「たっだいまでーす♪」
やたらと元気で、緊張感のない声が部屋に響いた。
彼女が入室する前から既に気配は感じていたので、俺はお茶の準備をしながら返答する。
「おかえり、魔王」
いらっしゃいではなく、『おかえり』という言葉にはまだ少し慣れない。
魔王は上機嫌な様子でテーブルに座ると、はへー、とため息を吐いて、
「いやぁ、今日も大変でした……人界と魔界の貿易が本格化したのはいいんですけど、それはそれで結構問題起きちゃって、人界(あっち)からも魔界(こっち)からも嘆願書が……」
「おう、おつかれさん。ほれ、あったかいお茶どーぞ」
「あ、あったかいお茶どうもです。勇者さんの方はどうでした? 今日はお客さんと会うって話でしたよね」
「ああ、前に魔界チェスで優勝争いした鬼族がな。今度は妹と地元のチェス友連れてきてくれたんで、みんなで夕方までチェス大会してた。あと、せっかくだから俺の料理も振舞ってみたけど好評だったぞ」
「えー、なんですかそれすっごく楽しそう! うぅ、私も混ざりたかった……!」
「いや、魔王がいたらそれはそれでみんな緊張するだろ……」
「確かにそれはそうでしょうけど……うぅ、ゆーしゃさんの作るご飯……」
「お前にはちゃんと毎日弁当持たせてるだろ……」
「そうなんですけど、やっぱり一緒に食べられないと寂しいですし!」
「まあ……その気持ちは大いにわかるけどさ。でもほら、晩飯はいつもいっしょだろ」
ややキレ気味の魔王をなだめつつ、俺は調理を再開する。
彼女が来る時間は昨日から聞いており、それに合わせて仕込みをしているので、残すは仕上げをするのみだ。
「うぅ、良いですもん、いつか勇者さんとちゃんとデートするんですもん……そのときにいっしょにお弁当広げて食べるんです……」
「城内は自由に歩けるようになったし、友達も増えたし、お前がほぼ毎日ここに泊まれるようになってるしで、俺としては現状はだいぶ良い生活なんだけどな」
恋人になってしばらくの時間が過ぎたが、魔王の行動はめちゃくちゃ早かった。
俺、つまりは『勇者』のシステムを公表し、しかもそれを俺が被害者であると強く印象づけるような扱いでしてくれたので、人界だけでなく魔界からも同情的な意見があがったらしい。
人類撲滅思想の強い過激派の魔族たちも、新たな、それもさらに強くなる可能性のある『勇者』を産むという危険性を楽観視できず、俺を処刑しろという意見は無くなってこそいないがかなり減ったようだ。
しかも魔王はそのまま世論が俺に同情的なほうへ傾いた流れに乗って、魔界、人界どちらの民に対しても俺との恋人関係を発表した。
もちろん『人類と魔族の有効の証』という、反対派が口を挟みづらい大義名分までしっかりとつけて。
当然ながら批判も多かったし紆余曲折はかなりあった。今だって反対意見がない訳でもないし、人類と魔族はまだまだ仲良しとは言えない。
それでも、『あの』魔王がそんなことでへこたれるはずもなく。
彼女の努力の甲斐あって人界と魔界の貿易ができるようになったり、交流も少しずつ行われるようになり、人類と魔族は少しづつ歩みよっている。
そして俺の方も、魔界にいる貴重な人類として貿易担当の魔族から意見を聞かれたり、たまに噂を聞きつけた物好き魔族がチェス勝負を挑んできたり、料理を食わせてくれと言ってきたりと、魔王やメイド以外との交流が増えてきた。
メイドいわく、俺のそういう対応は魔族的には結構好感触であり、少なくとも城内で働いている魔族たちの人間に対する感情は少しずつ良い方向に向かっているらしい。
そんな感じで現在、公的に魔王の恋人兼『人界アドバイザー』となった俺は城内を監視付きであれば自由に歩き回ることが許され、魔王は俺の『元』独房に入り浸っているというわけだ。
「でも、気軽に外に出れたらもっと嬉しいじゃないですか。いいんです、こういうのは欲張りじゃないと!」
