「なんか、すごかったな!」
「うんっ……!」
帰りの電車の中、僕らは興奮を抑えきれずにいた。
僕たちの初の路上ライブは大成功。一時間弱という長くはない時間だったけれど、確実な手応えを感じていた。
咲果の頬はまだほんのりピンク色に染まっていて、思い出すと笑ってしまうのか口元をにやにやさせては一文字に結ぶ、というようなことを繰り返している。
「初めて誰かの前で披露してさ、それが受け入れられるって……本当にすごいよな」
「うん……。泣いてる人とかもいて、わたしまで泣きそうになっちゃった」
「咲果の歌声がちゃんと響いたんだよ」
「いっくんの曲がきちんと伝わったんだよ」
お互いを褒めあって、気恥ずかしくなってまた笑う。僕たちの心は、感じたことのないような幸福感で満たされていた。
さすがは日曜の夜。東京で一日を過ごした人々で車内は混み合っている。ドアを背につける咲果と、その正面に立つ僕。背中にかかる圧力に自然と距離も近くなってしまい、僕はこれ以上接近してしまわぬように懸命に足を踏ん張っていた。
僕よりも十五センチほど小さい咲果は、混雑しているこの車内ではちょっと息苦しそうだ。楽しげに話をする合間に、ふぅーと静かに息を吐いていたので、停車駅でドアが開くタイミングでパタパタと風を送る。すると彼女は不思議そうに首を傾げた。
「何してるの?」
「酸素送ってる。苦しそうだからさ」
へ?と眉を寄せた彼女の唇は、今度は少しずつ尖っていく。あれ、何か機嫌を損ねるようなことを言ったっけ。じわりと焦りが生まれそうになったとき、新たに乗ってきた乗客により僕の体はぐんっと一歩前に出てしまった。
──咲果が潰れる。
とっさに出た右手は彼女の耳をかすめてドアへと落ちる。肘をどうにかつっぱった状態で、はた、と気付けば、僕の顎下ギリギリにこちらを見上げる咲果の顔があった。心臓が大きく揺れて、僕は思わず目線をずらす。
「ごっ、ごめ──」
「……いっくんのせいだからね」
えっ、と外した視線を戻せば、今度は頬をさっき以上に赤くした咲果がじっとこちらを見上げていた。不機嫌そうな表情をしているけれど、怒っているわけじゃない。これは──。
「ドキドキしちゃって、うまく息ができないんだよ」
ガタタンゴトトン。耳を澄まさなければ電車の音にかき消されてしまうほどの小さな声。真っ赤な顔をした咲果は、ふいっと目をそらしながら確かにそう言う。
ずるい。それはちょっとずるいと思う。
途端にさっきとは別の種類の熱さと息苦しさが僕の体を包んでいく。
──そんなの、僕のセリフだ。
もしもこれがドラマや漫画なら、ここで一発かっこよく決めたいシーンだ。ところが僕はあいにくそんなかっこいいヒーローなんかじゃなくて、ただただ真っ赤になって口元を腕で覆うことしかできないんだ。
きっと多分、ほとんどの男子高校生が僕みたいな反応しかできないんじゃないだろうか。もしも漫画みたいに振る舞えるやつがいたら、きっとそいつは人生何周目かの恋愛大ベテランだと思う。
それでも多分、彼女にも僕の気持ちは伝わっているんじゃないかな。だってほら、今だってちらりとこちらを見上げた咲果は、自分だって赤い顔のままのくせにはにかんで笑うのだから。
彼女は優しいをじっと僕に向け、こう言った。
「いっくんに出会えて、よかった」
──って。