「…………」
「……その、楽しいか?」
「はい、とっても! あ、ちゃんと文面は見てませんよ、勇者さんの顔しか見てません!」
「それはそれでやりづれえな……いや、良いけどな、待たせてるの俺だし……」
気恥ずかしそうに、勇者さんはペンを持った方の手で頬を掻く。
今、勇者さんはお母さんに向けた手紙を書いているようだ。
すでに人類語は読めるのでその気になればなにを書いているのかわかるのだけど、勇者さんを相手に失礼なことをしたくないので、私は彼の顔を見るだけにとどめている。
……むしろこの方が楽しいですし!
勇者さんが文面を考えるのに難しい顔をしたり、たまにこっちをチラッと見ては照れたりするのを見て、私はテンションを上げていた。
「……お前本当に変なやつだな、俺のことなんてじっと見てもなにもないぞ」
「えー、そんなことありませんよ、楽しいです」
「……そうかよ」
ぶっきらぼうな言葉だけど、辞めろとは言わないので私はニコニコ。
勇者さんはやりづらそうにしながらも、しばらくの時間をかけてお母さんへの手紙を書き終えて、
「ふー、終わった終わった」
「お疲れ様です、勇者さん。それでは、お手紙はお預かりしますね」
「お、いいのか?」
「ええ。ちょうど来てるわけですし、私が直に担当に持って行きますよ」
前回相当怒ったこともあって、勇者さんの手紙はもう間違いなく勇者さんのお母さんに届いているので、その心配はもうない。
ただ、私が持っていくならその方が話が早いので、今回はそうさせてもらおうというだけだ。
「相変わらず、勇者さんは筆まめですね」
「ま、もう返事もかえってくることだしな」
「良いことです。お母さんとお話しすることは大事ですからね。大事なご家族ですから」
「……お前、本当に俺より正論言うの得意だよな」
「ふつうのことを言ってるだけですよ?」
「そうなんだけど、なんか納得いかない感じがするんだよな……」
えー、なんでですかー。
勇者さんは微妙な顔をしつつも文句までは言わず、椅子に深く座った。
少し温度の下がったお茶を飲んで、私は吐息する。
「はー。お茶が美味しいですね」
「これ美味しいな、今まで支給されてなかった味だ」
「今年の新茶ですからね。今年は出来がよくて、城の方でもかなり好評ですよ」
「ほー……」
感心したような声をこぼしつつ、勇者さんの方もお茶を飲む。
ご飯の時間まではまだあるので、魔界人生ゲームでも出そうかな。そんなことを思っていると、勇者さんの方がこちらに向けて、
「しかしお前、大抵の人類語は分かるよな」
「ええ、勉強しましたからね」
人類語の履修は、私にとって必要なことだった。
徹底的に戦うにしても相手の言葉が理解できた方が得だし、融和するならなおのこと必要だった。
元々、一国の主としても別の世界の技術体系や歴史なんかに興味もあったので、そういう趣味的な意味でも、人類語を覚えるのはまったく苦ではなかったのだ。
「喋るだけなら数時間で覚えたんだっけか」
「資料を揃えてある程度予習した上で、本当に簡単なことなら、ですけどね。手こずったところもありますよ」
「手こずったところ……たとえば?」
「うーん……そうですね……」
少しの間、勉強をしていた頃の記憶を掘り返して、私は言葉を作る。
「人類語って……なんか同じ言葉で違う意味みたいなの多くありませんか?」
「ああ……」
「個人的には、『カレイ』と『カレー』とか完全に初見殺しだと思うんですよ。なので、そのあたりはちょっと手こずりましたし、今もたまに騙されます」
「まあそう言われると……『貼る』と『張る』と『春』とか完全に同じで意味違うしな」
「多いんですよね……『秋』と『空き』と『飽き』とか……」
発音が少しずつ違っているけれど、言葉としては同じものなのに、ぜんぜん意味が変わってきてしまう。
同音異義語、と人類語では言うそうだけど、人類語初見としては結構戸惑ったのを覚えている。
「……私、魔界語を作るときにそのあたりすごーく、すごーく、すっごぉおおおおおおおく気を遣ったんですけどね……別種同士で齟齬があると大体戦争とか殺し合いですから……」