「……まあ、そう思ってくれるのは嬉しいよ。正直、俺もデートはしたいし」
むふー、と鼻息荒く、魔王は長耳をぴこぴこ動かした。
大袈裟なとも思うが、恋人に求められて嬉しくないわけもなく。
口元がほころぶのを自覚しつつ、俺は言葉を作る。
「ただ、もう少しすれば仕事中も一緒にいられるようにはなるぞ」
「へ? どういうことです?」
「最近、メイドから事務作業を教わっててな。あいつから合格が貰えれば、メイドと一緒にお前の仕事を手伝うようになる」
少し前にメイドから、「護衛という名目で勇者様にはぜひ魔王様の傍にいていただきたく、魔王様も私も捗りますので」とか言われたのでそれを受けたのだ。
正直魔王はともかくメイドの方はなにが捗るのかはまったく分からないが、メイドは間違いなく魔王と俺の味方なので、気遣いをしてくれているのは間違いない。
自己評価だが護衛として俺は魔界でも充分通用するだろうし、しかも事務仕事までできるとなれば魔王の負担軽減ができて周囲からの文句も少ないだろう。
なにより、たとえ仕事でも魔王と一緒にいられるのは嬉しいので、断る理由がなかった。
「え、じゃあもうすぐ公務中でも勇者さんといっしょにいられるようになる……ってことですか……!?」
「そういうことだな。それで俺が上手くお前の補佐ができれば、ゆくゆくは仕事って名目なら城の外にも出られるようになる、ってのがメイドの考えらしい」
「えぇぇ……メイドちゃん、私にはそういうの少しも教えてくれてないんですけど……いや、ものすごく嬉しいですけども……」
「俺から伝えるようにって頼まれたから、あいつのいつものサプライズだろ。……で、これは俺からのサプライズな」
「ふえ?」
ことん、と仕上がった料理の乗った皿を彼女の前に置く。
今日のメニューは、前々から彼女と食べる約束をしていた特別なものだ。
野菜と鶏肉を混ぜ、味付けした米に、半熟の卵をまとわせた料理。
「……オムライス。前に食べたいって言ってたろ?」
「お、おおぉ、これが……!」
「お前が貿易関係を整備してくれて、人界から米を仕入れてきてくれたからな。やっと作れるようになったってわけだ」
初めて見るオムライスに、魔王が目を輝かせる。
俺の好物で、いつか一緒に食べたいと言われていたもの。
作るのは久しぶりだが、身体はちゃんと作り方を覚えてくれていた。卵は完璧な半熟で、米の味付けもしっかりしたものができた。
湯気をたちのぼらせる会心の出来だ。自信を持って、食卓に出せる。
「ほら、あったかいうちに食べろよ。俺も食べたかったけど、なによりお前のために作ったんだから」
「……はいっ! それでは、いただきまーす♪」
両手を合わせ、満面の笑みで魔王が匙を持つ。
「はむっ、もぐ……んく……こ、これは……おいしいです!! すごく!!」
「お、そりゃ良かった」
自分の好物が恋人に気に入ってもらえるというのは、それだけで嬉しい。
何度見ても飽きない、美味い飯を食ってる時の魔王のニコニコ笑顔。これが見られないという意味では、たしかにお弁当を渡すだけというのは寂しいかもしれない。
「もぐ……勇者さんは食べないんですか?」
「ん、ああいや、食べるよ。恋人があんまりにも美味しそうに食べるもんだから、嬉しくてな」
「……だからってじっと見られるのは、さすがにちょっと恥ずかしいですよ」
そう言われても、つい見てしまうのだからしょうがない。
頬を染めてやりづらそうにする魔王の頬を、そっと撫でた。
「ふえ……」
「いや、米ついてるから。慌てて食べなくてもいいぞ」
すくいとった米を口に含むと、懐かしい好物の味がした。うん、うまい。
自分の料理の出来に納得していると、魔王は耳まで顔を赤くして、
「ふ、ふいうちはズルですよう、ゆーしゃさん……」
「ん、どうした?」
「ど、どーしたじゃなくて、い、今のは、その……いきなりそういうことされたらどきっとしちゃうでしょ!」
