「こうやって寛いでおいてアレなんだが……お前、本当に俺になにもしなくていいのか?」
「はい?」

 食後のお茶を楽しんでいると、勇者さんがやや神妙な顔でこちらに言葉を投げかけてきた。
 意味が分からずに首を傾げていると、勇者さんは溜め息を吐いて、

「いや、だからさ。俺は勇者で、お前は魔王で、ここは一応独房だろ? こう……なんかないのか、人界の情報を引き出すのに尋問するとか、拷問にかけて過去の行いを反省させるとか」
「……勇者さん、いつからドMになったんですか? どちらかというとドSだと思ってたのに……」
「どちらかにすんな、どっちでもねえよ。いやな、そういうのしとかないと、こう……対外的なアレとか、大丈夫かなって」
「あら、私の立場を心配してくれてるんですか?」
「……お前がうっかり立場追われたら、俺も困るからな」

 確かに、私を魔王の座から追い出すとしたら、その相手は私とは全く違った考え方を持つことになる。
 もしも勇者さんが言うようなことになれば、おそらく勇者さんは即刻処刑され、人類の扱いもひどいものになるだろう。良くて奴隷、悪くて絶滅だ。

「ふふん、心配しなくても私は魔界最強の魔王ですよ。常時発動型の防御魔法がほとんどの攻撃を弾き、呪いや毒もオートで反射するこの魔王ボディ、並大抵の刺客や暗殺ではこの自慢のお耳に傷すらつきません」
「物理排除限定の強さじゃねえか……なんか政治的に立場悪くなったりしたらどうするんだよ」
「……正直、私以外に『政治』の概念をちゃんと理解してる魔族ってほとんどいないんですよ。そして理解した魔族はだいたい私に賛同しますから、立場を悪くされて退位することはまずないかと」
「うーん、魔界の政治がどういう仕組みで動いてるのかはしらねえけど、そういうもんなのか?」
「ええ。……こう、言い方は悪いかも知れませんが、元は蛮族ですからね、この世界の住人。それで、その中でもある程度の知能、知性を供えて政治や人の管理を理解してくると、分かってしまうんですよ」
「……お前の優秀さが?」
「いえ、こんなめんどくさい治世なんて事業、私(まおう)にやらせる方が絶対良いなってことに」
「ええ……そういう理由かよ……」
「実際、治世をするのは大変ですから。人、土地、モノ、すべてを管理し、自分以外もふくめて生活を安定させる……正直、他人から奪って満たされる方が、生き方としては楽でしょう。……その力があるなら、ですが」
「……まあ、な」

 思いあたるところはあるらしく、勇者さんは頭を掻きながら同意してくれる。

「その上で、私をよく思っていない人はだいたいが殺したがり、奪いたがりという感じで、私を倒して王に成り代わったあとのことを深く考えていません。そういうおばか……こほん。思慮が薄い相手がしてくる政治的な妨害なんて、単純なものばかりでどうとでもできますし、実力行使で来るならむしろ真っ向から叩き潰して差し上げるだけですから」

 魔界最強というのは、冗談でもなんでもない。
 私が本気で戦えば、このあたりが焼け野原になる程度では済まない。
 私の能力値は、魔力に振り切れている。
 有り余る魔力は自動であらゆる攻撃を防ぎ、毒や呪いさえも跳ね返してしまう。
 戦闘時はその圧倒的な魔力で敵を地形ごと粉砕するか、全身を強化して『撫でる』だけで終わり。
 正面からの攻撃も、搦め手も通じず、攻撃は『災害』と同レベル。
 そんな存在と喜んで戦う相手は、よほどの戦闘狂か、死にたがりか。
 あるいは、そうしなければならないという、覚悟を持った『勇者』だけだ。

「……そういうわけで、正直私がこうして勇者さんの部屋で寛いでも、文句を言われることはあっても、直接どうこうされることは無いんですよ」
「文句は言われるんじゃねーか」
「過激派の人がどうしてもいますからねえ……特に戦時下はそういう人のお陰で回っていた部分もありましたし、なんでもかんでも排除していたのでは私もその過激派の人たちと変わらないから、扱いが難しいんですが……」

