家に着き、まずはシャワーと着替えを済ませた。母さんのことを確認してから、今日の夕食の準備をすぐに始めた。途中、母さんからコーヒーとお菓子の要望があり、それを届けに行ったりもした。朝に準備をしていたおかげで唐揚げは衣をつけてあげるだけ、味噌汁も長ネギを切って炙り、味噌汁に入れるくらい。揚げ物なので少し時間はかかるが、手順が簡単なのであまりストレスにはならない。うちの唐揚げは、山椒を入れて香りをよくする。山椒の香りであまり脂っこく感じないので好評だ。

料理を始めて、30分後の6時ごろ、家のチャイムが鳴った。

「母さん。きたみたいだからお出迎えして。こっち今手が離せないから。」

「了解―。こっちでしゃべってるから、できたら呼んで。」

野球の時に聞いていた時間通りに3人はきた。数分後にキッチンからは見えない客間で母さんと日向さんの笑い声が聞こえる。お茶でも運んだ方がいいのかなと思い、客間に向かった。

「失礼します。お茶持ってきました。」

客間に入ったら少し異様な光景だった。母さんと日向さんだけが喋っていて、結さんと中村先生がその場に居づらそうに正座をしていた。

「お、気がきくじゃない。それよりまだなの?お腹すいちゃった。」

「もう少し待って。あと5分ぐらいだから。」

お茶を置いて、すぐにキッチンに向かった。どうも、あの2人は話についていけてないみたいだし、あとの2人は話が終わりそうもない。早く作り終えて自分が入った方がいい。中村先生は母さんに強くは言えないし日向先生は直属の上司だ。肩身が狭いのもわかる。結さんはあの性格上話すのは無理だろう。母には5分と言ったものの、急いで3分ほどで完成させた。ちゃんと仲間で火が通っているから大丈夫だろう。

「母さん。できたからみなさん案内して。」

キッチンから母さんに向けて、少し大きめの声で呼びかけた。話に夢中で囲えないと悪いから。

「わかったー。」

明るく母さんは答えた。

食事を始めると、あれだけ話していた母さんと日向さんも食べることに集中した。時折、4人の口から美味しいという言葉が聞こえたので内心とても嬉しかった。自分が4人の中に入ることで会話に入ることができていなかった結さんと中村先生も会話に参加し始めた。

「それにしても寛くんは料理上手だね。」

「知り合いのプロの料理人に教えてもらいましたから。中3の夏休みから卒業までの放課後ほぼ毎日。」

「おかげで食に興味のなかった、うちの家族が食に興味を持つようになったの。寛以外うちはろくに料理できないからね。私も寛に教わるようになったのは最近で、他の家事はみんなで分担するけど、料理ばかりは練習しないといけなくて。こればかりは寛に頼りっきりで。」

「1人で毎日3食作るのは大変なんで、母さんの創作の息抜きがてら料理でもしてみたらっていうことで自分が教えるようになったんです。こっちとしては負担が減るし、手伝ってもらえるので一石二鳥なんですけどね。」

話の内容も、こう言った世間話がほとんどだった。

食事が終わり片付けをしていると、母さんに呼ばれた。さっきまでと全然違う顔で。

「あの話するけどいい?辛いなら自分の部屋に戻っていいからね。」

自分のことを心配するのも無理はない。以前、会話の最中に過呼吸になってしまったことがあり、母さんは少しトラウマになってしまったらしい。そうなるのなら話さなければいいと言ってしまえば話は早いのだが、自分たちの特殊な関係性を理解してもらうためにはその方が手っ取り早い。色眼鏡にみられることも避けられる。特殊な関係性なため、途中人伝いで知るよりも、自分達から話した方がリスクが少なくてすむ。今まではありがたいことに自分のことを特別扱いや関係性を切ってくる人は現れなかった。とはいえ、そのことを知っているのは、限られた数人。親友とゼミの先生、今ここにいる中村先生と母さんがよく相談していた日向さんくらいだろう。今回はおそらく結さんがターゲットだろう。他の2人を呼んだのは結さんの負担を少しでも抑えるため。自分と関わっていくには、いくつか知ってもらわなければならないと母さんはいう。確かに特殊な過去を持っているが、そんなに関わりにくいかなと少し傷つく。

「話があります。座ってください。」

母さんが真剣な顔をしていきなり呼びかけるので、周りの空気が少しピリッとする。母さんの呼びかけに応えるように3人はそれぞれ座る。中村先生と日向さんは何か察したみたいだが、突然周りの空気が変わったことに結衣さんは戸惑っている。