「……急なことに弱いのは相変わらずだな、お前」
言われるまで無意識だったが、いかにも『恋人っぽい』ことをしてしまった。
恋人になってからかなり積極的に甘えてくるようになった彼女だが、それでも突然のことには弱いらしい。
「というかこれくらいは今更だと思ったんだが……ほら、風呂とかベッドとかもういっしょだし……」
「それとこれは話が別というか、急にやられるのはさすがに照れますって……うぅ……もう、もうっ」
魔王は湯気が出そうなくらい真っ赤に染った顔を両手でおさえている。なんか頑張って冷却を試みているのだろう。
怒っているのではなく照れているという感じなので、特に問題は無さそうだ。
そう結論づけて席に戻ろうとしたとき、服の端をくいっと引っ張られた。
「ん、なんだ、まお……っ!?」
触れたのは、ほんの一瞬。
頬に柔らかな感触がして、すぐに離れていく。
突然のことに呆然とする俺の前で、魔王は顔を真っ赤にしたままで、
「……ほら、勇者さんもふいうちは恥ずかしいでしょ」
「お、おう……そうだな……確かにこれは恥ずかしい……」
「こ、これでおあいこですからっ。ほら、勇者さんも自分の分ちゃんと食べてくださいね」
「……わかったよ」
なんの勝負なんだコレ、と思ったが、口に出すとお互いにまた照れの沼にハマりそうなのでやめておいた。
頬に残る魔王の唇の感触に気恥ずかしさを覚えつつ、俺は改めて席に座る。
少しだけ冷えたオムライスに匙を入れて一口含むと、先ほどよりも強く懐かしい味が脳を刺激した。
「……うん、我ながら美味い。米はいっぱいあるし、今度はピラフとか炒飯もありだな……」
「え、ほかにもお米の料理ってあるんですか?」
「ああ。こうやって米そのものを料理するのもあるし、パンみたいな感じでおかずと合わせたり、なんか具を入れたりするのも美味いぞ。……気になるよな?」
「……食べてみたいです」
「だろ。米はやり方次第で冷めても充分に美味いから、とりあえず明日の弁当も楽しみにしとけ」
「……はいっ♪」
さしあたって、焼いた魚をほぐしておにぎりにするか、或いは肉を潰してそぼろご飯にでもするか。
どちらでも喜んでくれそうなので、他のおかずをどうするかで決めるとしよう。
「ま、ゆっくり食べてくれ。そのあとは……そうだな、弁当の仕込みが終わったらボードゲームでもして遊ぶか? この間持ってきてくれた新しいやつ、まだ開けてないし」
「いえ、あれは人数いた方が面白そうなのでどうせならメイドちゃんとか勇者さんのお友達がいるときにやりたいですね、なので今日は魔界チェスでどうでしょう。……私だけ勇者さんと打ってないのちょっと寂しいですし」
「妙な嫉妬を……いやまあ、良いけどさ。んじゃ、明日の弁当の準備終わるまで待っててくれよ」
「あ、お手伝いしますよ。といっても、お皿洗いくらいしかできませんが……」
「家事一切壊滅的だったお前が、皿洗いできるようになっただけ大したもんだろ。……そうだな、せっかくだし手伝ってもらうか。その方が早く終わって、魔王と長く遊べるしな」
「……はい、任せてください♪」
なにより、恋人と並んで作業というのはそれだけで楽しそうだ。
「……なあ、魔王」
「もぐ……なんですか?」
「……美味いか、俺の飯」
「それはもう、とっても!」
「そっか。……なら良かったよ」
障害はすべて無くなったわけではなく、努力だけでなく時間が必要なことも多くある。
それでも、俺は彼女といる道を選んで、彼女も同じ気持ちでいてくれるから。
少しずつでも良いから、前に進もう。目の前にいる、一番大事なひとといっしょに。
幸いな気持ちで胸がいっぱいになるのを感じながら、俺は懐かしい好物の味を恋人といっしょに楽しんだ。
これから先も、こんなふうに幸せな、くすぐったい時間が続きますようにと、願いながら。
