魔族に人類が敗れ、勇者の俺は捕虜となった。
そんな俺だが、扱いは捕虜にしては破格で、快適な部屋に住まわせて貰い、定期的に手紙は出せるし、面会だって出来る。
俺に面会ができるのは人類側の有力者、直接の知り合い、そして家族。そして現状、俺に会いに来てくれるのは母さんだけだ。
「ご苦労さん」
目隠しを外してくれた魔族に挨拶すると、相手は言葉は発さず、ただ頭を下げて退室した。全身を覆う鱗や尻尾からして、今のはトカゲ系の魔族だ。
視線に敵意がないことから、魔王がわざわざ人類にあまり恨みや怒りを持ってないやつをあてがってくれているのだろう。
「さてと」
なんとなく周囲を見渡してみるが、部屋の中は相変わらず殺風景だ。
テーブルのひとつもなく、ただ出入り口があるだけの四角形。
機密保持のために連れてこられるまで目隠しなので、ここが城のどのあたりなのかは、正直まったく分からない。
ほどなくして部屋のドアが開き、見知った相手が入室する。
「よ、息子」
「母さん、久しぶり」
軽い調子で手を上げるのは、俺の実の母親だった。
「相変わらず元気そうでなによりだよ」
「前も言ったけど、正直捕虜とは思えないくらい待遇良いからなあ」
「ああ、うん。魔王ちゃんにこの間聞いたけど、あんた結構甘やかされてるよね……?」
「うん、それはちょっと思う……」
改めて指摘される通り、正直言って捕虜の待遇ではない。
ただ、魔王がそうしたいといってしてくれるのだから、甘えても良いかと最近は思えるようになってきた。
「というか母さん、魔王のことをちゃん付けで呼ぶのはどうかと思うぞ、あれでも一応、国の長なんだから」
「あのね、あれとか一応とか言ってるそっちも大概よ……?」
「だってアイツ、あんまり魔王っぽくねえし……」
「そうね、だからよ。あの子、魔王様とか魔王さんよりは、魔王ちゃんって感じじゃない。実際は五千歳超えてるらしいけど、あんまりそんな感じしないもん」
「まあ、うん……言いたいことは分かる」
五千年を生きたとは到底思えないくらい、魔王の容姿は若々しく、性格も少女のように明るい。
けれど、ひとたび思慮を巡らせれば俺より遥かに深く考え、俺よりずっと勇者じみた正論まで言ってみせる。
未だにギャップに驚くところはあるが、魔王は良いやつだ。母さんが気に入るのも分かる。
「しかし母さん、とうとう目隠しなしでふつうに連れてこられたな……」
「物々しいのは最初だけだったねえ。あんたは相変わらずみたいだけど……まあ、対外的にね。魔王ちゃん的には、あんまりしたくないと思ってるはずだよ」
母さんの言葉は魔王の思考を断言するようなもので、つまるところ母さんがそれくらい、アイツのことを知っていると言うことだ。
俺は微妙な気持ちになりつつ頭を掻いて、
「母さん、本当にアイツと仲良くしてるんだな……」
「ああ、なんならあんたとの面会時間より、あの子とお茶してる時間の方が長いよ」
「魔王とお茶する勇者の母って、前代未聞だよな……」
「それを言うと、魔王に飯作ってる勇者も前代未聞だと思うけどね」
その通り過ぎてなにも言い返せなかった。
「ま、あの子があんなに良い子で、こっちは凄く安心したけどね」
「そうなんだよ。アイツ、すげぇ良い奴なんだよ」
「……良かったね、あんな良い子と、戦わずに済んでさ」
「……うん」
母親の前ということもあり、俺は素直に頷いた。
もしも魔王と俺が、ただの敵として対峙していたら、今のように彼女のことを深く知ることはなかっただろう。
子供の頃から使命だと言われた通りに、魔王が倒すべき敵のままなら、こんな時間は無かったのだ。
「俺が使命を果たして戦争が終わるより、今の方が良かったんじゃねえのかって、思うよ。こんなこと、勇者の俺が言うべきじゃないんだろうけど」
「なに気にしてんだい。あたしは母親なんだから、言いたいことはなんでも言っていいんだよ!」
「いてっ」
ばしん、と背中を叩かれる感触は、ひどく懐かしいものだった。
子供の頃から変わらない、真っ直ぐで、あたたかな母さんの目。それが愛情から来ているものだと分からないほど、俺も鈍感じゃない。
