「魔王様どうぞ、採れたてです!」
「あ、はい。ありがとうございます」
山盛りの果物を出されて、私はちょっと困ってしまう。
歓迎ムードはありがたいけど、さすがに量が多すぎる。
どうしたものかと思っていると、メイドちゃんがすっと横から現われて、
「では、こちらはお土産で、帰って調理していただきましょう。そのまま食べても美味しいのでしょうが、今日のメインは視察ですから」
「……そうですね、そうしてください。それじゃ、私たちは視察に回りますから、皆さんはいつも通りに職務をお願いします」
ガチガチに緊張した様子のオークになるべく優しく笑いかけて、私はメイドちゃんを伴ってその場を離れる。
献上された果物を異空間にしまい込んで、私は周囲を見回した。職務中のオークが何人もこちらを見てくるけれど、私と目が合うと慌てて作業に戻る。
あまり邪魔になってもいけないと思い、私はメイドちゃんと一緒に歩くことにした。
「この農園も、かなり安定してきましたね……良いことです」
農園事業を始めたばかりのころは、失敗が多かった。
魔界の環境は厳しく、作物を育てるには不向きだ。だからこそ、数少ない食料を奪い合っていたのだから。
だけど、国としてはそんな調子ではいけない。食糧の安定供給は、民にたいして国が行う必須事業だ。
魔法、技術、品種改良。数千年の試行錯誤は、未だに続いている。もっと豊かに、より多くの国民が飢えないために。
「魔王様が先日考案した新しい育て方が、かなりの成果をあげているらしく……今年は前年より、多くの収穫が見込めるそうです」
「あれ、実は人界の資料を見て思いついたんですが……」
「それはまだ、言わない方が良いでしょうね。『元』とはいえ敵対種族の技術を使いたくないと思うものもいるでしょうから」
「はぁ、早くその辺りの壁がなくなれば良いんですけど……うう、頑張らないとです」
お互いに違う世界で、違う歴史を経たからこそ、お互いに参考になる部分があるはずだ。
でも、憎み合っているばかりではそんな歩み寄りは永遠に訪れないから。
私はこれからも、ふたつの世界のために頑張ろうと思う。いつか完全な融和が訪れると、信じて。
「ところでメイドちゃん、今日の視察のメインはどこなんですか?」
「新しい品種のトマトですね。これも魔王様が考えたものですが」
「あー、こっそり人界の品種と掛け合わせたものですね……」
「魔界にも人界にも同じような作物があるというのが、そもそも驚きなのですが……掛け合わせられたということは、近しい種であったということですし」
「うーん、もしかすると何千年も前に魔界側が出陣するときに食料として持っていったものが、向こうに紛れた……という可能性も無くはないんですが。……人界側の古い資料は戦火で消失したものも多いので、なんとも」
いずれにせよ、人界で根付いているのならそれは人界のものだ。
魔界のものに比べると赤みが強く、甘みも強い。酸味は控え目で、正直魔界で作られているトマトよりも個人的には好みだったりする。
掛け合わせるとどんな感じになるかを楽しみにしていたのだけど、今日の視察はそれが目的ということらしい。
「これが成功したら、ゆくゆくは他の作物や果物も似たものを交配させて新種をつくって、魔界の荒れた土地や、人界の豊かな土地にそれぞれ適応するものを作りたいと思っているんですけどね……」
「それでは、しっかりと視察しないといけませんね。……そろそろかと」
「……わ、いっぱい実ってる」
そこには、たくさんの成果があった。
ぷっくりとした実は人界で採れる立派なトマトに近く、つやつやとして美味しそう。
待ってましたとばかりに、作業中のオークのひとりがやってきて、
「魔王様、こちらが新しい品種です。メイド様にも」
「ありがとうございます」
「感謝致します」
渡されたトマトは、見た目通りにずっしりと重かった。
魔法や長年の技術で補助しているとはいえ、基本的に痩せた魔界の土地で、こんなにも立派に実ってくれるなんて。
「……なんだか食べるのが少し勿体ないような」
「魔王様、食べるために植えたものですから。ほら、向こうも感想が聞きたいという顔をしていますよ」
「あはは、そうですよね。……いただきます」
メイドちゃんに促されて、私は採れたてのトマトにかぶりついた。
皮は柔らかく、ぷつりと小気味よく牙が抜けて、甘さが舌に乗ってくる。
酸味はやや薄く爽やかで、なにもつけなくても食べやすい印象があった。
「……美味しいですね」
「ん……確かに、甘みが強くて、良いのではないかと」
メイドちゃんも目を丸くして、驚いている様子だ。
