「魔王様、あまりお戯れはおやめください」
「……お戯れ、とは。なんのことでしょうか」
我ながら、とぼけるのにも慣れたものだと思う。
魔族の王である私が座っている玉座から数メートルほど離れた場所には、うやうやしくお辞儀をした数名の魔族。
……私は尊敬してますよってポーズだけですよねー、あれはー。
ようは心から頭を下げているわけでは無いのが見え見えなのだけど、さすがにそこを突くようなことはしない。
実力主義の魔界において、部下が野心を持っているなんて当たり前のことだ。いくら制御しようと思っても限界はある。
そのうち私の寝首を掻きに来るであろう部下たちのうち、恐らく一番強いであろう魔族が、意見のために顔をあげた。
「我らの捕虜となった勇者のことです」
「……勇者殿が、どうかしましたか？」
「聞けば、最近の魔王様は勇者の独房に入り浸っているとか」
「人界を征服した以上、私にはそちらも統治する責任があります。であれば、その意見を求めるに一番手っ取り早いのが、今この魔王城にいる唯一の人間である彼に聞くことですから」
もちろんこれは間違ってはいないけれど、実際には私は彼の部屋にご飯を食べに行っているだけなので、ほとんど建前だ。
「そのようなこと、配下に尋問させればよろしいでしょう！ 魔王様直々に、それも護衛もつけずに勇者と会うなどという軽率な行為、魔界の長としておやめになるべきです」
けれど建前を並べているのは、相手も同じだった。
こうしてわざわざ謁見に来ている魔族たちは、軍の中でも武闘派。つまり『人間殺すべし』というのを長く掲げてきた派閥だ。
あなたのことが心配なんですよ、なんて言葉を並べているけれど、分かりやすく翻訳すると『早く勇者を殺させろ』ということになる。
……それは絶対に、認めるわけにいきません。
個人の感情だけでなく、対外的なことを考えてもそれはあまりにも軽率だ。彼が捕虜としてこちらにいることで、人類側も反抗ができないのだから。
もちろん、反抗されたところで今の人類に魔族を倒せるような力は無いだろう。
それでも、これ以上の血を、私は望まない。
「私はあくまで、勇者殿に話を聞きに行っているだけです。護衛なんて物々しいものをつけて、忌憚の無い意見が引き出せるとでも？ まして尋問など、捕虜にしていいことではありません。戦はもう、終わったのですから」
「人間にそのような扱いは必要ありません。彼奴らは負け犬、もはや我らの家畜なのです」
「……人類の奴隷化、家畜化は法として禁じた筈ですが？」
「ほほ、そうでしたな……」
この態度、やってますね。あとで調べて根絶やしにしましょう。
頭の隅っこにあるやることリストに『ねだやし』と書き込んでおいて、私は深々と、大げさに、失望の溜め息を吐く。たったそれだけで、跪いたままの魔族のうちの幾人かがびくり、と身を震わせた。
「何度も言いますが、戦争は終わりました。そんなに殺し合いに飢えているというのであれば……私が相手になりますが……？」
「っ……」
目で見て、言葉を投げる。そこに少しの、『怒り』を込めて。
そうするだけで、相手は冷や汗を流し、押し黙る。まったく、本気で文句を言いに来たのなら、私の不興を買った程度でやめるべきではないだろうに。
「ふふっ……独立や宣戦布告は、いつでも受け付けていますよ？」
力尽くでも通す覚悟が無いのなら、意見をするな。
そういう意味を込めて微笑んでやると、相手はすぐさま頭を垂れて、
「そ、それこそ、お戯れを……」
「では、下らない戯言で多忙な私の悪戯ごころを刺激するのも、やめていただけますね？」
「はっ……」
「よろしい。それでは、私は公務がありますので、謁見はここまでです」
こうして、大人数をつれてまで直談判をしにきた相手は、あっさりと引き下がったのだった。
はぁ、まったくもって、面倒くさい。早く勇者さんのご飯が食べたいのに。
☆★☆
「はああ、絶対アレ、やばい女だと思われました……」
「ど、どうした魔王、入ってくるなり落ち込んで」
「確かにちょっと腹立たしかったのは事実ですけど、あれは完全に怯えてました……やりすぎました……『あ、この女、趣味は返り血で地獄みたいな絵を描くことだな』とか思われたにちがいありません……うぅ……わ、私はもっと平和主義なのにぃ……」
「なにをしたらそんな嫁のもらい手が一切無さそうな評価が与えられるのかは分かんねえけど、その……ええと……飯、食ってくか？」
「うぅぅ、お願いしますぅ……疲れたからとびきり美味しいやつでぇ……」
「とびきり美味しいかは分かんねえけど、まあその、頑張ってはみるわ……」