やたらと元気で、緊張感のない声が部屋に響いた。
彼女が入室する前から既に気配は感じていたので、俺はお茶の準備をしながら返答する。
「おかえり、魔王」
いらっしゃいではなく、『おかえり』という言葉にはまだ少し慣れない。
魔王は上機嫌な様子でテーブルに座ると、はへー、とため息を吐いて、
「いやぁ、今日も大変でした……人界と魔界の貿易が本格化したのはいいんですけど、それはそれで結構問題起きちゃって、人界(あっち)からも魔界(こっち)からも嘆願書が……」
「おう、おつかれさん。ほれ、あったかいお茶どーぞ」
「あ、あったかいお茶どうもです。勇者さんの方はどうでした? 今日はお客さんと会うって話でしたよね」
「ああ、前に魔界チェスで優勝争いした鬼族がな。今度は妹と地元のチェス友連れてきてくれたんで、みんなで夕方までチェス大会してた。あと、せっかくだから俺の料理も振舞ってみたけど好評だったぞ」
「えー、なんですかそれすっごく楽しそう! うぅ、私も混ざりたかった……!」
「いや、魔王がいたらそれはそれでみんな緊張するだろ……」
「確かにそれはそうでしょうけど……うぅ、ゆーしゃさんの作るご飯……」
「お前にはちゃんと毎日弁当持たせてるだろ……」
「そうなんですけど、やっぱり一緒に食べられないと寂しいですし!」
「まあ……その気持ちは大いにわかるけどさ。でもほら、晩飯はいつもいっしょだろ」
ややキレ気味の魔王をなだめつつ、俺は調理を再開する。
彼女が来る時間は昨日から聞いており、それに合わせて仕込みをしているので、残すは仕上げをするのみだ。
「うぅ、良いですもん、いつか勇者さんとちゃんとデートするんですもん……そのときにいっしょにお弁当広げて食べるんです……」
「城内は自由に歩けるようになったし、友達も増えたし、お前がほぼ毎日ここに泊まれるようになってるしで、俺としては現状はだいぶ良い生活なんだけどな」
恋人になってしばらくの時間が過ぎたが、魔王の行動はめちゃくちゃ早かった。
俺、つまりは『勇者』のシステムを公表し、しかもそれを俺が被害者であると強く印象づけるような扱いでしてくれたので、人界だけでなく魔界からも同情的な意見があがったらしい。
人類撲滅思想の強い過激派の魔族たちも、新たな、それもさらに強くなる可能性のある『勇者』を産むという危険性を楽観視できず、俺を処刑しろという意見は無くなってこそいないがかなり減ったようだ。
しかも魔王はそのまま世論が俺に同情的なほうへ傾いた流れに乗って、魔界、人界どちらの民に対しても俺との恋人関係を発表した。
もちろん『人類と魔族の有効の証』という、反対派が口を挟みづらい大義名分までしっかりとつけて。
当然ながら批判も多かったし紆余曲折はかなりあった。今だって反対意見がない訳でもないし、人類と魔族はまだまだ仲良しとは言えない。
それでも、『あの』魔王がそんなことでへこたれるはずもなく。
彼女の努力の甲斐あって人界と魔界の貿易ができるようになったり、交流も少しずつ行われるようになり、人類と魔族は少しづつ歩みよっている。
そして俺の方も、魔界にいる貴重な人類として貿易担当の魔族から意見を聞かれたり、たまに噂を聞きつけた物好き魔族がチェス勝負を挑んできたり、料理を食わせてくれと言ってきたりと、魔王やメイド以外との交流が増えてきた。
メイドいわく、俺のそういう対応は魔族的には結構好感触であり、少なくとも城内で働いている魔族たちの人間に対する感情は少しずつ良い方向に向かっているらしい。
そんな感じで現在、公的に魔王の恋人兼『人界アドバイザー』となった俺は城内を監視付きであれば自由に歩き回ることが許され、魔王は俺の『元』独房に入り浸っているというわけだ。
「でも、気軽に外に出れたらもっと嬉しいじゃないですか。いいんです、こういうのは欲張りじゃないと!」