 戦争が終わったからといって武闘派の人を排除するというのもまた、王の振るまいとしては都合が良すぎる。
 結局、彼らの不満を上手く受け流しながら、魔王としての仕事を続けるしか無いというのが本音だ。

「……難しいもんだな」
「戦争でしたからね。戦えない民の中にも、当然『そういう』考え方の人は多くいます。家族を奪われ、土地を荒らされ、人を恨み……過激派が、そんな民たちの受け皿になっているのも事実です」
「……ああ、そうだろうな」
「そしてそういう人たちにいつか分かって貰えるように頑張ったり、分かって貰えなくても棲み分けたり出来るようにするのも、私の仕事ですからね」
「そういうことなら、なおのことお前に頑張って貰わないと困るんだよな」
「あはは、それはもちろんです。でも……戦争はちゃんと終わってますし、勇者さんを尋問してまで欲しい情報とか無いんですよね。だいたいのことは、向こうの元王様が話してくれていますし」
「あのジジイ、俺を売り渡したことといい、保身に熱心すぎないか……?」
「お陰で今は娘さんからだいぶ冷ややかな扱いらしいですね……なんでも王女様、家を出て行かれてしまったとかで」
「おう……あの姫さん、結構強気な人だからなあ……」
「あ……もしかして、お知り合いでした?」
「ん、何度かな。たまに城に行くと、飯いっしょに食べたりとか、そういう感じだったが」
「…………」
「魔王?」
「あ、いえ。なんでもありません」

 勇者さんが他の女の子とご飯をしているシーンを想像して、ちょっともやっとしてしまった。
 我ながら、今のはちょっと嫉妬深すぎる気がする。落ち着きましょう、私。勇者さんにヘンに思われちゃう。

「……その、お姫様、綺麗な人でしたよね。私も一度見ただけですが、凜々しい感じがして……」
「ん……そうだな、美人だとは思ったが」
「っ……ゆ、勇者さんは、その、ああいう人が好みなんですか?」
「なんだ、急に話が飛んだな? うーん……少なくとも、姫さんのことをそういう目で見たことは無いぞ」
「そ、そうですか……」

 単純なことに、その言葉でほっとしてしまっている自分がいる。
 私は動揺を悟られないように、努めて冷静な表情を作った。

「ま、まあ、そういうことなので、尋問とか拷問はしなくて大丈夫ですよ。勇者さんは安心して、私にご飯いっぱい作ってくださいね」
「うーん、捕虜が飯炊きをやるってどうなんだ……いや、お前がそれでいいって言うなら良いけどよ……」
「はい、それで良いのです♪」

 微妙な顔をする勇者さんに、私は歩み寄った。
 それで良い、という言葉は紛れもない本心だ。
 戦って、お互いに痛みを得て、血を流すよりも。
 いっしょにいて、美味しいご飯を食べて、笑い合っていられる方が幸せだから。

「戦争だとか尋問だとか……そんな血なまぐさいことよりも、勇者さんと仲良くいられる方がずっとずっと嬉しいですから」
「っ……そ、そうか……」

 照れているのか、顔を赤くして勇者さんが視線を逸らす。
 最近は、こういう反応が増えたように思う。
 私といることに慣れてくれたのかなと思うし、少しは意識してくれているんだろうかと、期待もしてしまう。
 いっそ腕に抱きついたりしてみようかなんて考えてしまうけれど、さすがにそれは恥ずかしくて。

「……これからも、美味しいご飯つくって、いっしょに遊んでくださいね?」
「……ああ、分かったよ。俺も、斬った斬られたより、その方が良いしな」

 当たり障りの無い言葉で少しだけ誤魔化して、彼の袖をそっと握る。
 こうして、私は今日も、勇者さんと楽しく過ごすのだった。