『まだ。今度さ、一緒に考えよう』
『なんかあれさ、歌詞の語呂がちょっとキモチワルイところあるよね』

「……は?」

 彼女からのメッセージに、思わず尖った声が出た。

 曲を作るとき、彼女は僕にたくさんのヒントをくれる。曲の世界観となるイメージだったり、歌詞に使えそうなエピソードだったり、第三者的に聞いての感想だったり。今まではそのどれもがとても肯定的な意見だったのに、突然〝キモチワルイ〟と言われたのだ。しかも前回披露した曲は、僕の中でも自信作だった。

『キモチワルイってなんだよ』

 イラッとしながら返事をすれば、すぐに反応が届く。これだけオンタイムでやりとりができるのだから、電話で話しているのとそう変わらない感覚だ。

『うまく説明できないんだけど、なんか口ずさんで字余りするっていうかメロディに乗り切らないっていうか』
『それは咲果の歌い方に問題があるんじゃないの?』

 ジリジリと苛立ちのメーターが上がっていく。
 曲を作っているのは僕だ。もちろん彼女だって色々と頑張ってはくれているけれど、土台を作って完成まで持っていっているのは僕なのだ。

『なにそれ。率直な意見を聞かせてほしい、って言ったのはいっくんでしょ』

 確かに僕は、曲を披露するたびにそうは言っている。だけど〝キモチワルイ〟という明らかにネガティブすぎる言葉が来ることは想定していない。

『僕が作った曲なんだから、良し悪しは自分で決める』
『子供みたい。自分が全ての基準なんだね』
『咲果はただ歌ってればいいんだよ』

 まずい、と思ったときには遅かった。売り言葉に買い言葉で、人として最低な一言を送ってしまった気がする。もちろんその後、待てども待てども彼女からの返信は届かなかった。

「……でもあんなこと言う咲果だって悪いし」

 自分でも思うけど、本当に僕のこういうところはよくない。だからと言って『ごめん』だとか『さっきのナシ』だとか言えるだけの柔軟さと勇気を持ち合わせていない僕は、そのままギターケースのポケットから形の崩れたノートを取り出した。

 咲果に向けた曲を初めて書いたこのノート。その後には、ふたりでいるときにできた歌詞がいくつもいくつもメモしてある。
 彼女と出会ってほんの一ヶ月弱。それなのに、こんなにもたくさんの歌が生まれたのか。
 新しい歌ができるたび、咲果は本当に嬉しそうに笑ってくれた。ときには涙を浮かべてくれた。そして幸せそうにそれを歌ってくれた。

 ──歌を作りたい。
 ──咲果に歌ってほしい。

 はあ、と僕は大きくため息を吐き出す。

 パラパラとページをめくると、つい先程舌戦に発展した問題の歌詞が表れた。

「どこが〝キモチワルイ〟んだよ……」

 ぶつぶつと文句を挟みながらも、メロディに合わせて歌詞を追っていく。するとどういうことか。作ったときには気付かなかったけれど、確かに歌詞がメロディに当てはめられないような箇所があったのだ。それも三箇所も。

 これから先、ふたりで音楽を続けていくとしたら、こうしてぶつかることもあるだろう。こんなのはまだまだ序の口で、大喧嘩になったりしばらく口をきかなくなったりもするのかもしれない。それでもやっぱり、僕は咲果に歌ってほしい。

「明日、謝らないとな……」

 ひどい言葉を言ってごめんってこと。だけどそっちも〝キモチワルイ〟って表現はどうかと思うよってこと。
 それから──。将来のことを、ちょっと本気で考えてみないか?って。

 だって僕の描く未来には、咲果が僕の曲を歌っている姿がはっきりと映っているのだから。