「結ちゃん、あまり緊張しないで。でも聞いて欲しい話があるから。寛も来なさい。」

「寛くんいて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だと思う。あれから時間も経っているし、あなたを呼んだ一つ目の理由はこの子がどれだけ過去と向き合えているのかみてもらうためだから。」

「わかりました。でも危ういと思ったら自分が止めます。いいですか?」

「構わないわ。その時はこの子を退席させるから。寛も辛くなったら退席していいし何か言いたいことがあったら言ってね。これはあなたのためでもあるんだから。」

正直気がおもい。思い出したくもない過去消し去ってしまいたい過去を、改めて確認するようなことだから。でも甘えたことも言っていられない。過去との決別ではないが、今の自分を形成しているほとんどの理由が過去にあることは自分でもわかっている。これから、人として生きていくために必要な試練だと思っている。

「さて、役者も揃ったところですし、今回は結ちゃんに向けての話なんだ。」

「私ですか?」

「そう。あなた以外はある程度知っているから。この子のこと。薄々気づいているかもしれないけど、この子は、うちの子供ではないの。」

「はい。なんとなくわかってました。寛くんは渡邉。でも、お母さんは佐々木。苗字が違うのでなぜかなって思ってました。」

やっぱり気づいていたかと言いたそうな顔をしていた母さんだが普通に考えたらわかることだとは思う。苗字が違う子を息子だということには違和感だらけだ。

「まあ、私の前にも2人いるんだけどね。母親が。」

この母さんの発言に結さんは少し戸惑っていた。

「これは寛から説明してもらった方がいいかもね。ほらリハビリになるし。」

中村先生も自分を気遣って心配そうにしているが、倒れたのは随分と前のこと。高校入ったばかりの頃だ。心配ない。

「そうだね。もともと、僕は渡邉寛ではなく、上野慎太郎。渡邉寛は2人目の母がつけてくれた名前。一つ目の名前は訳あって捨てたんだよ。昔の家族は全員もうこの世にはいないけどね。」

周りの空気がどんどん重くなるのが感じ取れた。無理もない。聞いていて気持ちのいい話ではない。

「僕がもともと産まれた家は、父親が教育学者、母親が小学校の先生、5つ下の妹の4人家族でした。母親は父親が大学で教えていた生徒でした。大学在学中に僕を妊娠、卒業後にすぐに就職せず、僕を育てました。僕が3歳になった時、母親は近所の小学校の非常勤講師として働き始め、自分が5歳になった時に、妹の香かおりが生まれました。僕が家族と別れるきっかけになったのは僕が8歳、香が3歳の時でした。それは、、、」

自分が言葉に詰まると、母がそれを察し、自分の肩に手を置いた。

「これは私から話すわ。寛は無理しないで。」

自分は軽く頷くことしかできなかった。自分の心臓が一段と懸命に動くのがわかった。息も少し荒い。まだ自分は受け入れることはできていないのだと実感を持った。

「心中したのよ母親が。寛が何よりも愛しく思っていた香ちゃんとね。その時の状況を私は直接見たわけではないけれど警察の人の話では、お風呂場で亡くなっていた香ちゃんの首には刃物で切られた跡が、母親は自分の手首を切り、湯船にお湯を浮かべて血が固まらないように手首を入れていたらしいわ。寛が帰ってきた時にはもう手遅れで、風呂場で大きな声で泣き崩れる寛を近所の人たちが見つけて警察に通報したのよ。そのあとに警察の人が家の中を調べている時に母親の遺書が見つかったの。」

遺書には母親が香とともに心中した理由が書かれていた。父親の母親に対する暴力と香に対する虐待。自分は知らなかった。父親は自分には優しかった。父親のそんな姿を見たことはなかった。自分が見ていた家族の姿は偽物だった。

「唯一の肉親になってしまった父親も、遺書の影響で裁判になったの。そこから、警察の捜査で色々と父親の不祥事が表沙汰になったわ。大学の資金の横領、生徒に対する暴力、女子生徒に対するセクハラなどなど。あげるときりがなかった。当時、ニュースにもなったわ。」

