の塊は、今ここで生まれて初めての自我を覚醒させたらしい。

ヒュと短い触手をアメーバのように伸ばすと、それは電柱を伝い、上り始めた。

「うわっ、なんだコレ!」

「重人、スタンガンを使え」
スタンガン? 

俺はそれを探して、混乱した頭で全身をまさぐる。

頭と手が明らかに接続障害を起こしていた。

その間にも液体化した金属は、意思を持って電柱を登る。

「飯塚さん!」

液体金属は全身を伸ばし、そこへ飛びかかった。

飯塚さんは電柱に設置されていたボックスを投げ落とす。

それに引きつけられるかのように、白銀のアメーバは空中で弧を描き、その体を伸ばす方向をぬるっと変えた。

受け取った俺をめがけて、アメーバも落下する。

飯塚さんの手が自分のポケットにあったスタンガンをつかむと、電柱の先からひらりと飛び降りた。

俺をめがけて飛びかかった、その尻尾の先に押し当てる。

バチンという放電音を発し、液体は意思を失った。

少しねっとりとした銀色の滴は、それをかぶった俺のヘルメットの縁から垂れ落ちる。

「動くな」

背後からの声に、思わず振り返った。

見上げたカーブミラーの鏡面に、特別機動隊本部と思われる映像が映っている。

「『動くな』と言ったのに、なぜ振り返った。単純な危機対応も出来ず、上官の指示にも従えないような新人を連れているとは、君らしくもない」

その声はとても低く、声色はあくまで穏やかだった。

ミラーに向かって、飯塚さんはうつむく。

「すみません、隊長。自分の指導不足です」

モニターには口元から腰辺りまでの上半身しか映し出されていない。

ここからでは、どうやってもその顔は見えない。

「お前の部隊はここ最近ヘマばかりだ。どうした」

「すみません。鋭意、努力いたします」

「何度目かな、その台詞を聞くのは」

ミラーからため息が漏れる。

同時に映像は途切れ、交通を安全かつ円滑に行うために設置されているはずの鏡は、本来の役割に戻った。

「なんですか、あれは!」

飯塚さんはかぶっていたヘルメットを脱ぐと、頭をかきむしる。

「動くな。隊長が君に動くなと言ったのは、君が浴びたその金属が有毒だからだ」

それは時折現れる液体金属型の装置で、組成成分としてガリウム、インジウム、スズ合金など、人体に影響を及ぼす物質が使われていることが多いらしい。

あらかじめ設定してある条件を満たした場合に、作動する地雷のようなものだと教えられた。

そうでなくても敵対する何者かが我々にたいして、妨害行為からこんなことをしているのだ。

触れた液体に骨まで溶かされた隊員もいるらしい。

「この作業着は、化学的にも物理的にも、薬品や熱、衝撃に強い素材で出来ている。肌に直接触れていないのなら、まず大丈夫だ」

「誰がそんなことを?」

「電柱の武装解除に反対する連中だよ」

日本に存在する電柱は、有事に地対空ミサイルとして発射されるステルス防衛の重要な一翼を担っていた。

「それ自体を面白くないと思う奴らは、設置当初からこの発射機能を備えた電柱を破壊して回っていた。その整備点検を務めるのも、俺たちの仕事だったんだ」

電柱に取り付けられている謎のボックスは、その機能を制御する本部からの受信機器だ。

時折起こる小規模な停電は、その8割をこの破壊工作を原因とするらしい。

「だけど全ての電柱が、そうだというわけではない」

飯塚さんはミサイルとしての役割を、たったいま終えたばかりの電柱に、そっと手を添えた。

「これで本来の役割に、戻してあげられた」

そう言って静かに微笑むこの人に、かける言葉が見つからない。

ここでは『普通の常識』は、通用しないのだ。

帰りの車内はとても静かな時間が流れていた。

戻ったコンビニで、出動時に装備する武器の基本的な装着位置と操作方法を教えてもらう。

左の襟元には本部連絡用のマイクが縫い込まれ、そのマイクを通して操作できるカーブミラーや信号機、消火栓の暗号を頭にたたき込む。

隊員にはそのマイクを通して、ある程度の操作を個人で自由に行うことが許可されていた。

「うまく使えよ。この機能を使いこなせるようになるとな、飯塚さんみたいに歩く魔術師になれる」

「何だよそれ」