「それはちょっと昔の魔界が武闘派すぎるだけじゃないか……?」
「まあ五千年前はこの世界の住人のほとんどが蛮族でしたからね……」
統治前の魔界は荒れていて、みんな食糧や水を求めて戦い、その結果として種族間の溝はだいぶ大きかった。
そのため、ちょっとした勘違いが大きな諍いに発展するなんてことはしょっちゅうで、私はそれを少しでもなくすために、魔界語という共通言語を作ったのだ。
可聴領域さえ違うすべての種族が正しく理解できる言語を作るのは並大抵ではなく、あの苦労を思えば人類語の日常会話を覚えるくらいはそう大きな苦労ではなかったのだ。
「逆によく、これで人類の皆さんは混乱しませんね……」
「人類語は魔界との戦争が始まって人界が統一っていうか、一致団結しないといけなくなって急遽作ったものらしいから、そのあたりが雑なのかもな」
「ああ、そういう事情が……」
「まあ発音や、前後の文章のつながりでなんとなく分かるからそこまで深刻に考えてるやつはいないだろうな」
そう結論づけて、勇者さんは私の空になったカップに新しいお茶を注いでくれる。
「まあいろいろ事情はあるんでしょうが……個人的には人類の言葉は好きですよ」
「そうなのか?」
「ええ。だって……人類語を覚えているから、勇者さんとこうして楽しくお話ができるんですからね」
「……そうかよ」
「はい、そうなんです♪ というわけで……魔界人生ゲーム、しませんか?」
「ああ、飯の時間までは、まだまだあるしな」
「えへへ、やったー♪」
苦笑しながら頷いてくれた勇者さんの前に、私はいつも通り、玩具を置くのだった。
言葉が通じるからこそ、楽しく会話して遊べることに、感謝しながら。
「ところでこれはこの間出たばかりの新作なんですよ。実はまだ私も箱を開けてません」
「マジ? じゃあ今回のローカルルールから確認しないとな……」
「こういうときのドキドキって、人類も魔族も共通ですよねぇ……」
「……その、楽しいか?」
「はい、とっても! あ、ちゃんと文面は見てませんよ、勇者さんの顔しか見てません!」
「それはそれでやりづれえな……いや、良いけどな、待たせてるの俺だし……」
気恥ずかしそうに、勇者さんはペンを持った方の手で頬を掻く。
今、勇者さんはお母さんに向けた手紙を書いているようだ。
すでに人類語は読めるのでその気になればなにを書いているのかわかるのだけど、勇者さんを相手に失礼なことをしたくないので、私は彼の顔を見るだけにとどめている。
……むしろこの方が楽しいですし!
勇者さんが文面を考えるのに難しい顔をしたり、たまにこっちをチラッと見ては照れたりするのを見て、私はテンションを上げていた。
「……お前本当に変なやつだな、俺のことなんてじっと見てもなにもないぞ」
「えー、そんなことありませんよ、楽しいです」
「……そうかよ」
ぶっきらぼうな言葉だけど、辞めろとは言わないので私はニコニコ。
勇者さんはやりづらそうにしながらも、しばらくの時間をかけてお母さんへの手紙を書き終えて、
「ふー、終わった終わった」
「お疲れ様です、勇者さん。それでは、お手紙はお預かりしますね」
「お、いいのか?」
「ええ。ちょうど来てるわけですし、私が直に担当に持って行きますよ」
前回相当怒ったこともあって、勇者さんの手紙はもう間違いなく勇者さんのお母さんに届いているので、その心配はもうない。
ただ、私が持っていくならその方が話が早いので、今回はそうさせてもらおうというだけだ。
「相変わらず、勇者さんは筆まめですね」
「ま、もう返事もかえってくることだしな」
「良いことです。お母さんとお話しすることは大事ですからね。大事なご家族ですから」
「……お前、本当に俺より正論言うの得意だよな」
「ふつうのことを言ってるだけですよ?」
「そうなんだけど、なんか納得いかない感じがするんだよな……」
えー、なんでですかー。
勇者さんは微妙な顔をしつつも文句までは言わず、椅子に深く座った。