俺が自分の、勇者という肩書きを気にせずに話せる、数少ない人だ。
「あんたはあの子を知って、人類が勝ってあのぼんくら……じゃない、元王様が大喜びするより、魔王ちゃんが統治した方が、世の中よくなるって思ったんだろ?」
「……うん。正直、そう思ってる。だって魔王は魔界のことだけじゃなくてさ、人界のことも考えて、気を遣って、毎日頑張ってくれてるんだから」
魔王の想いを、俺はもう知っている。
何度も聞いて、それが嘘ではないと分かるくらいには彼女のことを理解している。
アイツは本気で、大真面目に、人類と魔族に融和という道を示そうとしているのだ。
「魔族からの批判も当然あるだろうし、人類からの恨みもあるはずのに……アイツは逃げずに、ぜんぶと向き合ってる。すげぇ有り難いし、すげぇ格好いいなって思うよ」
「……それ、本人に言ってあげた?」
「……さすがに、面と向かって言うには照れくさいよ」
「へたれ」
「あいたっ」
ぺしん。今度は頭をはたかれた。
母さんはほんの少しだけ眉を立ててこちらを見たが、すぐに表情から力を抜いて、
「ま、あんたがあの子をどう思ってるかは分かったよ。……泣かすんじゃないよ、あんな良い子」
「……それは、俺だって泣いて欲しくないから、仲良くはするつもりだよ」
「うん、それでいい。進展があったらちゃんと母さんに教えるようにね」
「進展……? まぁ、なんかあったら言うけどさ」
よく分からないが、母さんはなにかを納得したようでうんうんと頷いていた。
「よーし、それじゃあたしはそろそろ帰る。風邪とか引かないように、元気でやんさないよ」
「母さんも元気で。……また、会いに来てくれ」
昔から知っている、変わらない笑顔をこちらに向けて。
母さんは満足そうに、部屋を出て行った。
「……ありがたいな、本当に」
魔王が許してくれるから、こうして俺は母に会うことができる。
本当なら俺も、母さんも、処刑されてもおかしくないだろうに、だ。
改めて魔王に心の中で感謝しつつ、俺は瞳を閉じて、元の部屋に戻されるのを待つことにした。
そんな俺だが、扱いは捕虜にしては破格で、快適な部屋に住まわせて貰い、定期的に手紙は出せるし、面会だって出来る。
俺に面会ができるのは人類側の有力者、直接の知り合い、そして家族。そして現状、俺に会いに来てくれるのは母さんだけだ。
「ご苦労さん」
目隠しを外してくれた魔族に挨拶すると、相手は言葉は発さず、ただ頭を下げて退室した。全身を覆う鱗や尻尾からして、今のはトカゲ系の魔族だ。
視線に敵意がないことから、魔王がわざわざ人類にあまり恨みや怒りを持ってないやつをあてがってくれているのだろう。
「さてと」
なんとなく周囲を見渡してみるが、部屋の中は相変わらず殺風景だ。
テーブルのひとつもなく、ただ出入り口があるだけの四角形。
機密保持のために連れてこられるまで目隠しなので、ここが城のどのあたりなのかは、正直まったく分からない。
ほどなくして部屋のドアが開き、見知った相手が入室する。
「よ、息子」
「母さん、久しぶり」
軽い調子で手を上げるのは、俺の実の母親だった。
「相変わらず元気そうでなによりだよ」
「前も言ったけど、正直捕虜とは思えないくらい待遇良いからなあ」
「ああ、うん。魔王ちゃんにこの間聞いたけど、あんた結構甘やかされてるよね……?」
「うん、それはちょっと思う……」
改めて指摘される通り、正直言って捕虜の待遇ではない。
ただ、魔王がそうしたいといってしてくれるのだから、甘えても良いかと最近は思えるようになってきた。
「というか母さん、魔王のことをちゃん付けで呼ぶのはどうかと思うぞ、あれでも一応、国の長なんだから」
「あのね、あれとか一応とか言ってるそっちも大概よ……?」
「だってアイツ、あんまり魔王っぽくねえし……」
「そうね、だからよ。あの子、魔王様とか魔王さんよりは、魔王ちゃんって感じじゃない。実際は五千歳超えてるらしいけど、あんまりそんな感じしないもん」
「まあ、うん……言いたいことは分かる」
五千年を生きたとは到底思えないくらい、魔王の容姿は若々しく、性格も少女のように明るい。
