「はい、チェックメイト」
「どうして……!?」
「いや俺の方こそどうしてだよ、急に強くなってビックリしたぞ」
盤面の状態は『詰み』。
しかしそこに至るまでの過程は、今までとはだいぶ違っていた。
……あぶねー、フツーに負けるところだったわ。
たった数日で急に強くなっていて、驚いてしまった。勝てたのは半分くらい、相手のクセ読みによるところが大きい。
魔王は長い耳をへんにゃりと下げて、明らかに気落ちした様子で、
「うぅ、メイドちゃんに特訓いっぱい付き合って貰ったのにぃ……」
「ああ、そういえば気を許せる従者がいる、みたいな話してたな……」
「はい、メイドちゃんは大体のことをこなせるので、魔界チェスの特訓相手をしてもらっていて……メイドちゃんにはかなり勝てるようになったので、コレは勇者さんにも勝てるって思ったのですけど……」
「……まあ、強かったよ」
「うぐぐぐ……でも負けちゃいましたし……あうう、お願いが……」
「お願いねえ……」
……別に、お前が頼んでくるなら大抵のことは聞くんだけどな。
普段から世話になっているどころか、俺が魔界でのうのうと生活ができているのは、魔王がそう取り計らってくれているからだ。
個人的にもコイツのことが嫌いかと言われればそうでもなく、むしろ俺のために奔走してくれていると分かるから、今更嫌いになる方が難しいくらいになってしまっている。
「結局、なにを頼む気だったんだ?」
「え?」
「いや、そこまでして悔しがるようなお願いだから、なにを頼もうとしてたのか気になってな」
それとなく聞き出せば、叶えてやることもできるかも知れない。
そんなことを考えながら、俺は魔王に言葉を投げた。
「それは……勇者さんの……」
「俺の?」
「…………」
魔王がなにかを言おうとして、ぴたりと固まった。
たっぷり数秒、魔王は口を開けたままで微動だにせず、言葉を止める。
何事かと思っていると、なぜか彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にして、
「い、言えません……!!」
「は?」
「い、いいい、言えません、そんな、そんな恥ずかしいこと!」
「恥ずかしいこと……?」
なにを頼もうとしていたのかは分からないが、魔王は完全に口をつぐんでしまった。
相手の様子にやや呆れながら、俺は頭をかく。
「お前それ、俺に言えないのにどうやって頼むつもりだったんだ?」
「え? あ……」
「あ、って……」
「……そもそも頼めないのにお願いすることに無理がありました……!!」
「いや、今更気付いたのか、そこ」
「あ、あうぅぅ、だってぇぇぇ……」
はうはうと涙目になって、魔王は長耳をくったりと垂らしてしまう。
理由はまったく不明だが、どうやら相当落ち込んでしまったようだ。
「あー……えー……」
どうしたものか。
俺は少しだけ迷ったものの、相手の頭に手を伸ばした。
「ふぇっ」
ぽん。
軽い音を立てて、魔王の銀髪に俺の手が乗る。
少し触れるだけでも形が良いと分かる頭を、俺は何度か撫でて、
「まあ、なんていうか、強くなっててびっくりしたぞ」
「あ、あ、ゆ、ゆーしゃさん、これ……これっ」
「ん、ああ、悪い。なんというか、こう……落ち着くかなって思って。子供扱いみたいで嫌か?」
「い、いいい嫌じゃないです! 落ち着きます!!」
「そうか? それなら良いんだが」
許可も取れたので、俺は遠慮をなくして、ゆっくりと彼女の髪に指を通した。
さらさらの銀色は、手指にほとんど絡むことなく、するりと抜けていく。手入れが良い、綺麗な銀髪だと思った。
「別に魔界チェスで勝たなくても、なんかして欲しいことがあるならしてやるよ。だから、そんなに落ち込むなよ」
「ん……は、はい……」
魔王はされるがままで、俺の手に身を預けている。
