次の日、正午あたりに中村先生が花屋に来店した。
「渡邉くん、話があるんでしょ?」
「そうなんです。わざわざすいません。来てもらって。」
「いいのいいの。気にしないで。」
「あの今週の土曜日の夜何か予定ありますか?」
「いいや、特にはないけど。」
「よかった。母さんが久しぶりに会いたいというので。後、日向先生と結さんもくるんですけどいいですか?」
「医院長先生もくるのか。でもいいよ。医院長先生に自分のこと紹介してくれたのは渡邉くんのお母さんだし。おそらく結ちゃんも呼んだってことはおそらく君の話をするからだと思うから。」
「そうですね。では、よろしくお願いします。そうだ。何食べたいですか?」
「そうだね。普通に唐揚げとかが食べたいかな。渡邉くんのやつめちゃくちゃ美味しいから。」
「ありがとうございます。わかりました用意しておきますね。」
「じゃあ、こっちのお願いも聞いてくれる?」
「はい。いいですけど。」
「ちょうど同じ日に病院のみんなで野球をする約束しててね。一緒にどうかな?もう投げることはできるんだろ?」
高校卒業後、スポーツ推薦で某大学に進んだのだがその大学の練習中に肩を故障してしまい、野球部を辞めたわけではなかったが、授業と他のことで手が回らなくなって、思い立った時に部に顔を出してリハビリをするような感じだった。それゆえ、リハビリにかなり時間を使ってしまって、大学では満足するほど野球ができなかった。
「そうですけど。いきなり自分が入って大丈夫でしょうか?」
「いいよいいよ。むしろ大歓迎。甲子園出場投手の球なんてなかなか見れないからね。みんな興奮すると思うよ。ちなみに日向医院長もくるから。」
どこにでも顔を出すなあの人はと、内心思った。この病院の先生方は本当に仲がいいのだなとも思った。
「わかりました。参加させていてだきます。」
「そうよかった。楽しみにしているからね。」
そういって中村先生は花屋を後にした。
その日の帰り道、母さんに土曜の買い物をするから、遅れるとメッセージを送り、近所のスーパーに寄った。結さんにも食べたいものを聞いたがなんでもいいということだったので唐揚げとうちで好評の長ネギと甘い梅干しの味噌汁にしようと思う。うちになくて買うものは、鶏肉と長ネギなどの食材とお酒を少し。中村先生はお酒が好きだから、少しだけいいお酒を買おうと思う。うちに確かウイスキーはあるからワインかな。あまり詳しくは知らないが、母さんが白の方が好きなので白ワインを一つ買った。
家に帰るとめずらしく母さんが夕飯を作っていてくれた。生姜焼きだった。買ってきた白ワインを母さんに見せると案の定、飲みたいと言って聞かなかった。もちろん飲ませなかった。代わりにといってはなんだが、ハイボールを作り一緒に飲んだ。
慌ただしかった2週間が終わり、結さんの元で働き始めてから初めての休日。準備から開店、不慣れな接客、人との交流。大学卒業後、しばらくの間家に引きこもっていた自分にとってはたった2週間が1ヶ月以上に感じた。
初めての休日ということで、ゆっくりと一日中寝て過ごしたいとは思うのだが、朝から夕食の仕込み、12時から市営の球場で病院の方々と野球、終わり次第家に帰り夕食を4人前作らなければならない。人が来るときは基本後片付けも自分がすることになる。母さんがお客さんと喋っていて、その場から離れない。お酒が入るとなおさら。たまに飲み過ぎてしまうこともあり、母さんの介抱をしなきゃいけなくなることもある。食事が終わり、片付けをしたあとは、父さんからの依頼もこなさなければならない。2日前に送ったメールの返信が来た。メールの内容は、自分が送った質問の返答と、父さんのブランドの会社に出勤するときの内容だった。うちの会社は家族経営で父さんが社長、自分も様々な仕事を行うことがある。