けれど、ひとたび思慮を巡らせれば俺より遥かに深く考え、俺よりずっと勇者じみた正論まで言ってみせる。
未だにギャップに驚くところはあるが、魔王は良いやつだ。母さんが気に入るのも分かる。
「しかし母さん、とうとう目隠しなしでふつうに連れてこられたな……」
「物々しいのは最初だけだったねえ。あんたは相変わらずみたいだけど……まあ、対外的にね。魔王ちゃん的には、あんまりしたくないと思ってるはずだよ」
母さんの言葉は魔王の思考を断言するようなもので、つまるところ母さんがそれくらい、アイツのことを知っていると言うことだ。
俺は微妙な気持ちになりつつ頭を掻いて、
「母さん、本当にアイツと仲良くしてるんだな……」
「ああ、なんならあんたとの面会時間より、あの子とお茶してる時間の方が長いよ」
「魔王とお茶する勇者の母って、前代未聞だよな……」
「それを言うと、魔王に飯作ってる勇者も前代未聞だと思うけどね」
その通り過ぎてなにも言い返せなかった。
「ま、あの子があんなに良い子で、こっちは凄く安心したけどね」
「そうなんだよ。アイツ、すげぇ良い奴なんだよ」
「……良かったね、あんな良い子と、戦わずに済んでさ」
「……うん」
母親の前ということもあり、俺は素直に頷いた。
もしも魔王と俺が、ただの敵として対峙していたら、今のように彼女のことを深く知ることはなかっただろう。
子供の頃から使命だと言われた通りに、魔王が倒すべき敵のままなら、こんな時間は無かったのだ。
「俺が使命を果たして戦争が終わるより、今の方が良かったんじゃねえのかって、思うよ。こんなこと、勇者の俺が言うべきじゃないんだろうけど」
「なに気にしてんだい。あたしは母親なんだから、言いたいことはなんでも言っていいんだよ!」
「いてっ」
ばしん、と背中を叩かれる感触は、ひどく懐かしいものだった。
子供の頃から変わらない、真っ直ぐで、あたたかな母さんの目。それが愛情から来ているものだと分からないほど、俺も鈍感じゃない。
俺が自分の、勇者という肩書きを気にせずに話せる、数少ない人だ。
「あんたはあの子を知って、人類が勝ってあのぼんくら……じゃない、元王様が大喜びするより、魔王ちゃんが統治した方が、世の中よくなるって思ったんだろ?」
「……うん。正直、そう思ってる。だって魔王は魔界のことだけじゃなくてさ、人界のことも考えて、気を遣って、毎日頑張ってくれてるんだから」
魔王の想いを、俺はもう知っている。
何度も聞いて、それが嘘ではないと分かるくらいには彼女のことを理解している。
アイツは本気で、大真面目に、人類と魔族に融和という道を示そうとしているのだ。
「魔族からの批判も当然あるだろうし、人類からの恨みもあるはずのに……アイツは逃げずに、ぜんぶと向き合ってる。すげぇ有り難いし、すげぇ格好いいなって思うよ」
「……それ、本人に言ってあげた?」
「……さすがに、面と向かって言うには照れくさいよ」
「へたれ」
「あいたっ」
ぺしん。今度は頭をはたかれた。
母さんはほんの少しだけ眉を立ててこちらを見たが、すぐに表情から力を抜いて、
「ま、あんたがあの子をどう思ってるかは分かったよ。……泣かすんじゃないよ、あんな良い子」
「……それは、俺だって泣いて欲しくないから、仲良くはするつもりだよ」
「うん、それでいい。進展があったらちゃんと母さんに教えるようにね」
「進展……? まぁ、なんかあったら言うけどさ」
よく分からないが、母さんはなにかを納得したようでうんうんと頷いていた。
「よーし、それじゃあたしはそろそろ帰る。風邪とか引かないように、元気でやんさないよ」
「母さんも元気で。……また、会いに来てくれ」
昔から知っている、変わらない笑顔をこちらに向けて。
母さんは満足そうに、部屋を出て行った。
「……ありがたいな、本当に」
魔王が許してくれるから、こうして俺は母に会うことができる。
本当なら俺も、母さんも、処刑されてもおかしくないだろうに、だ。
改めて魔王に心の中で感謝しつつ、俺は瞳を閉じて、元の部屋に戻されるのを待つことにした。