少し前なら、考えられなかった距離感。仇敵とこれだけ近づいて、やっていることは命の取り合いではなく、ただゲームに負けたのを慰めているというだけ。
……でも、今の俺には、それが当たり前なんだよな。
落ち込んでいたら慰めたいと感じる程度には、俺はもう、彼女のことを知って、良い奴だと思ってしまっている。
この腹ペコ魔王のことを嫌うことも憎むことも、俺にはもうできないのだろう。
諦めの感情を心地よいとすら思いながら、彼女の髪を混ぜた。
「まあ、頼みたいことを俺に言えないんじゃ、意味ないけどな」
「……大丈夫、です。もう、その……大丈夫に、なりましたから……」
「大丈夫に……? よく分からないけど、落ち着いたなら良いか」
「……はい、良いです。大丈夫なので……その、もう少しだけ……」
「分かった分かった。もう少ししたら、飯の準備するからな。今日はよく分からない肉を揚げてみるぞ」
そうして、俺は魔王が落ち着くまで、彼女の頭を撫で続けた。
食事時には魔王はいつも通り、すっかりご機嫌で、俺が適当に作った唐揚げ的なものをニコニコで頬張っていて。
そんな日常が当たり前になっていることを、悪くないと思うのだった。
☆★☆
「魔王様、いかがでしたか」
「撫でて貰えました、えへ、えへへ……負けちゃいましたけど、撫でてもらっちゃった……」
「それは良かっ……え、負けた?」
「あ、はい。勇者さん、やっぱりチェス強いですね……途中まで押せてたんですけどねー……」
「私、大会で優勝するくらいには強いのですが……勇者様、ちょっと強すぎでは?」
「そうなんですよう。なんかルールもすぐ覚えちゃったし、要領が良いんでしょうね、勇者さん」
「本当に、独房に入っているのが勿体ない人ですね……」
「……なんとか、してあげたいんですけどね」
「……私は魔王様の選択を、尊重致しますよ」
「ありがとうございます。そのときは……お願いしますね」
「どうして……!?」
「いや俺の方こそどうしてだよ、急に強くなってビックリしたぞ」
盤面の状態は『詰み』。
しかしそこに至るまでの過程は、今までとはだいぶ違っていた。
……あぶねー、フツーに負けるところだったわ。
たった数日で急に強くなっていて、驚いてしまった。勝てたのは半分くらい、相手のクセ読みによるところが大きい。
魔王は長い耳をへんにゃりと下げて、明らかに気落ちした様子で、
「うぅ、メイドちゃんに特訓いっぱい付き合って貰ったのにぃ……」
「ああ、そういえば気を許せる従者がいる、みたいな話してたな……」
「はい、メイドちゃんは大体のことをこなせるので、魔界チェスの特訓相手をしてもらっていて……メイドちゃんにはかなり勝てるようになったので、コレは勇者さんにも勝てるって思ったのですけど……」
「……まあ、強かったよ」
「うぐぐぐ……でも負けちゃいましたし……あうう、お願いが……」
「お願いねえ……」
……別に、お前が頼んでくるなら大抵のことは聞くんだけどな。
普段から世話になっているどころか、俺が魔界でのうのうと生活ができているのは、魔王がそう取り計らってくれているからだ。
個人的にもコイツのことが嫌いかと言われればそうでもなく、むしろ俺のために奔走してくれていると分かるから、今更嫌いになる方が難しいくらいになってしまっている。
「結局、なにを頼む気だったんだ?」
「え?」
「いや、そこまでして悔しがるようなお願いだから、なにを頼もうとしてたのか気になってな」
それとなく聞き出せば、叶えてやることもできるかも知れない。
そんなことを考えながら、俺は魔王に言葉を投げた。
「それは……勇者さんの……」
「俺の?」
「…………」
魔王がなにかを言おうとして、ぴたりと固まった。
たっぷり数秒、魔王は口を開けたままで微動だにせず、言葉を止める。
