「……ふーむ」

 手のひらに乗せた葉っぱの香りを、吟味する。
 魔王城に届くお茶っ葉は最高級で、どれも質がいいものばかり。
 その中でも特に『良い』ものを見るのが、今日の私の仕事だ。

「今年の茶葉は、かなり出来が良いですね」

 例年より香りが深く、淹れなくとも味が良いのだとわかるほど。
 魔界の環境は過酷なので、良いお茶を作るのも相当な苦労だ。
 茶葉園を管理している魔族たちに感謝しつつ、私はお茶っ葉を袋に戻して、

「今年は例年より寒くなりそうですし、温かいお茶の需要は城内でもかなりあるでしょうから、多めの仕入れでお願いしますね」
「畏まりました、魔王様」

 うやうやしくお辞儀をしつつ、メイドちゃんがメモ帳にペンを走らせる。
 現在、場所は私の寝室。いつもならもう寝るだけになった時間に、私はお茶っ葉を吟味する作業をしていた。
 テーブルに並んだいくつかの紙袋を眺めて、私は吐息する。

「こういう仕事は、なにも腹芸とかないので気楽で良いですね」
「もう夜も遅めですからできれば休んでいただきたいのですが……申し訳ありません」
「いえいえ、お茶は私が一番詳しいですし、なにより好きですからね。半分趣味で半分仕事って感じなので、全然疲れたりしませんよ」

 およそ家事のほとんどができない私だけど、お茶に関してはメイドちゃんよりも詳しい。
 淹れるのも、味や香りを確かめて善し悪しをみるのも、魔界では一番できる自信がある。
 メイドちゃんもそれを理解しているから、お茶の吟味は私の役目になっているのだ。

「従者として、悔しい限りですが……本当にお茶に関しては、魔王様には敵いません」
「ふっふっふ、これだけはメイドちゃんに勝てますからね。他はもう掃除とか洗濯とかぜんぶメイドちゃんの方が得意ですけど!」
「……魔王様には魔王様の良いところがたくさんありますよ」
「それ、フォローっぽいですけど私の家事力が壊滅的なことは否定してませんよね?」
「……魔王様は洗濯物をたためば前衛芸術を生み出し、料理をすれば錬金術になり、掃除をするとなにかが破損しますからね」
「……なにも否定できないのでフォローなくて良いです」

 あまりにも正論で自分でも、すん、となってしまった。

 とはいえ、実際メイドちゃんが言うとおりなのだ。
 私の家事技能は壊滅的で、手伝うどころか状況を悪化させてしまう。
 結局、メイドちゃんに身の回りの世話をしてもらっているし、勇者さんの部屋でも彼に食事の用意を任せきりという状態だ。

「とりあえず、これと、これと、これが出来が良いので多めに仕入れてくださいね。いくらかは私と勇者さんのお部屋に置きたいので、小分けのものも用意してください」
「はい。明日の朝一番で、発注いたします」
「お願いしますね、メイドちゃん」

 仕事の早い従者に満足しつつ、私は軽く伸びをする。
 軽く欠伸もこぼれて、良い時間と疲労感を自覚した。

「お疲れ様です、魔王様」
「今のはお茶の吟味で疲れたんじゃなくて、日中のもろもろですけどね……」
「本日は来客が多かったですからね、気疲れはかなりあったでしょうから」
「あはは……まあ、みんないろいろ私に言いたいことがあるみたいですから」

 最高権力者が国を回しているという性質上、私への直談判はかなり多い。
 もちろんそれは苦情のようなものばかりではなく、吉報も多いのだけど、女王として振る舞ってばかりいるのも疲れてしまうのも本当で。

「メイドちゃんや勇者さんといると、ついつい気が抜けてしまうんですよね……この間も、勇者さんのお部屋でお昼寝しちゃったりとか……うう、寝顔、変じゃなかったかな……」