他の家族も色々と役職についている。今回の自分の仕事は新入社員に対する講義だった。うちの方針や、会社での役割、配属する部署など説明するだけなのだが、部署ごと別々に説明をするため各部署との連携が必要になる。これがなかなか面倒。父さんはこういったことは苦手だから任せられることが多い。自分のブランド、会社を立ち上げてからこういうものは全て自分が担当している。おかげで大学ではプレゼンの成績が抜群に良かった。自分は月に1、2回ほどしか会社には出ないのだが、会社内の信頼は厚い自信がある。父さんはどこか職人気質なためあまり集団は得意ではない。会社というものがあまり適していない人だ。経営とかは他の人たちで協力して行なっている。その責任者が自分だ。色々と面倒なのだが会社を成り立たせるためには仕方ない。
今朝は、9時に起き、母さんと一緒にキッチンに立つ。母さんは朝食、自分は夕飯の仕込み。うちのキッチンは広いので2人で別々の作業をしても相手が邪魔になることはない。仕込みを行うのだが4人分となるとそこまで大変ではない。鶏肉を適当な大きさに切ってからタレにつけるくらいだ。時間はあまりかからず、ものの10分程で終わった。朝食を食べ終わり食器を片付け、野球の準備をする。母さんは自分の仕事部屋にこもるみたいだ。絵の依頼の締め切りが迫っているようだ。今度、うちの会社主体で個展を開く。そのための創作も進めなければいけない。母さんも母さんで大変なのだ。それをわかっているからこそ母さんのわがままは聞きたいと思える。何よりわがままを言う母さんは可愛いらしい。父さん曰く。
野球をするのは大学4年の9月以来。教育実習の時に部活を見て以来だ。あのときは生徒の尊敬の眼差しが嬉しかった。出身校が唯一甲子園の土を踏んだときのエースだったから。この時代のうちの野球部は黄金世代と言われていたらしい。高校生からの質問攻めは少し嬉しかった。
準備が終わり、11時半。中村先生が家まで迎えに来てくれた。
「寛くん、迎えに来たよ。」
「すいませんわざわざ。今すぐに向かいます。母さんいってくるね。」
「いってらっしゃい。中村先生この子のことよろしくね。お医者さんいっぱいいるから怪我はしないと思うけど。寛は無茶しないこと。わかった?」
「大丈夫ですよ。自分がついてます。」
「あら、頼もしい。よろしくお願いしますね。」
「中村先生早く行きましょう。みなさん待ってます。」
「そうだね。じゃあ行きますか。ではお母さんお子さんお借りします。」
「いってらっしゃい。」
そういって家を出た。車中では母さんの話で盛り上がった。
球場に着くと早速日向医院長が出迎えていた。
「寛くん、待ってたよ。今日1日よろしくね。」
「日向医院長も今日うちに来るんですよね?」
「そうだよ。お邪魔するね。夕飯楽しみでね。寛くんのお母さんがいつもうちの息子のご飯は美味しんだよって自慢してるから。」
「医院長の要望が聴けなかったんで中村先生のリクエストで唐揚げなんですけどいいですか?」
「医院長はやめてくれよ。日向さんくらいにしてくれ。知らない仲じゃないんだし、仲良くしようよ。唐揚げね。良かった。好きだよ唐揚げ。今日ご飯抜いてきて良かったよ。楽しみだな。」
そういって、中村先生の肩に腕を回した。
「そうですね。自分も楽しみです。」
中村先生は3年前に大学を卒業後すぐにこの病院にきたため、医院長先生より自分の方が歳が近い。歳の差を感じさせないこの仲の良さは医院長先生の人柄だろう。ちなみに中村先生を日向さんに推薦したのは、うちの母さんらしい。自分は中村先生が大学生の時からの付き合いで、大学在学中に色々と面倒を見てもらっていた。その関わりもあり、母さんは中村先生を日向さんに推薦したのだと思う。故に、中村先生はうちの母さんに頭が上がらない。就職先を進めてきてくれた人だからだ。すぐに就職先が決まって、じっくりと論文を仕上げることができ、医師免許の勉強も捗り、見事一発合格だったらしい。