何事かと思っていると、なぜか彼女はみるみるうちに顔を真っ赤にして、
「い、言えません……!!」
「は?」
「い、いいい、言えません、そんな、そんな恥ずかしいこと!」
「恥ずかしいこと……?」
なにを頼もうとしていたのかは分からないが、魔王は完全に口をつぐんでしまった。
相手の様子にやや呆れながら、俺は頭をかく。
「お前それ、俺に言えないのにどうやって頼むつもりだったんだ?」
「え? あ……」
「あ、って……」
「……そもそも頼めないのにお願いすることに無理がありました……!!」
「いや、今更気付いたのか、そこ」
「あ、あうぅぅ、だってぇぇぇ……」
はうはうと涙目になって、魔王は長耳をくったりと垂らしてしまう。
理由はまったく不明だが、どうやら相当落ち込んでしまったようだ。
「あー……えー……」
どうしたものか。
俺は少しだけ迷ったものの、相手の頭に手を伸ばした。
「ふぇっ」
ぽん。
軽い音を立てて、魔王の銀髪に俺の手が乗る。
少し触れるだけでも形が良いと分かる頭を、俺は何度か撫でて、
「まあ、なんていうか、強くなっててびっくりしたぞ」
「あ、あ、ゆ、ゆーしゃさん、これ……これっ」
「ん、ああ、悪い。なんというか、こう……落ち着くかなって思って。子供扱いみたいで嫌か?」
「い、いいい嫌じゃないです! 落ち着きます!!」
「そうか? それなら良いんだが」
許可も取れたので、俺は遠慮をなくして、ゆっくりと彼女の髪に指を通した。
さらさらの銀色は、手指にほとんど絡むことなく、するりと抜けていく。手入れが良い、綺麗な銀髪だと思った。
「別に魔界チェスで勝たなくても、なんかして欲しいことがあるならしてやるよ。だから、そんなに落ち込むなよ」
「ん……は、はい……」
魔王はされるがままで、俺の手に身を預けている。
少し前なら、考えられなかった距離感。仇敵とこれだけ近づいて、やっていることは命の取り合いではなく、ただゲームに負けたのを慰めているというだけ。
……でも、今の俺には、それが当たり前なんだよな。
落ち込んでいたら慰めたいと感じる程度には、俺はもう、彼女のことを知って、良い奴だと思ってしまっている。
この腹ペコ魔王のことを嫌うことも憎むことも、俺にはもうできないのだろう。
諦めの感情を心地よいとすら思いながら、彼女の髪を混ぜた。
「まあ、頼みたいことを俺に言えないんじゃ、意味ないけどな」
「……大丈夫、です。もう、その……大丈夫に、なりましたから……」
「大丈夫に……? よく分からないけど、落ち着いたなら良いか」
「……はい、良いです。大丈夫なので……その、もう少しだけ……」
「分かった分かった。もう少ししたら、飯の準備するからな。今日はよく分からない肉を揚げてみるぞ」
そうして、俺は魔王が落ち着くまで、彼女の頭を撫で続けた。
食事時には魔王はいつも通り、すっかりご機嫌で、俺が適当に作った唐揚げ的なものをニコニコで頬張っていて。
そんな日常が当たり前になっていることを、悪くないと思うのだった。
☆★☆
「魔王様、いかがでしたか」
「撫でて貰えました、えへ、えへへ……負けちゃいましたけど、撫でてもらっちゃった……」
「それは良かっ……え、負けた?」
「あ、はい。勇者さん、やっぱりチェス強いですね……途中まで押せてたんですけどねー……」
「私、大会で優勝するくらいには強いのですが……勇者様、ちょっと強すぎでは?」
「そうなんですよう。なんかルールもすぐ覚えちゃったし、要領が良いんでしょうね、勇者さん」
「本当に、独房に入っているのが勿体ない人ですね……」
「……なんとか、してあげたいんですけどね」
「……私は魔王様の選択を、尊重致しますよ」
「ありがとうございます。そのときは……お願いしますね」