初めてオフィス街の公園で接触した時には、本当にくたびれたつまらないおっさんだというイメージしかなかった。
こうして作業着に着替えた飯塚さんは、精悍な顔つきにがっちりとした肉体が、頼れるベテラン作業員の風格を漂わせている。
一体どれが、本当の飯塚さんなんだろうかと思う。
新入隊員の俺に対して、とても丁寧かつ親切に接してくれるこの上司は、俺にとってすぐに理想と憧れになった。
あるときは新聞配達員、あるときは成り上がりデイトレーダー、ヨガ講師、コンビニ店長……。
肩書きが変わっても、飯塚さん自身は何も変わらない。
「家の方は大丈夫なのか」
のんびりとした住宅街を走りながら、憧れの上司はそう言った。
「えぇまぁ……、なんとか」
とは答えたものの、現実はそう甘くはない。
初めのうちは機嫌良く見送っていた母も、最近ではコンビニのパート勤務という状況に、不満を漏らすようになった。
「飯塚さんは? ご家族は?」
「俺は独身だから」
自分も独身ですと、言おうとしてやめた。
人には人の日常があって、それを外側の世界から推測することなんて、誰にも出来ないのだ。
平日日中の住宅街はとても静かで、人の気配もまばらだった。
俺は停まった車両の周囲に、『立ち入り禁止』の看板を立てる。
「君は下で、通行人の安全確保を頼む」
警棒を振って立つ俺の頭上で、飯塚さんの作業は続いている。
時折通りかかるものといえば、お年寄りと車と猫ぐらいしかいない。
「しっかりとした目的を持って、常にそれを意識するんだ。そうすれば周囲のことなど気にはならない。何事も結局は、自分との戦いにすぎないんだ」
運転席の飯塚さんは、そう言っていた。
「だからお前は、腐らず自らの道を進めばいい」
「俺がここへ来るその日のために、どれだけ努力してきたと思ってるんですか」
「はは。あぁ、そうだったな。悪かったよ」
そう言ってうれしそうに笑った横顔に、少しほっとする。
この部隊に入隊できて、本当によかった。
晩春とはいえ、今日は日差しがきつい。
照りつける太陽で、気温は25度を超えている。
俺は作業着の下でじっとりと汗をかいていた。
目の前の白い歩行者自転車用柵が、ぐにゃりとゆがんで見える。
あ、ヤバい。熱中症かな? 水分摂らないと。
車両の上に置かれた水に手を伸ばそうと、歪んだ柵に背を向ける。
太陽光に照らされた透明なボトルは、不自然にキラリと反射した。
なんだ? この光。
振り返ると、溶けた金属の柵がアスファルトに金属だまりを作っている。
一つにまとまっていくその銀の塊は、今ここで生まれて初めての自我を覚醒させたらしい。
ヒュと短い触手をアメーバのように伸ばすと、それは電柱を伝い、上り始めた。
「うわっ、なんだコレ!」
「重人、スタンガンを使え」
こうして作業着に着替えた飯塚さんは、精悍な顔つきにがっちりとした肉体が、頼れるベテラン作業員の風格を漂わせている。
一体どれが、本当の飯塚さんなんだろうかと思う。
新入隊員の俺に対して、とても丁寧かつ親切に接してくれるこの上司は、俺にとってすぐに理想と憧れになった。
あるときは新聞配達員、あるときは成り上がりデイトレーダー、ヨガ講師、コンビニ店長……。
肩書きが変わっても、飯塚さん自身は何も変わらない。
「家の方は大丈夫なのか」
のんびりとした住宅街を走りながら、憧れの上司はそう言った。
「えぇまぁ……、なんとか」
とは答えたものの、現実はそう甘くはない。
初めのうちは機嫌良く見送っていた母も、最近ではコンビニのパート勤務という状況に、不満を漏らすようになった。
「飯塚さんは? ご家族は?」
「俺は独身だから」
自分も独身ですと、言おうとしてやめた。
人には人の日常があって、それを外側の世界から推測することなんて、誰にも出来ないのだ。
平日日中の住宅街はとても静かで、人の気配もまばらだった。
俺は停まった車両の周囲に、『立ち入り禁止』の看板を立てる。
「君は下で、通行人の安全確保を頼む」
警棒を振って立つ俺の頭上で、飯塚さんの作業は続いている。
時折通りかかるものといえば、お年寄りと車と猫ぐらいしかいない。
「しっかりとした目的を持って、常にそれを意識するんだ。そうすれば周囲のことなど気にはならない。何事も結局は、自分との戦いにすぎないんだ」
運転席の飯塚さんは、そう言っていた。
「だからお前は、腐らず自らの道を進めばいい」
「俺がここへ来るその日のために、どれだけ努力してきたと思ってるんですか」
「はは。あぁ、そうだったな。悪かったよ」
そう言ってうれしそうに笑った横顔に、少しほっとする。
この部隊に入隊できて、本当によかった。
晩春とはいえ、今日は日差しがきつい。
照りつける太陽で、気温は25度を超えている。
俺は作業着の下でじっとりと汗をかいていた。
目の前の白い歩行者自転車用柵が、ぐにゃりとゆがんで見える。
あ、ヤバい。熱中症かな? 水分摂らないと。
車両の上に置かれた水に手を伸ばそうと、歪んだ柵に背を向ける。
太陽光に照らされた透明なボトルは、不自然にキラリと反射した。
なんだ? この光。
振り返ると、溶けた金属の柵がアスファルトに金属だまりを作っている。
一つにまとまっていくその銀の塊は、今ここで生まれて初めての自我を覚醒させたらしい。
ヒュと短い触手をアメーバのように伸ばすと、それは電柱を伝い、上り始めた。
「うわっ、なんだコレ!」
「重人、スタンガンを使え」