ざわざわと揺れる教室内は異様な高揚感に包まれている。

 ぱっと笑みを浮かべてから慌てて無表情を繕う人や、あからさまに肩を落とす人。ちらちらと周りを見てはホッとした表情を浮かべる人。人の気持ちというのは波動みたいに空気そのものを揺らすのだと僕は思う。

 なんてかっこいいことを言ったけれど、今起きているこの波動は、担任から返却されたテストの結果によって生み出されたものだ。
 学校が変われども、基本的なテスト返却の仕方は全国共通なのかもしれない。ひとりひとり名前を呼ばれ、先生の元へと取りに行く。出席番号順に呼ばれるため、今しがた結果を受け取った〝朔田〟である僕の後ろには〝沢石〟である咲果がそわそわとした表情で控えている。

「朔田、もう少しやる気というものを出せ」

 呆れ半分、心配半分といった表情をしているのは〝ふじやん〟と呼ばれている担任だ。引っ越してきてから今日まで何かと気をかけてくれているが、もう子供でもないので正直そっとしておいてほしいと思っている。が、もちろん口には出していない。

「わかりました」

 きっと心にもないことを、とふじやんは思ったかもしれない。テンプレ通りの返事をした僕は、手元の用紙には目もくれずに席へと戻った。点数など確認せずにそのまま机の中に滑り込ませる。何点だろうが、別に構わない。

 窓際の一番前の席が、僕に与えられた席だ。何か困ったことがあったとき、すぐに聞けるようにと教卓のそばに配置されたようだが、あいにくそんな機会は今までなく、これからもないと思う。それでも教室の端であるこの席は、前と左という二方向に人がおらずそれがとても気楽だった。
 ぼんやりと校庭へ視線を流す。テストだとか授業だとか成績だとか、そのどれもが僕にはどうでもいい。赤点を取って困ると思っていたのは、それが原因で部活に参加できなくなることを恐れていた以前の僕だけだ。
 誰もいない校庭に、ボールを追いかけるいつかの自分の幻が見え、僕はゆっくりと頭を振った。

 ──どうかしてる。もうどうでもいいはずなのに。

「や……やばい……」

 はあとため息をついたとき、それを上回る憂鬱さを含んだ声が前方から聞こえてきた。テスト用紙を手にこちらを振り返る咲果の姿が視界の端に映り込む。しかし僕はあえて、窓から視線をずらすようなことはしなかった。

 普段とは異なる場所で顔を合わせるというのは、ときとして距離感やそれまでの感情をバグらせるのかもしれない。昨夜の僕はちょっとどうかしていたし、それが彼女に入り込む隙を与えてしまったのだと言われれば、確かに多少の非はあると思う。それでも冬の夜の空気の匂いだとか、川の流れる音だとか、やたらと太った猫の存在だとか、そういったものが僕をセンチメンタルにさせていただけなのだ。
 僕は何度かかぶりを振ると、昨夜の出来事を頭の中から追い出したのだった。