「あれ、咲果休み?」

 ある朝、登校すれば黒板の欠席欄に沢石という文字が書かれており、僕は何の気なしにボウに聞いた。昨日はいつも通りで、体調が悪そうには見えなかったけれど。
 ちなみに、未だに僕は咲果のスマホに繋がる連絡先を持っていない。学校の外で会うことも話すこともなくなったのだから、必要がないといえばそれまでなのだが、なんとなく聞く気になれなかったというのが本当のところだ。

 ボウは僕の質問に「ああ……うん……」と歯切れの悪い返事を寄越す。

「なんだよ、何か知ってんの?」
「……まあ……」

 普段、ボウがこんな風に言い淀むことは少ない。僕はちょっとだけイライラしながら、「なんだよ」とその言葉の先を促した。
 視線だけをゆっくりと左右に動かして教室内の様子を見回したボウは、じりっと僕の方へと一歩体を寄せる。それからさらに声のトーンを落とした。

「──咲果は、双子なんだ」

 それはまさに、初めて耳にする事実だった。咲果は普段、家の話をほとんどしなかった。高校生ともなれば家族の話題を出すことはそう多くはないけれど、それでも不自然なほどに家族の色を見せない。その理由は、彼女が双子であるということが関係しているのかもしれない。

「杏果が姉で、咲果が妹」

 ボウは両手の人差し指を立て、それを双子に見立てて話す。

 ふと、そこである疑問が僕の心でぷかりと浮かび上がってきた。ふたりで蕎麦を食べに行ったときのことだ。あのとき、咲果は家族の話を少しだけしてはくれなかっただろうか。きゅるきゅると記憶の紐を手繰り寄せる。
 気持ち良さそうに坂を下った咲果の後ろ姿。揺れる彼女のポニーテール。古民家の手書き看板。むき出しの梁と湯飲み茶碗。あたたかな鴨蕎麦を前に彼女は何を話していたのだったか。

『お父さんが天ぷら蕎麦でお母さんが鴨蕎麦。わたしと妹はいっつも盛り蕎麦で──』

 優しい顔で話した咲果の表情が強張ったのはその直後。

『──いつか、いっくんにも紹介するね』

 そうだ、彼女は確かにそう言った。同じ高校に〝妹〟がいる、と。いつか僕にも会わせる、と。

 びりびりと体中を電流が駆け巡る。

 ──もしかして、僕が一緒に過ごしたのは姉の方だったのか?

 そう考えると、色々と合点がいくような気もする。顔も背格好もそっくりなふたり。僕が感じた、言葉で言い表すことのできない違和感。

「本当に仲が良くてさ。ふたりともそっくりで、十年以上一緒にいても見分けがつかないくらいで。小さい頃から入れ替わったふたりによく騙された」

 ボウは懐かしそうにそっと目を細めた。視線の先は廊下側の一番後ろの席。今日は空席となっているあの場所に、ボウはふたりの姿を映しているのだろうか。
 僕もぼんやりとその視線を追う。しかし、僕にはそんなふたりの姿は見えたりしない。代わりに、この話がどう咲果の欠席に繋がるのだろうかという疑問が浮かんだ。

 しかしボウは次の瞬間、信じられない言葉を発したのだ。

「今日は命日なんだよ。杏果の──」

 どくんっと心臓が壊れそうなくらいに大きく揺れる音を、僕は自分の耳で聞いた。