「知ってます。あまりにも近所の事件だったので。」

「ニュースの報道後、保釈された父親はその日のうちに家の中で首吊り自殺したわ。寛は保護施設に預けられていたから父親の姿を見ることはなかったの。」

父親が自殺したと聞いたときはあまり悲しくはなかった。むしろ、どこかうれしかった。香を間接的に殺した張本人が死んだのだ。そんなやつを自分は許すことは今でもできない。したくもない。もちろん父親だけではない。むしろ母親に対する恨みの方が大きかった。なぜ自分も一緒に連れて行ってくれなかったのか、なぜ香と一緒の必要があったのか、なぜこのことをもっと早く言わなかったのか。考えれば考えるほど恨みや怒りで気がおかしくなりそうだった。

「両親と妹のお葬式の時に寛をどうするのかを親戚で話し合ったらしいわ。多額の保険金が入るわけではなかったから親戚中で幼い寛を押し付けあったの。そこで寛を引き取ったのは私の親友で寛にとって2人目の母になる渡邉小百合だった。」

両親は火葬して散骨、香は保険金を使ってある会社に頼み骨から宝石を作ってもらいペンダントにした。いつでも自分と一緒にいれるように。2人目の母は1人目の母のいとこだった。お葬式まであったことはなかったけど葬式の時はずっと自分の隣にいてくれた。自分が泣いた時には優しく頭を撫でてくれた。優しかった。母さんは結婚していたけど、子供に恵まれなかった。2人揃って治療をして、ようやくできた赤ちゃんを流産してしまった直後だったらしい。本当の自分の子供のように自分を愛して、育ててくれた。

「小百合とは中学校からの同級生で大学までずっと一緒にいたの。学部も同じ看護学科で部活は美術部。私は卒業後、看護師になって、小百合は数々のコンクールで賞をとっていたからその才能を認められて画家に。結婚しても家が近所だったからよくあっていたわ。私が真心まこを妊娠したことも自分のことのように喜んでくれた。だからこそ、小百合たちに子供ができないのが私も辛かった。」

うちには、自分を挟んで2人姉妹がいる。もちろん自分とは血は繋がっていない。姉は一つ上、妹は一つ下。2人の母さんが花のことが好きだったということもあって、姉はタンポポの花言葉から真心、妹はマリーゴールドの花言葉から愛まなという。今は父さんと一緒に海外へ行っている。

「うちの子供に名前をつける時に相談に乗ってくれたのも小百合。もし男の子ができたら、寛って名前をつけようって話していたの。そしてこの子が小百合の家に来たの。寛が小百合たちの家に来る時に、精神科の先生の勧めで名前を変えることを裁判所に許可を取りに行った。あの事件は幼かった寛にはあまりにもショックな出来事。今後トラウマになってしまう可能性だってある。だからこそ、全く違う人間になってもらうために名前を変えることを勧められたの。そこからこの子は正式に渡邉寛という名前の人間になったわけ。」

自分の名前は白い紫陽花の花言葉から来ている。2人で話していたもしもが自分になったわけだ。ちなみに渡邉は父型の姓だ。

「もちろん名前が変わったからと言って、そう簡単に過去の清算ができるものではなかった。何年も精神科に通ったり、一緒の時間を共有したり。時間がものすごいかかったわ。真心と愛ともよく遊んでくれた。小百合が『1人より2人、2人より3人。この子の傷を癒すためにはたくさんの人の協力と愛とつながりが必要なの。真心ちゃんか愛ちゃんが香ちゃんの代わる存在になってくれれば私は嬉しいんだけどね。』ってよく言っていたわ。父親同士も仲が良くて、2人でよく飲みに行ってたらしいわ。」

2人目の父の渡邉亮介りょうすけは医者だった。母さんの就職先の大学病院に新人医師として勤務していた。年齢も2つ上というだけで、母さんの持ち前の明るさと人懐っこさですぐに仲良くなった。今の父さんは2人目の母さんと仕事の依頼で出会った。

「歳も近かったし、念願の子供と男の子だったから寛の事2人でとっても可愛がっていたわ。嫉妬しちゃうくらいにね。この子が野球を始めたのは2人の影響ね。でも幸せは長くは続かなかったの。月日が流れて寛がようやく壁を乗り越えかけた中学校3年生の8月だった。県大会の応援のために2人が試合会場に向かっている時だった。」

この時にはすでに複数の高校から声がかかっていた。進学先も決まっていて、大会に向けてかなり熱を入れていた。父さんも母さんもそんな自分を応援したくて病院を休んでまで応援にきてくれるということだった。

「交通事故に遭ってしまってね。亮介さんは意識不明の重体、小百合も重症だった。小百合のお願いで寛にこのことが伝えられたのは試合終了後だったの。試合終了後、すぐに寛は病院へ行ったわ。」

