「……勇者さん、本当に多趣味というか、独房生活をエンジョイしてますよね」

 食後に洗い物を済ませて戻ってくると、魔王がお茶を啜りながらそんなことを言った。
 
「ん、まあそうだな。正直、退屈はしてないぞ」

 筋トレ、料理、掃除、ひとり魔界チェス。
 魔王の取り計らいである程度は人界の書物も手に入るので、最近は読書なんかも捗っている。特に、レシピ本なんかを見るのは楽しい。
 ましてかなりの頻度で、魔王という遊び相手がやってくるのだから、退屈はまったくないというのが正直なところだ。

「まあ、本当ならここまで自由な捕虜はいないだろうから、だいぶ恵まれた環境なんだけどな」
「私としては、もっと自由にさせてあげたいんですけどね。城下町とか、ゆっくり見て回ったりしてほしいですし……」
「それはそれで興味があるけど、さすがにそこまでは難しいだろ」
「うう、面目ないです……」

 魔王はしょんぼりと耳を垂らしてしまうが、別に俺としてはそこまで落ち込まなくても良いことだと思う。俺本人が、まったく気にしていないのだから。

 ……外に出られたとしても、アウェーだしなあ。

 外出が許されたとして、仇敵が自分の国の首都を歩き回っていて良い顔をするやつはいないだろう。最悪、殺しにかかられてもおかしくはない。
 魔王が言うような観光をするとしても、正体を隠してようやくという感じだろうから、気疲れしそうだ。
 いろんな意味で、俺は独房(ここ)にいるくらいがちょうどいいのだ。

「まあ、本人が気にしてないんだから気にすんなよ。別に退屈はしてないし、お前も来てくれるしな」
「っ……そ、そうですか? わ、私が来て、嬉しいですか?」
「そりゃ当たり前だろ。じゃなきゃ、もっと邪険にしてる。……正直、お前が来てくれると楽しいよ」

 自分でも驚くほどあっさりと、楽しいという言葉を口にすることが出来た。
 かつてであれば、きっと出なかっただろう言葉。それを今、俺は素直に受け入れている。

 ……本当に、楽しいんだよな。

 一緒に飯を食って、いろんなことを話して、時には玩具で遊んで。
 かつて敵だったことや、彼女や彼女の部下が多くの同胞の命を奪ったと知っていても、楽しいと思ってしまう。
 誰かと仲良くなって、ゆるやかな時間を過ごすなんて、今までなかったから。

「……えへへ」

 なにより、そんなふにゃふにゃの緩みきった笑顔で嬉しそうにされたら。
 今更、コイツを嫌うなんてこと、できるわけがない。

「えへへへへぇ……ゆーしゃさんに一緒にいて楽しいって言われちゃいました……♪」
「……そこまで喜ばれると、言ったこっちが照れるんだが」
「良いじゃないですか、言われた方はすっごく嬉しいですよ!」
「っ……そ、そうか」
「はい!」

 満面の笑みで、魔王は耳をぴこぴこ動かしながら上機嫌でお茶を飲んでいる。
 かなりの気恥ずかしさを感じるが、魔王といて楽しいと思っているのは本当なので、俺は結局なにも言い訳はしないことにした。
 部屋の隅からチェス盤を持ってくると、特に申し合わせたわけでもないのに、魔王は自分のコマを並べ始める。
 無言のままで勝負が始まり、暫くの間、コマを動かす音だけが部屋に響く。

「……チェックメイト」
「うぐー、負けました……」
「だいぶ上手くなったな、練習してるのか?」
「ええ、まあ……そろそろ魔界では敵がいませんね。といっても、勇者さん相手だと相変わらずなんですけど」
「……つまり俺、今一番魔界で魔界チェス上手いのか?」
「ええ、たぶん……メイドちゃんもびっくりしてましたね……」
「……機会があったら、人間の方のチェスもちょっとやってみるかなぁ」
「人界の遊び道具を入手するというのは前々から考えているので、近々こっちに持ってこれるかもしれませんね」
「マジ? 楽しみにしておくわ」

