「いっくんって、流星群、見たことある?」
僕は、夢を見ているのだろうか。これは僕と彼女が、いつだったか交わしたやりとりだ。ここはいつもの公園で、僕はいつかの僕らの姿を空の上から眺めている。
「見たことないな。あんまり興味もないし」
ジャージ姿の僕は、ギターを膝の上に抱えながら空を仰ぐ。
もちろん、〝彼〟に僕の姿は見えていないのだろうから目が合うことはない。
そう、確かに僕はあのときそう答えていた。流星群という言葉を聞いても、あまりぴんとこなかったのは、僕が生まれ育った街が夜でも明るい場所だったからだろうか。
この年まで僕は、流れ星というものを見たことがない。幼い頃は、流れ星というものにちょっとした憧れはあった。それでも実際に目にする機会がないままに年を重ね、流れ星はただの隕石という夢のない認識になってしまっていたのだ。
彼女はその話題にあまり興味を示さない僕のことを、優しい笑顔で見つめている。気付かなかった、彼女はいつもこんな表情で、こんな柔らかな視線をくれていたのか。
「咲果は見たことあるの? 流星群」
「うん。初恋の男の子に出会ったのが、流星群の夜だったの」
ああ、そうだ。僕はそんな彼女の言葉を聞いて、ちょっとムッとしてしまったんだっけ。さらには初恋の歌を作ってだなんてリクエストされたものだから、余計におもしろくなかった。
記憶通り、ギターを抱えた僕は「あっそ」とそっけなく言葉を返している。このときには僕はもう、彼女に対して特別な想いを抱くようになっていたのだから当然だ。その初恋が終わりを迎えたのか、それとも現在進行中なのかは気にはなったものの聞けなかった。
「小学校六年生の夏休みで、お母さんと喧嘩をして家を飛び出したの。夜とは言っても多分七時くらいだったんだと思う。泣きべそをかきながら公園に行ったらね、ひとりの男の子に出会ったの」
この時の僕は、彼女の話の半分も聞いていなかったと思う。どうして彼女の初恋の思い出なんか聞かなきゃいけないんだと、やさぐれていただけ。彼女の隣に座る僕は、やっぱり口先をすぼめながらギターの弦をいじっている。
「その男の子もね、『じーちゃんと喧嘩した!』って家出してたんだ」
ふと、僕の記憶の中に幼い夏の日が蘇る。欲しいとねだったゲームを買ってもらえなかったときのことだ。あのとき僕は確か小学六年生で、夏休みでじーちゃんの家に来ていて──。
「その男の子がね、泣いてるわたしを励ましてくれたの。その帰り道に、空を見上げたら流星群がひゅーんひゅーんって」
──こんなにも、ヒントをくれていたのに。
「また流星群、見たいなぁ。いっくんと一緒に」
両手を腰の脇に置いて、空を見上げる彼女の瞳はどこまでも澄んでいる。
「残念だけど、この時期は流星群が発生しない季節らしいよ。春まで待つしかないね」
前の学校の理科の授業で習った知識を披露する僕は、本当に意地悪だ。
実際にこのときの僕の心は、栗のイガで覆われているような感じだったのも事実。別に機嫌取りなんかしなくていいのにと彼女の言葉をまっすぐに受け取ることができなかったのだ。
何も知らず、何も覚えておらず、彼女から出されるヒントにも気付けずに、ただただチクチクと勝手に尖った幼すぎる僕。
だけど彼女は、そんな僕の言葉にも柔らかく「そっかぁ」と笑うだけだ。
「流星群がたくさん見られる時間帯ってね、明け方なんだって」
明け方、夜と朝の境界線。
あのときのきみは、全部知っていたんだろう。自分が〝春の流星群〟なんて見ることはないってことを。僕と一緒に見上げる流星群なんて、自分には訪れないということを。
「……流星群、見たかったな」
未だに不貞腐れた表情でギターをいじくる僕の横で、彼女はもう一度そう呟く。そして空の上に浮かぶ僕に向かって、笑いかけた。──ような気がした。
パッと視界が白く光る。それは僕が一気に目を開いたからで、部屋のライトが眼球を照らしたからという至ってシンプルな理由だ。
どうやら気付かぬうちに眠ってしまっていたらしい。ぐう、と腹の虫が鳴いて、何も食べていないことに気がついた。
窓の外は真っ暗。スマホを確認すれば、四時を少し過ぎた時間だった。
いつの間にか昼も夜も越えて明け方になっていたらしい。
カラカラに乾ききった喉を潤すために台所へ向かおうとベッドから起き上がる。ボサボサになった後頭部を手のひらで混ぜた。
──なにか夢を見ていたような気がする。懐かしいような、愛おしいような、ヒリヒリと心が痛むような。
いつもの癖で、スマホのメッセージアプリを開く。すると、一向に届いた気配のなかった彼女へのメッセージ欄に〝既読〟の文字がついていたのだ。瞬間、僕は駆け出していた。一度部屋を出てから慌てて戻り、ギターケースとダウンジャケットを手に階段を駆け下りる。
真冬の早朝四時。夜と朝の境界線。漆黒の空は、まだ夜が支配していた。