オークの農民は嬉しそうに笑うと、こちらに手を振って作業へと戻っていった。
たくさんの収穫がなされていく様子を見て、私は顔をほころばせる。
「えへへ、上手くいって良かった……」
「……嬉しそうですね、魔王様」
「はい。だって、これは……魔界と人界の、ふたつの世界から生まれたものですから」
食べかけのトマトを、もう一口。
やっぱり、甘くて、とっても美味しい。
「こんなにも素敵なものが、ふたつの世界の間にできるなら……きっと私たちも、いつか歩み寄れる。……そう、思えませんか?」
「それは……少しばかり、楽観的すぎるというか、ロマンチストな感じが致します」
「えへへ、勇者さんにも似たようなこと言われましたね。でも、良いです。私はこういう、小さな幸いで喜びたいんです。いつか……いつか、大きくて尊いことになる、その一歩目だと思いますから」
少しだけ呆れた顔をされるけれど、構わないと思った。
「……いつか、勇者さんにも食べて欲しいな」
今日採れたこれは試作段階で、市場に出したり、勇者さんに支給してあげられるのはまだ先になる。
この新しい成果を、『当たり前』として定着させるのが、次の目標だ。
「では、折角たくさん採れているようですから、今度は調理したらどんな感じになるのか確かめてみましょうか」
「それでは魔王様、あちらの方に賄い場がありますから、調理して頂きましょう。いくらか、貰って参りますので」
「ええ、お願いします。それでは皆さん、引き続き宜しくお願いしますね」
汗を流して働いてくれる国民に笑顔で手を振って、私はその場を離れることにした。
☆★☆
「魔王様、トマト食ってくれたなぁ」
「近くで見ると魔王様、めちゃくちゃ美人だよなあ」
「しかも優しい……めっちゃ手とか振ってくれた……」
「俺、この農園で働いてて良かったわ……」
「ああ……しかもこのトマトも魔王様が自ら改良したものらしいぞ」
「マジ? 美人で強くて賢いとか、最強の王様では……?」
「しかもメイドさんも超美人だしな……並んでると眩しすぎない……?」
「「「わかる」」」
「俺、魔王様のファンクラブ入るわ」
「あるのかファンクラブ……俺も入ろうかな」
「俺はもう入ってるぞ。ちなみにこれ、入会特典の魔王様ブロマイド」
「「入るわ」」
「あ、はい。ありがとうございます」
山盛りの果物を出されて、私はちょっと困ってしまう。
歓迎ムードはありがたいけど、さすがに量が多すぎる。
どうしたものかと思っていると、メイドちゃんがすっと横から現われて、
「では、こちらはお土産で、帰って調理していただきましょう。そのまま食べても美味しいのでしょうが、今日のメインは視察ですから」
「……そうですね、そうしてください。それじゃ、私たちは視察に回りますから、皆さんはいつも通りに職務をお願いします」
ガチガチに緊張した様子のオークになるべく優しく笑いかけて、私はメイドちゃんを伴ってその場を離れる。
献上された果物を異空間にしまい込んで、私は周囲を見回した。職務中のオークが何人もこちらを見てくるけれど、私と目が合うと慌てて作業に戻る。
あまり邪魔になってもいけないと思い、私はメイドちゃんと一緒に歩くことにした。
「この農園も、かなり安定してきましたね……良いことです」
農園事業を始めたばかりのころは、失敗が多かった。
魔界の環境は厳しく、作物を育てるには不向きだ。だからこそ、数少ない食料を奪い合っていたのだから。
だけど、国としてはそんな調子ではいけない。食糧の安定供給は、民にたいして国が行う必須事業だ。
魔法、技術、品種改良。数千年の試行錯誤は、未だに続いている。もっと豊かに、より多くの国民が飢えないために。
「魔王様が先日考案した新しい育て方が、かなりの成果をあげているらしく……今年は前年より、多くの収穫が見込めるそうです」
「あれ、実は人界の資料を見て思いついたんですが……」
「それはまだ、言わない方が良いでしょうね。『元』とはいえ敵対種族の技術を使いたくないと思うものもいるでしょうから」
「はぁ、早くその辺りの壁がなくなれば良いんですけど……うう、頑張らないとです」
お互いに違う世界で、違う歴史を経たからこそ、お互いに参考になる部分があるはずだ。
でも、憎み合っているばかりではそんな歩み寄りは永遠に訪れないから。
私はこれからも、ふたつの世界のために頑張ろうと思う。いつか完全な融和が訪れると、信じて。
「ところでメイドちゃん、今日の視察のメインはどこなんですか?」
「新しい品種のトマトですね。これも魔王様が考えたものですが」