「大丈夫ですか?何も食べてないって。これから運動するんですよ?」
「問題ないよ。朝はもともとスムージーしか飲まないから。」
どこぞのOLかとツッコミを入れたくなるが、お医者さんが健康に気を使うのは当たり前のことなのかもしれない。お医者さんが不健康なら患者さんに対して説得力がなくなる。
「そうなんですか。でもしっかりと水分補給だけはしてくださいよ。まだ4月なのにかなり暑いですから。」
「わかってるよ。今日倒れてしまったらせっかくの寛くんの料理が食べられなくなるからね。」
そういって自分の方に向けてウインクをしてきた。綺麗な、もしくは可愛い女の子のウインクだったらご褒美だが、いい歳のおじさんのやつはちょっと。
「なら準備しよっか。もうみんなグラウンドで待ってるだろうから。」
そういうと、せっせとグラウンド内に入っていった。グラウンド内に入ると、見たことある顔がちらほら。あまり話したことはないが、日向さんとよく一緒にいるところを見られていたり、花屋に来店してくださった人もいる。自分が打ち解けるのはあまり時間がかからなかった。
「寛くんってさ、甲子園出たことあるんだろ。」
野球好きが集まると当然この話題は出てくる。全国で野球をしている人にとってはそれほど憧れの地なのだろう。改めて甲子園に出るってことはすごいことなんだと実感した。
「21世紀枠でしたし、3回戦で負けてしまいましたけど。」
「でもすごいよ。実は実際に見てたんだよ。テレビでだったけど。近所の高校が甲子園にでるってだけでかなり興奮してさ。応援してたんだよ。」
「ありがとうございます。改めて今日はよろしくお願いします。」
一通り会話を済ませ、アップを始めた。
今日の対戦相手は、近所の商店街のチームらしい。久々に野球ができるということで自分はかなり興奮していた。しかし、無理はしないようにと母さんから念押しがあったため、投げるのは80球前後、全力投球はなるべく避けるようにしなえれば。
試合は進み、6回から自分がマウンドへ。そこそこ打てれてしまったものの、試合には勝つことができた。
「いやー、寛くん大活躍だったねえ。」
ニヤニヤしながら日向さんが近づいてきた。
「みなさん上手でびっくりしましたよ。自分も打たれてしまいましたし、本当に助かりました。」
「そうだろう。なぜかうちの病院には野球好きが集まってね。みんなそこそこの高校で真剣に2年半野球してた人ばかりだから。」
「いや、日向さんが面接するときに野球好きかどうか聞いてるって、中村先生から聞いたことありますよ。それで合否が決まることもあるらしいじゃないですか。問題にならないんですか?」
「あらバレてたか。まあいいのいいの。経営者は私だしね。寛くんもわかっているだろうけど組織を動かすにはみんなに何か共通点があることが望ましいでしょ?目標とかそんな堅苦しいものではなくて好きなスポーツがうちの病院での共通点なわけよ。長く一緒にやるには硬い共通点では長くは持たないからね。自然に会話も増えるし、先生の連携もうまくいくのよ。」
日向先生の言うことはたまに芯をくっていることがある。確かにこの病院の先生方は仲が異常にいい。
「そういうものですかね。自分はあまり会社の方に行かないのでわかりませんけど。経営自体は他に任せてますし、うちがそういう組織だったら嬉しいですけどね。」
「寛くんそろそろ。君のこと送らなきゃいけないから。」
「わかりました。すぐに向かいます。」
中村先生に呼ばれ、病院の先生方、試合相手の方々に挨拶をして一足早く家に帰った。家に着いたのは、5時半ごろだった。
