「樹、専門学校行くの!?」

 教室に戻れば、なぜかまだそこにいたボウが目ざとく僕の小脇に視線を走らせた。

「なんでボウ、まだいんの?」
「一緒に帰ろうと思ってたんだよ。鞄も置いたままだから、そのうち戻ってくるかなと思って」
「部活は?」
「今日はオフ! この間の日曜が午前と午後の二部練だったからその代わりで……」

 スラスラと説明していたボウは、そこでハッと口をつぐむ。それから「悪ぃ」と小さく謝った。

「なんでボウが謝るんだよ」
「いや……なんかデリカシーに欠けてたかなって……」
「最初からボウにデリカシーなんてないだろ」
「そりゃそうだけど……」

 呆れたように笑った僕は、それから小さく息を吐く。

 ずっとサッカーの話題を避けてきた。僕の傷であり、後悔であり、未練でもあった大事なもの。だけどこうして口にしたことで、ようやくそれは僕自身がかけていた呪いだったのだと改めて知ることができた。その呪いは僕の身近にいる友人にまで手を伸ばしていたのだ。謝るのは、僕の方だ。

「ごめん……。僕があんなこと言ったせいで、話したいことも話せなかったよな」
「樹……」
「今度、お前の試合見に行くよ」

 自然とそんな言葉が出てきた自分にほっとする。──と同時に、がばっとボウが抱きついてきた。ゴツゴツした体が肩の辺りにどん、とぶつかる。

「ごめんな……俺、なんにも樹にしてやれなくて」

 やめろって、と笑いながら押し返そうとしていた両手を、僕はそっと下に降ろす。ガタイのいいボウの背中が、小刻みに震えているような気がしたからだ。

「樹とはなんでも話したいって思ってたのに、ずっとサッカーの話題は避けてきて……荒れ物に触れるような感じだったよな……」

 ぽん、とボウの背中を叩く。なんでも話したい──そんな風に思ってくれてたなんて、気付かなかった。しばらく忘れていたような感覚に、心臓のあたりがくすぐったくなる。だけど素直に嬉しかった。

「──ボウ」

 空っぽになった僕だったけど、ちゃんと毎日をこの場所で過ごしていた。その日々は、決して空っぽなんかじゃなかったんだ。

「〝腫れ物〟に触れる、が正しい日本語」

 バッと体を話したボウは、鳩が豆鉄砲をくらったような顔で僕を見ると、ゆるゆると破顔していく。僕たちは声をあげて笑った。
 お気楽で優しいボウ。僕にとって彼は、かけがえのない、大事な大事な親友なんだ。