「ギター、持ってきたんだね」

 先頭車両の一番端、ドアの脇に立った咲果はそう言って僕の背中側を指差した。車内にはあまり人がおらず空席もあったけれど、咲果は外が見えるからとこの場所を選んだ。

「ああ。ついでだから馴染みの楽器店でちょっとメンテナンスしてもらおうと思って」

 予め用意しておいた、もっともらしい嘘の理由。もしも僕がハーモニカみたいにリュックに入る小さい楽器を自由自在に操れる人間だったなら、そんな嘘はつかなくてもよかったのかもしれない。しかしあいにく、僕はギターしか演奏できない。最初から思惑を話してしまえば咲果が難色を示すと思い、ギターをお供させる理由を考えておいたのだ。
 疑われるのではないかとドキドキしたものの、咲果は「そっかぁ」とすんなりと納得してくれた。

 ガタタン、ゴトトン、カンカンカンカン。途中僕らがいつも聞いている踏切の音を、今度は僕たちが通過していく。
 次々と流れる見慣れた景色。時速百キロメートルの速さで東京へと向かう僕ら。

「そういえばいっくんの好きな映画、今夜テレビで放映されるけど録画してきた?」

 窓の外を見ていた彼女が思い出したようにこちらを見上げると、キラリと耳元の小さな石が光った。
 咲果が言っているのは、以前彼女にすすめた小説を原作としたヒューマンドラマだ。そういえばテレビ初放映とこの間コマーシャルでやっていたっけ。

「ああ、今日か……」

 そう呟くと、今度は勢いよく咲果がこちらを振り向いた。

「待って! 今のもう一度言って!」
「へ……?」
「今の言葉! もう一回言ってお願い!」

 体ごとこちらに向けた咲果は、目を大きくさせながら両手を胸の前で組んで僕の顔を覗き込む。

 ちょっとずるい。その角度とか、その目線とか、その感じとか。なんていうか、色々ずるい。

 じわじわと熱を帯びる頬を隠すように、僕は腕で口元を覆った。なんだかよくわからないけど、わからなくてもその行動を取らせるだけの力が咲果の姿にはあって。

「〝ああ、今日か〟……?」
「最後のとこだけもう一回!」
「〝今日か〟?」
「もうちょっと、ゆっくりと」
「〝きょうか〟……」

 わけもわからず言われた通りに口を動かした僕に、咲果は瞳をきゅうっと丸くさせてからくしゃりと笑った。

「なんだよ、今の……」
「へへっ、内緒! ありがといっくん」

 満足したらしい咲果はまた窓の方へと体を向けると、鼻歌を歌いながら外の景色を楽しんでいる。

 ──彼女にはたまに、そういう不思議なところがある。