病院に着くと事故の経緯が説明された。事故の原因は対向車の逆走およびアクセルの踏み間違い、高齢者による運転だった。相手は事故後即死、車も大破、事故の大きさを物語っていたという。2人とも集中治療室に入り、面会できる状態ではなかった。

「寛が着いてから30分後に私たちも病院に着いたわ。この子のことは小百合から聞いていたからほっておけなくて私と真心とで寛に会いに行ったの。」

父さんは心破裂によって保ってあと1日。母さんも出血が多くて生きていることが不思議だったらしい。輸血が必要なのだが母さんの血液型がAB型のRhDマイナス2000人のうち1人しかいない珍しい血液型だった。今思えばよく母さんは献血に行っていた。私の血液は貴重だからと言って。母さんが運ばれた病院にはAB型のRhDマイナスの血液のストックはなく、血液が足りなかった。肉親であればもしかして、ということがあるらしいのだが自分は母さんの本当の息子ではない。この時ほどこの家に本当に生まれたかったと思った。

「亮介さんはそのあと手術を行ったけど手の施しようがなかった。次の日の昼に集中治療室の中で亡くなったわ。小百合の方は周辺の病院から血液を集めたのだけどそれでも足りなくてね。どんどん弱っていくのを私たちは見ることしかできなかった。」

いよいよというところで母さんの願いで特別に自分と佐々木の母さん、真心が面会できることになった。母さんの最後の言葉は今でも自分の中にある。

『人はね辛い思いをした分、優しくなれるのよ。こんな辛い思いばかりさせてごめんね。でもその分誰かに優しくしてあげて。流した涙の倍人のこと笑顔にしてあげてね。乗り越えてね。あなたには後ろにいる2人みたいな繋がりがあるから。1人じゃないんだよ。あなたが息子で本当に良かった。あなたとの時間幸せだったわ。ありがとう。』

その言葉を最後に母さんは息を引き取った。

「小百合たちが亡くなったから1週間後に2人の葬儀が行われたの。そこでまた寛を誰が引き取るのかという議論になったのだけれど、1人目と違って小百合たちは自分たちが死んでも寛が困らないように多額の生命保険を自分たちにかけていたの。その保険金欲しさに今度は寛の取り合いが始まったの。寛はまだ事故のショックを引きずっていたからその場では発言しなかったの。それを見かねたうちの真心が20人はいる大人に向かって説教かましたの。」

その時の記憶はあまりないが最後の言葉だけは覚えている。

『もういい。寛は私がもらう。結婚してずっと寛の隣で寛を支える。好きだもん。』

高校1年生で、性格はおとなしい真心が言った告白に自分は驚きを抱いた。当たり前に隣にいた幼馴染の意外な言葉にドキッとした。

「我が娘ながらなかなかやると思ったわ。小百合たちの死で何か大切なものに気づいたんじゃないかしら。その言葉で大人が黙っちゃってね。話がいろいろ進んでうちが引き取るという形になったの。養子ではなく、居候としてね。」

養子にならなかったのは結婚するのに面倒だからということもあったが一番は母さんたちとの繋がりが欲しかったから。自分の名前は2人の母さんからもらった一番大事なものだから。

「保険金で高校、大学までの資金は十分だったし、寛に使って欲しいということでうちの会社の設立費にもなったわ。そういうこともあってこの子はうちの重役。主に人事の責任者なのよ。結ちゃんに最初頼んだのはこの子が会社に月一くらいで出勤しなきゃいけないから。そのことについても案があるからあとは寛に聞いてね。」

話が終わると案の定泣いていた。胸にあるペンダントを握りながら。人前で泣くのは好きではないし恥ずかしいのだがこればかりは仕方ない。

「ということでここまでがうちの歴史。寛はこのあとの話聞いて欲しくないから自分の部屋に行ってね。」

いつもこの話の後は母さんに部屋に行けと言われる。話を聞いた人にも何を話されたかというのを聞いても答えてはくれない。盗み聞きしようとしたが母さんにバレてからやったはいない。自分は自分の部屋に戻るしかない。