「渡邉くん、話があるんでしょ?」
「そうなんです。わざわざすいません。来てもらって。」
「いいのいいの。気にしないで。」
「あの今週の土曜日の夜何か予定ありますか?」
「いいや、特にはないけど。」
「よかった。母さんが久しぶりに会いたいというので。後、日向先生と結さんもくるんですけどいいですか?」
「医院長先生もくるのか。でもいいよ。医院長先生に自分のこと紹介してくれたのは渡邉くんのお母さんだし。おそらく結ちゃんも呼んだってことはおそらく君の話をするからだと思うから。」
「そうですね。では、よろしくお願いします。そうだ。何食べたいですか?」
「そうだね。普通に唐揚げとかが食べたいかな。渡邉くんのやつめちゃくちゃ美味しいから。」
「ありがとうございます。わかりました用意しておきますね。」
「じゃあ、こっちのお願いも聞いてくれる?」
「はい。いいですけど。」
「ちょうど同じ日に病院のみんなで野球をする約束しててね。一緒にどうかな?もう投げることはできるんだろ?」
高校卒業後、スポーツ推薦で某大学に進んだのだがその大学の練習中に肩を故障してしまい、野球部を辞めたわけではなかったが、授業と他のことで手が回らなくなって、思い立った時に部に顔を出してリハビリをするような感じだった。それゆえ、リハビリにかなり時間を使ってしまって、大学では満足するほど野球ができなかった。
「そうですけど。いきなり自分が入って大丈夫でしょうか?」
「いいよいいよ。むしろ大歓迎。甲子園出場投手の球なんてなかなか見れないからね。みんな興奮すると思うよ。ちなみに日向医院長もくるから。」
どこにでも顔を出すなあの人はと、内心思った。この病院の先生方は本当に仲がいいのだなとも思った。
「わかりました。参加させていてだきます。」
「そうよかった。楽しみにしているからね。」
そういって中村先生は花屋を後にした。
その日の帰り道、母さんに土曜の買い物をするから、遅れるとメッセージを送り、近所のスーパーに寄った。結さんにも食べたいものを聞いたがなんでもいいということだったので唐揚げとうちで好評の長ネギと甘い梅干しの味噌汁にしようと思う。うちになくて買うものは、鶏肉と長ネギなどの食材とお酒を少し。中村先生はお酒が好きだから、少しだけいいお酒を買おうと思う。うちに確かウイスキーはあるからワインかな。あまり詳しくは知らないが、母さんが白の方が好きなので白ワインを一つ買った。
家に帰るとめずらしく母さんが夕飯を作っていてくれた。生姜焼きだった。買ってきた白ワインを母さんに見せると案の定、飲みたいと言って聞かなかった。もちろん飲ませなかった。代わりにといってはなんだが、ハイボールを作り一緒に飲んだ。
慌ただしかった2週間が終わり、結さんの元で働き始めてから初めての休日。準備から開店、不慣れな接客、人との交流。大学卒業後、しばらくの間家に引きこもっていた自分にとってはたった2週間が1ヶ月以上に感じた。
初めての休日ということで、ゆっくりと一日中寝て過ごしたいとは思うのだが、朝から夕食の仕込み、12時から市営の球場で病院の方々と野球、終わり次第家に帰り夕食を4人前作らなければならない。人が来るときは基本後片付けも自分がすることになる。母さんがお客さんと喋っていて、その場から離れない。お酒が入るとなおさら。たまに飲み過ぎてしまうこともあり、母さんの介抱をしなきゃいけなくなることもある。食事が終わり、片付けをしたあとは、父さんからの依頼もこなさなければならない。2日前に送ったメールの返信が来た。メールの内容は、自分が送った質問の返答と、父さんのブランドの会社に出勤するときの内容だった。うちの会社は家族経営で父さんが社長、自分も様々な仕事を行うことがある。