「今に分かる」

竹内はニッと笑った。

22時のコンビニ。

彼は自分の持つありとあらゆる知識を俺に披露してから、自分の住所として登録されている店舗二階の居住区へと移っていった。
コンビニの朝は忙しい。

目覚ましと共に飛び起きると、俺は着替えもそこそこに家を飛び出す。

「ねぇ、ご飯はいらないの?」

「コンビニで食う」

ほんの半年前まで、家を出ることさえ希だった俺が、今は家族の中で誰よりも一番に出て行く。

「コンビニ店員がそんなに楽しいのぉ?」

起きてきたばかりの姉の嫌味を、珍しく父は牽制した。

「重人の性にあった仕事なら、なんだっていいんだよ」

「おうちでみんなでご飯食べるって約束だったじゃない!」

「今日の夜には帰れると思うから」

母の叫びを振り切った。

俺以外の3人には、自分そっくりに作られたアバターアンドロイドがいる。

他にも、首だけをすげ替えればいいように作られた、アルバイトロボも使われていた。

完璧にマニュアル化されたその行動様式が、そういったオモテの営業を可能にしている。

今朝はいづみだけが「本当に」働いていた。

「あ、おはようございます」

「おはよう」

「飯塚さんは?」

彼女の肌は真っ白なくせにつややかな光沢を帯びていて、人工樹脂の皮膚とも区別がつきにくい。

いづみは床にしゃがみ込んで、パンをきっちりと等間隔かつ寸分違わぬ同角度に並べていた。

画像をコピペで連続貼りしても、こんなにはきれいに並ばないだろう。

「今日は別のところへ行っているから。夕方には戻ってくると思うわ。あなたも早く着替えてらっしゃい」

立ち上がろうとした俺を押しのけるようにして、客の男が割り込んできた。

足は膝から下をピタリといづみの体に貼り付ける。

「おい、じゃまだ」

ぐいぐいと押しつけるその膝は、明らかに彼女の胸元を狙っていた。
「本当にじゃまね」

いづみは勢いよく立ち上がる。

手にしたパントレイの角を、振り向きざま男の脇腹にぶつけた。

間髪入れず、その足をぐっと踏みつける。

「お客さま、ポケットに未会計の商品が入っているようですが、防犯カメラで一緒に確認できます?」

「そ、そんなことはない、離せ!」

逃げようとする男の足を、彼女は引っかけて転がした。

「痴漢も犯罪よ」

背後から襟首をつかむと、一度その顔面を床に打ち付けてから持ち上げる。

「ね、あそこにカメラがあるの分かるでしょ? あんたの顔、しっかり記録されてるから」

「俺は万引きなんかしてない!」

いづみはふぅとため息をつくと、手を離した。

汚いものでも触ったかのように手を払う。

「みんな、そうやって言うのよね」

男の背広のポケットに、手を突っ込んだ。

中から袋入りのお菓子を取り出す。

「これ、今日の8時から発売開始の新商品。いま私が並べたばかりのものが、どうしてあなたのポケットに入っているの?」

「し、知らねぇよ! 俺は関係ねぇ!」

男は店を飛び出した。

慌てて追いかけようとした俺を、いづみは引き留める。

「だ、だって逃げたよ。捕まえなくていいの?」

「それは私たちの仕事じゃないわ」

「で、でも、万引きしたうえに痴漢まで……」

「磯部くんって、いい子ね」

ショートヘアの短い髪先が、ふわりと微笑むのと同時に揺れた。

「早く着替えてらっしゃい」

有無を言わさぬ眼光に、バックヤードへ駆け込む。

コーヒーの香りが漂う地下空間で、竹内は動画編集をしていた。

先ほどのいづみと男のやりとりの映像を、さっそく切り出している。

「し、仕事早いな」

「この店はな、表の営業はカモフラージュなんだから、売り上げとか気にしてねぇんだよ。それは分かるだろ?」

店での犯罪行為を、異常なまでの数で保存している動画の中から、切り貼りをしていた。

「あいつ、動物と機械には優しいけど、唯一人間には容赦ないからな」

出来上がった画像は、どうみてもあの男の罪を立証するものだった。

竹内はその画像をいづみとの共有ホルダーに放り込む。
「こういうことってな、しょっちゅうあって。あ、こういうことってのは、店員に対する嫌がらせね。そのたびにいづみがキレて客をボコるから、飯塚さんが頭痛めててさ」

