「ふはー! 時間かかりましたね!」
「そうだな。終わって昼飯のつもりが、もう晩飯くらいの時間になっちまった」

 魔界パズルは、思った以上に強敵だった。
 魔力量はふたりとも余裕だったのだが、大人数前提の都合上、ピースの数がもの凄かった。
 結果として長い時間がかかってしまったが、その間もずっと魔王と他愛のない話に興じていたため、まったく退屈はせず。
 結局俺たちは、夕刻までずっとピースの山に向き合い続け、完成に至ったのだった。

「途中でやめたらバラけてしまうから、一度はじめたら完成までは止められないのが魔界パズルの欠点なんですよね……魔力量は余裕でしたけど、ピース数のことを考えてませんでした」
「まあかなり時間食ったな。でも……出来たぞ」
「ええ。魔界パズル、『魔王城』――完成です!」

 机の上に置かれている完成品がなんなのかは、途中でなんとなく察しが付いていた。
 この独房に連れてこられたときもずっと目隠しをされていたので実物を見たことがないが、大きさや雰囲気からして、魔王の城っぽいなと思っていたのだ。

 ハニワよりはかなり大きく、しかし飾るには邪魔にならない程度の大きさのミニチュア魔王城を眺めて、俺は吐息する。

「パーツの数はすごかったが、完成品は結構小さいな」
「あまり大きいと、場所を取ると思いまして」
「そうだな。……この城、全体はこんな形なんだな。何て言うか、ちょっとゴツいし、バランス悪くねぇか。雰囲気があるって言われるとそうだけど」

 左右非対称のデザインで、木の枝のようにあっちこっちに部屋が伸びている。
 うっかり傾けるとそのまま倒れてしまいそうな、なんとも不思議なデザインの城だった。

「改築に改築を重ねてますからねぇ……実は今も少しずつ大きくなってるんですよ。あ、勇者さんが住んでるところはこの辺りですね」
「案外、中の方なんだな……お前の部屋は? 一番上か?」
「いえ、そこより少し下……そう、その辺です。勇者さんの部屋と結構近いんですよ」
「そうなのか……これが、俺が今住んでる城、か」

 なんとなく、ちょっと感慨深いものを感じてしまう。
 現役の勇者だった頃はこの城にたどり着き、魔王を倒すことを目的としていた俺が、今はその魔王城で捕虜にされて、それを模したパズルまで作っているというのは、なんとも不思議な気分だった。
 
「はい。外に出させてあげられなくても、こういう手段でなら見せてあげられるなーって思ったので」
「……そうか。そこまで考えててくれたんだな」
「勇者さんが喜ぶかどうかまでは分かりませんでしたけど……少しでも、退屈なここの生活の潤いになればなって。他のゲームも、そうですよ」

 やんわりと微笑む魔王に、俺も自然と頬が緩んでしまう。

「……お前が来てくれるだけで、充分だけどな」
「……わ」
「ん?」
「わっ、わっ……な、なに言うんですか、急に」
「なにって……あ……」

 しまった。
 達成感のせいか、完全に今、口がすべった。

「…………」
「ああ、ええっと……」

 俺が暗に、『お前が来るだけで嬉しい』と言ったことを、理解しているのだろう。魔王は顔を真っ赤にして、こちらを見上げている。
 口にしてしまった、しかも本音であることを、今更無かったことにはできない。
 だがこの空気は、ひどくこそばゆい。

「……そう、だな。その、今のは、ちょっと恥ずかしい台詞だったかもしれん」
「…………」
「……ええと、すまん。変なこと言ったな」

 なんとなく居心地が悪くなり、俺は頭を下げる。
 魔王は顔を真っ赤にしたままで、ゆるやかに首を振った。

「あ、謝らなくても、良いですよ。その……い、嫌じゃなかったですから」
「そ、そうか」
「あ、あの……お、お腹、す、すきましたね」
「お、おう。飯にするか」
「はい、是非ともそうしましょう。ずっとパズルしてて、お腹ぺこぺこですから」

 お互いの間に流れる微妙な空気から逃げるようにして、俺は厨房に立った。
 包丁を振るい、火を扱っている内に、少しずつ気持ちが落ち着いてくる。
 相変わらずなんだかよく分からない野菜を煮込んだスープに、魔界由来の小麦粉っぽいなにかで作ったパン。
 人界では見たことがない、やたらサイズの大きな白身魚を、謎の香草と一緒にオーブンで焼いたものがメインだ。
 