他の家族も色々と役職についている。今回の自分の仕事は新入社員に対する講義だった。うちの方針や、会社での役割、配属する部署など説明するだけなのだが、部署ごと別々に説明をするため各部署との連携が必要になる。これがなかなか面倒。父さんはこういったことは苦手だから任せられることが多い。自分のブランド、会社を立ち上げてからこういうものは全て自分が担当している。おかげで大学ではプレゼンの成績が抜群に良かった。自分は月に1、2回ほどしか会社には出ないのだが、会社内の信頼は厚い自信がある。父さんはどこか職人気質なためあまり集団は得意ではない。会社というものがあまり適していない人だ。経営とかは他の人たちで協力して行なっている。その責任者が自分だ。色々と面倒なのだが会社を成り立たせるためには仕方ない。
今朝は、9時に起き、母さんと一緒にキッチンに立つ。母さんは朝食、自分は夕飯の仕込み。うちのキッチンは広いので2人で別々の作業をしても相手が邪魔になることはない。仕込みを行うのだが4人分となるとそこまで大変ではない。鶏肉を適当な大きさに切ってからタレにつけるくらいだ。時間はあまりかからず、ものの10分程で終わった。朝食を食べ終わり食器を片付け、野球の準備をする。母さんは自分の仕事部屋にこもるみたいだ。絵の依頼の締め切りが迫っているようだ。今度、うちの会社主体で個展を開く。そのための創作も進めなければいけない。母さんも母さんで大変なのだ。それをわかっているからこそ母さんのわがままは聞きたいと思える。何よりわがままを言う母さんは可愛いらしい。父さん曰く。
野球をするのは大学4年の9月以来。教育実習の時に部活を見て以来だ。あのときは生徒の尊敬の眼差しが嬉しかった。出身校が唯一甲子園の土を踏んだときのエースだったから。この時代のうちの野球部は黄金世代と言われていたらしい。高校生からの質問攻めは少し嬉しかった。
準備が終わり、11時半。中村先生が家まで迎えに来てくれた。
「寛くん、迎えに来たよ。」
「すいませんわざわざ。今すぐに向かいます。母さんいってくるね。」
「いってらっしゃい。中村先生この子のことよろしくね。お医者さんいっぱいいるから怪我はしないと思うけど。寛は無茶しないこと。わかった?」
「大丈夫ですよ。自分がついてます。」
「あら、頼もしい。よろしくお願いしますね。」
「中村先生早く行きましょう。みなさん待ってます。」
「そうだね。じゃあ行きますか。ではお母さんお子さんお借りします。」
「いってらっしゃい。」
そういって家を出た。車中では母さんの話で盛り上がった。
球場に着くと早速日向医院長が出迎えていた。
「寛くん、待ってたよ。今日1日よろしくね。」
「日向医院長も今日うちに来るんですよね?」
「そうだよ。お邪魔するね。夕飯楽しみでね。寛くんのお母さんがいつもうちの息子のご飯は美味しんだよって自慢してるから。」
「医院長の要望が聴けなかったんで中村先生のリクエストで唐揚げなんですけどいいですか?」
「医院長はやめてくれよ。日向さんくらいにしてくれ。知らない仲じゃないんだし、仲良くしようよ。唐揚げね。良かった。好きだよ唐揚げ。今日ご飯抜いてきて良かったよ。楽しみだな。」
そういって、中村先生の肩に腕を回した。
「そうですね。自分も楽しみです。」
中村先生は3年前に大学を卒業後すぐにこの病院にきたため、医院長先生より自分の方が歳が近い。歳の差を感じさせないこの仲の良さは医院長先生の人柄だろう。ちなみに中村先生を日向さんに推薦したのは、うちの母さんらしい。自分は中村先生が大学生の時からの付き合いで、大学在学中に色々と面倒を見てもらっていた。その関わりもあり、母さんは中村先生を日向さんに推薦したのだと思う。故に、中村先生はうちの母さんに頭が上がらない。就職先を進めてきてくれた人だからだ。すぐに就職先が決まって、じっくりと論文を仕上げることができ、医師免許の勉強も捗り、見事一発合格だったらしい。