「わかったよ。終わったら呼んでね。」

涙を拭き自分の部屋に戻る。

「さて、寛が居なくなったところでここからが本題ね。ここからは日向さんにも相談はしてないから。まずどうだった結ちゃん?寛の過去。」

「・・・。」

「まあ無理もないわ。結構壮絶といえば壮絶だから。でも、寛に対する態度は変えないでね。あの子そういうことに敏感だから。」

「わかりました。」

「さて本題ね。これからあの子と関わっていくには知っておいて欲しいことだから。あの子のためにも、ここにいる他の人のためにも。」

「中村くんはこれから話してもらうこと知っていたのか?」

「はい。佐々木さんから寛くんの相談を受ける時に知りました。」

「あの子はね、過去のこともあるけどそれ以前に人をよく見ることができるの。それもただ見ているだけでなくて容姿や服装、態度や口調までしっかりと把握してしまうの。無意識にね。」

「それに加え、過去の経験があるので自分が傷つくのを極端に恐れてしまうため余計に寛くんは人を見て判断して行動に移してしまいます。寛くんが問題なのは過去の経験から何より人との繋がりを失うことを恐れてしまう傾向があります。」

「高校の時に寛が緊急搬送されたことがあったの。部活での怪我ではなくて、一般生徒とのトラブルだった。ことの発端は妹の愛が受けていたいじめだったの。愛は結構ものをズバズバ行ってしまう性格で仲間も多かったんだけど敵も結構多かったわ。寛が高2の時にたまたまいじめの現場に遭遇してしまって、その時一緒にいた友達に携帯で動画の撮影と先生に連絡して欲しいと頼んでいじめの間に入ったの。男3人組で愛を囲んで今にも殴りそうな状況の中に寛が入っていった。寛はこの子たちがいると愛が危ないと感じたんじゃないかと思うんだけど、わざと挑発して自分に手をださせたの。そこで寛は袋叩きにあって骨も数本折れていたわ。駆けつけた先生方に止められてようやく暴力が終わり、その子達は友達が撮っていた動画が決め手になって逮捕。退学になって結果的に愛の目の前からいなくなったわ。病院で寛から話を聞くととても満足そうに笑顔で話していたの。下手したら死んでいたかもしれないのに。」

「寛くんの過去のことも知っていたのでここで確信しました。この子は自分の命よりも繋がりが大事なんだって。繋がりを守るためならなんだってするって寛くん自身も言ってましたし、特に愛ちゃんと真心ちゃんのためなら方法は問わないって。」

「この事件以降うちの中がかなり複雑になってしまってね。愛まで寛こと好きっていうのよ。日本じゃ重婚は認められないし、真心の気持ちを考えたらって思ったんだけど真心もいいよって。私たちも反対したんだけど真心に言いくるめられちゃって。日本には今事実婚っていう便利な言葉があるじゃない。経済力があるから大丈夫っていうんだけど、内心複雑で。小百合の願いもあるし、寛はどうするって聞いたら、アッサリ受け入れるんだもの。」

「それは自分も知っていたよ。佐々木さんからよく相談されていたから。そんなバックグラウンドまでは知らなかったけどね。」

「どう転ぶかわかりませんし本人たちに任せてみてはという話だったんだけど、一緒にいるとき3人とも幸せそうなの。間に入る余地もないくらい。パパはいいじゃないかっていうけどもし子供ができたらって思うと心配になっちゃって。あ、ごめんなさい。結ちゃんに話したいことはこのことではなくてね。」

「大丈夫です。寛くんのこと知れましたし。」

「あの子は正しく使えればむしろいい方向に迎えるわ。間違った時が問題なだけ。まあ回りくどい昔話はここまでにして結ちゃんにお願いがあるの。あの子の過去を知っているから頼めるんだけどあの子が変な行動とり始めたら私に連絡ちょうだい。それとうちの愛を雇ってくれない?」

「人手が足りないと寛くんとも話してましたしいいですけど、愛ちゃんはいいんですか?大学とか就活とか。」

「全然問題ないわ。単位取り終わってるし、うちの会社に就職することは決まっているから。あの子の監視にもなるしね。」

「ではよろしくお願いします。」

「ということはうちにも寛くん貸してもらえるってことでいいかな?」

「それは寛に聞いてください。本人もやりたそうだったのでいいとは思いますけど。」

「じゃあ決まりだね。」

自分がリビングから離れてから30分後くらいに呼ばれた。どうやら話は終わったらしい。なんの話かはわからなかったがさっきまでの重い空気は何処へやら。4人は笑顔だった。

週末明けの月曜日。話を聞いた後も結さんの態度は変わらなかった。むしろ前より明るく吹っ切れた感じだった。結さんになんの話だったが聞いたが教えてはくれなかった。そしていつの間にか愛がここで働くこと、自分が日向さんから受けていたお願いが聞ける環境が整っていたことに驚いた。