 言いながらも、コマを初期位置に戻してもう一戦が始まる。
 今度は無言ではなく、雑談をしながらで、

「というかお前の方は、笛以外の趣味ってあるのか?」
「んー……そうですねえ。お茶淹れるのは得意ですよ。メイドちゃんも認めてくれているくらいですから」
「お前、料理できないのに茶は淹れられるんだな……」
「い、良いじゃないですか、料理できないのは……というかその反応笛のときにもしましたよね!?」
「いやそうなんだが……なんだろうなこの納得のいかない感じは……」
「むうぅ、まあいいですけど……あとはそうですね、玩具集めですかね」
「玩具集め……?」

 首を傾げながら打つと、相手は頷きつつノータイムで言葉と手を返してくる。
 
「ええ、ハニワとかもそうなんですが、基本的に面白いモノを集めるのは好きなんですよね。統治する前に魔界をあちこち回ってたときは、珍しい鉱石とか、いろんな特産品を収集してましたよ」
「ふーん……じゃあもしかして魔界人生ゲームとか魔界チェスは俺のために用意したわけじゃなくて、元からお前の持ち物なのか?」
「ええ、むしろ私が一緒に遊びたくて持ってきたまでありますね。ここまで勇者さんが魔界チェス強くなるとは思いませんでしたけど」
「……メイドちゃんとやらは相手になってくれなかったのか?」
「うーん、頼めば相手してはくれると思いますが……メイドちゃん自体はあんまり興味ないみたいなんですよね。だから、付き合わせるのも悪いかなと……」
「なるほどな……ほい、チェックメイト」
「うぐ……またですかあ……参りました」

 二戦が終わってキリがいいのでお茶を飲むと、相手も同じようにした。
 お互いのカップが空になったので追加のお茶を注いでやると、その間に魔王は机の上にあるものをチェスから人生ゲームの盤に変えていた。

「まあ魔界チェスの方はメイドちゃん、貴族の遊びとしてたしなむ程度は出来た方が良いと思って覚えたらしいんですけどね……それで大会優勝までいけるあたり、メイドちゃんも賢い……かわいい上に賢いなんて……メイドちゃんはやっぱり最高の従者ですね……」
「お前、そのメイドちゃんってやつはかなり信頼してるよな……」

 従者自慢を聞きつつ、俺は自分の分のコマを用意して、ルーレットを回す。出目は2だった。弱い。
 魔王の方も盤を回し、コマを動かす。初手から大きい目を出すあたり、相変わらず運ゲーは俺に不利だ。

「四千五百年以上も私に仕えてくれていますからね。メイドちゃんに関しては、なにがあっても私を裏切ることはないと断言できます。……最近はちょっと、茶化してはきますけど」
「茶化す? なにを?」
「っ……いえ、なんでもないです、忘れてください。あ、ほら、今回は妖狐に就職ですよ!」
 

 失言をした、という様子で、魔王はわたわたと話題を変える。
 気にはなったものの、魔王があまり言いたくないなら、俺はあまり詮索はしないでおくことにした。
 メイドちゃんとやらとは仲が良いらしいので、軽口をたたき合えるということだろう。

「妖狐も結構強いよな、魔界人生ゲーム」
「ルーレット回して出た目の数だけどうこうって効果が多いですが、その分爆発力はありますからね。……あ、勇者さん今回はスライムですね」
「ああ、スライムは事故マスが無効で、弱くはないんだよな……よし、まだ今日は運が良いぞ」
「子供じゃなくて分裂って概念になるのも面白いですよねー。フレーバー的な意味合いが強いですけど、こだわり感じます」

 楽しそうに笑いながらルーレットを回す魔王を眺めつつ。
 今日も俺は、退屈せずに過ごすのだった。