「よし、出来た」

 焼いた肉を皿に乗せれば、本日の夕食が完成する。
 調味料を振って焼くというシンプルな調理法。手抜きだと言われればそれまでだが、素材の味や歯ごたえをそのまま感じられることができるので、俺は結構好きだ。焼き時間や下処理で、かなり味も変わるし。
 見た目だってそう悪くはないと思う。皿の端に軽くサラダを添えれば、それだけで充分に見栄えがするものだ。

「パンも今日は良い感じに焼けてるし、豪勢だな」

 料理ができるのは、実は昔からだ。
 勇者という立場上、顔が知れ渡り、どこに行っても目立ってしまう俺は、山や森の奥で、ひとりで過ごすことも多かった。
 贅沢な悩みであることは自覚しているが、常に見られ、気にかけられるというのは、肩が凝るものだった。
 気軽な時間が欲しい。そう思ったら、キャンプをするくらいしか手段がなかったのだ。

「……今の方が気楽、なんて、あんまり大きな声では言えないな」

 斬った斬られた、頼られ感謝された。
 そんなことばかりだった現役時代よりもずっと、今の俺は穏やかに過ごしている。
 戦争で家族や友人を失い、魔族を恨んでいるものだってきっと多く居るのに、そういう気持ちで良いのかという思いはあるが、既に戦いは終わっている。
 なにより、今の俺は魔王のことを知りすぎてしまっている。恨めというのが無理なくらいに、あいつが真剣に未来のために奔走していることを、理解してしまっている。

「さて。おーい、魔王、飯できたぞー……っと」

 その相手に声をかけて、返事がないところでようやく気がついた。食卓には、誰も座っていないのだ。
 いつもなら元気のいい返事をする腹ペコ女は、今日は不在だった。

「そうか、今日は来てないんだった……いつもの調子で作っちまった」

 肉の下ごしらえが思った以上に上手くいっていて、ノリノリでふたり分を焼いてしまっていた。
 時間的に、アイツは夕方を過ぎるとその日は来ない。恐らくこちらに気を遣ってのことだ。

「……今日はもう、こないよな」

 出来てしまったふたり分の食事を見て、俺は自分の頭をかいた。

「いくら戦争が終わったからって、我ながら少しボケ過ぎじゃないか、これは……」

 或いは、自然とふたり分を用意してしまうくらい、俺にとって魔王が部屋にいることが当たり前になってしまっているということか。

「……ああ、もう」

 いもしない女のことを考えても仕方が無いと分かっている。
 それなのに、せっかく上手に出来たのにな、なんて考えてしまっている自分がいる。
 頭を振って意味の無い思考を追い出して、俺は水を飲んだ。

「……さすがにふたり分も食えねぇし、少し明日の朝用にとっておくか……」

 朝から肉になるが、少量なら別に問題は無い。
 中身を混ぜるのが面倒なので、ふたり分の皿をテーブルに並べてみると、対面に座る相手がいないことがより強く感じられた。

「……静かだな」

 皿の上を見て目を輝かせる相手が居ない。
 多忙な彼女が毎日この部屋に足を運べるわけはなく、ひとりでいる日の方が多いはずなのに、今日はそれがやけに空しく思える。
 贅沢な思考を追い出して、俺は食器を手に取った。

「いただ――」

 ――がたん。

「っ……!」

 響いた音に反射的に立ち上がって振り返ると、人の気配はなかった。
 恐らく、風でドアが鳴ったとか、そういう理由だろう。俺は改めて、椅子に深く座り直した。

「……我ながら、今のはちょっと恥ずかしいな。……いただきます」

 まるで、アイツが来るのを期待しているみたいだ。
 気恥ずかしさを誤魔化すように、俺は自分の皿を空にして、もう一枚の皿も半分ほど食べ進めた。
 腹が膨れたので残りを明日に回して、俺は食器を洗い始める。

「…………」

 話す相手がいないので、自然と無言になる。
 皿を綺麗に洗ってから椅子に座り、俺は深く溜め息を吐いた。

「暇だなぁ……魔界チェスでもするか」

 だらだらとした足取りで、俺は部屋の隅に片付けておいたチェスのセットを机に置く。
 対戦相手がいないので、ひとり差しだ。いろいろな盤面を想定してコマを動かすのは、少しだけ空しくはあるが、時間つぶしには丁度良い。

「…………」
 
 この部屋に連れてこられたばかりの頃、暇つぶしは筋トレばかりだった。
 しかし最近は魔王が遊び道具を置いていってくれるので、こういう時間の消化もできるようになっている。
 ぱち、ぱち、とひとりで音を響かせて、俺はぼんやりと考えを巡らせた。

「ちゃんと飯食ってるかな、アイツ」

 頭の中に浮かぶのは、表情がころころ変わって、やたらとうるさくて、魔王のくせに俺よりも正論を言ってくる、真っ直ぐな女のことだ。

「……あー、まずいかもな、これは……」

 意識してしまうと、会いたいと思ってしまう自分がいる。
 胸の奥が涼しいこの感覚はきっと、寂しさ。

「……むう」

 ひとりが寂しいと感じるなんて、勇者だった頃にはなかった感情だ。
 雑念を追い出すように、俺は強めに一手を打つのだった。
 俺ひとりだけの部屋に響く音は、やけに大きく感じられた。

「……明日は来るのかな」

 もしも明日、彼女が部屋に来たらなにを作ってやろう。
 そんなことを考えながら、俺は時間を消化した。
 待つことしか出来ない自分を、少しだけ歯がゆく思いながら。