「おいこれ本当に大丈夫なんだろうな!?」
「メイドちゃんこれ本当に大丈夫なんですか?」
「おやおや、ふたりとも同じ反応とは仲良しですね?」
「そりゃこういう反応になるだろ!!」
「そりゃこういう反応になるでしょ!?」

 ふたり分の声を、メイドは鼻唄をこぼして無視し、カップに茶を注いだ。
 メイドが俺の部屋を訪れて数日後、いつも通りに魔王がやってきてふたりで飯を喰っていた。
 そこにメイドが急に現れたのだ。しかも、やたらと仰々しい鎧一式を持って。
 魔王も俺もまったく予期していなかったメイドの登場で驚いている間に、俺は鎧を着せられていた。

「急に説明もなしにこんなもん着せて……なんか妙ないわくがあるもんじゃないだろうな、この真っ黒い鎧」
「問題ありません、ただのお出かけ着ですよ」
「おでかけ、ぎ……? えっと、メイドちゃん、どういう意味ですか? というかふたりともいつの間に知り合ってたんですか?」
「知り合ったのはつい先日です。お出かけ着というのは、言葉通り、それをきて勇者様に外に出てもらおうかと」
「「ええぇぇぇ!?」」
「あら、また同じ反応」

 あまりにも急な展開に驚いたが、魔王もまったくの初耳だったようで俺と同じように大声をあげていた。
 楽しそうにくつくつと笑うメイドに、魔王は慌てた様子で詰め寄って、

「な、何言ってるんですかメイドちゃん、そんなことしたら大変なことになるでしょう!?」
「ご心配なく、その鎧には私の使える魔法の中でも特別に強力な『認識阻害』の魔法を付与しておりますので」
「たしかに、見たところいろいろと魔法がかかってますけど……そういうのが利かない魔族もいるでしょう!?」
「こちらの兜は口以外をすべて覆いますので外されない限りは分からないでしょう。多少人間臭い程度なら、香水などでいくらでも誤魔化しができますから鼻のいい種族がいても問題ないかと」
「正体が見た目でバレないとして、言語とかどうするんだよ……」
「鎧の胸元に、魔石が埋まっています。それが魔王様が開発を指示していた翻訳魔法が込められた魔石になっていますので外での会話は問題ありません」
「え、あれ完成してたんですか!?」

 確かに、言われてみれば着せられた鎧の胸には赤色の宝石が埋め込まれている。

「申し訳ありません、魔王様。ちょっとしたサプライズがしたくなりまして」
「ちょっとどころか大きなサプライズですけど!?」
「というかこの真っ黒い鎧、なんで俺の体にぴったり合うんだ……」
「先日お話に来させていただいたときに、だいたいの体型は分かりましたので」

 仕事が早いにも程があるだろ。
 驚きつつも俺は、先日メイドが『俺と魔王が仲良くなる機会を設ける』と言っていたことを思い出した。
 目があったメイドは、こちらに軽くウインクしてから魔王に向き直るとクールに微笑して、

「実は私も勇者様と手合わせがしたくなりまして、一度早朝に魔界チェスのお相手をしていただいたのです」
「あ……そうだったんですね」
「はい。そのときに勇者様から他の方と打ってみたいと聞きましたので、私の方で準備をさせていただきました」
「なるほど、そういうことでしたか。もう、それならそうと言ってくれればいいのに」

 すまし顔で、メイドは流れるようにすらすらと出鱈目を並べて魔王を納得させた。確かにチェスは打ったが、それ以外は全部嘘じゃねーか。
 魔王を見るとニコニコとしていて、すっかり騙されている様子だ。大丈夫かこの魔界の女王。

「はい。そして本日、城下町の方で魔界チェスの大会がありますので、勇者様に参加していただこうかと」
「ううーん……確かにその鎧にはちゃんと魔法がかかってますし、翻訳魔法も機能しているみたいですね」
「いや、それでもやっぱりちょっと危なくないか? 正体がバレたら大ごとだぞ……」

 名目として、俺は捕虜なのだ。
 とてもそうとは思えないような破格の待遇を受けている身ではあるが、それは魔王が用意してくれた独房の中での話。
 一歩でも外に出れば、俺の扱いが魔界にとっての敵であることに変わりはない。
 
「そういうことなら、私が勇者さんと一緒に行きます」  
「魔王!?」
「むしろ私が一緒に行くべきでしょう。そうすれば、不測の事態があっても対応できますから」
「そうですね。ふたりともお忍びで行って、危なくなったら魔王様を矢面に立たせれば周囲の目も魔王様に向くので、勇者様が怪しいと感じられることもなくなるでしょうから」

 手放しで肯定してくるあたり、メイドはここまで読んでいたのだろう。
 魔王は既にその気になっているようで、注がれたカップの中身を飲み干して立ち上がっている。

「ええと……いいのか、魔王」
「はい、もちろんです。元々、勇者さんにはいずれ外の景色を見せてあげたいと思っていましたから。ちょっとびっくりしましたが、いずれくる機会が今だったというだけのことですよ」

 魔王はにっこりと笑って、大きく頷いた。

「……俺は」

 本当にいいのか、という気持ちと、魔王と外出ができる、という欲が自分の中でぶつかる。
 実際、知れてしまえば大きな事件になるのは間違いない。なにかあれば対応する、と言っていても、なにもないのが一番なのだから。

「大丈夫ですよ」
「っ……」

 揺れる気持ちを捕まえるように、手が握られる。
 心音が跳ねて、思考が消えてしまう。それがいいことなのか、悪いことなのかも、わからなくなる。

「大丈夫ですから、行きましょう?」
「……ああ」

 引かれる手はどこまでも優しくて、解きがたい。
 気がつけば俺は、素直に頷いてしまっていた。