「……お戯れ、とは。なんのことでしょうか」
我ながら、とぼけるのにも慣れたものだと思う。
魔族の王である私が座っている玉座から数メートルほど離れた場所には、うやうやしくお辞儀をした数名の魔族。
……私は尊敬してますよってポーズだけですよねー、あれはー。
ようは心から頭を下げているわけでは無いのが見え見えなのだけど、さすがにそこを突くようなことはしない。
実力主義の魔界において、部下が野心を持っているなんて当たり前のことだ。いくら制御しようと思っても限界はある。
そのうち私の寝首を掻きに来るであろう部下たちのうち、恐らく一番強いであろう魔族が、意見のために顔をあげた。
「我らの捕虜となった勇者のことです」
「……勇者殿が、どうかしましたか？」
「聞けば、最近の魔王様は勇者の独房に入り浸っているとか」
「人界を征服した以上、私にはそちらも統治する責任があります。であれば、その意見を求めるに一番手っ取り早いのが、今この魔王城にいる唯一の人間である彼に聞くことですから」
もちろんこれは間違ってはいないけれど、実際には私は彼の部屋にご飯を食べに行っているだけなので、ほとんど建前だ。
「そのようなこと、配下に尋問させればよろしいでしょう！ 魔王様直々に、それも護衛もつけずに勇者と会うなどという軽率な行為、魔界の長としておやめになるべきです」
けれど建前を並べているのは、相手も同じだった。
こうしてわざわざ謁見に来ている魔族たちは、軍の中でも武闘派。つまり『人間殺すべし』というのを長く掲げてきた派閥だ。
あなたのことが心配なんですよ、なんて言葉を並べているけれど、分かりやすく翻訳すると『早く勇者を殺させろ』ということになる。
……それは絶対に、認めるわけにいきません。
個人の感情だけでなく、対外的なことを考えてもそれはあまりにも軽率だ。彼が捕虜としてこちらにいることで、人類側も反抗ができないのだから。
もちろん、反抗されたところで今の人類に魔族を倒せるような力は無いだろう。
それでも、これ以上の血を、私は望まない。
「私はあくまで、勇者殿に話を聞きに行っているだけです。護衛なんて物々しいものをつけて、忌憚の無い意見が引き出せるとでも？ まして尋問など、捕虜にしていいことではありません。戦はもう、終わったのですから」
「人間にそのような扱いは必要ありません。彼奴らは負け犬、もはや我らの家畜なのです」
「……人類の奴隷化、家畜化は法として禁じた筈ですが？」
「ほほ、そうでしたな……」
この態度、やってますね。あとで調べて根絶やしにしましょう。
頭の隅っこにあるやることリストに『ねだやし』と書き込んでおいて、私は深々と、大げさに、失望の溜め息を吐く。たったそれだけで、跪いたままの魔族のうちの幾人かがびくり、と身を震わせた。
「何度も言いますが、戦争は終わりました。そんなに殺し合いに飢えているというのであれば……私が相手になりますが……？」
「っ……」
目で見て、言葉を投げる。そこに少しの、『怒り』を込めて。
そうするだけで、相手は冷や汗を流し、押し黙る。まったく、本気で文句を言いに来たのなら、私の不興を買った程度でやめるべきではないだろうに。
「ふふっ……独立や宣戦布告は、いつでも受け付けていますよ？」
力尽くでも通す覚悟が無いのなら、意見をするな。
そういう意味を込めて微笑んでやると、相手はすぐさま頭を垂れて、
「そ、それこそ、お戯れを……」
「では、下らない戯言で多忙な私の悪戯ごころを刺激するのも、やめていただけますね？」
「はっ……」
「よろしい。それでは、私は公務がありますので、謁見はここまでです」
こうして、大人数をつれてまで直談判をしにきた相手は、あっさりと引き下がったのだった。
はぁ、まったくもって、面倒くさい。早く勇者さんのご飯が食べたいのに。
☆★☆
「はああ、絶対アレ、やばい女だと思われました……」
「ど、どうした魔王、入ってくるなり落ち込んで」
「確かにちょっと腹立たしかったのは事実ですけど、あれは完全に怯えてました……やりすぎました……『あ、この女、趣味は返り血で地獄みたいな絵を描くことだな』とか思われたにちがいありません……うぅ……わ、私はもっと平和主義なのにぃ……」
「なにをしたらそんな嫁のもらい手が一切無さそうな評価が与えられるのかは分かんねえけど、その……ええと……飯、食ってくか？」
「うぅぅ、お願いしますぅ……疲れたからとびきり美味しいやつでぇ……」
「とびきり美味しいかは分かんねえけど、まあその、頑張ってはみるわ……」
