昼休みも中盤に差し掛かると、グラウンドからは体力を持て余した生徒たちがスポーツに興じる声が響き始めた。コンクリートの手すりで囲まれたこの場所は、こうして姿勢を低くしてさえいれば外から姿を見られることはない。それなのに、あろうことか咲果はその声に気づくと立ち上がり「おーい!」とボールを追いかける集団に向かって大きく手を振ったのだ。
チッと舌打ちするも、彼女の耳にそれは届いていないのか、それとも聞こえても動じないだけなのか、咲果は相変わらずに大きく手を振り続ける。誰かがこちらにやって来る前に早々と退散しよう。
「咲果、こんなとこで飯食ってたの? ──って、朔田もいるじゃん!」
しかし相手の行動は僕の予想よりも遥かに速かった。最悪なことに、サッカー部に所属しているあの伸びかけ坊主──前野竜が階段を上がってきたのだ。
僕がことごとく無視をし続けているにもかかわらず、なにかとアクションを取ってくる前野。僕はこの男とは絶対に関わりたくなかった。
なぜなら──。
「朔田って、サッカー経験者だろ? 一緒にやろうぜ!」
一番避けたかった単語が飛び出し、僕はギッと前野を睨んだ。
スポーツ経験者というものは、なんとなくの雰囲気で相手も同じスポーツをしたことがあるとわかるものだ。実際僕が、こいつはサッカー部だろうと読んだのと同じように、やつも僕の経験を読んだのだ。
「──僕の前で、その言葉を二度と出すな」
空になったパンの袋をぐしゃりと右手で握りつぶすと、僕はその場を後にした。咲果の声が弾かれたように僕の名前を呼んだけれど、この足を止めることはできない。
僕の中にはただ、どうしようもない苛立ちだけが隙間なく棘のように立ち並んでいるだけだった。