「大丈夫ですか?何も食べてないって。これから運動するんですよ?」
「問題ないよ。朝はもともとスムージーしか飲まないから。」
どこぞのOLかとツッコミを入れたくなるが、お医者さんが健康に気を使うのは当たり前のことなのかもしれない。お医者さんが不健康なら患者さんに対して説得力がなくなる。
「そうなんですか。でもしっかりと水分補給だけはしてくださいよ。まだ4月なのにかなり暑いですから。」
「わかってるよ。今日倒れてしまったらせっかくの寛くんの料理が食べられなくなるからね。」
そういって自分の方に向けてウインクをしてきた。綺麗な、もしくは可愛い女の子のウインクだったらご褒美だが、いい歳のおじさんのやつはちょっと。
「なら準備しよっか。もうみんなグラウンドで待ってるだろうから。」
そういうと、せっせとグラウンド内に入っていった。グラウンド内に入ると、見たことある顔がちらほら。あまり話したことはないが、日向さんとよく一緒にいるところを見られていたり、花屋に来店してくださった人もいる。自分が打ち解けるのはあまり時間がかからなかった。
「寛くんってさ、甲子園出たことあるんだろ。」
野球好きが集まると当然この話題は出てくる。全国で野球をしている人にとってはそれほど憧れの地なのだろう。改めて甲子園に出るってことはすごいことなんだと実感した。
「21世紀枠でしたし、3回戦で負けてしまいましたけど。」
「でもすごいよ。実は実際に見てたんだよ。テレビでだったけど。近所の高校が甲子園にでるってだけでかなり興奮してさ。応援してたんだよ。」
「ありがとうございます。改めて今日はよろしくお願いします。」
一通り会話を済ませ、アップを始めた。
今日の対戦相手は、近所の商店街のチームらしい。久々に野球ができるということで自分はかなり興奮していた。しかし、無理はしないようにと母さんから念押しがあったため、投げるのは80球前後、全力投球はなるべく避けるようにしなえれば。
試合は進み、6回から自分がマウンドへ。そこそこ打てれてしまったものの、試合には勝つことができた。
「いやー、寛くん大活躍だったねえ。」
ニヤニヤしながら日向さんが近づいてきた。
「みなさん上手でびっくりしましたよ。自分も打たれてしまいましたし、本当に助かりました。」
「そうだろう。なぜかうちの病院には野球好きが集まってね。みんなそこそこの高校で真剣に2年半野球してた人ばかりだから。」
「いや、日向さんが面接するときに野球好きかどうか聞いてるって、中村先生から聞いたことありますよ。それで合否が決まることもあるらしいじゃないですか。問題にならないんですか?」
「あらバレてたか。まあいいのいいの。経営者は私だしね。寛くんもわかっているだろうけど組織を動かすにはみんなに何か共通点があることが望ましいでしょ?目標とかそんな堅苦しいものではなくて好きなスポーツがうちの病院での共通点なわけよ。長く一緒にやるには硬い共通点では長くは持たないからね。自然に会話も増えるし、先生の連携もうまくいくのよ。」
日向先生の言うことはたまに芯をくっていることがある。確かにこの病院の先生方は仲が異常にいい。
「そういうものですかね。自分はあまり会社の方に行かないのでわかりませんけど。経営自体は他に任せてますし、うちがそういう組織だったら嬉しいですけどね。」
「寛くんそろそろ。君のこと送らなきゃいけないから。」
「わかりました。すぐに向かいます。」
中村先生に呼ばれ、病院の先生方、試合相手の方々に挨拶をして一足早く家に帰った。家に着いたのは、5時半ごろだった。