「……まあ、そう思ってくれるのは嬉しいよ。正直、俺もデートはしたいし」
むふー、と鼻息荒く、魔王は長耳をぴこぴこ動かした。
大袈裟なとも思うが、恋人に求められて嬉しくないわけもなく。
口元がほころぶのを自覚しつつ、俺は言葉を作る。
「ただ、もう少しすれば仕事中も一緒にいられるようにはなるぞ」
「へ? どういうことです?」
「最近、メイドから事務作業を教わっててな。あいつから合格が貰えれば、メイドと一緒にお前の仕事を手伝うようになる」
少し前にメイドから、「護衛という名目で勇者様にはぜひ魔王様の傍にいていただきたく、魔王様も私も捗りますので」とか言われたのでそれを受けたのだ。
正直魔王はともかくメイドの方はなにが捗るのかはまったく分からないが、メイドは間違いなく魔王と俺の味方なので、気遣いをしてくれているのは間違いない。
自己評価だが護衛として俺は魔界でも充分通用するだろうし、しかも事務仕事までできるとなれば魔王の負担軽減ができて周囲からの文句も少ないだろう。
なにより、たとえ仕事でも魔王と一緒にいられるのは嬉しいので、断る理由がなかった。
「え、じゃあもうすぐ公務中でも勇者さんといっしょにいられるようになる……ってことですか……!?」
「そういうことだな。それで俺が上手くお前の補佐ができれば、ゆくゆくは仕事って名目なら城の外にも出られるようになる、ってのがメイドの考えらしい」
「えぇぇ……メイドちゃん、私にはそういうの少しも教えてくれてないんですけど……いや、ものすごく嬉しいですけども……」
「俺から伝えるようにって頼まれたから、あいつのいつものサプライズだろ。……で、これは俺からのサプライズな」
「ふえ?」
ことん、と仕上がった料理の乗った皿を彼女の前に置く。
今日のメニューは、前々から彼女と食べる約束をしていた特別なものだ。
野菜と鶏肉を混ぜ、味付けした米に、半熟の卵をまとわせた料理。
「……オムライス。前に食べたいって言ってたろ?」
「お、おおぉ、これが……!」
「お前が貿易関係を整備してくれて、人界から米を仕入れてきてくれたからな。やっと作れるようになったってわけだ」
初めて見るオムライスに、魔王が目を輝かせる。
俺の好物で、いつか一緒に食べたいと言われていたもの。
作るのは久しぶりだが、身体はちゃんと作り方を覚えてくれていた。卵は完璧な半熟で、米の味付けもしっかりしたものができた。
湯気をたちのぼらせる会心の出来だ。自信を持って、食卓に出せる。
「ほら、あったかいうちに食べろよ。俺も食べたかったけど、なによりお前のために作ったんだから」
「……はいっ! それでは、いただきまーす♪」
両手を合わせ、満面の笑みで魔王が匙を持つ。
「はむっ、もぐ……んく……こ、これは……おいしいです!! すごく!!」
「お、そりゃ良かった」
自分の好物が恋人に気に入ってもらえるというのは、それだけで嬉しい。
何度見ても飽きない、美味い飯を食ってる時の魔王のニコニコ笑顔。これが見られないという意味では、たしかにお弁当を渡すだけというのは寂しいかもしれない。
「もぐ……勇者さんは食べないんですか?」
「ん、ああいや、食べるよ。恋人があんまりにも美味しそうに食べるもんだから、嬉しくてな」
「……だからってじっと見られるのは、さすがにちょっと恥ずかしいですよ」
そう言われても、つい見てしまうのだからしょうがない。
頬を染めてやりづらそうにする魔王の頬を、そっと撫でた。
「ふえ……」
「いや、米ついてるから。慌てて食べなくてもいいぞ」
すくいとった米を口に含むと、懐かしい好物の味がした。うん、うまい。
自分の料理の出来に納得していると、魔王は耳まで顔を赤くして、
「ふ、ふいうちはズルですよう、ゆーしゃさん……」
「ん、どうした?」
「ど、どーしたじゃなくて、い、今のは、その……いきなりそういうことされたらどきっとしちゃうでしょ!」