竹内は何一つイラストもロゴもついていない、真っ白いだけの分厚いマグカップに口をつけた。

「で、仕方なく。ボコるのをやめさせるための策。これでもう二度とうちの店には来ないだろ。来てもこの画像を相手に送りつけると黙るからな」

階上から怒鳴り声が聞こえた。

モニターを切り替えると、いづみは箒を手にコンビニ前に座り込んだ痴漢万引き男を叩き出そうとしている。

「あぁ、店長ロボ作動だ」

そう言いながらも、司令台のマイクを口元に寄せる。

「おい。今から店長出すからお前は引っ込め。他にやることあんだろ」

突然の頭上からの声に、男の方が驚いている。

誰の顔を模倣したのか分からないが、中年男性の顔をしたロボットが地上階へ送られた。

「豪腕弁護士モード作動」

代わりに入ってきたいづみは、表情こそ変わらないが怒っているようだった。

「よけいなことしないで」

「これだから飯塚さんのいない日は困るんだよ」

店の先では、腹を立てた男がアンドロイド店長に向かって拳を振り上げる。

だがそんなことでロボットはビクともしない。

一方的に支離滅裂なことをまくし立てる男に向かって、店長も一方的にまくし立てる。

人通りは元から少ないが、通りかかる人々の視線が痛い。

「何時間でも相手してくれるからな。その間に客も店に入って来にくいし、まぁ便利だよね」

そう言いながら竹内は、相手の男を顔認証で身元確認している。

「うちのブラックリスト入り」

性別、住所、年齢から学歴及び職歴、家族構成結婚歴妻子の有無まで、ここでは全てお見通しだ。

「個人情報」

「最高だね、何も知らないって。ある意味平和な奴らだよ」

「くだらないことやってないで、自分の仕事をしなさい」

いづみの、顔は怒っていないけど声は怒っている。

「ほら、出動命令がきたわよ」

警報ランプが光った。

緊急を要する指示ではないが、現地調査を要求されている。

「これは、前の現場の近く?」

自走する自販機が暴走した、廃路寸前のバス停から3キロも離れていない。

「飯塚さんが見に行った現場だ。隊長から俺たちだけでの出動に、GOサインが出たみたいだな」

その飯塚さんは今日は、本部からの特命を受けた仕事のため出張中らしい。

「仕方ないわね。行くわよ」

いづみの肩に、R38は飛び乗った。

「え、上のコンビニは?」

「そのためのアンドロイド店員なんだから」

いづみと竹内をコピーしたアンドロイドが、地上へ送り込まれる。

「そうね、磯部くんのも作らなくちゃね」

ドレスコードのついている出動命令なんて、初めて見た。

「カジュアル」となっているのだから、自分の私服でいいのかと思ったら、そうではないらしい。

「お前にもし万が一のことがあれば、その服の切れ端がお前を見つける手がかりになる」

何を言っているのか深読みはあえてしないが、部隊から支給される服には、決まった位置に決まった隠しアイテムが仕込まれているらしい。

竹内の運転する支部のミニバンに乗り込む。

これだって普通の車じゃない。

いづみは当たり前のように後部座席に座り、俺は少し考えてから助手席に乗った。

その真っ黒な特殊車両は、郊外へと向かって走り始めた。
 竹内が車を止めたのは、何もない草原だった。

比較的新しいフェンスで周囲を真四角というわけでもなく、ぐにゃぐにゃと囲っている。

昼間にもかかわらず、一本の外灯が煌々と灯りをともしていた。

「この空き地がなにか?」

「怪しいったらありゃしないじゃない」

「全くだ」

青草が伸び始めたばかりの草地は、背景の小さな山と傾きかけているフェンスで仕切られている以外に、特徴はなにもない。

そもそも辺り一面耕作放棄地のような土地の一部を切り取って、何を疑えというのだろうか。

いづみはR38を空に飛ばす。

「新人くん。仕事よ」

竹内はミニバンからケージに入った犬型ロボットを取り出した。

開いた背中部分のパネルをなにやら操作してから、リードを俺に渡す。

「で、何をしろと?」

「散歩」

様々な探査機能を備えた犬型ロボットがとことこ調査しているのを、散歩させているかのようにカモフラージュしている。

犬を動かしているのは俺じゃない。

竹内が車内から操作しているのに、連れられているだけだ。

いづみは周囲の様子を慎重に観察している。

「ちょうどいい機会だ。紐持って歩いてるだけじゃ、お前もつまらんだろう。このわんこの機能と操作マニュアルを犬の背中に映し出してやるから、覚えろ。全ての出動時の基本操作だ」

柴犬を模した茶色の背に、細かな文字がスクロールされてゆく。

これをこの瞬間で全て覚えろっていうのも、無理があるだろ。

「もう何度か出動経験も積んだし、そろそろ覚えてもいいころだ」

「あ、あのさぁ……。これをいま覚えろって、無茶過ぎない?」

「安心しろ。お前の端末にも共有しておいてやる」

襟の裏に隠されているマイクから、「うわっ」という竹内の騒ぎ声が聞こえた。

「どうした?」

「む、虫が出た! くっそ、だからこの季節に外なんか出たくないんだ!」

大騒ぎしながら、マイクの向こうで殺虫剤を吹きつけている音が聞こえる。

そのおかげで、奴の操作していた犬は立ち止まってしまった。