その後も、咲果のリクエストはどれも「いっくんがよく行った場所に連れて行って」というものばかり。もちろん道中で彼女が「かわいい!」と感じた店には入って、だけど咲果が何かを購入することは一切ない。あまり物に執着がないのかもしれない。そういうところに彼女とじーちゃんの共通点を見つけ、僕の心にはまたひとつ、小さな喜びのようなものが積もっていった。
小さい頃から大好きだったフローズンヨーグルト、掘り出しものはないかとよく通った古本屋、ランニングコースにしていた裏通りの住宅地、前に住んでいたマンション等々、僕は彼女のスタンプラリーを埋めるべく思い出の場所を巡った。幸いなことに吉祥寺は坂という坂がほとんどない。そのため、歩きでも十分に回ることができた。
途中、僕が通っていた高校の脇も通った。グラウンドでは以前の仲間たちがミニゲームをしているところで、僕は少しだけ足を止める。咲果は何も言わず、僕の隣で同じように立ち止まったままグラウンドを見つめていた。
「……やっぱり、羨ましい?」
ぽつりと彼女が口を開く。そこには、まるで自分のことを語っているかのような切なさと喪失感の響きが含まれて聞こえる。少し考えた僕は、ゆっくりとかぶりを振った。
「みんなはみんなの行く道を、僕は僕の行く道を行くだけだよ」
それは素直な思いだった。
一緒に入学をして、全国大会を目指そうと共に走り出した僕たち。高校三年間という時間の中で、同じ目標に向かって変わらぬ思いで走り続けるやつもいれば、僕のように怪我をしたり、他の理由でサッカーから離れるやつらもいる。
それでも僕たちの人生は、これからも続いていく。それぞれがそれぞれの場所で、自分らしく進めればそれでいい。きっとそれが、一番いい。
咲果は僕の言葉を聞いたあと、そっとグラウンドに向かって手を振った。
「ばいばい。昔のいっくん」
僕はじっと黙ったまま、グラウンドを見つめていた。心の中で僕もまた、過去の自分に別れの挨拶と共に手を振ったのだ。