少し温度の下がったお茶を飲んで、私は吐息する。
「はー。お茶が美味しいですね」
「これ美味しいな、今まで支給されてなかった味だ」
「今年の新茶ですからね。今年は出来がよくて、城の方でもかなり好評ですよ」
「ほー……」
感心したような声をこぼしつつ、勇者さんの方もお茶を飲む。
ご飯の時間まではまだあるので、魔界人生ゲームでも出そうかな。そんなことを思っていると、勇者さんの方がこちらに向けて、
「しかしお前、大抵の人類語は分かるよな」
「ええ、勉強しましたからね」
人類語の履修は、私にとって必要なことだった。
徹底的に戦うにしても相手の言葉が理解できた方が得だし、融和するならなおのこと必要だった。
元々、一国の主としても別の世界の技術体系や歴史なんかに興味もあったので、そういう趣味的な意味でも、人類語を覚えるのはまったく苦ではなかったのだ。
「喋るだけなら数時間で覚えたんだっけか」
「資料を揃えてある程度予習した上で、本当に簡単なことなら、ですけどね。手こずったところもありますよ」
「手こずったところ……たとえば?」
「うーん……そうですね……」
少しの間、勉強をしていた頃の記憶を掘り返して、私は言葉を作る。
「人類語って……なんか同じ言葉で違う意味みたいなの多くありませんか?」
「ああ……」
「個人的には、『カレイ』と『カレー』とか完全に初見殺しだと思うんですよ。なので、そのあたりはちょっと手こずりましたし、今もたまに騙されます」
「まあそう言われると……『貼る』と『張る』と『春』とか完全に同じで意味違うしな」
「多いんですよね……『秋』と『空き』と『飽き』とか……」
発音が少しずつ違っているけれど、言葉としては同じものなのに、ぜんぜん意味が変わってきてしまう。
同音異義語、と人類語では言うそうだけど、人類語初見としては結構戸惑ったのを覚えている。
「……私、魔界語を作るときにそのあたりすごーく、すごーく、すっごぉおおおおおおおく気を遣ったんですけどね……別種同士で齟齬があると大体戦争とか殺し合いですから……」
「それはちょっと昔の魔界が武闘派すぎるだけじゃないか……?」
「まあ五千年前はこの世界の住人のほとんどが蛮族でしたからね……」
統治前の魔界は荒れていて、みんな食糧や水を求めて戦い、その結果として種族間の溝はだいぶ大きかった。
そのため、ちょっとした勘違いが大きな諍いに発展するなんてことはしょっちゅうで、私はそれを少しでもなくすために、魔界語という共通言語を作ったのだ。
可聴領域さえ違うすべての種族が正しく理解できる言語を作るのは並大抵ではなく、あの苦労を思えば人類語の日常会話を覚えるくらいはそう大きな苦労ではなかったのだ。
「逆によく、これで人類の皆さんは混乱しませんね……」
「人類語は魔界との戦争が始まって人界が統一っていうか、一致団結しないといけなくなって急遽作ったものらしいから、そのあたりが雑なのかもな」
「ああ、そういう事情が……」
「まあ発音や、前後の文章のつながりでなんとなく分かるからそこまで深刻に考えてるやつはいないだろうな」
そう結論づけて、勇者さんは私の空になったカップに新しいお茶を注いでくれる。
「まあいろいろ事情はあるんでしょうが……個人的には人類の言葉は好きですよ」
「そうなのか?」
「ええ。だって……人類語を覚えているから、勇者さんとこうして楽しくお話ができるんですからね」
「……そうかよ」
「はい、そうなんです♪ というわけで……魔界人生ゲーム、しませんか?」
「ああ、飯の時間までは、まだまだあるしな」
「えへへ、やったー♪」
苦笑しながら頷いてくれた勇者さんの前に、私はいつも通り、玩具を置くのだった。
言葉が通じるからこそ、楽しく会話して遊べることに、感謝しながら。
「ところでこれはこの間出たばかりの新作なんですよ。実はまだ私も箱を開けてません」
「マジ? じゃあ今回のローカルルールから確認しないとな……」
「こういうときのドキドキって、人類も魔族も共通ですよねぇ……」