買い物を済ませて、自分の家に後輩を招き入れる。幸い自分が借りている部屋は広かったので、1人くらいなんてことはない。3つある部屋の使っていない部屋に案内する。

「ここなら好きに使っていいから。少し埃っぽいかもしれないけど元カノが使ってたベッドもあるし、クローゼットもある。何か必要なものがあれば言ってくれ。あと、冷蔵庫の中にあるものも好きに飲み食いしていいからな。」

彼女雨は部屋の周囲を見渡し言う。

「この部屋、ほんとにいいんですか?」

「いいよ今更。ほら、今から風呂沸かすからささっと入ってくれよ。明日も一応仕事あるんだから。お前が風呂入っているときに、夕食作っておくから。」

「ありがとうございます。少しの間ですけどよろしくお願いします。」

学生時代、定食屋でバイトしていた経験がある自分は料理ができないわけではない。むしろかなり上手な方だ。スーパーでお惣菜ばかり買っているのは単純に自分のためだけに料理をする気がないだけだ。彼女が買い物をしている間に買い足しておいた豚肉で生姜焼きを作る。1年以上使っていなかった炊飯器を起動させて2人分のご飯をたく。余った食材を突っ込んで味噌汁も作った。30分後に、後輩が上がってきて、一緒に食卓につく。

「遠慮しなくていいからな。ご飯もまだあるし、好きなだけ食べてくれ。」

「ありがとうございます。いただきます。」

食事をする前に追い出されたと言っていたのでお腹は空いているのだろう。自分が作ったものをおいしそうに食べてくれる。時折おいしいと感想もくれるので作ったかいがあった。同時に鼻を啜る音もしていたので泣いているのだろう。そこに触れるのはナンセンスだと思ったので無視した。食後、自分から皿洗いをすると言ってくれたので、お言葉に甘えて皿洗いを任せ自分は風呂に入った。風呂の中で冷静に考えると、男女2人が一つ屋根の下。女の子の方は失恋で傷心中。何か起こりそうな雰囲気ではあったがまずないだろう。でも、おいしそうに自分が作ったご飯を食べてくれたのは嬉しかった。実に1年ぶりくらいかな。そんなこと考えながら、風呂から上がった。風呂から上がると彼女はソファーの上で丸くなり寝ていた。自分がいると本気で泣くことができなかったのだろうか。ソファーには涙の跡が残っていた。自分が風呂に入ってる間に命一杯泣いて疲れて寝てしまったのだろう。まだ顔を伝っていた涙を手で優しく拭った。

「おい。こんなところで寝てると風邪引くぞ。」

余程疲れていたのか、軽く揺すっても反応はない。風邪をひかれても困るので仕方なくお姫様抱っこで寝室まで運んだ。ベッドに寝かせると彼女は少し笑ったような表情を見せた。どんな夢を見ているのか気になったが、夢の中だけでも楽しく過ごしていることを願った。

翌朝。

「おはようございます。」

彼女が起きてきた。どうやら朝は苦手そうだ。眠たそうに目を擦っている。その目は昨日の影響で真っ赤に充血していた。

「おはよう。ご飯はできてるから、先に顔洗ってきな。」

自分は特別朝が得意というわけではないが苦手でもない。ちゃんと決まった時間に起きれるし、起きてすぐ行動も可能だ。朝食を作るのは好きで実はしっかり作る。もっぱら朝はご飯派ではなくパン派だ。だから炊飯器を1年以上使っていなかった。

「ふふ。先輩なんかお母さんみたい。」

うちにきて初めて彼女が笑顔を見せた。一晩寝て、少しは気持ちの整理ができたのだろうか。

「そんなこと言ってないで早く支度しなさい。メイクとかもあるでしょ。」

自分はその言葉に乗っかり、母親みたいな言動をしてみた。

「はぁーい。」

そうすると彼女は笑いながら洗面所に向かった。
彼女のスーツは家の乾燥機を使ってなんとか乾かした。メイク道具は昨日の買い物の時に100均で揃えたらしい。今時の100均は化粧品まで売っているのかと少し感心した。会社で見る彼女はそんなに濃いメイクはしていなかったので、ものの数分で支度を整えていた。出勤する時間も場所も一緒。自然に2人で会社に向かう事になった。自分の家から会社までは2駅ほど。大学時代に大学の近くにアパートを借りたら溜まり場になった経験があったため、近すぎず遠すぎず。だが、10分ほど満員電車に揺られなければならないのは少し辛い。いつも通り満員電車に身を任せている。ただ少しだけ違うのは後輩が一緒に乗っていること。満員電車なので少し距離が近い。すると、別に新たに人が入ってきたわけでもないのに、彼女が体を寄せて自分の顔を悲しそうな目で見てきた。その顔で察した自分は、彼女の背後にそっと手を回し、不審なところにある手を強く掴んだ。

「男が目の前にいるのにこんな満員電車で痴漢ですか?」

その手の持ち主は中年の男性だった。自分に手を掴まれた事に驚いたその人は必死に自分の手を振りほどこうとするがそんなの自分には関係ない。学生時代決して運動神経はいい方ではなかったが幼少期から嫌々柔道教室似通っていたことがあり、握力には自信がある。満員電車内で腕を振りほどこうとしているため目立ち周りの人から注目を受ける。その視線に気づいたのか男性は振りほどこうとすることをやめ、大人しくなった。後輩は自分の売り路で隠れている。少し目は涙目のようで、自分のスーツを震える手で掴んで離さない。よっぽど怖かったのだろう。昨日に今日だ。正直同情するほどこの子今、運がないなと思った。

「大丈夫だよ。次の駅が近いから駅員の人に事情を説明してもらう事になるけど必要なら自分がついていくし、会社には俺から説明しておくから。」

電車が駅に着くと、すぐに駅員室に男性と後輩を連れて行った。もはや言い逃れができないと思ったのだろうか。男性は正直に話し始めた。痴漢は冤罪が怖いが、今では手についている繊維質、指紋からある程度冤罪を防ぐことができるらしいが、今回の場合は直接自分が手をつかんでここまで離さなかったので間違いなくこの人はやっていた。それにこの子が人を騙すようなことしないとどこかで思っていたからかもしれない。