本当のことを言えば、学校なんて行きたくない。それでも行かなければ両親がとやかく言うのが面倒くさいし、サボろうにも適当な場所が見つからない。吉祥寺に住んでいた頃は、時間を潰す場所なんていくらでもあったのに。

 一度あの公園で過ごそうと思ったのだが、さすがは田舎。ゲートボールをしにきたご老人団体から「学校はどうした」だの「その制服はあの高校だな」だの散々絡まれ、ひどい目に遭った。総合的に考えて、学校に行きぼーっと過ごすというのが一番安全で気楽だという結論に、僕は行き着いたわけである。

「いっくんおはよう!」

 今日も誰にも話しかけられないよう、不機嫌な表情で窓の外を見ていたはずなのに、気付けば目の前に沢石咲果が笑顔で立っていた。
 そもそも彼女の席はここから一番遠いところのはずで、どうして登校早々鞄も置かず、ここに来たのか。面倒くさい。僕は無視を決め込むことにする。

 しかし、彼女は首を傾げると口の形だけで「い・い・の?」と伝えてきたのだ。これはすなわち、「みんなに自作ソングを歌っていることを知られてもいいのか?」という意味だ。人の良さそうな顔をしておいて、中身は悪魔。そんな彼女にほとほと呆れて、僕はため息を吐き出した。

「……おはよ」

 仕方なく早口でそう返すと、なぜか周りで小さなどよめきが起こる。「スカし野郎が返事してる!」などというヒソヒソ声まで聞こえてくるから、本気で頭を抱えたくもなった。
 というか、スカし野郎などと呼ばれているらしい。今知った。別にどう呼ばれようとかまわないけどさ。

 彼女はにんまりと満足げな笑顔を見せると、スキップをしながら自分の席へと戻っていく。
 本当に変な人だと思う。物好きというか、なんというか。じろじろと好奇の視線が集まってくるのを感じた僕は、また大きめの舌打ちでそれを払うと、窓の外、山以外に何も見えない景色へと視線を投げたのだった。