「……急なことに弱いのは相変わらずだな、お前」
言われるまで無意識だったが、いかにも『恋人っぽい』ことをしてしまった。
恋人になってからかなり積極的に甘えてくるようになった彼女だが、それでも突然のことには弱いらしい。
「というかこれくらいは今更だと思ったんだが……ほら、風呂とかベッドとかもういっしょだし……」
「それとこれは話が別というか、急にやられるのはさすがに照れますって……うぅ……もう、もうっ」
魔王は湯気が出そうなくらい真っ赤に染った顔を両手でおさえている。なんか頑張って冷却を試みているのだろう。
怒っているのではなく照れているという感じなので、特に問題は無さそうだ。
そう結論づけて席に戻ろうとしたとき、服の端をくいっと引っ張られた。
「ん、なんだ、まお……っ!?」
触れたのは、ほんの一瞬。
頬に柔らかな感触がして、すぐに離れていく。
突然のことに呆然とする俺の前で、魔王は顔を真っ赤にしたままで、
「……ほら、勇者さんもふいうちは恥ずかしいでしょ」
「お、おう……そうだな……確かにこれは恥ずかしい……」
「こ、これでおあいこですからっ。ほら、勇者さんも自分の分ちゃんと食べてくださいね」
「……わかったよ」
なんの勝負なんだコレ、と思ったが、口に出すとお互いにまた照れの沼にハマりそうなのでやめておいた。
頬に残る魔王の唇の感触に気恥ずかしさを覚えつつ、俺は改めて席に座る。
少しだけ冷えたオムライスに匙を入れて一口含むと、先ほどよりも強く懐かしい味が脳を刺激した。
「……うん、我ながら美味い。米はいっぱいあるし、今度はピラフとか炒飯もありだな……」
「え、ほかにもお米の料理ってあるんですか?」
「ああ。こうやって米そのものを料理するのもあるし、パンみたいな感じでおかずと合わせたり、なんか具を入れたりするのも美味いぞ。……気になるよな?」
「……食べてみたいです」
「だろ。米はやり方次第で冷めても充分に美味いから、とりあえず明日の弁当も楽しみにしとけ」
「……はいっ♪」
さしあたって、焼いた魚をほぐしておにぎりにするか、或いは肉を潰してそぼろご飯にでもするか。
どちらでも喜んでくれそうなので、他のおかずをどうするかで決めるとしよう。
「ま、ゆっくり食べてくれ。そのあとは……そうだな、弁当の仕込みが終わったらボードゲームでもして遊ぶか? この間持ってきてくれた新しいやつ、まだ開けてないし」
「いえ、あれは人数いた方が面白そうなのでどうせならメイドちゃんとか勇者さんのお友達がいるときにやりたいですね、なので今日は魔界チェスでどうでしょう。……私だけ勇者さんと打ってないのちょっと寂しいですし」
「妙な嫉妬を……いやまあ、良いけどさ。んじゃ、明日の弁当の準備終わるまで待っててくれよ」
「あ、お手伝いしますよ。といっても、お皿洗いくらいしかできませんが……」
「家事一切壊滅的だったお前が、皿洗いできるようになっただけ大したもんだろ。……そうだな、せっかくだし手伝ってもらうか。その方が早く終わって、魔王と長く遊べるしな」
「……はい、任せてください♪」
なにより、恋人と並んで作業というのはそれだけで楽しそうだ。
「……なあ、魔王」
「もぐ……なんですか?」
「……美味いか、俺の飯」
「それはもう、とっても!」
「そっか。……なら良かったよ」
障害はすべて無くなったわけではなく、努力だけでなく時間が必要なことも多くある。
それでも、俺は彼女といる道を選んで、彼女も同じ気持ちでいてくれるから。
少しずつでも良いから、前に進もう。目の前にいる、一番大事なひとといっしょに。
幸いな気持ちで胸がいっぱいになるのを感じながら、俺は懐かしい好物の味を恋人といっしょに楽しんだ。
これから先も、こんなふうに幸せな、くすぐったい時間が続きますようにと、願いながら。