 並んだ食事に手を着ける頃には魔王の顔色も元通りで、俺たちはいつものように食事を楽しんだ。

「……はぁ、美味しかったです、ごちそうさまでした」
「おそまつさんっと」
「えへへ……三食ごちそうになるつもりだったのに、二食になってしまいました」
「魔王城は強敵だったな」

 自分のお腹を満足げにさすっている魔王に、俺は食後のお茶を渡してやる。
 魔王は笑顔でそれを受け取って、可愛らしく喉を鳴らした。
 
「達成感凄かったですよね、私の城。……ところで、勇者さん」
「ん、なんだ?」
「……お風呂、借りてもいいですか?」
「……お前の風呂は?」
「いえ、今日はいらないって言ってきちゃったんで。一回帰ってお風呂入って、またここに戻るっていうのが、なんだかすごく時間が勿体無いような気がしちゃって……」
「……たぶん、お前の風呂よりは狭いぞ?」

 俺が足を伸ばせるくらいには大きな風呂だが、さすがに魔王が普段使っているものよりは狭いだろう。
 そもそも、名目上は独房なのに脱衣所付きの風呂まである時点でだいぶ好待遇だと思うが。

「気にしませんよ。というより、私のお風呂は広すぎです。気を遣って造ってくれてるのは分かるんですが……ちょっと落ち着かないんですよね」
「そういうことなら良いけどよ。すこし待ってろ。沸かしてやるから」

 本人が良いというのなら、止める必要も無い。
 俺だって、長く居られるというのなら居て欲しいと思っているのだから、尚更だ。
 今度は口を滑らさないように注意して、俺はその場から立ち上がった。

「あ、お風呂入れるくらいならできますよ」
「ん? お前家事できないんだろ、風呂釜の使い方分かるのか?」
「いやいや、つまみを捻るだけなんですからさすがに分かりますって……」
「でもなんか、湯加減とか失敗しそうだしなあ、お前」
「……最悪、水に手を入れて高熱を出す魔法を使えば、あったかくなりますから。冷ますときはその逆で」
「やっぱりちょっと自信ないんじゃねえか。というかそれはちょっとパワータイプ過ぎないか……?」

 理屈は分かるのだが、逆に手間というか、疲れるんじゃないんだろうか。

「魔力が有り余ってますから……普段のお風呂でも、湯加減がイマイチのときは魔法で調節してますし」
「……まぁ、できるってんなら任せるぞ。先に入って良いから、行ってこい」
「はーい。……あ、一緒に入ります?」
「っ……な、なに言ってんだ」
「ふふっ、冗談ですよ。では、お言葉に甘えさせていただきますね」

 突然の提案に言葉を詰まらせると、魔王は笑顔のままで脱衣場へと消えた。

「……ったく」

 たちの悪い冗談に頭を掻いて、俺はテーブルの上に魔界人生ゲームとチェス盤を並べる。風呂から出たら、残った時間はこれで過ごすことになるだろうと見ての準備だ。
 遊び道具を並べ、椅子に座れば、あとは待つだけの時間が訪れる。

「……人が風呂に入ってるのを待つって、なんか落ち着かないもんだな」

 風呂場は脱衣所を挟んで、壁二枚向こう側。
 水の音も聞こえず、ただ静かに流れる時間の中で、俺はぼんやりとお茶を飲む。

「……魔王が、俺の部屋で風呂か」

 改めて考えると、凄い状況だと思う。
 独房とは言えほとんど俺の自室といっても問題ないくらいの生活スペースに、魔王がやって来て、一日中一緒に遊んで、向かい合って食事を摂り、今は風呂に入っている。
 壁を二枚隔てた先で、彼女が一糸まとわぬ姿になっているという事実を、改めて考えて――

「――って、なに想像してるんだ俺は」

 頭を振って、いらない思考を追い出した。

「いくら女っ気が無いからって、魔王に……いや、アイツはフツーに可愛いけど……」

 誰もいないのに、つい、言い訳めいた言葉を並べている自分に気づき、俺は深く溜め息を吐いた。

「……友達で、なにを想像してるんだ、俺は」

 そう、友達。
 俺とアイツは、友達だ。
 だからこうやって部屋に遊びに来たり、遅くなったから風呂に入っていったりということは、なにもおかしな事じゃない。

「……ひとり魔界チェスでもやって、気を紛らわせよう。でないと、何かがどうにかなりそうだ」

 これ以上つまらないことを考えないように、俺は思考を別のことに移すことにした。
 彼女が風呂から上がるまでの時間は、ひどくゆっくりで、どこかむず痒く感じられたのだった。