「あー、こっそり人界の品種と掛け合わせたものですね……」
「魔界にも人界にも同じような作物があるというのが、そもそも驚きなのですが……掛け合わせられたということは、近しい種であったということですし」
「うーん、もしかすると何千年も前に魔界側が出陣するときに食料として持っていったものが、向こうに紛れた……という可能性も無くはないんですが。……人界側の古い資料は戦火で消失したものも多いので、なんとも」
いずれにせよ、人界で根付いているのならそれは人界のものだ。
魔界のものに比べると赤みが強く、甘みも強い。酸味は控え目で、正直魔界で作られているトマトよりも個人的には好みだったりする。
掛け合わせるとどんな感じになるかを楽しみにしていたのだけど、今日の視察はそれが目的ということらしい。
「これが成功したら、ゆくゆくは他の作物や果物も似たものを交配させて新種をつくって、魔界の荒れた土地や、人界の豊かな土地にそれぞれ適応するものを作りたいと思っているんですけどね……」
「それでは、しっかりと視察しないといけませんね。……そろそろかと」
「……わ、いっぱい実ってる」
そこには、たくさんの成果があった。
ぷっくりとした実は人界で採れる立派なトマトに近く、つやつやとして美味しそう。
待ってましたとばかりに、作業中のオークのひとりがやってきて、
「魔王様、こちらが新しい品種です。メイド様にも」
「ありがとうございます」
「感謝致します」
渡されたトマトは、見た目通りにずっしりと重かった。
魔法や長年の技術で補助しているとはいえ、基本的に痩せた魔界の土地で、こんなにも立派に実ってくれるなんて。
「……なんだか食べるのが少し勿体ないような」
「魔王様、食べるために植えたものですから。ほら、向こうも感想が聞きたいという顔をしていますよ」
「あはは、そうですよね。……いただきます」
メイドちゃんに促されて、私は採れたてのトマトにかぶりついた。
皮は柔らかく、ぷつりと小気味よく牙が抜けて、甘さが舌に乗ってくる。
酸味はやや薄く爽やかで、なにもつけなくても食べやすい印象があった。
「……美味しいですね」
「ん……確かに、甘みが強くて、良いのではないかと」
メイドちゃんも目を丸くして、驚いている様子だ。
オークの農民は嬉しそうに笑うと、こちらに手を振って作業へと戻っていった。
たくさんの収穫がなされていく様子を見て、私は顔をほころばせる。
「えへへ、上手くいって良かった……」
「……嬉しそうですね、魔王様」
「はい。だって、これは……魔界と人界の、ふたつの世界から生まれたものですから」
食べかけのトマトを、もう一口。
やっぱり、甘くて、とっても美味しい。
「こんなにも素敵なものが、ふたつの世界の間にできるなら……きっと私たちも、いつか歩み寄れる。……そう、思えませんか?」
「それは……少しばかり、楽観的すぎるというか、ロマンチストな感じが致します」
「えへへ、勇者さんにも似たようなこと言われましたね。でも、良いです。私はこういう、小さな幸いで喜びたいんです。いつか……いつか、大きくて尊いことになる、その一歩目だと思いますから」
少しだけ呆れた顔をされるけれど、構わないと思った。
「……いつか、勇者さんにも食べて欲しいな」
今日採れたこれは試作段階で、市場に出したり、勇者さんに支給してあげられるのはまだ先になる。
この新しい成果を、『当たり前』として定着させるのが、次の目標だ。
「では、折角たくさん採れているようですから、今度は調理したらどんな感じになるのか確かめてみましょうか」
「それでは魔王様、あちらの方に賄い場がありますから、調理して頂きましょう。いくらか、貰って参りますので」
「ええ、お願いします。それでは皆さん、引き続き宜しくお願いしますね」
汗を流して働いてくれる国民に笑顔で手を振って、私はその場を離れることにした。
☆★☆
「魔王様、トマト食ってくれたなぁ」
「近くで見ると魔王様、めちゃくちゃ美人だよなあ」
「しかも優しい……めっちゃ手とか振ってくれた……」
「俺、この農園で働いてて良かったわ……」
「ああ……しかもこのトマトも魔王様が自ら改良したものらしいぞ」
「マジ? 美人で強くて賢いとか、最強の王様では……?」
「しかもメイドさんも超美人だしな……並んでると眩しすぎない……?」
「「「わかる」」」
「俺、魔王様のファンクラブ入るわ」
「あるのかファンクラブ……俺も入ろうかな」
「俺はもう入ってるぞ。ちなみにこれ、入会特典の魔王様ブロマイド」
「「入るわ」」