 思い出して、顔が赤くなってしまった。
 先日、少し強引に言われたとはいえ、勇者さんの前でお昼寝をしてしまったのだ。
 あの日は彼の気配と、お部屋の安心する匂いのお陰で、少しだけのつもりがつい、ぐっすりと眠ってしまった。
 起きたらかなり遅い時間だったけど、勇者さんは文句のひとつも言わずに、あたたかなご飯を作ってくれて。

「…………」
「魔王様、だいぶトリップしていらっしゃいますが」
「はっ、だ、大丈夫です、なんでもありません! 寝起きに勇者さんにニコってされてドキドキしちゃったりとかぜんぜんしてません!!」
「……主人が恋愛雑魚過ぎてカワイイ」
「メイドちゃんのカワイイのツボはどうなってるんですか……!?」

 四千五百年仕えてくれているのはとても有り難いのだけど、相変わらずこの子のツボがまったく分からない。
 メイドちゃんは、こほん、とわざとらしく咳払いをしてから、

「ところで魔王様、お茶っ葉以外の私物で必要なものはありますでしょうか」
「今、微妙に誤魔化そうとしていませんか……?」

 ジト目をすると、相手はなんのことやら、という感じでニコニコ。くう、可愛くて怒れない。
 既に誤魔化されている雰囲気なので、私は諦めて溜め息を吐いた。

「そうですね……あ、そろそろ魔界人生ゲームの新作が出るじゃないですか。発売日には届くようにしておいて欲しいです」
「次はたしか、農業編でしたね。畏まりました」
「えへへ……勇者さんと遊ぶのが楽しみです」
「……本当に、魔王様は勇者様に心を許していらっしゃいますね」
「う……だって、す、好き、ですし……」

 言葉にするたびに、自分の胸の中にはっきりとあたたかな気持ちを感じる。
 好き、と口に出すことは恥ずかしいけれど、この胸のくすぐったさは、嫌ではないと思ってしまう。

「……気持ちが、伝わってほしいとか、ほしくないとか、そういうの以前に……あの人と、勇者さんと一緒にいると……すごく、あったかいんです」
「……そうですか」
「なんていうか、くすぐったくて、むずがゆいような感じなのに……嫌じゃなくて、安心と、落ち着かない感じがいっしょにあって……」
 
 詳しく言葉にするのは、まだ難しい。
 だけど、何度彼のことを考えても、最終的に思うことはたったひとつだ。

「……好きなんだなって、思います。毎日、いつだって、なにかの拍子に勇者さんのことを考えて、そわそわしちゃうくらいですから」

 今だって、できるなら今すぐにでも会いに行きたい。
 我が儘だと分かっているけれど、彼の顔が見たい。声が聞きたい。触れて欲しい。
 考えるだけでくすぐったい気持ちの扱いは、困ってしまうけれど、決して嫌じゃなくて。

「それで……気がつくと、顔がふにゃってしてしまうんです」
「…………」
「あの、メイドちゃん? 今けっこう恥ずかしいこと言った自覚があるので、なにか反応してくださいよう……」
「はっ、すみません、魔王様の反応が可愛すぎて言葉を失っていました」
「う、か、かわいくないですよう……」
「いえいえ、とても可愛らしく……なにより、嬉しかったものですから」
「嬉しい、ですか……?」

 予想外の言葉に首を傾げると、メイドちゃんは頭のフリルを揺らしながら、深く頷いた。

「ええ、嬉しいですとも。主人がようやく、ご自分のことでそういう顔をなさるようになったのですから」
「……今の私、そんなに浮かれて見えますか?」
「浮かれている、というよりは、生き生きしているという感じです。ええ、とても良いお顔をなされていますよ」
「そう、ですか……? よく分からないですけど……いい、のかな……?」
「悪いはずがございません。魔王様のはじめての気持ち、この私が全力で応援させていただきます」
「……ありがとうございます、メイドちゃん」

 間違いなく味方でいてくれる相手がいることに、安心しつつ。
 私は眠るまでの少しの時間を、信頼できる従者と過ごすのだった。